第二十二話
この日、彼は『リリ』と一緒にターミナルまで足を運んでいた。
目的地は『リリ』たちのホームである【永久図書館】。
所在地も不明な謎多き場所であり、彼も子供の頃に行ったきりだ。
この時期のターミナルは、世界中の各施設への移動が少ない。
大型の飛空艇はガラ空きで、【中央都市】から出る乗客や、ここで働く『プログラム』の数もあまり多くなかった。
彼は普通のビジネススーツを着込み、隣りを歩く『リリ』は落ち着いた紺色のワンピースを着ている。はたから見たら、上司と『秘書』と言ってもギリギリ通用するだろう。
『えっと……プライベート機の搭乗ゲート…………これね』
搭乗ゲートへの出入りをするための『移動ポット』へ乗り込む。
それはパッと見、大昔の電話ボックスというものに似た角柱の部屋だった。彼と『リリ』が入ると、その部屋のスペースの半分は埋まるくらいに狭い。
『今回は…………“508番”。まずはジェトに乗り込むフリをしないとね……』
壁の小さなモニターに触れると、瞬きするあっという間に違う空間へと移動している。
本来なら移動先に飛空艇が停まっていて、それに乗り込むのが普通の移動なのだが、彼と『リリ』が立っているのはそれほど広くない『四角い白い部屋』であった。
『よし…………周りに生体反応無し、音響漏れも無し! 今のうちにさっさと抜け出しましょう!』
「正直、犯罪者の気分なんだけど…………クリスの見送りを断るのも大変だったし…………正規の方法じゃダメなのかな?」
実はこの方法はポータル移動を繰り返し、タラップを使わずに乗り込む、ある意味密航と同じ手順である。
『いいの! 政府に図書館の場所を知られないようにするのに、空港の“予備空間”に不法侵入するしかないんだから! ここに来るまでに、あなたの地位と権力なんか使ったら、即バレ必至なんだから!』
「わ、わかったよ……」
――――場所バレが相当怖いことなのはわかるけど…………これが公的機関への移動だというのも疑いたくなる……。
いつもよりピリピリした『リリ』の態度に、彼は正直怖気付いた。
目の前のモニターとにらめっこしながら、『リリ』は必死で時計を気にしている。
『“搭乗”…………座標確認っと…………あ、もう近くまで来てる! ほら! 早く準備!!』
「はいはい……」
準備と言っても、彼が『リリ』の両肩に手を置いてじっとするだけだ。
『接近……ポータル移動まで20秒………………15…………10、9、8、7、6…………』
フウゥゥゥ……
まるで風が吹き抜けるような音が響いた。
『…………3、2、1……“転送”!!』
「っ……!!」
ほんの数秒だが、全身を四方から引っ張られるような感覚に襲われる。
――――き、気持ち悪い……早く終わってくれ……!
