覚悟
曇天の空。
今にも泣き出しそうな空が、あたしたちの上に覆いかぶさっていあ。
校門にはクズハリストたちが集まっている。
「葛葉親衛隊!」
あたしが声を張り上げると、クズハリストはビシッと姿勢を正す。
「おはようございます!」
おはようございます、と返ってくる声の大きさが懐かしかった。
「今日も葛葉様の身の安全とプライバシーを第一に、葛葉親衛隊としての自覚を胸に行動してください。一同、礼」
久々の号令に、クズハリストの背筋がいつも以上に伸びる気がした。
「糸崎隊長、もしかして記憶が戻りました?」
麻友が近づいてきて、耳打ちした。
あたしは笑みで頷くと、麻友の顔が華やいだ。
「さぁ、もうすぐ、葛葉様が来るよ」
あたしは列の最前で、彼を待った。
校門が騒がしくなると、葛葉の姿が見えてくる。
葛葉は、あたしをちらっと見ると、すぐに視線をそらした。
あたしを避けようとする葛葉に、大股で近づいた。
「葛葉様、カバンを持ちます」
強引に彼からカバンを受け取ると、あたしは肩を並べて歩き出した。
「葛葉、おはよう」
周りに響かないように、小さく挨拶をした。
葛葉は戸惑ったように視線を揺らしていた。
「記憶が戻った」
ポツリと言ったソレに、葛葉はさらに目を大きく見開いた。
「そう。思い出したんだ」
「誰が一番のクズなのか、よくわかった」
「別に、杏を責めているわけじゃない。俺は、杏を脅迫したんだよ?」
「だけど、葛葉はあたしを辱めようとしたわけじゃない。葛葉が広げてくれていた手に気が付いたのに、それを利用したのはあたしだった」
「利用なら、構わない」
「そういうわけにはいかないよ」
苦笑したあたしに、葛葉は目を伏せた。
「都合よく記憶をなくして、逃げたあたしはやっぱり、クズだった」
「逃げることは悪いことじゃないよ。辛いなら、逃げればいい。心が壊れるよりもずっと、いいことだよ」
「葛葉は許してくれる思った」
あたしはこらえきれない笑みを漏らした。
「過去に失った記憶の欠片の中に、慎先輩への気持ちがあった。だけど、もう前にみたいに慎先輩が好きって気持ちじゃないこともわかっている」
葛葉はあたしの言葉の意味を探すように、あたしを見ている。
「まっさらになって、一緒にいたときに感じた葛葉への胸の高鳴りは、これも嘘じゃないと思うんだ」
「杏――――――」
「でも、あたし、葛葉の恋人になんてなれないよ」
葛葉はわかっていたのか、ただ、息を吐き出した。
「葛葉をだまして、利用して挙句の果てに記憶まで無くして、人を混乱されて。こんなひどい女、葛葉の傍にいられるわけがない」
「俺がいいって言っても?」
「あたしがあたしを許せないんだ」
葛葉が校舎のすぐ手前で、足を止めた。
「それこそ、自分勝手じゃないの?」
「葛葉」
「杏は俺の親衛隊長でしょう。少なくても俺が卒業するまで俺の身の回りを守る義務があるんだよね?」
あたしは葛葉をジッとみた。
彼も、黒目の真ん中にあたしを映して、立っていた。
「逃げるなんて許さないよ」
「葛葉の親衛隊長として、葛葉を守る。それでいいの?」
葛葉は表情を崩して、苦笑した。
「いいよ。今はそれでも」
葛葉が杏の隣に立つ。
「卒業まで数カ月だ。その後は、覚悟をした方がいい。時間をあげるだけだよ。杏」
「葛葉」
「俺は、杏が好きだ」
ささやかれたのは、登校している生徒には聞かれなような蚊の飛ぶ音のようにかすかな声。
「杏も俺が好きだ。そうでしょう? 俺の親衛隊長」
校舎の前で立ち話をするあたしたちに、ざわつきだした周囲を視界に入れながら、あたしは言った。
「あたしは葛葉親衛隊、糸崎杏親衛隊長。葛葉様が好きだから、貴方が卒業するその日まで、葛葉様の生活は守ります」
声高に宣言したあたしに、一瞬の静寂。
次の瞬間、ワッと歓声が上がった。
クズハリストたちが、「隊長!」「かっこいい!」と叫んでいる。
――――――今はそれでいい。
いつもと同じ日常。
だけど、これは未来につながる新しい日記の一ページ目の出来事。




