第31話 翡翠石の徽章
【呪術師】というジョブはあまり旅人に人気がない。
それは純然たる事実によって証明されている。
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カーススリープダガー
装備可能条件:合計レベル100以上
耐久値:150/150
装備補正:STR-10%
装備スキル:《眠呪の傷》
殺傷した対象に呪怨系状態異常【眠呪】を確率で付与する。
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先程作った呪物を手元に掲げる。
悪くはない。悪くはないのだが通常運用するかというと微妙なところ。
この【眠呪】という状態異常は殺傷した対象の肉体に呪いが蓄積し必要値溜まると強制的に眠りへと誘うものだが、STR-10%は決して無視できるものではない。
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スリープダガー
装備可能条件:合計レベル100以上
耐久値:300/300
装備補正:STR+5%
装備スキル:《眠りへの誘い》
殺傷した対象に【睡眠】を確率で付与する。
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呪う前の装備と見比べれば一目瞭然だろう。
《反転する天秤》のようなスキルがなければわざわざ呪物を使う必要性が薄いのである。
さて、そんな【呪術師】であるが昨今評価が見直されつつある。
正確には【暗黒騎士】という上級職になれるから、だが。
要因は主に2つ。
スキルレベル依存ではあるが装備品の呪いの影響を受けないパッシブスキルによって、呪いの装備にありがちなデメリットを無効化・軽減できること。
次に呪物に付与されているスキルの効果を大幅に上昇させるパッシブスキルの存在だ。
これらがなぜ評価されたのかというと<アルカナ>の中でもデメリットを内包していることの多い妖刀使いや魔剣使いとのシナジーが確認されたのである。
あとは《呪武具掃射》というアイテム収納状態から一斉に呪いの武器を周囲に展開し掃射するアクティブスキルの輝きや見た目がかっこいいのもあるらしい。
個人的にはアクティブスキル発動に合わせて自動で武具が装填されるのが偉いと思う。
「《呪物生成》」
短剣をアイテムボックスにしまい今度は適当に買った指輪を呪う。
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カースリング
装備可能条件:合計レベル50以上
耐久値:100/100
装備補正:INT-5%、MP-5%
装備スキル:《呪弾》
呪いの弾丸を射出する。
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(お、レイラーが使ってたスキル来た)
その指輪もアイテムボックスにしまう。
【呪術師】が不人気の理由その2、アイテムボックスが呪物ですぐいっぱいになる。
俺も容量の大きいものに買い替えていなければとっくに埋め尽くされていたことだろう。
メニューを見れば実に数百本以上の呪物で埋め尽くされており……つまり、金がかかるのである。
準生産職の宿命だ。
メニューを開いたついでに【高位呪術師】のジョブランキングを見てみると俺は156位だった。
GWランキングはなぜか14位にいるので、ジョブランキングの評価軸はイベントとは全く別ということだ。
「クロウ、見えてきたわよ」
さて、そうこうしているうちにどうやら目的地に着いたらしい。
ユティナの声を受けて個室の窓から外を見てみれば、確かに大きな街が見える。
ブラッドフォージからラトゥールの移動は中型の魔導船に同伴した形だ。
移動速度に優れたカスタム仕様のものを用意してくれたらしく、小回りも利き、大型の魔導船と違い陸上からも離着陸ができる優れものらしい。
現在の時刻はちょうど13時といったところだが……
(想定よりも早く着いたな)
そうして、俺たちは商業都市ラトゥールに到着した。
☆
□商業都市ラトゥール クロウ・ホーク
商業都市ラトゥールは最も商業が盛んな街と言われている。
商業連盟の中でも中心に近い位置にあり、東西南北全てを繋ぐ要所になっているからだろう。
門兵に身分証明の類を求められるが、ブラッドフォージ同様にゼシエからの魔刻印で一瞬でパスし街の中に入る。
(凄い活気ね!)
(ああ、ほんとにな)
ユティナは興味深そうに周囲を見る。
そこにあったのは埋め尽くさんばかりの人だった。
整然とした街並みに反するようにどこまでも雑多で活力に溢れている。
(確か、この街を治めているのはラトゥーニルビア商会だったな……)
いつか乗った魔導船、クイーンズブレイド号を運用していた大商会。
それこそが、この街を収める豪商の一角である。
(まずは商業ギルドに向かうぞ。街を見て回るのはその後な)
(わかってるわ。ささっと終わらせましょ?)
