第20話 夜会話
□ダンジョン都市ネビュラ クロウ・ホーク
路地裏は、依然として静かであった。
少し会話らしきものが漏れてはいるものの、静かだ。
そして、暗い。
「そういうことか」
街の真ん中に位置している大樹は、街そのものを照らしてしまう。
大通りなんか、構造上の都合か大樹の光だけで最低限の明かりが確保されるぐらいには明るかった。
そして、路地裏は影が差し、暗く、静かだ。
(住み分けなんだろうな)
住んでいる住人はともかく、商人や依頼、出稼ぎなどでこの街に訪れている冒険者は睡眠をとる環境が必要だ。
そして、人によっては大通り沿いの喧騒ではまともに眠れない場合もあるのだろう。
多くはcloseの看板が外れ、薄い灯りや話し声が漏れている。
つまり多くは宿屋だったわけだ。
「……明かりはついてるな」
そして、呪物屋シャテンに到着した。
いまだに明かりはついているので、レイラーはいそうではあるが。
「ん?」
「……もう夜だぞ」
ガチャリと扉は開き、中からレイラーが出てきた。
《気配感知》か。
「もう店は閉まってるのか?」
「うちは18時までだ。表通りでバカ騒ぎしてる連中と一緒にするな。営業時間はもう過ぎてる。あと、レベル上げはどうしたよ」
「終わったぞ。レベル86。オーダー通りだ」
「……はぁ、入れ。なんか用事があったんだろ? ラリーはもう寝る準備に入ってるから静かに頼む」
ため息をつきながらも手招きされた。
「お言葉に甘えまして」
「あと……そこのお前さん」
「私よね? 何かしら」
レイラーは、ユティナのことを指名し。
「よければラリーのことを見てやってくれないか?」
ラリーのことを見ておいて欲しいと、依頼をしてきた。
ユティナは俺の方を見てくる。
(なにか重要な情報があれば逐一共有するよ)
(わかったわ。私はラリーの傍にいるわね)
「ええ、昨日の部屋よね?」
「ああ、助かる」
そう言ってユティナは店の奥の方へ進み、俺は店のカウンターの前にいくつか椅子がありそこに座るよう促された。
「ユティナだー!」
……ラリーめっちゃ元気だな。寝る準備とは?
そして、レイラーは定位置とばかりに、カウンター向かいの席に座った。
「こんな夜に訪問しておいてなんだけど、明日に向けての準備とか忙しくないのか」
「一日二日前で忙しそうにしてたらダメだろ。俺がやるべき準備自体はとっくに終わってる。お前さんを誘ったのと、商業ギルド経由で推薦を受けた旅人の手配を追加で済ませてあとは細かい調整で終わりだ」
「あー、それもそうか」
あくまでレイラーは代理のような立ち位置らしいしな。
きっとネビュラ支部のギルド長はギルドの方で今頃明日に向けて準備しているのかもしれない。
「まぁ、ちょうどいいか。明日説明する予定だったが、今できるならそれはそれで俺としても非常に楽だ。悪いが俺の用事から先に済まさせてもらうぞ」
レイラーは地図をその場に出し、カウンターに置いた。
「ココナ村までは魔車で30分かからないぐらいだ。今回の星天の日は南側のレルー湿地帯が荒れそうでな、俺はそっちの対処にいくからお前さんにはまるきっり逆側を担当してもらうことになる」
地図のちょうど上部あたりを示される。
すぐそばには山があるらしい。
「村に外壁とかはあるのか?」
「当然ある、が空を飛ぶモンスターまでは対処できるもんではないな。対空結界みたいな高価なもんは置いてねえ」
「対空結界って……この街にはあるのか?」
名前からして蝙蝠型や鳥型のモンスターに対処するためのものだろう。
「当然だろ。普段は使ってないが有事の際は外壁の耐魔防壁と一緒に発動する……って。ああ、そうか、大結解の宝珠に組み込まれてるからな。ルセスにいたんじゃ意識したことねえのか」
いや、大結界の宝珠万能すぎだろ。
ダメージ減少HP回復に加えて今度は対空結界機能完備ですか?
