第10話 学びの場
□猫の休息所 クランホーム クロウ・ホーク
「まず大前提として、生産について俺がりんご飴に教えられることはない!」
「ええ!?」
俺がそう言えばりんご飴は驚きの声を上げた。
それを気にせず話を続ける。
「俺はりんご飴の生産の支援を受けていた側だ。今更生産の極意を教えてやるだなんて言えるわけがない」
「それは……確かにそうかもしれないね」
「かもしれないじゃない。それは純粋に生産職としてりんご飴が積み重ねてきた力だ」
「あ、ありがとう……やけに褒めてくれるね」
正直、生産については俺が言えることはない。
それこそ、この世界では俺よりもりんご飴の方が経験豊富だろう。
しかし、それ以外の経験ならできることはまだある。
「だから、これから俺が共有するのはある程度共通した技術や小ネタと言われるものだ」
商業ギルドで購入用のトレードアイテムボックスを借りて確認は終わらせておいた。
このイベントに合わせて進められるように。
「いいか、まずは需要のあるアイテムからだ。回復薬、魔力回復薬、技力回復薬とその上位の回復薬類はどんな時でも売れるアイテムだ」
これはりんご飴も知っている情報だろう。
「そういえば、いつもどういう風に素材を集めてるんだ?」
「ハニーミルクに頼んだり、あとは市場に買いに行ってるかな?」
売ることはあれど買う場合は積極的に露店機能を使ってこなかったと。
確かにこういう場合の商品は割高になりがちだからな。
安く仕入れたいなら直接交渉するのが一番だし、りんご飴のようなプレイヤーは買い物そのものを楽しむというのもあるのだろう。
しかし、彼女が選んだのは茨の道だ。
ならば、それ相応の立ち回りというものを覚える必要がある。
「移動時間を考えるのであれば割高でもトレードアイテムボックスを利用するのが一番早い。人気のアイテムの素材だからまるっきり売られてないなんてことはそうそうないからな」
「とりあえず素材を買い集めればいいんだね!」
「その通り、ただ買い方には一つ工夫が必要だ」
「工夫?」
これがまず第一のポイント。
「最安値のアイテムは買い占めない、はい復唱!」
「さ、最安値のアイテムは買い占めない! ……えーと、なんでだい? 安い方が利益は出るよね」
当然の疑問だろう。
安く仕入れ、加工し、高く売る。
金策する時の基本中の基本だ。
「いくつか理由がある。まず精神面でいうと、最安値の商品の買い占め行為は精神的に割り切る必要がある。他者を蹴散らし、自分だけが儲けるという熱い意志がないならやらない方がましだな。割り切れそうか?」
「う、うん。ちょっと難しいかな」
最安値の買い占めという行為は良くも悪くも初心者にはやっていいのかという疑問が付きまとう。
慣れればそうではないが、今回は都合がいいためこのまま進めるとしよう。
「だろ? そしてどちらかというとこっちの方が重要だ。実利の面になるが、最安値のアイテムを買い漁ると価格の高騰が起きる。正確に言えば価格の高騰が加速する、だな。需要があると思われた結果だからそれはある意味必然だ」
「そうだね」
「ただそうなってもらったら困るのも確かだ。だから、それを緩やかにするためにあえて最安値は買わない。そうすれば、新たにアイテムを売り出そうとした人が、価格競争と銘打ってさらに安く売りだすこともある」
「えーと、どういうことなのかな?」
なぜこのような回りくどい立ち回りをする必要があるのか気になるのだろう。
ただ、これは実際に見た方が速い。
「価格の基準点を知るんだ。とりあえず、見てみればわかる。ここら辺はすでに先約がいるからな」
「先約……?」
そして、りんご飴は宙を見ながら操作し始めた。
おそらく、トレードアイテムボックスを利用したルセス内での露店機能を使用しているのだろう。
「気づいたことはあるか?」
「一通り素材を見てみたけど……最安値と次に安い商品の間が全体的に開いている……かな?」
イデアと旅人の総合市場なだけにあるか不安だったが、内部では既に一ヶ月以上経過していたのだ。
俺が確かめた時には既に出来上がっていた。
ある程度の折り合いがついてた段階だったのだろう。
「そう、それが基準点だ。暗黙の了解ともいう。購入側が基準となる最高価格と最低価格を設けつつ販売側がそれを受け入れた。妥協点を探った結果生まれたのがそれだ。素材の高騰を防ぐ手法だな」
例えばりんご飴のような生産職は101スピル以上200スピル以下の薬草の束だけを買うようにする。
すると、売る側は売れ行きから100スピルを基準点とし、撒き餌以外はその間に値段を設定するようになる。
