第19話 星天の日 前夜
□月光の樹海 8F クロウ・ホーク
「あ、壊れた」
ダンジョンに潜り5階層を突破してからはや14時間以上。
途中3時間ほど仮眠を取ったのでゲーム内の経過時間は20時間を超えたか。
現実世界も日を跨ぎ深夜を迎えている頃だ。
ログアウトで休憩を挟みながらも、俺はひたすらレベル上げに励み……そして、手元に残っていた<呪われた片手剣>が全てお亡くなりになりました。
「<月鳴りの剣>があってほんとよかったな……」
「あのままだったら【武闘家】になるしかなかったわね」
「今までの戦闘スタイル全捨てはきついって」
雑に一本《呪爆》に使用したため残り4本だったが、1本につきおよそ4時間ほどでご臨終である。
かなり丁寧に扱ってこれなので、やはり武器の消耗が激しいと言わざるを得ないだろう。
その代わり《呪物操作》もかなり精密に操作できるようになったと思う。
距離の制限としては大体20メートルほどが限界だ。
しかし、同じ<呪われた片手剣>でも21.3メートルのものもあれば、19.6メートルのものもあったりとものによって制御できる距離が違っていた。
操作する呪物に依存するということなのだろう。
同様に同時操作の個数を増やせるかの確認もしていたのだが、現状だと1つが限界だった。
手ごたえはあるのに2つ目はまったく動かないので、これも出力に制限がかかっているのだろう。
<呪われた片手剣>でも<呪われた投げ石>でも同じだったので、込められた呪いに関係なく決まっているらしい。
これに関しては他の方法を探すことになるな。
【高位呪術師】になれば変わるのかもしれない。
「もしくはステータスに依存、とかだろうな」
INTが1000ごとに1個増える、とかありえそうではある。
しかし、詳しくは記されていないのでどこかのタイミングで調べた方がいいだろう。
レイラーに聞いてみるのもありかもな。
「それにしても、フル稼働し続けたからどうにかなったな!」
「……よく集中力が持つわね」
ユティナは呆れたようにそう言ってくる。
たしかに100体はくだらない数を俺は狩り続けていた。
俺の記憶が正しければ、合計682体。
9階層から7階層にかけてシャトルランよろしくひたすら駆け回り、モンスターがリポップしてそうなところを虱潰しにした結果である。
これができた理由は2つ。
まず地図の存在のおかげで煩わしい罠などもすべて無視でき狩りのみに集中できたこと。
そして、予想に反して冒険者がダンジョンにいなかったことだ。
おそらくになるが、プレイヤーはみなインスタンスダンジョンに潜り、NPCは星天の日の準備でダンジョンに潜っているのは駆け出しの一部ぐらいなのではないだろうか?
ベテランは全員駆り出されてそうな気がするな。
下の階層にいたのは外回りが難しい駆け出しの冒険者だけなのだろう。
安全かつ快適な環境をほぼ独占できたのが大きい。
しかし、クラン戦で使わなかった魔力回復薬も使い切ってしまった。
第3の手とでもいうべき《呪物操作》を常に使用し続けた結果でもあるし、レベル40からはさらに必要経験値が増えるのだ。
計画的にギルドクエストなどと絡めた方が結果的に早くレベルが上がったりするのだろうか?
加えて、体感になるがダンジョンで出現するモンスターの取得経験値は外の世界より低い気がする。
ダンジョンでリポップする個体は、生存競争がないため【経験値】が少ないということなのだろうか?
ただ、ここまでレベル上げに没頭できた理由は単純である。
「ふっふっふ、この集中が持つ秘訣を知りたいか?」
「別にいいかしら……」
「まぁそう言わずに」
「話したいのね」
ユティナも前のように休眠状態になっていたが、その間も俺はひたすら行動し続けていた。
そして、なぜこれができたのか。
「それは深夜テンションさ!」
深夜テンション。
それは全てのゲーマーの味方である。
謎にテンションが上がり、疲労と無心のちょうど狭間になるこれは、いわゆる気分だけが乗り雑念が入らない理想的な状態だ。
バランスが崩れるとダメだが、それまでは適度な集中を保つことができる。
ちょうど今、いい感じに仕上がってきたところだ。
仮眠は夜取ったし、ゲームの中もずっと真っ暗の中であるため常に維持し続けている。
陽の光? 太陽? なにそれおいしいの。
月光の樹海という夜が固定されている特殊な環境によってか、己の時間間隔がそろそろ狂ってきそうではあるがこれでいい。
「否、これがいい!」
今が一番乗っているのだ!
