番外編 必須スキルとジョブ談義
□冒険者ギルドネビュラ支部 酒場 クロウ・ホーク
「《魔法感知》スキルを取ってないってお前……必須スキルだろ」
「あー、やっぱブルーもそう思うか?」
ギルドでたまたま遭遇したちょこちょこドドリアン、改めブルーと雑談に興じていたところスキルについての話題になったのだが……
「当たり前だろ、《気配感知》と《魔法感知》。戦闘職の2大必須スキルだ。あとは《毒感知》に《罠感知》あたりもあるといいな。《宝感知》はダンジョンに潜るなら必須だ。インスタンスダンジョンでソロ探索するときはこれがないとまず次の階層への門を探しに行けないぞ。【冒険者】と【盗賊】はレベル1でいいからジョブについてスキルを取るだけ取っておく、これが重要だ」
《宝感知》は名前の通り宝物を感知するスキルなのだが、応用として自分が求めているものがどこにあるのか大雑把な方向がわかるという使い方もできる。
採取系の依頼を受けていたり、ダンジョン内で次の階層への門を探すときに重宝するスキルだそうな。
特に感知系のスキルのほとんどが準汎用スキル扱いのため、とりあえずスキルレベルを上げておけばジョブに縛られることなく使えるようになるのがポイントだ。
「ジョブを2つしかとってないのも勿体無いと思うぞ。もっといろんなジョブについて、触りだけでも確かめればいい。特に《魔法感知》なんか魔法師系のジョブに就いて少しレベルを上げればすぐに覚えるスキルなんだし」
「発動した魔法を感知できるようになるんだよな」
「ああ、《気配感知》の魔法版だな。魔法現象を感知できるようになる。まぁ隠蔽スキルとかあるから気配遮断と同じように万能じゃねえけど……」
最近ちょくちょく話すことが多いブルーはゴン太郎とは反対にゲームはゲームと割り切っている印象だ。
サフィのことは可愛がっているみたいだがそれはそれとして攻略組の思想をしているというべきか。
「効率重視なんだな」
「当然だろ、とりあえずレベルを上げる。スキルレベルを上げてできることを増やす。ダンジョン探索にはとにもかくにもこれが第一条件だ」
ダンジョンに潜り続けているだけある。
「そういえばブルーの剣ってどんな装備スキルがついてるんだ?」
ふと気になったので聞いてみた。
他のプレイヤーの装備について聞くのは憚られるが、ここまでの会話でなんとなく目の前の男は気にしないだろうと思ったからだ。
「ん、ああ。《斬撃威力上昇》だ。耐久値は380。ムーンベアーの爪と月光石を素材にした<月熊剣>だな。派生進化先は存在しないから強化ぐらいしか先はないが……単純に使いやすい硬い剣だな」
月熊剣は<ムーンベアー>の素材があれば【鍛治師】のスキルで作れる武器だそうだ。
あの飛ぶ斬撃を使えるようになるわけではないらしい。
「シンプルぅ」
「下手な武器スキルがついているものよりも硬い方が重要だからな。シンプルということは替えが効きやすいということでもある。自分だけのオリジナル武器に憧れがないとは言わないが所詮武器は消耗品だ」
俺が出会ってきたプレイヤーの中でも飛びぬけてストイックだ。
「無茶な使い方をするならなおさらな。緩やかに、しかし確実に俺たちは人間をやめている……いや、この世界の基準に染まりつつあるんだ。武器は硬ければ硬い方がいい」
「レベル50あれば少なくとも10メートル程度の木から飛び降りた程度じゃもう死なないからなぁ……」
軽く足をひねったり、着地を失敗し打ち所が悪いと動けなくなるが逆に言えばその程度だ。
現実の価値観に縛られているといつまでたっても強くなれない。
多少無理な動きは成立するぐらいにはこの肉体は優れているのだから。
「戦いが苦手なプレイヤーはそこの意識の切り分けができないんだろうよ」
「ブルーが言うと説得力が違うな。木の上を飛びまわりながら移動するだけある」
そういえば刃歯も同じように木の上を飛んで移動していたな。