「んでだ。わざわざこんなところにココナ村があるのは、言ってしまえば星天の日を迎える際の防波堤のひとつだな。一応産業として、ダンジョンの影響かつ山、この場合ザウグ山脈近辺でしか栽培できない<ムルッシュ>っていう果物がある。ただ魔域にすぐ隣接しているところでもあるんで元冒険者や現役の冒険者中心に発展している小規模の村だ」
魔域というのは、俺達プレイヤーにとってのエリアであり彼らNPCにとっての呼び名らしい。
モンスターが生息する領域、魔に染まった領土、そういった意味があるそうだ。
「1週間前の段階である程度間引きは終わらせてあるが、俺含めて兵士や冒険者の主戦力はレルー湿地帯の方の作戦に参加することになっている。いわゆる予想外が起きた時に対処できる人材が今回不足してるんで、お前さんに頼んだってわけだ。ほかにも、大体30人規模の旅人が参加する予定だ」
戦力としてみれば、俺が言うのもなんだがかなりのものだろう。
少なくとも<アルカナ>を加味すれば60もの戦力が加わったに等しい。
「お前さんには迎撃班か、もしくは防衛班に出てもらう予定になっている」
「迎撃班?」
「そうだ。周囲の確認を行う偵察班、魔物を魔域内で対処する迎撃班、村を守護する防衛班だな。詳しくは向こうで説明があるから、そこで確認してくれ。言葉よりも実際に現場を見た方が理解しやすいはずだ」
そう言ってレイラーは話を締めくくった。
「何か質問は?」
「明日はどうやって向かえばいい」
「魔車を手配してある。明日渡す予定だったが、この様子なら今渡してもよさそうだな。北門の兵士に見せれば手配してくれる。他の冒険者と相乗りになるかもしれないが我慢してくれ」
「わかった。明日は直行することにするよ」
レイラーから書類を渡された。
前日から移動をしとくということにはならないらしい。
「準備しておいた方がいいものはあるか?」
「一応魔力回復薬とかの配給は現地であるが武器とかの消耗品は個人負担だな」
「それ以外は? 例えば、これとか……」
そして、俺は一つの商品を指し示す。
「……お前さん、正気か?」
正気も正気さ。
「ネビュラの<ナイトウルフ>は山暮らしなんだろ? いざって言う時のために持っておいても損じゃないと思ってな」
<狼恨の邪香>。
狼型モンスターのヘイトを集める道具であり。
「囮役ぐらいはできるぞ」
レイラーが懸念している、おそらくの可能性の一つだろう。
レイラーはしばらく俺のことを見つめ。
「それはサービスだ。持ってけよ」
突然そんなことを言い出した。
「サービスばっかだな、これでも臨時収入が手に入ったから買わせてもらうぞ。断る」
故に俺はそれを断った。
「これはギルドからの正式な道具の配給だ。断るな」
断るのを断られた。
やはりこの店の商品はギルドに直接おろしてるのだろう。
客に売れなくても問題ないのは他に収益が見込める取引相手がいるということだ。
「その代わり、だ。お前さん今、呪いの武器ないだろ?」
「……よくわかったな」
「勝手な推測さ。呪いの武器の消耗は早い。お前さんは金欠で、さらにダンジョンでのレベル上げの強行軍だ。お前さんのレベルじゃまともな呪物なんてそうそう作れねえだろうしな」
やはり、【呪術師】としては向こうの方が良く知っているらしい。
「だから、道具はサービスしてやっから武器はうちで買っていけ。それでいいだろ」
ここがお互いにとっての落としどころか。
「よし、20000スピルで買えるだけ頼む!」
5000スピルはこの後の食事代や予備費として残しておく。
「……ダンジョンで7階層を潜ったんだよな?」
「ああ、7階層から9階層だ」
「今なら8階層で落ちる魔石は大体40スピル弱だから……500体以上、か。やりすぎだ。そりゃレベルも上がるわな」
大体あってる。
「はは……お前さん、さてはバカだな?」
俺のこの一日の成果を聞いてレイラーは呆れるように、しかし、はじめて自然な笑顔を浮かべていた。
「だから期待してくれていいぞ。なんせ俺の依頼達成率は100%だからな」
「はっ。抜かせ、駆けだし冒険者め」
☆
「それで聞きたいことがあるんだっけか。ケチなことは言わねえからとりあえず言ってみろ」
レイラーは商品だろうか、いくつかの武器を取り出している。
「《呪物操作》で2個以上動かせないんだけど、なんか条件とか知ってるか?」
「そうだな……。まぁこれでいいか。ほれ、動かしてみろ。見ててやる」
そして、一つの小剣を渡された。
***
呪われた小剣
装備可能条件:合計Lv50以上
耐久値:100/100
装備補正:STR-180
装備スキル:《怨嗟の傷》
【首】を殺傷した場合、確率で一定期間の間対象の【発声】を阻害する。
首以外攻撃時、与えるダメージを-99%。耐久値損耗量上昇。
***
(え、強くね?)
