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飯山健夫 小四

人物紹介 (本編はこの下にあります)

 飯山健夫 通称タケオ 10歳(68歳)

 身長 145センチ(推定) 黒の短髪

 記憶を無くし子供に戻っている

 元個人タクシー運転手

 僕の名前は飯山健夫。

 昭和32年生まれ、中野林小学校の四年生だ。

 家はボロだけど村にあって父さんは商店で配達の仕事をやっている。


 昨日まで僕が二年生の時に新築した、綺麗な2階建の木造校舎の小学校に通っていた。


 先生が防腐剤にコールタールを塗ると、木が腐りにくくなるんだと教えてくれた。

 だから外壁は全部真っ黒、と言うかすごく濃い茶色一色で、窓枠だけ白いペンキを塗ってある。

 コールタールは石油から燃料を取った残り滓だって聞いたけど、こうやって使い道があるのはいい事だと思う。


 塗ったばかりの時は嫌な匂いがしたし、うっかり触るとべったり手や服に付いた。

 そうなると洗濯じゃ落ちなくて、みんな何度かお母さんに怒られたって言ってた。

 そんなこと言ってる僕も3回だったかなあ、しまいにはゲンコツでコブができたくらい。


 ……それがどうして。

 こんな知らないとこにいるんだろうか?


   ・   ・   ・


 僕を、よく分からないままあの家から連れ出した二人の女の人もそうだけど、見かける人はいろんな髪色、眼の色、肌も白かったり赤かったり褐色が濃かったりで、外国人みたいに顔の作りから違ってる。


 ここまで乗ってきたイブちゃんって言う車だって、見たこともない形だしエンジンのうるさい音も聞こえない。


 それに窓から見えた景色はとにかく空が広い。

 生まれた村では見渡せば視線はほとんどが山に、遠い近いはあってもぶつかって、うんと遠くなんて見えないんだ。


 それがここでは、走り出た街の近くに聳えていた高い山、テルクレフト山とか言うあれくらいしか見えない。


 草丈の高い草原や森の木々で遠くまで見えるとは言えないけど、空が広く広がっていてなだらかな地形なんだと分かる。


 それに海の港があった。

 今日港に連れてってもらったけど、川の渡場の小舟くらいしか見たことのない僕がじっと見るものだから、メグとクレアに呆れられた。


 僕は覚えてないけど、この2人とはもう何ヶ月も一緒に旅をしてたんだって言うんだけど。


 それから行った買い物で、ナイフと剣を買ってもらった。


 どちらもちゃんと鞘が付いていて、剣なんかしゅるんと抜く感じがやたらカッコいい。


 でも鉄だから、チャンバラごっこの木の棒と違って、僕が振り回すには結構重い。

 強く振ると重さで体が前に持っていかれる。


「危なっかしいわね。

 素振りを沢山やって、剣に振り回されないようにしないと。

 まずは木剣からだね」


 そう言って、クレアが同じ大きさの木の剣を買ってくれた。


 だから僕は宿に戻って、夕方まで木剣を色々に振る練習を頑張った。


 クレアとメグは、宿の部屋に2人で籠って何かやっていたけど、晩ご飯は食堂で一緒に食べた。


   ・   ・   ・


「今日はまたグレンズールーの洞窟まで行きたいんや。

 せっかく集めた魔銀やけど、ほとんど火柱に使(つこ)てまったよってなあ。

 タダで集められるもんに金払うんも、アホらしいで」


 メグがおはようの挨拶の後にそう言って、今日の予定は決まった。

 メグは他に、道の悪い場所を直したいとか、ちょっと変なことを言ってた。

 そんなの、工事の人とかお役所とかでやるんじゃないかと僕は思う。


 ヤイズル街道を北へ行って、右にチラッと見えたのはネンバース村だって。

 そこから直ぐだった。

 この間通った所々大穴の空いた道。


 道は広いから避けて通ることはできるけど、ハンドルを左右に大きく切るからスピードは出せないし、体がその度に左右に振られて酷い乗り心地だった。

 それで寝ていた僕が、目が覚めたのを覚えてるくらい酷い。


「じゃあ、ここから行くで?」


 メグが下の方をゴソゴソ探り、前からバクンと音がして運転席から降りる。

 クレアはもう降りて車の前にいる。


 僕も外を見ようと、ベルトを外し横に動く(スライド)ドアから道路へ降りた。


 クレアから、スマホと呼んでいる薄い板をメグが受け取り、表面を指先で何度かつつくと突然メグが空中、何も無い宙に浮き上がる。


「クレーンで吊り上げたんだよ。

 大丈夫。

 イブちゃんの力だよ」


 クレアは何を言い出すんだ?