「あれは【風魔法師】を選んだプレイヤーの必須技能だ。身軽になれるんだ。ENDが低い以上、後衛職は相手の攻撃を被弾しない立ち回りを覚える必要がある。ま、俺は【剣士】の速度向上に利用してるけどな」
魔法剣士スタイルの強みだろう。
MPをバフに、SPを攻撃スキルに割り当てるので無駄が少ない。
「ステータスは上げるだけ上げておいて損はない。そうだな……例えば俺とシルバーが今本気で戦えば、おそらく俺は負ける」
「……それはどうしてだ?」
想像に反して、自己評価が低い。
というよりも俺の評価が高いのか。
「対人経験の差だな。……不快に思ったら申し訳ないが、銀髪の少女を背中に背負ってPKクラン戦で最前線を笑いながら駆け抜けていった鬼畜……プレイヤーがいるって情報を見た。あれ、シルバーのことだろ?」
「あ、うーん、まぁはい」
どうやらどこかで晒されていたらしい。
名前はバレていないようだがまぁ、目立つ<アルカナ>と戦闘スタイルの自覚はある。普通に背後にぷかぷか浮かんでるからな。
「参加せずにネビュラにいた俺が言うのもなんだが、対人戦闘を中心にやってきたシルバー達は正直言って良くも悪くも頭のネジが一つ外れている。いや、俺も同類か……」
それはモンスター狩り専門のプレイスタイルのブルーだからこその視点だろう。
プレイヤーには大別して4種類のタイプがいる。
戦闘ができないりんご飴のような非戦闘プレイヤー。
モンスターハント専門のブルーのようなプレイヤー。
逆に人との戦闘にのみ興味がある対人専門のゴーダルのようなプレイヤー。
モンスターも人も平等に倒し倒されを楽しむ俺のようなプレイヤー。
「あとは……そうだな、お互いが必殺の間合いに入った時判断能力の速さで、とっさの機転で、そういう副次的なもので競り負けると見ている。対人戦に必要なのは正確な読みと手札の豊富さだ」
ブルーは冷静に話を続ける。
彼にとっては、事実を話しているだけなのだろう。
「ただ、その差を埋めるのがステータスで、スキルだ。選択肢があればそれだけ択を押し付けられる。そもそもENDやHPが高ければ削りあいで競り負けることなく勝てる」
そもそも攻撃が通らなくなるからであろう。
今、ホーンラビットの攻撃を受けても1ダメージしか受けないのではないだろうか?
「このゲームではプレイヤースキルはどうしても明確な差として現れる。ただ<アルカナ>という差別化要素が存在するんだ。まずは、自分に合ったビルド構成を組んだうえで最善を尽くす。プレイヤースキルが劣ってるから勝てないなんて諦めるのは早計だな」
「ほう……ならどうするんだ」
ブルーはにやりと笑った。
「サフィに今後一切触らせない、と彼女に宣言する」
「……え」
「それだけで、少なくともシルバーの<アルカナ>は機能停止するだろうな」
せ、性格わりぃ……
これ以上ないほどに効果的なのは確かだ。
ただ、それは一つの弱点がある気がする。
「……え……サフィちゃんにもう触れないの?」
「え゛!?」
そこにはサフィを抱えながらうるんだ瞳でこちらを見つめる銀の悪魔がいた。
会話に入っていなかっただけで、当然いる。
すぐそばにいたのだ。
「う、嘘よね……」
「え、ええ、と」
「サフィちゃん……さよなら……」
「う、うそです! 噓ですとも!」
「……ほんと?」
「ほ、ほんと、だ! なぁサフィ!」
「きゅ? ぐぎゅあ!」
サフィは主人のこともなんのその、もっとなでろと一声上げた。
そして、そのままうやむやに……
「~♪」
先ほどまでの涙目はどこに行ったのか、いつの間にかユティナは笑顔でカーバンクルをモフる作業に戻っていた。
……一体誰に似たんだろうな。
☆
「そういえば、最近、現環境最強ビルドが生まれたって話題になってるんだがクロウは知ってるか?」
「いや、知らないな」
とりあえず最強って言って話題を集めてるってパターンじゃないのか。
「【剣士】と魔法職の魔法剣士スタイルじゃなくて?」