確実性はないが、対人戦においてはメタ装備になりうるだろこれ。
場合によってはスキル発動の阻害効果だぞ。
……いや、よく考えればステータスやプレイヤースキルが高い相手ならあんま意味はないのか。
的確に首に攻撃を当てれるなら、さっさと別の武器で刈り取った方が速い。
とりあえず言われた通り動かしてみることにする。
「《呪物操作》」
そのまま今まで通り動かそうとし……なぜかレイラーの動きが止まった。
「お前さん、なにをしている」
そして、信じられない物を見るような目で俺のことを見てきた。
「いや、言われた通り動かそうとしてるんだけど」
「違う、そうじゃ……いや、そのまま小剣を好きなように動かしてくれ」
「お、おう」
取り敢えず動かしてみる。
俺の身体の周りを下から上に囲うように動かす。
急停止しそのまま同じ軌道、同じ速度で元の位置に戻す。
その後は可能な限り早く下から斬り上げ、そのまま切り返すように振り下ろす。
ついでに適当に素振りでもさせておくか。
あとは。
「待て……今から俺が指示を出した通りに動かせるか?」
「まぁ、やってみるけど」
俺は周囲の環境を記憶し、整理し、情報として更新した。
そして、指示された通り店の中を動かしていく。
商品と商品の間を潜り抜け、光源のまわりを回転し、これでもかと勢いをつけながら商品手前で旋回運動をさせる。
指示された内容に対して一切ラグが生まれないように応えていく。
「……小剣は見なくていいのか」
俺はずっとレイラーと視線を合わせており、小剣の方は見ていなかった。
商品に当たるかの心配だろうか?
「このぐらいなら見なくても問題ないな」
すでに位置関係含めこの空間の情報は収集済みで小剣についても《呪物操作》の感覚は掌握済みだ。
今の配置ならいくら動かしても商品に当たらないと確信を持って言える。
断言してもいい。
昨日とほとんど商品の配置が変わってないため客は来ていないらしい。
「嘘じゃねえな……」
「嘘をつく必要もないしな」
「そうか。なら次はこれだ」
そのまま彼は。
「《呪弾》」
放たれた呪いの弾丸は商品へと当たる軌道を描く。
故に防ぐ。
「……これでいいのか?」
「ああ、それでいい」
呪われた小剣を操作し、刃の部分で受け止めておいた。
威力はほとんどなかったのだろう。
呪いの弾丸はそれだけで止まった。
そして。
「まぁ大体わかった」
俺は。
「次が最後だ」
首を。
「《死ね》」
──黒が迫る。
「……よく、躱したな」
レイラーは俺の頭へ向けて攻撃を放った。
「明らかに狙われてたからな」
俺は首を傾け躱した。
それだけだ。
「お前さん、なぜ頭を狙われると確信していた。今のはそれ以外の可能性を完全に排除していた動きだ」
今までレイラーは心臓を狙って攻撃してきていた。
その前情報を持っておきながら、他の位置を攻撃しないと確信していたのが不思議なのだろう。
ただ、なんでかって言われてもな。
「正直言って、もし身体を狙われてたら俺は避けきれない可能性が高かっただろうな」
「続けろ」
警戒はしていたとはいえ、座っているため態勢が悪く距離も近い。
回避行動を取ったとして、しかし、体のどこかしらに直撃する可能性が非常に高かった。
それほどまでに今の一撃は起こりから攻撃までが短く、圧倒的な殺意で満ちていた。
今の一撃は、そういう一撃だった。
当たるだけで重要部位の欠損に関わらず俺は死んでいただろう。
文字通り、当たれば即死の攻撃だ。
「ただ、レイラーがそんな理不尽なことをするわけないって思ったんだよな」
「……」
彼はいつだって、相手を見極めんとしていた。
俺のことを観察し、反応を確かめ、どこまで使えるかを図ろうとしている。
ただ、それとは別にこちらに対する彼なりの気遣いというのも確かにあったのだ。
最初に俺の合計レベルを確認したのは、不意打ちを試しても問題ないか知るためだ。
ついでに気配を消すモンスターに背後から奇襲されても対処できるかを確かめたかったのだろう。
わざわざレベル上げという強行軍をけしかけてきたのも、俺が長時間の狩りが可能か確かめるためだ。
星天の日は夕刻から夜にかけてがピークになる。
つまり、数時間単位のクエストになる。
環境が近い【月光の樹海】で予行練習しておけという遠回しのアドバイスのようなものだった。
レベル上げという別の理由で隠していたし、本人は否定するだろうけどな。
今回もそうだ。
相手が避けれる余地を残し。
その上で最大限の殺意をぶつける。
俺のレベルを、体勢を把握したうえで、できうる限りの最大を。
だから、狙われるなら首から上だろうなと読んだ。
これなら躱すとレイラーが俺を信じるのを、信じた。
「これじゃ不服か?」
大体あってると思うんだが。
果たして。
「……お前さん、性格が悪いってよく言われないか?」
「どうして急にディスられたの俺!?」
今回は悪くなかったはずだけど!?
