第36話 竜人と商人と盗人と
お待たせしました
□交易都市サンドヴェール ブランケット商会本館 大廊下
「よいですか、兄上。見眼麗しい方がいても口説いてはいけませんよ。特に注意すべきは鬼族、鹿人族、牛人族の方です。私たちは国の代表としてここに来ているのを、ゆめゆめ忘れることのないよう……」
「案ずるな! さすがの私といえども時と場合はわきまえるとも! 兄を信じろ!」
「……信じられていないからお目付け役として私も一緒に遣わされたのですよ。はぁ、楽しみにしていた読み物がたくさんありましたのに私の予定が台無しです」
側頭部から金の角を生やした少女……実際の年齢は100歳ほどであるが、エル・メル・アルタ・ヴァルドラーテは自らの兄に向けどこか呆れたような表情でそう言った。
竜人国ヴァルドラーテから遣わされた使節団が廊下を進む。
言い争う兄妹の背後には10名ほどの竜人族の兵士が毅然とした態度で付き従っていた。
「こちらにて商会長がお待ちになっております」
案内役の青年は緊張を滲ませながら扉の前で礼を取る。
「ご案内いただき感謝いたします……ほら、兄上も」
「うむ、大義であった!」
「……もう」
そのまま、扉の前にいた兵士の手により扉が開かれ2名の代表を先頭に一行は応接室の中へと入る。
「遠路はるばるよーくぞいらっしゃいました! ヴァルドラーテの皆様方!」
彼らを出迎えたのは豪華な衣服を身に纏ったケットシーだ。
その背後にはメイドや秘書、護衛が悠然と立ち並び無言を保つ。
彼こそが10大都市が1つ、砂の交易都市サンドヴェールを治める大商人。
「ぼくちんはブランケット商会会長! そして、このサンドヴェール代表を務めているブランと申します! この度は、竜人国と我らが連盟の国交回復におきまして皆様方を歓待する任を仰せつかりました! 長旅の疲れを癒して頂くと共に、お互いの……」
「うおおおおおおおおおおおお!」
「にゃにゃ!?」
瞬間、竜人国ヴァルドラーテ第3王子グラン・メル・アルタ・ヴァルドラーテは叫んだ。
ブランは驚きのあまり固まり、周囲に控えていた者達は何事かと構える。
注目を集めた男はゆったりとした動作で歩き出し、ブランの周囲に控えていたメイド服の獣人の女性の前で跪いた。
「おお! なんと美しいのだろうか! 私の名はグラン・メル・アルタ・ヴァルドラーテ! この愚かな私に、もし許されるなら、お名前をお聞かせ願えますか? 美しき君よ……」
女性の頭には羊人族の特徴である巻き角が生えていたが、今は些細なことだろう。
「は……はぃ?」
当事者である女性は涙目だった。
その声は明らかに引き攣っており、せわしなく周囲に視線を飛ばす。
それは何かをやらかしてしまったという恐怖によるものだ。
自らの雇い主の話を遮る形で向こうの代表が、王族の証である金の角をぶら下げ自らの前に跪いているのだ。
ブラン商会長の面子をつぶしたのでは?
そもそもなぜ己は口説かれているのか?
これ、断ったら国際問題になるのでは?