そのまま門兵に聞いた通り人の流れに逆らわないように大通りを進む。
中奥区画と呼ばれるところに入ってしばらくすると、とてつもなく大きい建造物が目に入る。
あれが商業ギルドだろう。
(おっと、ここもまた……)
中に入ればとてつもなく広いエントランスフロアとそれでも収まりきらない程に大量の人がおり、受付には長蛇の列がいくつもできていた。
種族も様々で、犬や猫の獣人、蜥蜴人、ドワーフ、小人族、二足歩行のネズミやらなにまで盛りだくさんだ。
そんな中、彼らの視線を受けながら俺たちは誰も並んでいない受付の方へと進む。
「商業ギルド、ラトゥール支部でございます。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか? 合わせて身分を証明するものをご提示ください」
なぜここが空いているかと言えば使用できる人物が限られているからだ。
例えば、他国からの使者……とか。
つまり、今の俺のような者のために用意されているのである。
「手紙の納品に来ました。身分証はこちらになります」
受付の女性に魔刻印を見えるようにしながらタグを渡せば表情が真剣なものになる。
受け取りそのまま手元を確認した後、それをすぐに俺に返してきた。
「確認いたしました。では、指定の納品物をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
俺はそのままゼシエから預かっていた封書を渡す。
女性はそれを受け取り、開封された形跡がないかを確認した。
「……はい、お預かりいたしました。ラトゥーニルビア商会への納品は完了として処理をさせていただきます」
「ありがとうございます」
これでこの街での納品依頼は完了だ。
実に簡素だがこれが正しい姿である。
そもそも商会長に直接会えたブラッドフォージの方が珍しいのだ。
「他に用件はございますか?」
……あると言えば、ある。
俺は受付嬢に見えない角度で手元にあるそれを見た。
<翡翠石の徽章>
特徴的な紋章が刻まれている徽章。
(うーん……)
クイーンズブレイド号で出会った老紳士から渡された徽章。
これは紹介状のようなものと彼は言っていた。
──商業連盟にありますラトゥールという街にいらした際は、商業ギルドにそちらの徽章をご提示ください。
当時の発言の中身からして、あの老紳士は間違いなくラトゥーニルビア商会の関係者だ。
それもかなり高い発言力を有した人物だろう。
(ま、悩んでても仕方がないか)
せっかく踏んだイベントフラグ。
それを進行するか否かは俺の判断に委ねられた。
ならば進める以外の選択肢はない。
「この徽章を見せればよいと伺いまして……」
俺はそれを受付の方に渡した。
「……これを、一体どちらで?」
「クイーンズブレイド号に乗った際に渡されました。紹介状のようなものである、と」
「すぅ……今案内の者をお呼びします」
少し待てば別の職員の人が来て、ついて来るように言われる。
後を追うように歩きギルドの奥の方から階段を上がっていく。
1つ、また1つと階層が進み4階にある個室に招待された。
「こちらにてお待ちください」
「わかりました」
中は高級感ある机と椅子によって彩られた少し豪華な商談室だった。
さて……
(4階……4階かぁ……)
商業ギルドの商談室にもある程度の格式というものがある。
それは高い階であればあるほど重要度も高いというものだ。
この時の重要度とは、主にその部屋を使用する人物の格である。
(甘く見積もって副ギルド長。無難なのだとあの老紳士が直接来るか。大穴はラトゥーニルビア商会の幹部クラス。もしくは商会長本人……いや、それにしてはすぐ案内されたから立場上は割と自由な人物だな)
徽章を渡してすぐに案内されたことから、この紹介相手とやらはそこまで忙しくない人物となる。
だが、そうなるとなぜこうも階層が高いのかが気になるところだ。
「クロウ、座らないの?」
「ああ、いや。座るよ」
特に立っておく理由もないのでユティナの隣の席に座る。
「誰が来るのかしら」
「たぶん、あの老紳士だとは思うんだよなぁ」
「どんな人だったの?」
確かにあの時はユティナはエリシアと別行動していたのでいなかったか。
「なんていうか、ザ・紳士って感じだな。バーのマスターとかやってそうな見た目だった」
「なによそれ……」
だって本当によくわからなかったし。
しばらく待つと、部屋に近づいてくる気配が1つありそれは扉の前で静止した。
深呼吸でもしているのか中々入ってこない。
それから数秒後、コンコンとドアをノックする音が部屋の中に響く。
音の位置と大きさから考えるに背丈も体重も軽い。
おそらく、子供か女性だろう。
これは予想が外れたか。
「どうぞ」
念の為誰が来ても問題ないように立ち上がっておく。
「失礼いたします」
見た目は少女と呼んでも差し支えなかった。
ただ、長命者の場合があるので決めつけはしない。
身長は俺やユティナよりも一回り小さく、薄い紫色の髪を背の半ほどまで伸ばしている。
その髪には徽章に刻まれていた紋様と全く同じ造形の髪飾りを付けていた。
「初めまして、旅のお方。私はラトゥーニルビア商会、商会長が娘。名をフィリスと申します」
少女は俺たちに一瞬目配せした後、すぐに俺へと視線を固定する。
そして、自らの名を名乗りながら一礼し、朗らかな笑みを浮かべ……
「突然のお願いで誠に恐縮ですが、もしよろしければ私と専属契約を結んではいただけませんか?」
隠しきれない緊張を滲ませながらそう言った。




