第34話 贖罪
□商業都市ラトゥール 商業ギルド クロウ・ホーク
「そ、それでは……! 次にお会いできる時を楽しみにしています!」
「おおー、て。早いな……」
フィリスは話が終わると同時に駆け足ですぐに部屋から出て行ってしまった。
(クロウにしては優しかったわね)
ユティナはなぜかしらーっとした目で俺のことを見ながら念話を飛ばしてくる。
(どういう意味だよ。俺はいつも優しいだろ)
(メリナとはもっと殴り合ってたじゃない)
あいつとフィリスは一緒にできないだろ。
(仕方ないだろ。あんな、今にも死にたそうな眼で淡々と語られたら気にもなる)
専属契約を結んで欲しいと言ったときから終始一貫して、フィリスはいっそ殺してくれと言いたげな眼をしていた。
話を聞いて、その背景を知って、だいたい理解した。
【盗み屋】に盗まれてどうなったかも一切の嘘はなく全てが事実だった。
だから、とりあえず吐き出させた。
強引に暴いて、無理やり心の内を吐き出させたのだ。
(それに、これは俺が選んだ結果だからな)
今日、徽章を見せなければ。
ゼシエからの依頼を受けなければ。
あの日、クイーンズブレイド号で徽章を受け取らなければ。
無数に枝別れした選択肢が積み重なって今がある。
(当然、打算はある)
装備を揃え強化するのにはお金が必要で、そのための金策をどのようにするかと言えば商人に協力して貰うのが一番早い。
ただ素材を売るよりも、有効活用できる商人と専属契約を結ぶと言うのはある意味理に適っているのだ。
その時に取れる方法は2つ。
元々、販路を築いている相手に依頼するか。
今回のように投資して一から育てるかだ。
(うまくいけば俺達にとっても利益のある話だ。逆に言えば、フィリスが役に立ちそうになければ契約の話はなしだな)
(あら、酷い人)
おい、からかうような視線を飛ばすな。
その私はわかってるんだからみたいな眼で見るのをやめろ。
照れ隠ししなくていいのにじゃないんだわ。
さて。
「そろそろ出てきてもいいんじゃないですか?」
俺は部屋の入口の扉へと声をかける。
「……いやはや、気づかれていましたか。さすがでございますね」
すると、扉の陰から1人の老紳士が姿を現した。
あの日、クイーンズブレイド号で俺に徽章を渡した人物であり……
「いいんですか、追わなくて。護衛なんですよね?」
あの時俺に見せた歩法。
そして、先程までの隠匿術。
フィリスの話の中に少しだけ出てきた父親に付けられたという凄腕の護衛。
この老紳士がその人だろう。
「お嬢様には私の部下が何人もついております。それに、この建物の内部であれば不審な動きはすぐに察知できますので」
「それは凄い」
そのまま、老紳士は流れるように俺達に頭を下げた。
「この度はお嬢様のお心を救っていただき、心より感謝申し上げます」
「……受け取りました。どうぞ、顔を上げてください」
「感謝を……大変遅ればせながら。私はラトゥーニルビア商会、フィリスお嬢様専属護衛筆頭ヴィルガイアと申します。クロウ・ホーク様、ユティナ様、どうぞお見知りおきを」
見た目だけじゃなくて名前までかっこいいのかよ。
「焚きつけた私が言うのもなんですが、そちらのお嬢様は随分と過激なことを考えているようで。雇い主に報告しなくていいんですか?」
「私がグローバ様から仰せつかった任はただ一つ。いつ、いかなる時であろうとフィリスお嬢様の味方であり続けることです。相手が例え、雇い主であろうとも……」
「……愛されてるんですね」
「はい、それゆえに苦心しておられました」
父親に付けられた護衛のおかげで差し向けられた悪意から生き延びてこれた。
そして、その護衛は父親から何よりも娘を優先するように言われていた。
だから、フィリスが親に内緒でいろいろ動いていることもヴィルガイアさんは雇い主に伝えることはない、と。