この状況を恐怖せずにはいられようか。
「そげぶ!?」
次の瞬間、王子は床に叩きつけられていた。
それを為したのはお目付け役としてこの場に派遣された少女である。
自らの兄を殴り倒したその顔は痛みと苛立ちで若干ゆがんでいた。
ひりひりと赤くなった手を隠しブランへ向けて笑顔を作る。
「大変失礼いたしました。どうぞ、この愚物のことはお気になさらず」
「え、あ……え?」
「お気になさらず」
「あ、すぅー……」
ブランは大商人の1人だ。
ありとあらゆる修羅場をくぐり抜けてきた交渉人である。
当然、この混沌とした状況にもいち早く最適な答えを導き出す。
「え、えー。仲良くしていきましょう! はい!」
結論、気にしたら負け。
こうして、竜人国ヴァルドラーテと商業連盟アーレの国交が正式に始まった。
☆
「ふおおおおおおおおおおおお! こ、こここ、これがかの大水晶ですか!」
ブランの前には7つの水晶が整然と並んでいた。
七晶竜の大水晶、いわゆる上級モンスターのレアドロップ。
そのどれもが宝石として一級品だ。
「うむ。我らが国境に隣接している<七竜の渓谷>に出没する7体の竜から入手した宝玉だ」
「なんと素晴らしいのでしょうか! もしやもしや、かの竜を討伐しこの核を入手なされたのは……」
「当然、この私だ!」
「おお! まさか、グラン王子自ら! 聞きしに勝る武勇! このブラン、感服いたしました!」
最初はどうなるかと思われた会合はその先行きの不安さとは裏腹に順調に進んだ。
それもこれも、ブランの手腕によるものだ。
グラン王子を立て褒めそやしつつ、時折メル王女を経由して必要な議題を進めていく。
「皆様方さぞお疲れでしょう。夜に歓待のパーティを予定しておりますので、この続きはその時にでも……今、案内のものをお呼びします」
七晶竜の大水晶を加工する職人7名の予定を確保し、自らが経営する高級宿を貸し切りすべく調整を行い、歓待の準備を済ませた。
関係諸国へ通達するとともに治安維持や護衛のための傭兵団や冒険者、旅人を街へと招待した。
そして、必要最低限の顔合わせを済ませ使節団の面々を滞在予定の宿へと案内する。
そのためのパレードの準備に交通整備の人員確保。
突如決まった使節団の訪問に対し短い日程でブランは完璧に応えてみせたのだ。
「……行ったかに?」
「行きましたねぇ」
「ふぃー、ちかれたー!」
「いやー、ピピが口説かれ始めた時はどうなるかと思いましたねぇ!」
使節団の面々が出て行ったのを確認し、ブランは大きく息を吐く。
それを合図に、この場に残っていた面々もこの後の仕事を為すために部屋から出ていった。
残ったのは、ブランとその背後に佇んでいた1人の蜥蜴人の男だけだ。
時計を見れば既に12時を回っている。
1時間近く喋り続けた喉を水を飲んで潤しながら、自らの護衛に声をかける。
「それで、ガスラディン。どうだったしー?」
「ああー……化け物ですねぇ。特に、あの王子様はやばい」
商業連盟アーレ、大商人が一角ブランケット商会会長ブラン。
そして彼の専属護衛ガスラディン。
合計レベル700の蜥蜴人の男は興奮した表情で嬉々と語る。
「俺以外の護衛じゃ時間稼ぎにもなりませんね。戦士長は化け物だって話は聞いたことはありましたが、ホンモノはまさに別格ですわ」
「マジ?」
「大マジです。それ以外の兵士も、そこらの雑兵じゃ相手にもなりませんよ。《竜化》して暴れれば下手したら都市が落ちる。先ほどまでいたあの10人はそれだけの戦力です。王族2名の護衛に値する精兵ぞろいっすわ」
「にっはっは! やばいにーそれ! グルード傭兵団にレスパ傭兵団。その他にもいろいろ呼びつけたけどいらない心配だったかにゃー」
「自衛って意味なら必要ですよ。少なくとも舐められずに済む」
竜人国から遣わされた内訳は王族2名に護衛が10名と非常に少ない。
だが、その実態は戦士長1名と竜人国の中でも上位の戦闘力を有する精兵10名。
彼らが本気で暴れれば、そこらの街であれば容易に陥落する。
そんな一線級の戦力だ。
「そうなると、やっぱ連盟に入って貰いたいなー」
「それは俺の仕事の範囲外です。ブラン様の腕次第ですよ」
「わかってるっつーに」
ブランは窓際に立ち街を見下ろした。
そこには、商館から出て街の中心を歩く竜人族の一行とそれを歓迎する民衆の姿。
「──ぼくちんはお金が好きだ」