「それは汎用性が高い組み合わせってだけだ。驚くなよそのジョブはなんと……【園芸師】なんだとさ」
「……マジ?」
「大マジだ。【園芸師】のジョブに《花の福音》というスキルがあるのは知ってるか?」
「ああ」
知ってるも何も俺がこの世界で一番最初に見たスキルだ。
いつか余裕ができたら、就こうかなと思っているジョブの一つである。
《花の福音》は植物すべてがスキルの指定対象で、耐久性向上、生命力向上、耐性向上など様々なバフをかけることで植物が長持ちするスキルだ。
「それなら話が速い。<アルカナ>で最初に選べる種類の中に植物が存在するだろ?」
「炎属性が弱点になりがちの奴な」
それはある種の複合属性みたいなもので食虫植物に始まり、花の妖精、蔦の竜、木のゴーレム等々、要は植物の要素を兼ね備えた<アルカナ>もいるということだ。
炎属性が弱点になりがちであるため、一部のプレイヤーを除き選ばれにくいみたいなのは聞いたことが……
「え、いや。それあり?」
「ああ、ありらしい。植物の要素を内包した<アルカナ>に対する《花の福音》によるバフの成立。趣味ジョブを育てた戦闘職のプレイヤーによってこれが確認されて……そして実戦投入されたんだとよ」
なによりもバフの効果が大きかったらしい。
「エリアボスモンスターのプレイヤーによるソロ討伐実績。まだ世界でほとんど観測されてないそれを、ある程度の再現性を確保した上で攻略方法の開示を行ったんだ」
《花の福音》は植物を元気にする。生命力を増やす。頑強にする。健康状態をよくする。そんなスキルだ。
これを<アルカナ>に付与すると……
常時HP回復の付与。
HPの上限上昇、ENDの上昇。
斬撃耐性他、氷、炎等多くの各種耐性の獲得。
状態異常耐性の付与。
「弱点を補いながら、耐久が上昇し常時HP回復による経戦能力を確保できるようになったガーディアンが完成するわけだ。植物系の<アルカナ>は直接の火力は低いが絡め手や時間が経過するほど有利になるのが多いからな。うまく嚙み合った形らしい」
戦闘が苦手なプレイヤーでも<アルカナ>主軸で戦えるようになるのが<ガーディアン>の特徴だが、その中でも一つ戦闘能力がとびぬけているようである、が。
「それだけでエリアボスモンスターの討伐は難しくないか。相性が良かったとか?」
「その通り。【毒術師】が<アルカナ>を盾に遠距離から毒の状態異常を付与してひたすら回復連打の粘り勝ち。しかも速度が遅いタイプのモンスターを拘束して動きを鈍らせ状態異常の減衰効果も気にせず45分以上ひたすらねちっこく攻め続けた結果だとさ。<プレデターホーネット>みたいな高火力、高速、毒耐性持ちだったり、回復能力持ちには使えない戦法だな」
「DoTか。基本に忠実と」
それでも格上相手に粘り勝ちできるのが立証されたのが大きいわけだ。
何よりも、植物系の<アルカナ>のプレイヤーにとっては朗報だろう。
最強ビルドというわけではないが、理論上最強になりうるのではないかという話しだ。
確かに今後レベルが上がれば、<アルカナ>が成長するようになれば、より凶悪度を増していきそうである。
そしてこの情報が示すのは今後の一つの可能性だ。
「趣味ジョブが結果を残したってことは、だ」
「始まるだろうよ。ジョブ開拓の時代がな」
今まで一部を除くと見向きもされてこなかった趣味ジョブと呼ばれるジョブに戦闘職のプレイヤーが群がることになるはずだ。
自らが戦闘スタイルの開拓者になるために、他者を出し抜くために。
「俺も何か探してみるかな」
「そうした方がいい。俺のおすすめは【剣士】とだけ言っておこう」
「俺は【呪術師】をおすすめしておくよ」
「ふっ」
「はっ」
結局自分が選んで組んだジョブが一番だということだろう。
人間、そんなもんである。
DoTとは……
damage over timeの略。
毒や火傷などのスリップダメージ(定数ダメージ、時間経過によるダメージ)でダメージを与えることを指す。
 




