銀魔法石
「退屈やー」
今日もメグの声が番屋に響く。
「なあメアリ、アレどうなったん、網や、網!」
「網ですか?
今朝見ましたけどここは被ってますよ、心配ありません」
「せやないて。
網と言えば魔物やろ、なんぞ歯応えのある魔物は来おへんのか、言うとるんや」
「赤い点は見えてませんねえ」
ここでメグが押し黙るまでがメアリとの掛け合いのワンセット。
昨日の午後にも聞いた覚えがある。
まあメグのことは放っとこう。
あたしは今日も楽しい小瓶ちゃん製作!
作業がちょっと忙しい細工の側で良かったよ。
メグの立場だったらあたし、軽く発狂する自信があるもんね。
「本でも読みながらやったら良いのに……」
ボソッと小声で言ったセリフが聞こえちゃった?
「クレア天才やな!
その手があったで!
ミトア、ウチは魔導書読むよってジョーリュースイ入れる時は声かけるんやで?
チャーっと入れたるさかい!」
なんか上手く行っちゃった?
静かになるならそれでも良いか。
昨日まであたしが作った小瓶が千200、中身を詰めて栓をして、商人に渡したのが800本。
これ、メアリが記録してるんだ。
小瓶千本は65万ギルだよ?
なんに使うのよ、このお金?って感じ。
今年いっぱいは税金も免除だし……あれ免除はアクトベル王国の話?
テオドラじゃ免除にならないかもー!
「メグメグ!
商業ギルド行かない?
これから!」
メグは嫌そうに魔導書から目を上げ、
「なんややかましい、急にどないしたん?」
さっきまで駄々こねてたのは誰だよ。
「いや、ほら、ヤーライ評議にさ、税金免除って聞いたよね?
あれってさ、もしかしてテオドラ帝国に居たら適用されないんじゃ……って心配になって!」
「大丈夫なんとちゃう?
ギルドはどこのやってん国跨ぎやで?
国境関係あらへん筈や」
と心底面倒そうな返事が返って来た。
「なら良いんだけどさ」
お昼近く。
ドヤドヤと男ども……鉱夫さん達が帰ってくる。
これからお昼を作るの?
男所帯だってのに賄いさんも置かずに少ない予算で頑張ってるんだもんね、お昼の用意くらい手伝ってあげようか。
そう思って厨房へ行ってみると
「うえっ!ここもコーンなの!
デンダコーン、トラウマなんだけど!」
と、あたしの第一声。
男達は干からびた硬いコーンをそのままバリバリ齧ろうかって勢いだし。
「ちょっと待ちなさい!
こんなんでも調理次第でいくらか美味しくなるんだから!
そこ!硬いの齧らない!」
ええと干し肉とキノコスライスで出汁を取って、それで炊けば柔らかくなるし、味もいくらかマシになる筈。
デンダコーンと種類が違うみたいだからあとは味を見ながら調整かなあ。
これは火にかけとけばヨシ。
肉はロクなのがない。
ステスを呼んでうちの氷箱から適当に一包み持って来てもらう。
ありゃ、これ、筋の多いウルフだね。
叩いて筋切り、一口大に切ったら味が染むように幾つもブスブスと穴あけ。
厨房にあった塩とカラシを混ぜてさっきのだし汁を少々。
このタレに肉を漬け込んでしばらく放置だ。
次は野菜。ざっと水洗いして、根の硬いところは切り捨てて手で千切る。
小さなボウルにオイルと調味料少々、よっく混ぜて人数分に分けた野菜に回し掛け。
番屋の食堂には炭焼きができる場所がある。
火は先に熾しといてもらったので。
漬けダレの肉はここで串に通して炙り焼きにしてもらおう。
炊けたコーンは塩をひとつまみ。混ぜたコーンを器に取り分けるうちに肉が焼け強烈な匂いを振り撒く。
「あとは自分たちでやってよ?」
まあそこそこの味にはなったと思う。
焦がさないように食べてね。
食堂を出ると、遅れて帰って来たガンツの声が、タケオ相手に吠えている。
「いや、だから出たんだよ銀魔法石!
おたくらが4番まで行ったかは知らんが、もうねえと思ってた鉱脈の向こうさ。
ほんの30セロトもねえクズ岩を隔てな。
調べてみねえとわからねえが、ワシの勘じゃ、相当の純度だぞ、5倍もいけるかもしれねえ!」
なんだか急に騒がしくなってない?
