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第33話 本音

「話はわかりました」


 フィリスは旅人の次の言葉を待つ。


「専属契約というお話でしたが、具体的な内容についてお伺いしても? まずは私にどのような利益があるのか、というところから」


(やはり、そううまくは行きませんね)


 これまでの内容だけで話を受けてくれる旅人はそこそこいた。

 哀れで、かわいそうで、苦労している少女を助けてあげたい。

 助けられる力が自分にはあり、助けてあげれば喜んでくれる。

 そう思わせた時点でフィリスの勝ちだ。

 後は、情報管理を徹底するだけでいい。


(私のような美少女とたまに情報交換という名のお茶会をできるだけでは足りませんか? そうですか、足りませんか……)


 旅人との会話はそれだけで宝の山だ。

 彼らが何を求めているのかがわかれば後はその傾向を分析し、無数に浮かび上がる選択肢の中から適切に運用処理すればいい。

 わからないことは調べ、事前に知識を蓄え、予測する。

 彼らが求める【情報通のイデアの少女】という立ち位置を確立すればあとは向こうから勝手に情報を持って来てくれるからだ。


 引き込めさえすればどうにかできる算段はあるがために、引き込むのが一番難しい。

 契約という関係上、そこには当然報酬と対価がありそれを求めて来る旅人も一定数存在している。

 それに対して渡せるものはほとんどない。

 そもそも、それがあれば情に訴えなどしないのだから。


(けれど……)


 【魔導師】とのツテが得られる可能性を天秤に乗せれば答えは一択。

 故に、数少ない手札を切るのは厭わなかった。


「活動拠点を提供いたします」


 この数ヶ月で稼いだ利益を用い数少ない協力者のツテを頼りに用意していた物件。

 旅人が居住環境を構えるというハードルは相応に高い。

 クランホームの設置や出店という形であれば可能だが、そこまでに必要なツテやコネ、そして信頼は一から積み立てなければならない。


「失礼ながら、クロウ様はクランには所属されているのでしょうか?」


「いえ、フリーですね。いつかは、とは思っていますが。今はいろんな国を回りたいと思っているので」


(冒険重視の旅人。【魔導師】様が所属国家変更をさせられなかったのはこれが原因ですか)


 固定の居場所を作ることなく世界を旅するのが目的の旅人も一定数存在している。

 そういった者達は所属国家を変更したくない理由があるわけではないが、変更する理由も特にない。

 土地に縛るというのは現実的ではない。

 ならば、アプローチの方法を修正。


「でしたら、そのいつかの時にでも。相応な広さはありますので候補の1つにいかがですか? 当然、維持管理はこちらが負担いたします」


「……でも、そうなると専属契約の内容が気になりますね」


(食いつきますよね! そうですよね! というより、これで反応がなければ打つ手なしでしたし……)


 己の持ちうる手札は非常に少ない。

 旅人が求めるものを提供しながら、向こうの譲れないラインを見極め適切に処置しなければこの話は流れておしまいだ。

 【魔導師】と懇意にしている相手に生半可な交渉はかえって悪手。

 最低限でありながら最大限の要求を。


「私が望むのは3つです」


 まず、必要なのは実績。


「所属国家を商業連盟アーレのラトゥールへと変更してくださいませんか?」


 商業連盟アーレの所属国家は正確には細分化されている。

 それは、一国ではなく連盟という体系が故に起きた処置。

 大枠として存在する商業連盟アーレという9大国の分類は変わることは無いが、その中からどの都市国家に所属するかも詳細に決めることが可能だ。

 専属契約という形態であれば所属国家の変更は当然の処置であり……これさえ通れば【魔導師】の興味をこちらに向けることができる。

 最小限の要求にして最大限のリターンを得る方法。


「2つ目が素材の持ち込みになります。収集いただいた素材を優先的に私の元へ持ち込んでいただきたいというものです」


 次に、必要なのは実利。

 旅人はレベル上げのためにイデアの数倍狩りをする。

 彼らは天職に縛られておらず、全てのジョブレベルを育てることが可能だからだ。


「もちろん、クロウ様が私的に使用する予定であったり、納品依頼などがあればそちらを優先していただいて構いません。ただ、物によってはギルドよりも高額で買い取らせていただく場合もあるとだけ」


