ヘロンサム
人物紹介 (本編はこの下にあります)
ヘロンサム 36歳 身長184cm(推定) グレンズールー3仙の末席
種無しの魔法を使う
グレンズールー高地一帯の農産物改良を領主から委託される立場にある
ヤスト、ニーラ、エンゾは部下
グレンズールー台地の、農産物収穫についての報告書がようやく取り纏まる。
これについては3仙などと呼び習わされる、我らの合議が不可欠だった。
毎年の事だがその集まりも10に及び、今日がその集大成だ。
回り持ちで打ち上げの様なものを行う。
今年は我が事務所の番となる。
それでキスカには特別手当を弾み、ニーナ、エンゾを手伝いにつけて朝から準備をさせている。
キスカが普段から通いながら、賄い婦として美味い飯を作ってくれているから料理は期待できる。
そのほかに懇意にしている揚げ物の店と、酒屋にも注文を入れておいた。
秘書を兼ねるヤストは年若いが優秀だ。
我ら3仙が取りまとめた報告書のチェックをヤストが行う間、我らはそれぞれの机で待機だ。
40枚ほどの紙束を捲ったところでヤストの手が止まる。
数枚前から読み返して言った。
「ここなんですが」
我らの前に3枚の紙を並べ
「ここの繋がりは、少し補足がいるのではありませんか?」
ヤストの示す箇所を3人で読み進める。
それは豆系作物の収穫時期が、例年より6日ほど遅れた件だった。
収穫の遅れは天候により、ままある事だったが問題は味で、トレクトルの糖度増強付与でも一部出荷基準に達しない畑があった事。
収穫の遅れよりも施肥や日照時間の件で対策が必要ではないのかと言う。
ナンブロームが受けた。
「それについては調査が必要じゃな。
わしは補足を入れる故、ヘロンサム、上申書を書いてくれぬか?」
私が上申書式を引き出しから取り出す間、トレクトルが眩しそうに若いヤストを見ているのが印象に残った。
その後も読み込みは続き何点か質問をヤストから受けたが、いずれもこの場で対処できる範囲、午後に入った辺りで一連の確認も終わる。
ヤストが許しを得て、階下に終了を伝えに行く。
「いやあ、終わったのう!」
「毎年の事じゃが、面倒な事じゃて」
「先達のお2人が居られてこその3仙ですからなあ、まだまだ頑張っていただかないと」
私が2人を持ち上げると、ぼやくように
「お主らはまだ若いが、70を超えると流石にのう」
魔力持ちは一般に長生きであるが、ナンブロームの高齢アピールはいつものことだ。
万一がないとは言えないが、まだまだ元気がいい。
その証拠に毎年の打ち上げで1番騒ぐのがこの爺さんだ。
ヤストが階下から戻り
「用意ができました。
皆様下へ参りましょう」
「おお、そうか。
すまんのう」
真っ先に、杖に体を預ける様に立ち上がったのはナンブロームだ。
私も立ち上がりトレクトルに手を貸す。
深いソファから立つのは、足腰が弱っていると容易ではない。
先年トレクトルは膝を痛めたのがまだ回復していないのだ。
食堂は不似合いなほど大きなテーブルが鎮座するとは言え、普段なら4人で使っている。
椅子は少ないがそれは他から借りてくればいい、しかし席の後ろ側の通路が窮屈だと作り付けのはずの棚を解体してしまったらしい。
壁も塗り直したらしく魔石灯が明るく見えた。
その思いがけない広さに、私は「ほう!」と声を上げた。
普段は余裕たっぷりのテーブルの上は所狭しと料理が並び、数種類の酒甕と人数分の木ジョッキが、その間から顔を出す。
厨房を見ると作業テーブルの上に、並べきれなかった料理がまだまだあって、床の木箱にもまだ酒が幾本も入っている。
「お席は自由にお座りください」とヤストが案内をしながら言った。
そうは言ってもグレンズールーの3仙が入り口近くともいかず私とトレクトル、ナンブロームが向かい合う形で奥に収まると、ニーナがナンブロームの手招きを受けお酌に回る。
ナンブロームの女好きは有名なところだが、無体な真似はしないとこの台地では知れ渡っている。
ヤスト、エンゾ、キスカもテーブルに着き、それぞれも木ジョッキを酒で満たす。
この場の主人は私であるので、乾杯の音頭を取ることになった。
「来季もグレンズールー大地が豊穣であります様に、乾杯!」
私の音頭が簡素に過ぎると思われる向きがあるかもしれないが、回り持ちで行われる打ち上げは内輪の楽しみ。
堅いことは言いっこなしと言う事で、毎年この様な挨拶が行われている。
それでも話題は仕事のことが多くなるのは避けられない。
どこの畑の何が不作だっただの、果樹の世話を焼くものが減って人手が足りないだの。
それでも口がほぐれてくるとあの村の誰それが恋仲らしいぞだの、この冬に婚礼を上げる者がファーストルで一番多いだの、少々下世話な話が混じるのも例年通りだ。
酒甕がいくつか空き、作業テーブルから料理の追加が上がる頃には賄い婦のキスカが家へと帰り、場はいよいよ荒れて来る。
最早席順などどこへやら、酒の回ったナンブロームがニーナの両手を取って問い詰める。
私が何事かと耳をそば立てると
「記憶のない少年か、その話は初めて聞いたな。
路地で拾ったと言うのか?」
「はい。市場の出荷状況を調べて戻る途中でした。
まだ早朝のことですので、路地で夜明かししたのではと思います」
「それでどうなった、どこの子供だったのだ?」
ここで私が話に割り込む。
「カラマクトの壊滅については聞いているだろう?あれに絡んだ話らしい」
「元男爵屋敷が跡形もなく、大穴に変わった話じゃな?