そんな呑気な感想は翌日やって来た一行に吹き飛ばされた。
番屋事務所から結構大きな声でこんな話が聞こえて来たんだ。
「私は帝国鉱山統括局のスペンス・サーディ。
こちらで銀魔法石が、それもかなりの純度のものが出たと聞きましてな」
「あんたどっから聞いて来たんだ。まだ誰にも言ってねえんだぞ?」
ガンツさん、声が大きいからとあたしが思ったのはナイショ。
「そこはまあお察しください。
つきましては採掘された魔法石の純度を測りたい、とこういうわけでして。
鑑定の者も連れて来ておりますので、ぜひ拝見させて頂きたく。
ああ、そうそう。
ゴースト対策の『聖水』なる物があるそうですな。そちらも一緒に鑑定させて頂けますかな?」
いつもの勢いはどこへやら、ガンツさんが絶句してしまった。
鑑定とやらがどうなったか。
それは事務所で密やかに行われたので、どうなったかあたしは知らない。
ただ渋い顔のガンツさんを見るに、あまり良い話じゃなさそうなんだよね。
隣でそんなことになっている中、あたし達は『聖水』の製造を続けてたんだよ。
・ ・ ・
「いやー、ヤキモキしたぞ。
まさか鉱山再開になるとはなあ」
朝の挨拶もそこそこにガンツさんが言った。
「えっ。再開するんですか?」
あたしはガンツさんの顔を覗き見た。
「ああ。こないだ来た連中がな。
良い報告を上に上げたらしい。
まだ大した予算もついちゃいないが、これから募集をかける。
鉱夫8人体制で再開が決まった。賄いも付くしな。
あんたらにも面倒かけんで済むよ、ガッハッハ!」
・ ・ ・
だがそううまくばかり行かないのが人の世だ。
メアリから魔物警報が出た。
出所はあの青い網目模様らしい。
特に青の濃い模様がこの場所にかかっている。
そして赤い光点が近付いていた。
雲の少ない青空の下、黒い影が3つ天空を横切る。
それぞれが正三角形の頂点を成すように上空で旋回を始めた。
ここからでは分からないがおそらくはラププテラー、もしくはその上位種だ。
メグがクレーンの最大高度80メルキに昇って陣を張る。
3セロト魔石を握り込んだ巨大黒雲が、彼らの旋回高度にまで迫る勢いで巻き上がる。
雷を自在に操るメグだけど、高高度の戦闘は僅か数回だけ。経験が少ないんだよね。
一方のあたし達に今できることは何も、ほんとに何一つない。
何かの拍子で地上まで落ちてくれば、あるいはってとこ。
まだラププテラーの攻撃の兆候はない。
ただ索敵画面の丸が赤い、敵意があるんじゃないかってそれだけ。
こっちから攻撃を仕掛けるのはどうなのって気持ちはあたしにもある。
でもメグは。
「ぐるぐる回っとるんやったら、丁度ええ言うもんや。
一匹落としたるでえ!」
それを合図に雷光が上に走る。
自然の雷でじゃありえないけれど、あの雷はメグが張った塩水の糸で誘導されている。
雷は高空のラププテラーへ、次いで地上へと張られた塩水糸に従って、光と音を走らせていくんだ。
もちろんこれは後でメグに聞いた話をもとにしてる。
絶対に見てはいけない、聞いてはいけないのが雷魔法だから。
そうやって握り込んだ魔石を取っ替え引っ替え、5回の雷で3頭を撃ち落としたんだそうな。
こんなのほんとに砂漠橋が終わった後でよかったよって思う。
だってさ、3セロト魔石5個だよ?
いくらラププテラーが稼げるったってねえ、元手が掛かりすぎでしょ?
そして最大の問題は。
雲の少ない晴天って言って良い昼日中に、突然の背の高い黒雲が立ち昇って。
周囲の木々を薙ぎ倒すなどの風害を起こした、その上に。
聞いたこともないほどの大きな雷が、森の一点に5回も落ちた。
それで起きた山火事はごく狭い範囲を焼いただけで、雲に伴う豪雨で消えた。
突然の雷に近隣の村で腰を抜かしたお年寄りが3人。
この一連の騒ぎのへの問い合わせが、ギグスクル鉱山に殺到することになったことだった。
ガンツさん、ごめんね?