そりゃ、自己嫌悪と自責の念で病んでも仕方がないだろう。
「クロウ・ホーク様はお嬢様のために【盗み屋】を討伐なされるとか」
ためと強調されると語弊がある気がしないでもないが。
「……まぁ、遭遇できたらですけどね」
フィリスにはああ言ったが、狙いが分からなければそもそも会えない相手だ。
これまで何度も【盗み屋】という単語は聞いてきたものの、分かっているのは逃げ足の速さが超一流ということぐらいである。
「でしたらこちらを……」
ヴィルガイアさんは懐から紙束を取り出し、そのまま俺に渡してくる。
「これは?」
「私が個人的に情報を集め整理した【盗み屋】が盗んだとされる異能や加護の情報。そして、実際に相まみえ持っていると推察した能力の数々でございます。一部は一般にも公開されているものになりますが……」
「【盗み屋】の情報ですか……」
資料の写しをめくる。
合計レベルは500以上。
所有するジョブは【大盗賊】、【盗賊】、【斥候】、【虐殺者】までは確定。
ページをめくれば、その他にも様々な情報がびっしりと書き連ねてあった。
親切に手配書までついている。
(凄いな)
筆跡の一つ一つに執念を感じる。
(数秒先の未来を見る【未来視の魔眼】。状態異常耐性を完全に無視し触れた相手を強制的に睡眠状態にする【眠りの五指】。肉体を数秒の間気化する【気化の身体】。各種異能を行使可能な分身体を作り出す【分身】)
数百メートル先の足音すら聞き分けられる【遠耳の加護】
鉄製の武器の切れ味を上げる【斬鉄の加護】。
攻撃の射程を広げる【遠撃の加護】。
武器の性能を最大に引き出す代わりに一振りで武器が壊れる【一振の加護】。
その他にも、って……いや、待て。
(多くないかしら?)
(ああ、わかっている範囲でこれかよ)
ユティナは若干頬を引きつらせているが俺も同意見だ。
そこには3桁を超える能力が記されていたのだからそれも仕方がないだろう。
中には戦闘には役に立ちそうにないものもあるが……これを全て行使してくるならばその脅威度は計り知れない。
少なくとも世間一般で認識されている範囲を余裕で超えている。
「これ、公表は……」
「当然、しておりません」
「……失言でした。忘れてください」
【盗み屋】を狩るためには【盗み屋】を弱体させるのが最も近道だ。
だが、そのためには盗まれた所有者を殺さなければならない。
そして、商業連盟アーレで【盗み屋】に盗まれた者の中には10大都市を収める大商会の家族が2人いる。
いや、だからこそ最初に狙われたのがフィリスなのだ。
商業連盟アーレは都市国家の集合体であるため他国と違って王族の意思によって一枚岩の指揮系統を構築できない。
つまり、最初に【未来視の魔眼】と【炎精霊の恩寵】を盗まれた時点で商業連盟アーレという国は内部崩壊という爆弾を強制的に付与された。
この情報をヴィルガイアさんが公開していないのはひとえに混乱を防ぐためだ。
これだけの能力が既に盗まれて、それを世界との敵対者が行使してくると大勢に知られることになれば、火薬に引火し内側から崩壊することになる
そして、それこそが【盗み屋】の狙い。
(なんて悪辣で……そして、これ以上ないほどに効果的な手だ)
こと対人戦において相手の嫌がることをするのはセオリーとはいえ下手にこの情報を公開したら国が傾くぞ。
「どうしてこれを旅人である私に?」
「信頼故」
……随分と評価してくれたみたいだな。
「さっきの言葉、会ったことがあるんですか」
実際に相まみえとヴィルガイアさんは言った。
それはつまり、一度【盗み屋】と接敵したことがあるということ。
「ええ、ありますとも。悔やんでも悔やみきれない。私の拭えぬ罪です……」
それでも老紳士は静かに微笑んでいた。