あれの首領は武勇で鳴らしたクラレスティア・エストラック。
どうしてあんなことになったのやら、みな不思議がっておる」
「私もはっきりこうと知る訳ではないが、その子供には2人、女の連れがおってな。
魔道具屋で誘拐を掛けられたらしい。
子供は何故か路地に捨てられ、女2人が連れ去られた」
「おかしいではないか。人買いならば女子供、屈強な男は高値が付く。
それを何故捨てる?」
「嘘か本当か少年は攫われた時は爺さんだったらしい。
足手纏いで捨てたと言うんだが……」
「それが本当であればありそうなことだが、そんなことがあるのか?」
「分からない。わからないが、その連れの女2人はここへ逃れて来たよ。
記憶のない少年を引き取って何処かへ立ち去った。
そうそう。白い自走馬車に乗っていたよ」
「自走馬車とは珍しいな。
しかしカラマクトから逃れて来たと?
案外その者たちが、男爵屋敷消滅に関わっていたのやも知れぬなあ」
「わしもあの大穴は見たが、敷地全体が3メルキも抉れておったぞ。
一体何をすれば一晩であの様な事になるのやら?」
「わしのとこでも調査をさせたが、カラマクトに人死は無かったらしい。
まあああ言う組織故、正しくは分からないが、死んだとしても片手に収まるくらい、その甲斐あって近隣への影響は少なかったと。
尤も拠点を無くしては、並大抵の仕事では無かっただろうがな。
さすがはエストラック、武勇で鳴らし子分の統制はきっちりしておったと言う事」
そこで調査の指揮を執ったヤストが発言した。
「カラマクトは倉庫街の一角の地下に牢と通路を持っていた様で、後の調べで発見されています。
先ごろの女2人の閉じ込められた痕跡も出て来ています。
女は土魔法の堪能な者だったらしく、牢から地上への通路を作り脱出していました」
「ああ。確かに少年を連れて行った女の片方は魔女装束であったな」
「して、エストラック、カラマクトはその後どうなったのだ?
今思えばあの騒ぎの後からぱったりと噂を聞かぬ」
これにもヤストが答えた。
「拠点と一緒にこれまで貯めた資金や機材も無くしたと言う事で、今は拠点をヤマニ村に移しております。
500と言われた手下も散り散り、今は100そこそこでしょうか」
「ふうむ。
来季の馬車の積荷調整は苦労しそうじゃのう」
「それについては領主軍が出張るともっぱらの噂じゃぞ?
まあ、どの程度役に立つものか分からんがのう」
「多少の混乱あれど、中抜きが無くなれば台地の暮らしは上向くもの。
そうあって欲しいものです」
何となくこの話はここで終わり、底無しの飲み食いは続く。
ヤスト、エンゾ、ニーナは付き合い切れぬとばかりに仮眠室へと脱落した。
こんな時は人より多い魔力があって、良かったと喜ぶべきか悪かったと嘆くべきか。
話題はやはり台地の農業に関するものに回帰して行き、さらに熱を帯びる。
この宴はここに用意した酒が全て胃の腑に収まるまで続くのだ。
世にグレンズールーの3仙と呼び習わされる我ら3人。
1に加糖。果実の収穫後、糖度を上げる魔法。
トレクトルが司る。
2に艶果実。収穫後に、果実・野菜の肌艶を増し、日持ち伸ばす魔法。
こちらはナンブロームが受け持つ。
3に私、ヘロンサム。
行うは種消し。収穫前に行い種が小さくなる魔法。
食べやすさ、種の処理が格段に違う。
私はグレンズールーの3仙、その末弟たるヘロンサム・ナプト。
グレンズールー台地に豊穣をもたらす者だ。