 そう思って振り返ると大きく開けたボンネットの前に立って、透き通った袋から小石をいくつか、小さな穴に落とし込んでいた。


 それはワイパーの根元に近い車の中央。黄色の薄い蓋が脇に捲られて。

 コロンコロンと鳴る音で、深い穴では無いみたいだ。


 メグは20メートルは上がったろうか。

 高さってすごく分かりにくいなと思いながら、僕は見上げる。

 下から覗いても、一見スカートのように見えるメグのあれは裾のダボっとしたズボンだから、見てはいけないものが見えてしまう心配はない。


 メグは杖を前方に突き出しブツブツと、あれは呪文だろうか、何か唱えている。

 グッと軽く杖を振るメグ。


 けれど何が起きるでもない。


 一体何をしたんだろうか?


「良いみたいね」「せやな、次行くで」


 ボンネットを閉めバタバタと車に乗り込む。

 タクシーはスッと走り出す。


「ねえ、さっき何をしたの?」


「今、イブちゃん揺れとらへんやろ?」


 あ、そう言えば。


「リペアで道を直したの」


 クレアがそう言うと車のスピードがガクッと落ちた。

 いくらも走っていないのに、また車は停まった。


 パタパタとクレアが開けたボンネットの前に立ち、メグがクレーンで上に登る。

 目の前にある小さな窪み、その向こうにもいくつも凹んだ場所が見えている。


 メグの呪文が風に乗って僅かに聞こえる。


 僕は穴をじっと見ていたので、今度はそれが平らになっていくところを見ることができた。

 それだけじゃない、土や石の浮き上がっていた道路の表面も目の揃った僅かなザラザラに均されていく。


「1回に出来るんは500メルキ()くらいやろか。

 ウチがクレーン使(つこ)て、上から見える範囲やからなあ」


「クレーン使う前は長くて300くらいだったから、ずいぶん伸びたんだよね!」


 こんな調子で街道を均しながらグレンズールーまで行けば、魔石を大量に消費するけど時間はそう変わらない上に、帰りは数時間ほどでヤイズルへ戻れるんだとか。


 それを何回繰り替えしたろうか。

 ヤイズル街道を辿って5、60回はやったと思う頃。


「長かったやん。

 グレンズールーへに行きよる分かれ道が、やっと見えよったで」


「本当ねえ。メグ、魔石がさすがに心許ないわ。

 キリもいいからあそこまでやったら、狩にしない?」


「狩って、どうするの?魔石って?」


「魔石、言うんは魔物の体に1個ずつ入っとるんや。

 大体は胸のとこやな」


「そう、心臓にくっつくみたいにあるんだ。

 だからうっかり心臓や血の管、破るともう血塗れだよ?」


「魔物言うんはそこら中におるんや。

 人を(おそ)たりしよるから害獣扱いや。

 向かってきよるんは問答無用でウチらの獲物やで」


「魔物と問答なんて、出来るもんですか。

 でもごく稀に大人しいのも居るみたいだよ?

 聞いた話であたしは見たことないけど」


 害獣か。

 友達で農家の子なんかが、穴熊や猪が畑を荒らすから、種まきの春と秋の収穫前に山狩をするって言ってたっけ。

 そのあとはみんなで山の肉の鍋を囲む、お祭りみたいなものらしい。


 年寄り子供は勢子で、木の棒で草や木を叩きながら横に広がって山を突っ切る。

 その先に鉄砲を持った猟師が何人かいて、中腹までみんなが登った頃、バンバンと銃を撃つ音が聞こえるんだとか。


 そのまま大人たちが奥へ行って、狩った獲物をみんなで担いで帰って来る。

 その夜は決まって猪鍋になるんだとかケンジやオサムが言ってた。


 ちょっと家が街寄りの僕は参加したことがない。


「タケオはそこでじっとしとき。

 軽くウチらで狩ってみるよって」


 気がつくとそこはもう道から外れた草ぼうぼうの広場。

 周囲には奥が暗い森。

 僕が考え事をしてる間に、狩の場所へ移動したらしい。


 メグと車の位置を確認すると、クレアが森へ分け入っていく。

 メグが時々小さな石板に目を落とす。

 僕はスライドドアを開けて、外に足だけぶらぶらと出して、クレアの入っていったあたりを見るともなく見ていた。


「始まりよった。

 2の4の…8つかいな、タケオ、イブちゃんから離れたらあかんで!」


 メグが杖を掲げる。

 大人の背丈より少し高いくらいの空中に、幾つかの水玉が日の光を反射して煌めく。


 メグは水を扱うのが得意な自称、魔法少女だ。

 あれで何をするつもりなのか?