 多くの旅人は商業ギルドに直接素材を持ち込むが、それはあくまでも選択肢の1つでしかない。

 商業ギルドは基本均一の裁定をくだす。

 つまり、素材の格までもは考慮しない。

 ちゃんと交渉をすれば商業ギルドよりも高額で売り払える状況も多々あるのだ。

 だが、それを知ったところで旅人は手間を嫌ってやはり商業ギルドに売りに行く傾向がある。

 そこに一介の商人が食い込むには専属契約を結ぶのは必要不可欠だ。


「こちらも将来的で構いません。ただ、少しは便宜を図っていただけると嬉しいなぁ……なんて」


 まだ時期早々だとは思っている。

 これを実行するのに必要なのは素材を買い取る資金力と買い取った素材で利益を上げるための販路だ。

 本来であれば今まで通り情報通の立ち位置を提供するつもりだった。

 しかし、それはこの旅人が求めるものではない可能性が高い。

 故に、軌道を修正する。


(今の私なら十分やれるはず……!)


 そして。


「最後に……私とお友達になってください」


 それはあまりにも控えめなお願いで……


「なので、時折一緒にお茶をしてくだされば十分です」


 フィリスは恥ずかしそうに頬を赤らめ笑みを浮かべながらそう言った。






(決まりました! これはもう確定でしょ! 純粋さと誠実さを兼ね備えながら、ちょっとお茶目なところもある超絶美少女からのお友達発言! これで落ちない男なんていませんよね? いや、同性相手でも落とせることでしょう!)






 少女の心の内を満たすのは確信だ。

 相手のデッドラインに一切触れることなく、自分が欲しい最低限のものを要求しきったという確信。

 そして何よりも。


()()()()()()()()()()()()です! 受ける以外の選択肢なんて存在しないでしょう!)


 実際にフィリスが持ちかけた内容は大したものではない。

 所属国家の変更とアイテムの優先持ち込みは専属契約という点においては当然の要請だ。

 フィリスが欲しいものは旅人の奥にある【魔導師】との接点であり、その対価が活動拠点の提供。

 それを様々な境遇や不幸話で彩り、過度に装飾したに過ぎない。

 一切の嘘はつかず、しかし本心は悟らせず。

 向こうに見える利益を提供し、自分は見えない利益を得る。

 故に、勝利の確信は揺らぐことなく。





「ダメだな」





 少女はその言葉の処理に多大なる時間を要すこととなった。


「は、い? 何か、不満な点でもございましたか?」


 ありえない。

 あるはずがない。

 受けても得しかないはずだ。

 そんな疑問が頭の中を駆け巡る。


「いや、不満はないんだ。本当にな。活動拠点の提供はありがたいし、専属契約っていうんだからどんな制限が課されるのかと思ったらほとんどの裁量権がこちらに渡されてるわけで……」


 少女に誤算があるとすれば……


「貰いすぎだ」


 ()()()()()()()()()()()()()、という点である。


(は、はあああああああああ! 貰いすぎならそのまま貰っておけばいいでしょ!? なんで断るの!)


「こういった契約に必要なのは双方の納得感だと思うんだ。少なくとも、俺はそう考えてる」


「は、はぁ……」


 フィリスは自身に言い聞かせる。


(落ち着きなさい、私)


 再交渉の必要があるだけだ。

 向こうの納得のいくように条件をもう少し厳しくすればいいだけだ、と。


「ただ、お友達っていうのはいいな。これは、契約がなくてもなれると思うんだ。とりあえず言葉づかいから崩してみたんだが、どうだ?」


 状況の変化に追いつこうと思考を回していたがために気づかなかったが確かに、いつの間にか言葉づかいが普通になっていた。

 どうやら効果はあったようだ。

 そのように少女は考えた。


「……! そうですね。私もそう思います!」


 故に、その甘い誘いに乗った。

 乗ってしまった。


「だろ?」


 その瞬間少女は1つミスを犯した。


「あー、よかった。それなら早速……」


 清廉潔白にして高潔無比を自称するその男に友達になろう、などと。

 遠慮のない関係を築こうなどと……






()()()()()で語ろうか」






 そんな、自殺行為に等しいことをしてしまうとは。



「察するに、フィリスさん……いや、フィリスの目的は独立だな」


「へ……?」


 いきなりの指摘に視線が僅かに揺れる。

 それを男が見逃すはずもない。


「本当に家族のためなら、わざわざ素材の持ち込み先をフィリスに限定しなくていいはずだ。商業連盟アーレのラトゥーニルビア商会をご贔屓に。この一言で事足りる。わざわざ自分だけに限定する必要性は薄い」


「それは、お父様やお兄様には内緒で……」


「内緒で自身で運用できる資金が欲しかった。これも嘘じゃないんだろう。ただ、それだと考えられる可能性はいくつかある。本当に純粋無垢な親孝行な娘さんか……腹に一物を抱えているかだ」