さぁ行こう!
楽園はすぐそこだ!
「うおおおおお! テンション上がってきたああああ!」
すると、ユティナはどこか優しい目になり。
「……ああ、疲れてるのね。早く戻って休みましょうか」
なぜか、そんなことを言ってきた。
「あれ、どうしてそんな眼で俺のことを見るんだ?」
「いいのよ。目的は達成したのだし、ゆっくりしましょう?」
「おーい、ユティナさーん」
合計レベル86。
レイラーから受けたレベル指定条件を達成し、俺たちはダンジョンを戻っていった。
☆
地図を参考に最短経路で戻っていく。
5階層を戻り4階層へ。
ここまでくれば、次の階層門までもすぐに着く。
目の前には外につながる門があった。
2日後というのはあっという間というもので、もう明日には星天の日を迎える。
丸一日近くダンジョンに籠っていたので、外の空気に慣れながら準備を進めなければならない。
「外の時刻は夜かしら? レレイリッヒは眠らない街って言ってたわよね」
「あー、どういう意味なんだろうなあれ」
眠らない街と言えば大都市に対して言われるな。
発展した都市は光源に常に照らされ夜の間も明かりが煌々とついてることを表現した言葉のはずだ。
「まぁ、出ればわかるか」
そして、俺たちは門を抜けた。
「……は?」
門の外に出ると、おそらく広場のその近くにでた。
なぜおそらくなのかというと、予想していた光景と違ったからだ。
おかしい。
現在時刻は夜のはずだ。
王都ルセスも夜に酒場などは開いていたし、冒険者ギルドも遅くまで開いていた。
ただ、これはあまりにも。
「明るすぎる」
何がどうなって。
「……クロウ、あれ」
何かを見つけたようなユティナの声に釣られて俺は振り返り、
「……眠らない街、か」
なぜ、そう呼ばれているのかを理解した。
当然といえば当然だ。
ダンジョン【月光の樹海】の影響を色濃く受けた存在が、すぐそこにあったではないか。
街の中心にそびえた立つ天を衝くほどの巨大な木はこれでもかと光輝いており、周囲に魔力光とでもいうような色とりどりの光を放ち続けている。
それらの光は星の様に瞬きながら天高く昇っていき、空気に溶けるように消えていく。
ダンジョンの中で見ていた光景と同じでありながら、明らかに異質さが、そして規模が違った。
ここがこの世界とあの世界を繋ぐ起点なのだとでもいうように。
その輝きは祝福の光か、はたまた災厄の予兆か。
「月光によって生み出されて漏れ出した魔力や生命力が、空気に溶け込んでいってるのか……」
レイラーが周期的に起こるといっていたが、その判断はこれでしていたのだろう。
ダンジョンに潜った今ならわかる。
これは明らかな異常だ。
前日でこれなのだ。
明日は、一体どれほどのものになるのだろうか。
それは周囲にどれだけの影響を与えるのか。
想像に難くない。
そしてこの異常こそがここでの日常だ。
人々がダンジョン【月光の樹海】という環境の恩恵を受けるために必ず迎えなければならない日。
それが、星天の日。
「期待させてくれるなぁ、おい」
これだ。
これを待っていた。
これこそが求めていたものだ。
目の前の光景を、この街を、目で、肌で、匂いで、味で、五感でひたすら周囲の情報を集め記憶する。
現実のようでありながら、非現実的な経験を求め俺はこの世界に来た。
戦い。いいだろう。
食事。それもいい。
ただ、やはりと言うべきか。
俺はこれを求めていたのだ。
「うん、この街に来て良かった。な、ユティ……」
俺は、ユティナに話しかけ──
「きれい……」
彼女の空気に溶けるように消えていったその言葉を聴いて、止めた。
「……」
「……」
そこからは、俺も静かにこの光景を眺める。
周囲は明日に備えてか、未だに喧騒があった。
俺たちがダンジョンに潜っている間に色々な準備が進められていたのだろう。
聞き耳を立てれば魔車を10用意したやら、既に周辺の街に段階的に配置が進んでいるといったような内容が聴こえてくる。
「レイラー曰く、当日はもっとすごいらしいぞ」
どれだけそうしていたか。
タイミングを見計らい再度ユティナに話しかけた。
「それは……凄く、凄く楽しみね!」
ユティナは本当に楽しみだというように笑い。