だが、彼の願いはあっさりと却下されるのであった。
…………………………
………………
「所長、目的地到着だぞー?」
ターミナルから予備空間、そして何かの乗り物へとポータル移動してやっと到着となった。
「大丈夫?」
「…………大丈夫……じゃない…………ゔっ……」
リリに手を引かれ、彼はふらふらと“何かの出口”へと歩き出した。
薄暗い空間を見るに、おそらく小型の飛空艇の中だったと思われる。
ポータル移動は、移動先が遠ければ遠いほど人体に負担が掛かった。一般的に言われている例えは『1秒の移動で頭を2回揺さぶられるほどの負担』である。
今回、ポータル移動の合計時間は10分。彼は自宅から所長室まで毎日この移動方法を用いるが、ドアを通り抜けるのに1秒掛かるかどうかなので、負担はほとんど無いと言っていい。
それに加え、移動した先は乗り物であり、そこから物理的な移動で二時間ほど掛かっている。
「うぅ……【655】……運転粗くない?」
あまりの具合いの悪さに、後ろからついてきた今回の運転手【655】にクレームを入れてしまう。
彼は現代では珍しいくらいの“乗り物酔い”を体験していた。
秘密保持のために外の景色を見ることができなかったが、道中は平坦ではなくかなり揺れの酷い悪路であったからだ。
「何言ってんだよ。おれくらい、安全運転する奴はいないぞ? そもそも、リリや【143】とかは運転自体出来ないし、図書館にいるその他の『使用人』に任せたら、所長のことも考えずにもっとジグザグに行くな。それでも良いなら帰りは…………」
「【655】が良いです……」
「よろしい。ほら、サクッと行くぞ!」
【655】は彼を追い抜かして、先にある扉を開けた。扉は上から下へと下がっていく。
「ようこそ所長。【永久図書館】へ」
「うわ…………」
眩い光と共に、正面から冷たい風が身体にぶつかった。そこには、ふんわりとしたハーブのような匂いが混ざっている。
目線より高い位置に見える空は雲一つない晴天だが、時折り青空に薄い光が走ることから、外界からここを護る特殊ガラスのドームが張られていることが判る。
扉が完全に下に下がり、出口から『目的地』の全容が見えた。
目の前には広々とした『庭園』がある。
通路に敷き詰められた真っ白なタイル。
形良く手入れされた庭木と、整然と花が並ぶ花壇。花は列で色分けされて植えられている。
それらを左右にシンメトリーに分けるように、中央に走った真っ直ぐな道。遙か遠くに白い建物のシルエットがあった。
「……正面玄関から入るの久しぶりだわ」
「おれたちは回線を使えば、建物に直接入っていけるからな」
――――玄関はお客様用といったところか……
タラップを降りて中央の道に足を踏み入れる。数歩進んだところで、急に突風に襲われ思わず目を閉じた。
「うわっ……………………へ?」
風が止んだので目を開けると、そこは建物の真ん前である。後ろには長い長い道が小さな飛空艇へと続いていた。
「これ……」
「館長に言わせると『魔法』ってことになるな」
「え〜と……ちゃんとした理屈を説明すると長いけど……聞く?」
「………………魔法」
“魔法と言った方が夢があるじゃないか”
――――あれを言ったのは館長だったのか。
かなり昔、子供の頃に言われた言葉が蘇ってくる。
「いや、いい。別に知りたくない……ここで起きることは魔法でいいから……」
ここにもポータルのような仕掛けがあるのだろう。しかしそれを聞いてしまった途端に、子供の頃の楽しかった思い出を失いそうで彼は急に怖くなった。
「でも…………ここってこんなに大きな建物だったっけ?」
改めて目の前の建物を見上げる。
古代の神話に出てきそうな石の柱が何本もそびえ立ち、そこかしこに荘厳な彫刻が施されていた。
――――まるで古代の“ファンタジー”に出てくる要所のようだ。
現代の建築では無駄として省かれたもので形作られているのに、とても有意義な造形をしているように思えてならない。
「いつの間にか増築されてる。私、ここの彫刻は知らないなぁ」
リリが指差したのは、ある一本の柱に掘られた“翼のある人間”の彫刻だった。
「おれはこっちの彫像のが好きだな」
建物とは反対側の庭を見ながら【655】が笑う。そこには噴水が在り、“美しい乙女と子供たち”を模した石像が置かれている。
――――館長の趣味……?
「とりあえず、中に入らないか? みんな待ってると思うし……」
「そうね。早く行きましょう。見物したいなら、あとで回るといいわ。私も一緒に行くから」
「うん、わかった」
促されて案内された扉の横には、“群衆を率いる人物”が彫られたレリーフが飾られていた。
ギギギ……
雰囲気のある音を立てて、大きな扉は真ん中から左右へ開いていく。
「………………わぁ……」
彼は思わず感嘆の声をあげる。
全体的には白く、絨毯や装飾は赤茶と金色が目立つ。質素だが重厚なデザインの正面玄関のホールは高い吹き抜けになっていて、広さもかなりある空間だった。
左右に階段があるのだが、それは吹き抜けの見える範囲全ての階へと繋がっていて、ここからどこへでも行けるように思えた。
――――世界の重鎮が集まる、ホテルのエントランスよりも豪華に見えてくるな。前もこんなんだったか?