だいたい150スピルならすぐに売れるということを学ぶわけだ。
逆に99スピルで売り出す者がいれば生産職側はそれを買わない。
それは供給側が蒔いた餌に引っ掛かった獲物だからだ。
供給側はそれを買い占め150スピルで再度売り出す。
ここまで一切の会話はない。
あくまで市場の動きからお互いが勝手に読み取って妥協したものだ。
「露店っていう空中に浮いた市場は、現実とは全く別の原理で成り立っていると考えるんだ。それは先人たちが設定した勝手なルールだが、これを破ると結果的に損することの方が多い。ぬるっと入り込んでしれっとその恩恵だけを受け取るのがベストだ」
なぜなら。
「このアイテムを買って作った回復薬は需要がある。つまり、少し高めに設定してもいつかは勝手に売れるアイテムだからだ。変に労力を使う方が無駄だ、先人が作ったルールを読み取り恩恵だけ受け取ることを考えればそうそう失敗しない」
一時的に最安値を買いあさるのも手だが、ここからおよそ10日間の間続くこの争いに短期決戦は望ましくない。
なにより彼らはある程度の自治能力という名のプライドを持っている。
資材をため込みそれをやりくりすることに快感を覚えているバカどもの集まりだ。
喧嘩を売ると文字通り在庫の暴力で蹴散らされる可能性が高い。
「クロウ、その人達がやってるのって価格統制と転売じゃ……」
……うん。
「俺たちはやってないからセーフ!」
「ええ……」
正直露店の機能がある以上、こうなることは避けられないからなぁ。
なんなら、転売による資産形成が前提のMMOなんて過去にいくらでも存在した。
「そう、今でも思い出す。市場平均価格の1億で設定したはずが単位設定をミスって0を一つ付け忘れ1000万で買われたことに気づいた、9000万の赤字が確定した瞬間のことを。掘り出し物気分で買われたんだろうなぁ」
「……ゲームの話だよね?」
「ゲームの話です」
俺は昔億万長者だったんだ。
「ま、これでも比較的ましな方だと思うぞ。トレードアイテムボックスはギルドに定期的に使用料金を払う必要があるから、ある程度利益を見込んだうえで冷静に立ち回ってるプレイヤーが多いはずだ。少なくとも市場全体の価格崩壊なんてことにはならない」
というか、それこそ商業ギルドが敏感に察知するだろう。
なんならいつでも介入できるようにしているかもしれない。
トレードアイテムボックスを抑えているのも、最も資金力と物資をため込んでるのも商業ギルドなのだから。
「つまり、商業ギルドに介入されず、妥協点を探った結果が現状と言えるんだろうなぁ」
「なんていうか、すごいね……」
「こういう思惑が動いているというのを知っていることが重要なのであって、それで利益を得ようとするかどうかはまた別の話ってことだな」
「わかったよ!」
これはある種の資産管理ゲームだ。
実際、これを知っているか否かでこの後の話のリスク管理がしやすくなる。
「りんご飴にとっては次の方が重要だ。俺も【錬金術師】に詳しいわけじゃないが、スキルで作れるようになるにはある程度条件が必要だったりするものもあるんだろ?」
「うん。スキルレベルが上がれば解放されるもの、一定回数以上自分で作るのを成功させる必要があるもの、スキルじゃ作れないものっていろいろな種類があるね」
基本はスキルで作れるが、スキル以外の文字通り錬金術師としての実力が求められる生産アイテムもあるわけだ。
「OK、それじゃあ今度は簡易ブランド化、ようはまだ誰も目に着けてない、もしくは知らないアイテムを見つけてあの商品ならここで買えばいいっていう目玉商品を作ることだな。俺の方でもいくつかピックアップしておいたが、おそらくほとんどは失敗する」
「え、それじゃ損しちゃうよね」
今回のイベントはそこが上手くできている所だろう。
「失敗してもいいんだよ、その失敗すらも加点対象なんだからな」
「あっ、そっか!」
本来なら一歩引いてしまうところを、背中から後押しするのもこのイベントの趣旨だ。
なによりも失敗という経験を気兼ねなく積めるからこそ、彼女のような初心者は失敗した方がいい。
「経済を回せ、需要を見極めろ。ただ、一つでも利益をあげれば回収できると考えて、失敗したらポイントを稼げてラッキーと切り替えて次に行く。同じように考えてる連中はたくさんいるからこそ、今、明確な目的を定め動きださなければならない!」
勝つために。
「大量生産のアイテムで必要なのは画一的な性能だ。本来装備品は優秀な方がいいが、露店で大量に売り出すなら少し性能が劣っていようと一定の性能が好ましい。費用は安定供給の回復薬で稼いで、この目玉商品を作り出すのに注力するんだ」