「ああ、そうだな」
俺も楽しみだと、一緒に笑った。
☆
「25000スピル、だと!?」
1日ダンジョンに籠り魔石を拾い集めた。
そして、魔石買取所で換金した結果が25000スピルだ。
「えーと、だいたい15時間潜ってこれだから……」
移動時間を考えなければ時給換算約1600スピル。
「蜂蜜結晶の納品依頼だと……<カイゼン樹林>までの移動時間が往復30分でモンスターを倒しまわりながら<ハニービー>を探し出して採取するのに大体3時間から4時間。それで1500スピル。恒常討伐依頼と合わせて3000スピルに届かないぐらいだったから」
約2倍、しかも出来高に応じてどんどん増えていく。
いや、他のクエストと並行したり、生産してポーションや武器を作ったり色々すればさらに稼げるのだろうが、単純計算だとそれぐらいなのだ。
移動も地図があれば楽で、モンスターは無限にリポップし続けるから探す手間も少ない。
そして、【迷宮装備】やフォレストゴーレムから入手した魔石の換金はなくただの魔石だけでこれだ。
……まぁ、レアドロップはあれ以降なかったが。
それでも、深く潜ればさらに増えるとみていいだろう。
同じレベル帯でも、これだけの差があったのだ。
圧倒的効率である。
「星天の日の近くは魔石の買い取り額が少々高くなるので、本来であればもう少し低いですね」
「それは何か理由があるんですか?」
受付の男性は、今が少し特殊な例だと言うので理由を聞いてみる。
すると、すこし言いにくそうに話し始めた。
「ダンジョン内部でのモンスターの出現率が上がってまして、危険度が高くなってるんです。合わせて、ベテランの冒険者の方々が周囲の探索に向かわれますからね。あとダンジョンはその……」
買い取り所の人は言いよどむ。
「あー、わかりました。大丈夫です」
俺がそう言うと、顔にはでないものの少しほっとしたような空気を醸し出した。
魔石を持ち帰るためには生きて戻ってこなければならない。
そして効率よく稼ぐにはダンジョン深くに潜らなければならない。
深く潜るほど、戻ってくるのにも時間がかかる。
加えて旅人、つまりプレイヤーはログアウトなどで休むことはできるが、この世界で生きている彼らは違う。
ダンジョン探索は文字通り命がけであり、ダンジョンの中で衣食に加え睡眠すべてを満たさなければならないのだ。
アイテムボックスがあるとはいえ、それは非常に厳しいだろう。
ボスエリア前のセーフティーエリアを有効活用しなければまともに休息も取れないのだ。
1階層から4階層だと稼げないしな。
簡単な内訳をみても6階層以上とは買い取り価格が最低でも2倍近く差があった。
極端な言い方をすれば苦労に対して割に合わないのだ。
俺が潜っていた6階層から9階層あたりが日帰りギリギリのラインだろう。
そう考えると逆に37階層まで攻略済みってところが驚きだ。
ダンジョンという環境は5階層ごとに50レベルほど適正レベル帯が変わるような感じである。
それはつまり合計レベル370、俺たちプレイヤーでいうカンスト付近まで探索しきったNPCがいるということだ。
NPCにとっては魔石よりも月光石や月光草、モンスターの素材の方がよっぽど生活に身近なのに、ダンジョン探索者と呼ばれる彼らはそんな偉業を成し遂げたのだ。
「いえ、それではほかにご質問等ございますか?」
「ないです。ありがとうございました」
「はい。またのご利用をお待ちしております」
買い取りを済ませ、俺はその場を後にする。
(唐突な臨時収入だな)
周囲は全くと言っていいほど喧騒が止まる気配がないので、買い出しなどもできそうではあるが。
「クロウ、レイラーのところに行くのよね? 行きましょう」
ユティナはわかっているとでもいうように、そう言ってきた。
可能であれば、彼にいくつか話を聞きたいと思っていたのだ。
もしかしたら、明日に備えての準備で会えないかもしれないが、行くだけ行ってみることにしよう。
「よし、その後はレレイリッヒおすすめの飯屋でご飯にでもするか! パスタが美味いらしいぞ」
「それはいいわね!」
ユティナとそんな話をしながら、俺は路地裏に歩みを進めた。