曖昧な記憶を引っ張り出そうとしていた時、視界の隅に近付いてくる人影があることに気付いた。
ふわふわの長い金髪の美少女が、彼に向かってにっこりと笑って会釈をした。
「ようこそ、おいでくださいました」
「あぁ。君が【844】か……」
彼女に直接会うのは初めてだったが、顔の造りが兄である【143】によく似ている。しかし手厳しい兄とは違い、妹の方は温和で儚さが漂う。
リリと同じ『子守り』のプログラムだが、雰囲気が全く異なることに面白味を感じた。
「館長がお待ちです。ご案内します、こちらへどうぞ」
「お願いするよ。あれ………………リリ?」
【844】のあとに付いて行こうとした時、リリと【655】がその場から動かないことに気付いた。
「二人は行かないのかい?」
「あー……おれらは……」
「私たちは行かない。あとで別の部屋で待ってるから」
「そう? じゃ、あとで……」
ここでの決まりでもあるのか、リリたちとはホールで別れ、彼は【844】と奥の廊下へと進んでいく。
…………………………
………………
さっきの庭での移動とは打って変わって、薄暗い廊下を二人は黙々と歩いて進んだ。
「……………………」
「……………………」
あちらがあまり話さないので、彼も黙ってついて行く。たまに前を行く【844】が、チラッと彼のことを見ているのがわかった。
初対面のせいもあるが、どうやら【844】はあまり人に慣れていないように思える。『プログラム』も心があれば、人見知りをする個体もあるのか……と彼は分析をする。
しかしせっかく会えたのだから、他の『プログラム』のように話しをしてみたいとも思った。
――――そういえば、『生活空間』の彼について、一度聞いてみたいとは思っていたんだよな……
「ねぇ、【844】」
「は、はぃいっ……!」
なるべく穏やかに声を掛けたのだが、彼女はビクッとして立ち止まり、裏返る声で応答してきた。
――――リリや【915】とはまた違うタイプだなぁ。
苦笑して、改めて会話を試みる。
「ははっ……驚かせてごめんね。差し障りなければ、ちょっと聞きたいことがあって…………」
「はい……何でしょうか?」
「君が以前、お世話していた『中級』の子だけど、彼が『原始人種』だというのは知っていたかな?」
「はい、知っています……」
「そっか……」
【143】が調べていたことがあったのだから、彼女にも知らされているだろうとは思った。
「資料で見ただけだが、彼って運動能力が高いよね。それに、ゲームや任意の筆記試験も悪くない。なかなか良い人材だと思…………」
「そうですよねっ! やっぱりそう思われますよね!?」
「ん?」
一瞬で少女の瞳にキラキラと光が灯ったように見えた。
まさにギュンッ! という効果音が付きそうなくらいに近付いてきて、“例の彼”について食い気味に説明を始めた。
「あの子は運動も勉強も、根気よくとても頑張るんです! 元々素質は充分ありましたが、わからない事はわからないからと、素直に調べて取り組む一生懸命さがあるんです! あと、とても優しい子で…………」
「あぁ、ストップ、ストップ! わかった【844】! ちょっと落ち着いて!」
彼は慌てて【844】の弾丸トークを止める。大人しそうな子だと思ったので、この勢いには正直驚かされた。
「あっ…………ごめんなさい……」
「いや、いいよ。彼のことを教えてもらいたかったし。でも…………」
彼はくすくすと笑う。
「【844】は本当に彼が好きなんだね」
「ふぁっ!?」
不思議な悲鳴とともに、みるみる顔を真っ赤にしていく。たまらず両手で顔を覆っていたが、さらに耳の先まで赤くなる。
――――これは、何とかしてあげたくなるなぁ。
前に【143】たちが自宅に来て、頭を抱えていたことがあるが、実際は彼らの想像以上に深いものだと感じた。




