第32話 盗まれた者
あるところに、恵まれた少女がいた。
商業連盟アーレの議会に名を連ねる大商人を父に持ち。
礼節と愛を注ぎ込む母がいて。
優しい兄と尊敬できる姉に可愛がられ。
そして、愛くるしい容姿と……【未来視の魔眼】をもって生まれた少女の話だ。
商売において先を見通すというのはこれ以上ないほどのゲン担ぎと言える。
例え、見通せる未来がたったの数秒先が限界だろうとも、大商人の娘という肩書が加わればそれはまさに商売の神に愛されたかのような存在だ。
多くの友人に囲まれ、親が止めていたとはいえ各所から縁談が無数に舞い込んでくるような。
そんな輝かしい人生を過ごしていた。
ある日、少女の誕生日を祝う大規模なパーティが催された
その翌日、気づけば少女は未来を見えなくなっていた。
だが、困ることはなかった。
所詮数秒先を知ることができる程度の力。
まだ幼い少女からすればそんなものがなくても困らない。
少女の父や周りも気にすることはなかった。
異能は未知の要素が大きく、成長と共に失われるというのもなくはないと思われていたからだ。
だが、そうも言ってられなくなったのはそれからすぐのこと。
別の大商人の跡取りであった青年が有していた炎精霊の恩寵が盗まれた。
下手人が判明し、その男はまるで未来でも見たかのように的確に逃走路を確保し逃げおおせた。
その時から囁かれるようになる。
【未来視の魔眼】は消えたのではなく、盗まれたのだと。
☆
いつ、どこで、なにが、どうやって。
噂は広がる。悪意を持って。悪意はなくとも。尾ひれがつき広がっていく。
その間にも次々と盗まれていく。
五指で触れた対象を強制的に安眠へと導く異能。
我が子に安眠してもらいたいからと目覚めた力が盗まれた。
身体を気体に変化させる異能。
どこかに消えてしまいたいという思いから生まれた力は盗まれた。
次々と被害者が生まれ、事態はさらに大きくなり、ついには商業連盟アーレの国家最高戦力までも動かすことになった。
しかし、戦いにおいて数秒先を知れることのアドバンテージはあまりにも大きく……結果、後に【盗み屋】と呼ばれるようになる大悪は国家最高戦力含む全ての追跡を振り切って逃げおおせた。
盗み取った異能を駆使し、9大国が一つ商業連盟アーレから単独で逃げきって見せたのだ。
多くのメンツは潰れ、商業連盟アーレの土台が揺らぐ大事件となった。
連盟の意義を問われた結果、当然人々は責任の押し付け先を求めるようになり……故に、確認されている限りで最初の被害者。
未来を見る異能の元所有者である少女にとっての地獄が始まった。
☆
恵まれた少女を囲う状況は一変した。
これを機に議会に名を連ねる大商人の失脚を狙おうとする者、多数。
間接的に買った恨みにより向けられた暗殺者、数知れず。
実の娘を切り捨てるのであればそれでよし。
薄情な男であると騒ぎ立ててやろう。
守り切れなければそれもよし。
その程度の護衛しか雇えないのかとせせら笑ってやろう、と。
友人はことごとくが消え、無数の縁談は全てなくなり10にも満たない少女は懐疑的な目を向けられるようになる。
父親は揺らいだ地盤を固め直すために仕事に奔走し、母親はそれを支え、兄はもう二度とこのようなことにはさせないとひたすら勉強し、姉は前々から進んでいた縁談を受け入れ……
少女に残ったのは父親が大金をつぎ込み雇った凄腕の護衛だけだ。
家族との愛はある。だが、それは前ほど身近に感じられない。
また、生まれも育ちも恵まれた少女は天職には恵まれなかった。
唯一の特別であった異能すらもすでに盗まれた後。
そこには凡人だけが残った。
大人に守られる無力な子供だけが残ったのだ。
──ならばどうするか?
ここは商人の国、商業連盟アーレ。
商人として存在価値を示すしかない。
己を認めさせなければ生き残れない。
つまり……
☆
□商業都市ラトゥール 商業ギルド4F 商談室 フィリス
(今、私のことを可哀想だと思いましたね!)
そんな少女……ラトゥーニルビア商会が末子フィリスは内心でそう叫ぶ。
親の金目当てに近づいてくる友人など不要だ。
ちょっと立場が悪くなったぐらいで手のひらを返すような奴からの求婚などこちらから願い下げだ。
こちとら全員名前は憶えてるんだぞ、絶対全員将来破産させて安月給で雇ってやる。
自分を貶めようとする全てへ復讐を誓った少女の齢は当時僅か9歳だった。
だが、父親の庇護下にある小娘になにができようか。
故に、独立する必要があった。
(そうなんです! 私は可哀想なんですよ! だからもっと同情してください! 優しくしてください! 慰めてください!)