「なぜなら私は、商業連盟アーレの最高を冠した1人」
国における最高という称号とは【国家最高戦力】に他ならず……
「当時、まだ発展途上であった【盗み屋】を取り逃がした元国家最高戦力。この老骨はその成れの果てでございます」
ヴィルガイアさんは穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
「元、国家最高戦力……」
商業連盟アーレは他の大国と細かい点が違う。
所属国家の扱いが細分化されているのもそれであり……国家最高戦力の任命権を現盟主が持つというのはその最たる例である。
商業連盟の盟主は基本任期固定の入れ替わり制だ。
つまり、ヴィルガイアさんは前期の盟主から国家最高戦力に任命されていたということである。
「贖罪ですか」
「その気持ちがないと言えば嘘になります。ですが、それではあまりにも不公平だ。ならばこそ、私は傭兵ギルドで学ぶ鉄則に倣い、報酬と対価を持ってしてフィリスお嬢様に仕えております」
心意気は立派だか素直に受け取る人はいないだろう。
だが、それであれば納得だ。
元国家最高戦力の護衛を潜り抜けてフィリスを謀殺するのはほぼ不可能に近い。
これ以上最適な護衛は存在しない。
「【盗み屋】は実力を隠しております」
だろうな。
少なくとも、世間一般的に言われるようなものでは決してないだろう。
「取り逃がしたのには、何か理由が?」
「異能と加護の掛け合わせ。あの者にとってステータスなど飾りでしかありません。仕留めたと錯覚をさせられた時には、既に影も形もありませんでした。加えて、先日カラブ帝国から通達がありました通り、現在は【分身】の異能まで獲得しているといいます」
追い詰めたと思ったら偽物の可能性も生まれたわけだ。
「当時、意図的に驚異度が低く見積もられるよう情報が操作された形跡もございました」
「商人側に紛れ込んでいる可能性もあると」
これだけ多様な能力があるのだ。
情報操作程度お手のもの、か。
(単純に強いってよりも厄介だな)
国を相手に逃げ回れる戦術、戦略、悪知恵。
情報戦を仕掛け、潜伏し、隙を見て盗み取る。
そうして誰にも悟られることなく少しずつ自らを強化しているのだ。
なんだこの生き残ることに特化したようなスキルツリーは。
「奴は狡猾です。国境を盾に逃げられれば、国家最高戦力といえど無力にございます」
他国の領土に国家最高戦力が乗り込んだ時点で国際問題に発展するからだ。
場合によってはそのままなし崩し的に戦争が始まってもおかしくはない。
「私は既に国家最高の任を解かれた身。フィリスお嬢様の側を離れるわけにもいきませぬ。ですが、貴方なら……国という括りに縛られない旅人ならば」
「分かっています」
成り行きとはいえ吐いた唾を飲み込むようなことはしない。
繰り返しにはなってしまうが。
「その時が来た時には、必ず」
「ほほ……本当に早起きは、するものだ。まさかこのような良き出会いがあるとは」
そうして、老紳士は小さく微笑んだ。
「お嬢様のことを、どうか、よろしくお願いいたします」
なんとも重い期待である。
だが、そうだな……
(ついでだ)
【死の森】を討伐するための準備の、ついでに。
俺の旅の、ついでに。
契約相手候補……いや、新しい友人との良好な関係構築に向けて。
(やるか)
いざという時は、その期待に応えることを決めた。
ヴィルガイアとは……
元国家最高戦力。
現在の合計レベルは700(当時は800)。
徹底的なまでの情報戦と国内の混乱を利用されて初見殺しをこれでもかと叩きつけられ封殺された。
逃した責任はそれまでの功績で相殺されたが、国内のあれこれや盗み屋の情報操作によって名誉含めて社会的に謀殺されかけた。
現在はラトゥーニルビア商会にてフィリスの専属護衛の任についている。