 見ている前でそれは波打つように揺れる水カーテンに変わる。

 1箇所だけ人1人通れるだけの穴を残して地面まで森の前を仕切ってしまった。

 その穴からクレアが一瞬に飛び出し、ゴツい革の靴で地面の草を削り、跳ね散らかしながら急制動を掛ける。


 閉じた水カーテンに細長い手足のサルが、次々と絡め止められたのはその直後。

 息ができないらしく、のどや胸を掻きむしり苦しげだ。

 数は絡まる手足が厄介だったけど多分5匹。


 そこまで見た時に水カーテンの上から2匹こちらへ飛び出して来る、それも手足の長いサルだ。

 クレアの反応が早い。


 空中でそのうちの1匹に槍先を突き込んだ。

 刺さり過ぎたようで、引き込んでも抜けず軽くはない重さにも構わず、クレアがもう1匹に槍の柄をしならせ、サルもそのままに槍先を叩きつける。

 グシャッと酷い音がして草地を転がる2匹のサル。


「もう一つや!」


 メグの声が森に向かって放たれる。

 森の中からこちらに向かってバキバキと破壊音が近づいて来る。

 突然大きな枝が木立を破って奥の方から飛び出し、枝葉を撒き散らしながらクルクルと回ってあらぬ方へ落ちた。


 水カーテンで動かないサルも破片で弾かれ、草地に転がる。


 大人の男数人でも、持ち上げるとなったら難儀するような大枝を、どうしたらあんな風に……


 僕が後部座席から腰を浮かし見守る前で、クレアとメグは油断なく身構えている。


 突然正面の木の半分が凄い音と共に爆発した。

 3、4本の大枝が大小の破片となって草地に舞う。

 千切れ飛んだ木の葉が、緑色の吹雪のように視界を埋め尽くす。


 ズズンと重い足音が見えない向こうから響く。

 暗いのは舞った木の葉だけのせいではない、いつの間にか森の木々の上に一塊の黒雲があった。


「オークや!

 タケオ、(めえ)瞑っとき!」


 そうメグの声が聞こえた。

 けれど僕の目は青白い肌の巨漢に釘付けだ。


 けれどもなんでかここは聞いておいた方がいい、そう言う気持ちが内から湧き上がる。

 目を閉じ右の腕で瞼を覆う。

 それでもパッと視界が赤く染まる。

 同時にビシャアァーン!凄まじい轟音が辺りに響く。


 キンキンと耳鳴りがしているけど、すぐに回復した。

 顔を上げると青白い肌の巨人が、地面に伏せているのが目に飛び込んで来る。


「オークにしちゃ大きいわね、これってハイオーク?」


「そうみたいやな、スマホにもそう出とるで。

 けどこれで、ちょっとは大きいのんが採れるなあ?」


「じゃあ穴を掘っちゃうから(わた)と血抜きは頼んじゃうよ?」


「任しとき。

 お?タケオ、(めえ)大丈夫やったんか」


「うん、白い影が見たいとこに出るけどなんとか見えるよ」


「ええなあ!

 すっかり若返っとるやんか」


「いつもなら目に冷やしタオル当てて、しばらくグッタリしてるもんね?」


 なんの話?そう聞こうと思ったら先にメグが

「どや、解体、やってみいへんか?」


「解体?血がいっぱい出るんでしょ?

 僕にできるかなあ」


「言うてもウチの解体は綺麗なもんやで?

 切るんも流すんも水をようさん使うよって。

 まあ練習やから、手抜きさしてもらうけど」


 ハイオークの両脚が持ち上がり、両肩がまだ地面に付いているくらいまで吊り上がる。

 あれはクレーンと言うので持ち上げているんだとか。

 図体が大きいので、全部はあげられないらしい。


 メグが杖を向けると、大きな醜い顔が更に歪むその首がゴロンと穴に転がり落ちた。

 ものすごい量の血が地面に溢れ、穴の中へ流れ落ちる。

 吊った足先に大きな水球が2つ現れ、血の流れの勢いが増す。


「足の方から水を流しとるんや。よう冷えるし肉が早よ綺麗になるで?」


 そんな解説を挟みながら次は腹にバッサリ縦に切り込みが入る。

 気持ち悪い臓物が溢れかけ、そこへ水の板が被さる。

 股の近くから中身を刮げるようにして、腹を空にしてしまう。


 僕がうわうわと見ている間に、胸のところの沢山の骨まですっかり切れていたようで、赤黒い腹の内側が見えていた。

 穴に落ちた臓物の中から黄土色のビー玉が浮いて来る。

 3cmくらいもある石の玉が鈍く光る。


「ほう、そこそこやな。

 寄り道した甲斐があったやん」


「メグ、こっちも良いよ」


 見るとサルが2匹、喉から血を流し両足をひと束に逆さ吊りになっている。

 水球が現れ2匹の足先に纏い付く。


 喉から流れる血の量が増えた。

 さっきと同じように体の中に水を流し込んでいるんだろう。

 押し出されて血が首から溢れ出る。


 流れ出る血がかなり水っぽくなったところで、メグが水の塊を消した。


「サンキュ。

 さあタケオ。解体しちゃおう!」


 それから僕は、後ろでメグが楽しげにハイオークの皮剥と肉の切り出しをするのをチラ見しながら、切った腹の中から臓物をかき出す作業をする羽目になった。

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