「っ……」


「お、当たりか」


(あ、違。これブラっ……)


 カマをかけられたと理解する。

 そして、理解したことを理解された。

 そうなればもうこの場にいるのは健気で哀れで純朴で1人では何もできない愚かな少女ではない。

 野心と野望を抱えた計算高き貪欲なただの1人の商人(欲の亡者)である。


「責めているわけじゃない。言ったろ? 本音で語ろうって」


 青年の眼が。


「なら、まどろっこしいことは無しだ」


 本音を捉えて離さない。


「……あっ」


 少女はそれを何よりも恐れていた。


(ば、バレた! バカバカバカ! 旅人にバレたらダメでしょ! 彼らの情報網は私たちの比じゃないんだから!)


 父や兄のために健気に頑張る少女という偶像であれば、いくらでも旅人の間で広がっても構わなかった。

 最悪父や兄の耳に入っても誤魔化せる内容だからだ。

 他の商人に知れ渡ってもマイナスにはならないからだ。

 だが、これは駄目だ。

 このどうしようもないほどの野心と復讐心を抱えた本音が広がってしまえば……他の商人からの反発を招きかねない。


(迷惑をかけたかったわけじゃないのに……! ()()、私は……)


 真っ白になった思考の中、少女はふと気づく。


「フィリスは何をしたいんだ」




 旅人の眼はどこまでもまっすぐと覗き込んできていることに。




「あ……」


 気づけば。


「……わ、私が……独立するのを手伝って欲しい、です」


 止まることなくそれは口から零れていた。


「なんで独立したいんだ?」


「私を、あんな目に合わせた奴らを見返してやりたいから」


「それだけか?」


「え、と……破産させて、やります。そして、安月給で死ぬまでこき使ってやります……」


「おっと、そりゃ怖い。ただ、そうなると前提条件が変わってくるなぁ」


「……ぅえ?」


 なんで、どうして、本音で語れと言ったのはそっちではないか。

 だったらここは、もう協力してくれていいのではなかろうか。

 泣くぞ、泣いてやるぞ、いいのか。

 やると言ったからにはやるぞ。


「ならこういうのはどうだ? ここはお互いに試用期間ってことでお試し契約を結ぶんだ」


「試用、期間」


「素材の持ち込みはそうだな……とりあえず、今俺がだせそうな素材を提供しよう」


 トレード申請が飛んでくるので呆然としたまま許可を押す。

 そして、そこに示されたのは無数の素材。


「は?」


「確か……<ブラッディ・マンティス>71体。<キングブラッドコブラ>1体。<ブラッディ・スライム>23体。<ブラッディ……。あー、こんなことなら<黄晶竜>の素材も残しておけばよかったな」


「い、いやいや! ちょっと待ってください!?」


 そこに合ったのは上級素材の数々。

 しかも黄晶竜などと……


「これはいったい!?」


「何って素材だけど」


 鮮血王蛇の素材。

 竜人国周辺に存在する大森林で出現が確認されている上級個体。

 奥地にいるためドロップ品がほとんど市場に出回らないものだ。


「竜人国とそろそろ国交が回復するみたいだし、そうなると素材の価値が下がるわけで。俺はそれまでに高値で捌いてしまいたい。いけるか?」


「は、い?」


「これを元手に稼げそうかって話だ。利益はそうだな、とりあえず折半でいいか。俺は次にサンドヴェールって街に行く予定だ。しばらく向こうで観光でもして……戻ってきた時の状況で本契約するかは判断しよう。詳細はその時詰めればいいだろ」


 それは言ってしまえば投資だった。


「どうする? やるか?」


「や、やります!」


 最初にこれだけの素材があればやれることは格段に増える。

 少なくとも<ブラッディ・マンティス>の素材はどれも高品質の防具になると知識にあったからだ。

 今なら、国交回復に先がけて宣伝材料になるといくらでもアプローチができるだろう。


「とりあえず、契約についてはこんなところでどうだ。納得感は得られたか? 俺は問題ない」


「は、はい」


 本音がバレたのに否定されることはなく。

 それどころかお互いに利益が見込めながら認識のすり合わせをできるような内容を提案されて。


「大丈夫、です」


「よし、それじゃ復讐計画のための第一歩。ラトゥーニルビア商会からの独立はこんな感じで進めるとして」


 次だと、旅人は言った。


「次?」


「そうだ。これまでは、フィリスが独立するための話。そんでこれからはなぜこうなったのかの原因療法についての擦り合わせだ」


「何を言って」


「あるだろ」


 目に。


「何が原因で、どうすればいいのか」


 その冷徹な瞳に吸い込まれる。


「なぜ、こうなった。家族との時間は奪われた。それほどまでの思いを抱えることになった。どうして独立だなんて選択肢を選ばないといけないほどに追い込まれた。誰が悪いんだ」