「お前さんのその人読みの精度、相手の思考を読み取る能力。ようは相手が嫌がることを汲み取る力も高いってわけだ。王都の方でもなんかやったんじゃねえか?」
「……」
「図星だろ」
ちょっと身に覚えがないですねぇ。
あれは全部メリナが悪いと思うのです。
(ブーメラン)
(ユティナさん!? 心の中を読まないでください!)
(こっちに声が漏れてたわよ)
私は無実です。
「そういえば今の攻撃はなんだったんだ?」
背後を見ても攻撃の後は一切ない。
《呪弾》ではなかったようだし。
「簡単に言えば生物に対する状態異常【死】の付与だ」
「……えーと、即死攻撃ってこと?」
「攻撃ではないな。あくまで【死】という状態異常を付与するだけだ」
「想像以上に理不尽だった!?」
なにその概念系能力みたいなスキル!?
いや。
「……状態異常なら、解除もできるってことか」
「やっぱお前さんは察しがいいな。話が速くて助かる。当然回復アイテムは手元にあるぜ」
レイラーは真っ黒な液体が入った瓶を取り出した。
直撃したらあれを俺にかけるつもりだったのだろう。
「はは、こんにゃろう……」
対象を仮死状態にするスキル、といったところか。
「悪いが、さっき渡した書類をいったん返してくれないか?」
「お、おう。これでいいか?」
引き気味にレイラーに先ほど渡された書類を戻すと、彼は判子を取り出しそれを押した。
「それは?」
「ちょいと押し忘れててな。悪かったな、返すぞ」
書類を再度渡されたので、アイテムボックスに入れ直す。
「……とりあえず、MPやINTを盛れ。あとは全体的に【呪術師】のスキルレベルを上げろ。それで増やせる」
やはり、ステータスやスキルレベルに依存しているようだ。
「やっぱ条件達成すれば増やせるんだな。助かったよ。あと、この武器消費MP多くね?」
すでにMPが1割飛んで2割近く減っている。
これでは魔力回復薬のクールタイム込みで間に合わずにMPがすぐに尽きてしまう。
「あー、悪かったな。そういやぁ今のお前さんじゃ少し込めた呪いが強すぎた。込める呪いは必要最低限にしとくよ。スキルよりもある程度頑丈なだけの武器の方が今のお前さんのスタイルに合ってるだろうしな」
優秀なスキルほど呪いは強くなり、結果的に消費MPは上昇すると。
レイラーの口ぶりからするに、適正レベルの呪物を操作する分には消費MPが軽減されるみたいだな。
自分の身の丈に合った《呪物操作》を、ということなのだろう。
「スキルがいらねえなら少しは安くなる。その分、数を増やしておいてやるよ」
「おお、まじか。本当に助かる」
確かに、下手に装備スキルがついた物よりも、純粋に耐久値が高い呪いの武器の方が俺からするとありがたい。
「……お前さん、【呪術師】になったのはいつだ?」
「ん? えーと、2週間ちょいぐらい前だな」
現実はともかく、ゲーム内の時間で言えばそれぐらいだ。
「はぁ、俺がどれだけ……まぁいいか」
疲れたような嬉しいような、複雑そうな顔をした後。
「クロウ」
レイラーは俺の名前を呼んだ
「なんだ」
「任せたぞ」
なにを、なんて聞く必要はないだろう。
そんなもの決まっている。
「最善は尽くすさ」
俺は気軽に、当然のように、何の気兼ねもなくそう答えた。
そして、星天の日を迎える。
 