その眼に浮かび上がるのはこれからのこと。
竜人国と国交回復に先駆けて大儲けをする自分の姿。
お金があれば大体のものは手に入る。
だが、お金では手に入らないものもある。
その一つが今回手に入るかもしれない。
「竜人国との国交回復を無事に終わらせれば、ぼくちんの格が頭一つ抜けること間違いなし! そうなれば、今後の発言力も増すこと確実ってーわけ!」
大商人は基本同格だ。
議会を滞りなく運営するために、そこに差は生まれないようにしている。
だからこそ。
「金を稼げ! 経済を回せ! 旅人も! 竜人国も! 全てはぼくちんを潤す商材に過ぎないってね!」
商人は笑う。
この稼ぎ時を逃してなるものかと。
「にーはっはっはっは!」
強欲でなければ大商人など務まらない。
商人として大成するのに必要なのは運だ。
そして、その好機が自分の代に訪れた幸運をブランは笑い飛ばす。
ブランケット商会を更に躍進させるために。
ただ一つ、彼にとって不幸なことがあるとするならば……今、この時、この瞬間、この街で、全ての条件が揃ってしまったということだろう。
☆
1つ、竜人国からの使節団が竜の姿で街の空を編隊を組みながら飛ぶというのは予め決まっていたことだ。
竜人国の威厳を示すと共にこれ以上ないほどのインパクトを民草に与えるため。
それだけの短期間で移動できる機動力が我らにあるのだと知らしめるため。
しかしながら《竜化》は人の身に過ぎた力を振るう関係上相応に疲労が蓄積する。
「これだけの短期間でサンドヴェールにまで来るとなれば相応の強行軍になる。人である以上、精神的な疲労からは逃れられない」
2つ、稼ぎ時となれば多くの商人や人がサンドヴェールに集まる。
そうなれば治安維持のために私兵を投入し傭兵を雇う必要が出て来る。
人の流れは激しくなり、物資の流れは加速する。
「つまりだ。経済が回ると言えば聞こえはいいが、その分見逃しも発生しやすくなる。少数ともなれば猶更だ」
3つ、都市に備え付けられるような大規模な結界は大まかに起点と陣の2つの要素によって構成されている。
それにより全ての家屋や人々に衝撃吸収、ダメージ減衰、状態異常回復、HP回復といった特殊な効果を付与するのだ。
だが、往々にそれには許容可能上限というものが存在する。
国家最高戦力が首都から離れることができないのはひとえに、他国の国家最高戦力の一撃が容易に許容上限を突破しうる一撃だからだ。
極論、街を一撃で吹き飛ばすような連中に対し結界の魔道具は無力であることが多い。
加えて言えば、結界の起点の耐久は高くはないので結界の起点を守るための結界や護衛が用意されていることが多い。
魔導王国が有する【大結界の宝珠】という魔道具であれば、指定の箇所に設置するだけで街全体を覆い尽くしてくれるのだが、運用費用含めて馬鹿にならない。
多くの魔石を消費する関係上、ダンジョンが近くになければよほどのことがない限り通常使用できないものだ。
故に、このサンドヴェールという街を覆う結界も起点と陣の2つの要素によって構成されている。
「今の俺なら全ての結界の起点を同時に潰せる。そのために必要な火力もあるし、潜入するのはさっき言った通り容易だ」
4つ、国家最高戦力は国防の要である。
だが、このサンドヴェールには現在国家最高戦力はいない。
さて、現在の状況を整理しよう。
竜人族は短期間による強行軍により通常時に比べれば僅かながら疲労がたまっている状態。
パレードを見ようと多くの民草が集まった結果、人口密度は普段よりも高くなっている。
多くの傭兵や兵士はいるが、逆に言えばいるだけだ。
治安維持の側面でしか役に立たず……都市機能がマヒすれば多くは木偶の棒に成り下がることは必至。
それらは脅威足りえない。
否、それらを脅威と思っていない相手には何の意味もないと言った方が正しいか。
その男からすれば警戒する必要があるのは一部の強者だけであり……
「つまり、仕掛けるなら今日だ」
──故に、悪意は動き出す。
☆
□交易都市サンドヴェール クロウ・ホーク
「ちょっと買いすぎた、か?」
あの後、例の件で用事があったらしくイザベラ達とは別行動となった。
俺は<血染めの森>や<七竜の渓谷>で消費した物資を補給すべく、街の中を練り歩き必要なアイテムを買い漁る。
(ようやく歓声が収まってきたな)
(凄い盛り上がってたわね……行かなくてよかったの?)