「そ、れは。私が盗まれたから……」


「違う。わかっているはずだ」


 否定だ。


「だから、後はそれを言うだけでいいんだ」


 それは優しく言い聞かせるような否定だった


(あ。これダメなやつだ)


 それもそのはず。


「ぬ……」


 それを言ってしまったらすべてが……


「ぬ、【盗み屋】、を。私から眼を盗んだ、あの男を。私の大好きな家族を苦しめた、あの大罪人を……」


 決壊する。


「討伐してください」


 不可能だ。

 かの大罪人は公表されている限りでも国家最高戦力から3度も逃げ切っている。

 商業連盟アーレから。

 ノースタリアから。

 そして、先日のカラブ帝国から。

 

「捕らえてください」


 家族は言う、少女は悪くないと。

 しかし、世界のどこかにいる誰かは言うのだ。

 【未来視の魔眼】の所有者が生きているせいでこうなった。

 【盗み屋】に盗まれた力は元の所有者が死ねば消えるのだから、と。


「裁いてください」


 たまたまラトゥーニルビア商会の娘だったから自分は生きている。

 生かされている。

 だけど、盗まれたせいで殺された者もいる。

 【盗み屋】を弱体化するためだけに殺されるのだ。


 今もどこかで盗まれて。

 恨みの連鎖が連なって。

 顔も知らない無数の屍が積み上がり。

 その罪悪感が──






「私を助けて欲しいです」






 言った。

 言ってしまった。

 それをお前が言うのか。

 最初に盗まれていながらも親に守られてのうのうと生き延びてきたお前が。

 自分だけ救われようと、救って欲しいなどと。

 だと言うのに。


「報酬は?」


「ほ、報酬!? 今のは受けてくれる流れじゃ……!」


「親しき仲にも礼儀あり、依頼なら報酬を用意してくれないと」


 旅人の調子は変わらない。


「わ、私が喜びます……?」


「それが通るわけないだろ」


「わ、わかってますよ!? え、と……」


「そうだな。じゃあこうしよう」


 急に報酬を求められて焦る少女を横にどうとでもない風に青年は言葉を紡ぐ。


「もし、俺がなんらかの形で【盗み屋】の討伐に貢献したら、活動拠点を探す相談に乗ってくれ」


「へ……?」


「ちゃんと条件は出すぞ。そもそも、クランを作るか俺が入るか、どういった拠点が欲しいかも今のところ全く考えてないからな。商業連盟に作るかすらもわからない。他国かもしれないな」


「相談に乗るだけ、ですか?」


「ああ、だってそうだろ?」


 急に現れて。

 勝手に本音を暴いて。

 軽蔑するどころか受け入れてくれて。


「絶対に倒すだなんて、無責任なことは言わないし言えない。そもそも、接敵できるかすらもわからないからな。だから、そんな確実性のない依頼の報酬なんて適当でいいんだよ適当で」


 どこまでも現実を見ながらも。


「ただ、これからもしどこかで俺が【盗み屋】と遭遇するようなことがあれば……」


 そんな、夢物語を語ってくるのだから。




 


「【盗み屋】討伐に全身全霊を持って尽力すると、今ここに宣言しよう」






「は、はぃ……」


 そんな甘い熱に浮かされた自分は悪くない。

 誰に言い訳するでもなく少女はそう思った。




【共通クエスト】難易度10【盗む者の討伐依頼】

場所:???

依頼者:【商人】フィリス

目的:国際指名手配犯【盗み屋】の討伐

報酬:経験値(達成度に応じ変化)+???

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― 新着の感想 ―
格好が良過ぎる!!!色んな人外さん今まで居たけどここまで他者の為に寄り添おうとするの人外さんはクロウだけなんじゃないかな? ここまで来ると人外と言うよりもただの勇者だって讃えたい気分です!
クロウの無茶振りに振り回される系面白い女爆誕。 ラリーとの出会いの時点で盗み屋とは縁があったのかなと…… クロウが生きたいように生きるにはまだまだ困難が目白押しですね。
なるほど、面白い因縁ですね。最初からこれは考えてたんですか?更新ありがとうございます
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