それから6年。
少女からすれば雌伏の日々だった。
(辛くてぇ……私ひとりじゃどうしようもなくてぇ……! 誰か助けてくれたらなぁ、って。ちら、ちら……)
少女は良くも悪くも父親に愛されていた。
危険に晒されないよう影響が強いラトゥールの商業ギルド以外への外出は基本許されず、護衛が必ず付く徹底ぶり。
独立するために金を稼ごうにも元手がなく、父親の眼を掻い潜れるような奇策も思いつかなかった。
そんな中、どうにか裏工作を進め協力者を僅かばかり増やしていたある日、旅人が大量に現れた。
そして、そこに商機を見出したのだ。
「大変だったのね……」
(はい、ここですかさず物憂げな表情をしながら一番かわいく映る角度でどーん!)
旅人の傍にいる女性、ユティナと名乗った<アルカナ>が気遣う表情になるのを見るやすぐさま視線を床に落とす。
その姿は華奢な見た目と相まってどこまでも儚く、消えてしまいそうで……
「そう、ですね。とても……」
(そこには憂いを帯びた美少女だけがいました……完璧か?)
シナリオはこうだ。
国際指名手配犯【盗み屋】に目を奪われ、日常が崩れ去った少女。
人々の悪意に晒され、何度も命の危機にあった。
だが、少女の心は折れることなく家族に報いるために奔走する……というものだ。
(なんて健気なのでしょう。美少女で性格も良いとなると……私ってもしかして無敵では?)
旅人である彼らを縛ることは基本出来ない。
だが契約の神の加護を用いれば……契約という形であれば彼らを縛り付けることは可能だ。
少女は旅人の情報網が量と速さだけで言えば自分達よりも優れていることはすぐに理解した。
この世界で培われた商人の情報網など比にはならない程の差があると。
だが、全員ではない。
旅人の中にも情報の鮮度が低い者達がいる。
一貫しているのは、この世界で集めた情報にこそ価値を見出すというものだ。
彼らの言葉ではロールプレイング勢などと言うらしい。
ならば、そこに己の存在意義を見出す。
会話の中から何を求めているかを的確に割り出し、他の旅人から聞き集めた情報をさも偶然知っていたかのように提供する。
ラトゥーニルビア商会の娘から偶然価値のある情報を聞いた旅人は感謝する。
そして、特別という甘い毒を担保に契約についての話へと移らせる。
この数ヶ月、水面下で着実に商業連盟アーレではなくラトゥーニルビア商会にでもない。
フィリスという個人と契約する旅人を作り出してきた。
(先ほど伺った名前はクロウ・ホークでしたか。旅人の催しでは現時点で上位にいましたね。魔導王国エルダンの使者に抜粋されているとなれば【魔導師】様と関係が深いのは明白)
知り合いの旅人から聞き出した情報は全て頭の中に入っているためそれに照らし合わせ結論を出した。
この旅人と関係を築けば一介の小娘が【魔導師】へのアクセスルートを間接的とはいえ入手することができるのだと。
その価値はこの矮小なる身からすれば計り知れない。
逃す手は、ない。
(既に囲い込みは始まっているみたいだけれど、完璧ではない。ルクレシア王国から所属国家が変更になっていないのがその証拠。つまり【魔導師】様も手をこまねいているご様子。あらあら、それをぽっとでの小娘に奪われたとなれば……)
まず間違いなく興味は持たれる。
悪感情だろうとも構わない。
好感度は後からどうとでもなる。
まずは存在を認知されなければ始まらない。
「私はお父様やお兄様に恩返しをしたいのです。ですが、少々過保護でして。私一人だと何もさせてもらえず……」
「それで最初の話に戻る、と……」
「はい。なので、これは商会は関係なく私個人のものになります。期待させてしまいましたか?」
他の旅人に使った方法のほとんどは通じないだろう。
故に最初に自らの目的を告げた。
その方が興味を惹けるから。
真摯に対応しているように見えるから。
後がないのだとより強く印象付けられるから。
(最初に声を震えさせたのはどうだった? もう少し余裕をもたせた方がよかった? それとも……)
演じる。旅人との交渉に緊張している少女を。
演じる。非力で弱気で加護欲をそそる姿を。
演じる。【盗み屋】という悪意に晒された被害者の姿を。
(こういうのが好きなんでしょ! ほら、ここにひ弱で可愛くて困ってる美少女がいますよ! 旅人さんのかっこいいとこ見てみたいなー! 助けてくれたら惚れちゃうだろうなー! ……いや、そんなことは万が一もありえないんですが。逆に貴方が私に惚れてしまわないかだけが心配です。ま、期待するだけなら自由ですからね。私はなんて罪な女なのでしょう。おっと、いけないいけない。私は自分だけでは何もできない不自由な少女。それ以上でもそれ以下でもありません。復讐心や野心などもっての他です)
保有する天職は【商人】のみ、合計レベル50という才能の無さ。
持っているのはラトゥーニルビア商会、商会長の娘というぺらっぺらの肩書きのみ。
こんな小娘が渡せるものなど何もない。
ならば誘うは同情心。
頼れるのは自らの口と演技力だけ。
報酬はいずれ返す。
たぶん、きっと、メイビー。
だから。
(──さぁ、どこまでも健気で哀れで純朴で1人では何もできない愚かな私を助けなさい)
一人でも多くの協力者を作るべく、今日も少女は商談に乗り出した。