(行きたかったか?)
(……いえ、万が一見つかったら大変なことになりそうだもの。遠慮したいわ)
(だろ?)
どうやら、使節団はこの街の中でも最高級の宿に泊まることになっているらしい。
ブランケット商会から宿への移動に合わせて初日の今日はパレードが催されていたそうだ。
そのおかげか、周辺の人が少なくなっていたため楽に買い物ができた。
パレードに興味がないと言えば嘘になるのだが、もし万が一ユティナがグランに見つかるとパレードをそっちのけで再会を喜び歌い上げる姿が容易に浮かんだので避けた形だ。
あの馬鹿王子であれば、なぜか人混みの中からでもユティナを的確に見つけ出すだろうという嫌な確信があっただけに、行きたくても行けなかったというのが実情である。
「よし、それじゃ買い出しも終わったし、今日は冒険者ギルドでも見ていくか? 登録もまだだしな」
「それもそうね。その後は美食巡りとかどう?」
「あとは路地裏探索もだな」
商業連盟アーレの冒険者ギルドで依頼を受けるのであれば新たに登録しなければならない。
これまでは最短で移動していたのでその余裕はなかったが、これを機に登録をしてしまうのが良いだろう。
手紙を届けるという依頼は無事に果たした。
新たな装備も手に入れた。
ユティナの到達階位はⅢになり、新スキルを習得した。
順調に強くなっていると実感できる。
(こういうのだよなぁ)
レベルを上げて、装備を集め、スキルを習得する。
この旅が終わり魔導王国に戻る頃には一体どれだけ俺は強くなっているのか。
色々考えなければならないことは多いが、この世界を楽しむ心も忘れない。
(お、見えてきた)
10大都市と呼ばれるだけあり冒険者ギルドもかなり大きいようだ。
商業ギルドには一歩劣るが、それでもなかなかのものだろう。
そして、目の前に見えた冒険者ギルドは内側から吹き飛ぶように爆発した。
「……は」
「……え」
あっという間に建物の天井は崩れ去り何かが焼けるような臭いが鼻を刺激する。
つんざくような悲鳴が飛び交い、炎の中からは何かポリゴンのようなものが砕け散っていくのが見えた。
先程まで《気配感知》に反応を示していた光が瞬く間に消えていく。
命が、消えていく。
「ユティナ!」
周囲を見る。
ここだけではない。
街の各地から爆音が響き渡り、悲鳴と共に火の手が上がる。
平穏から一変、一瞬で地獄と化した街がそこにあった。
(なにが起きて……!)
瞬間、冒険者ギルドで燃え上がっていた爆炎から何かが飛び出したのを視界の端に捉えた。
それは空高く舞い上がり、近くの建物の屋根に着地する。
人だ。
180近い長身の男だ。
そいつはどこか鋭い目つきで周囲を見渡している。
その視線は街の至るところから上がる炎を捉えたのだろう。
そして……愉悦の笑みを浮かべた。
(──あいつは)
俺はその顔を知っていた。
つい先日、手配書で見たばかりだったからすぐにわかった。
それは、世界のありとあらゆる国から敵と認定された存在。
人類という種における大罪人。
倒さなければならない絶対悪。
国際指名手配犯。
「【盗み屋】……」
俺は今日、この世界に蔓延る悪意の一柱と遭遇した。
──長い一日が始まる。