手作業でしか作れない高価なアイテムや貴重なアイテムは今回のイベントとは相性が悪い。
現状の旅人が作り出せるほとんどのアイテムはNPCも抑えている可能性が高いのだ。
【高位錬金術師】、【高位鍛冶師】、【高位呪術師】。
プレイヤ―同士ならともかく、この世界で生きているNPCを競争相手にするには時期が早すぎる。
だからこそ、このイベントは競争相手も商売相手もプレイヤー同士が主流になる。
「素材が足りなければギルドに依頼を投げる! 依頼料を惜しむな! ポイントを稼げ。金は目的のための消費アイテムと考えろ! そんなの一つでも商品のブランド化が成功すれば返ってくる!」
このアイテムならあそこの露店で買えばいい。
面白い装備が売られていたから定期的にあの露店はチェックしておこう。
そこまでいけばもう勝ちだ。
「以上、生産廃人の道、入門編だ。イベント用に一部調整しているが、効率的にポイントを稼ぐためにある程度の散財は仕方がないと割り切るぞ。今いる固定客の需要を見つめ直しつつ、合間合間にポイントを稼ぐ方法を見つけ出すんだ」
「は、はい!」
「わからないことや気になることがあれば質問を投げろ、利用できるものは全て利用する感覚を身に着けるんだ。そしてかみ砕いて、咀嚼して、飲み込んで他人の考え方を吸収する。答えは一つじゃないからこそ、俺が持っている理論を参考にりんご飴のメソッドを組み立てるんだ」
「私の、メソッド……」
☆
「いい、りんごちゃん。これから教えるのは私の秘密のテクニックよ。誰にも言わないで頂戴ね、あなただから教えるの」
メリナはりんご飴と向かい合い、不敵な笑みを浮かべている。
「う、うん。わかったよ! それで、なにをすればいいのかな」
「もう教えたわ」
「え……? えーと……私だから教えるってやつ、かな?」
「正解よ。りんごちゃんも秘密の共有をすることで、仲が深まるって聞いたことはあるわよね」
「うん、有名だよね」
心理学の一つだな。
あくまで概念として存在しているだけで、自分が本当に秘密にしていることを明かす必要はない。
重要なのは、「あなただけ」という特別感の演出だ。
「そう。だけど、ただ知っているだけ、ただ実践するだけでは効果が薄いわ。これは意識的にかつ効果的な場面に使って初めて大きな恩恵をもたらすものなの」
つまり、あの悪女の得意分野である。
「相手に渡す情報の制限、信頼関係の構築、最終的にはあの女ならここまでは裏切らないというラインを相手に誤認させるところまで教えたいのだけれど、まずは簡単なところから始めましょうか。今日来る予定の人たちの弱点……じゃなくて、興味のある話題についても一緒に考えましょ?」
そして、メリナによる講義が始まった。
「うわー、りんご飴がどんどん悪い方向に進んでいく……」
おっ、俺のポイントが10増えてるな。
知識の共有とかも加算されるのか。
情報屋とかでも稼げるのだろう。
「クロウが教えてたことも大して変わらないと思うわよ」
「俺のは生産職として活動するなら今後も生きてくるテクニックだから問題ない」
メリナがりんご飴に教えてるのは交渉する際に使えるテクニックだ。
あの悪女が、賞金首や賞金首候補のリストの情報を手元に抱えながら、PK撲滅作戦の会議終盤まで情報を温存していたのもそれだな。
「とりあえず、これで最低限戦える環境は整った」
生産というサブプランでポイントを稼ぎながらメリナのメインプランを並行して進めて初めてりんご飴は戦う土俵に立つことができる。
りんご飴の言っていたことは半分間違ってはいない。
メリナや俺の支援に加えて、彼女はすでに店を、クランを構える準備が完了しNPCとも多くのツテを構築しようとしている段階だ。
場所、資金、人脈をそろえた上でイベントに臨むことができている。
確かに恵まれている。
だからこそ強くある必要がある。
(少なくとも、りんご飴の活動方針からして自分を曲げる必要なんてないからな)
堂々と胸を張ればいい。
自信を持てるようになればいい。
それだけのやる気は秘めいている。
そうでなければ、あの悦楽主義のメリナが手ずから教えるなんてことをするはずがない。
ただ、一つ不安な点があるとすれば。
「正直言って、ここまで多いのは予想外だったなぁ」
イベントが開始しておよそ2時間弱。
ランキング500位の基準は、すでに1000ポイントを突破していた。
どうやら、俺が知らなかっただけでなかなかにガチ勢は多いようだ。




