第4話 その9
バルイール達がいる雑居ビルが襲撃される少し前、勝太郎とミスフォルラは待ち合わせをしていたノリコと一緒に通学路を歩いていた。
「あれ? 校門のそばに車が止まってる」
ノリコが指差した方を見ると、確かに見慣れないワゴンが停まっている。
そのボディには清掃会社の名前がペイントされていた。
「今日、校内の水道管の清掃するって昨日美亜先生が言ってたじゃない。ノリコ忘れたの?」
「ああーそうだった。ミア先生そんなこと言ってた」
思い出したかのようにノリコが自分の掌を拳で叩く。
「……そうだっけ?」
ちなみに勝太郎はいつもの如く寝ていて全く聞いていなかった。
ミスフォルラとノリコは、ワゴンの事を気にすること無く校門に入っていく。
「……?」
唯一勝太郎だけが、ワゴンから視線を感じてそちらを見た。
見るとワゴンには四人ほど揃いの作業帽にツナギを着た清掃員がいた。
その中の一人、線の細い黒髪の男がこちらを見ていた気がしたのだ。
(気のせいか?)
視線を感じたのは一瞬だけだったので勝太郎はそのまま素通りして校門をくぐり、二人の後を追うのだった。
(あれが海崎勝太郎、なかなか鋭いですね。一緒にいた黒髪のハーフエルフがターゲット。もう一人は友人か何かだろう)
清掃員に化けたサイトーは気付かれないように監視していたのだが、勝太郎がこちらを訝しげに見ていたので、できる限り自然に目を逸らした。
彼らは校長の真起子が用意した清掃会社の従業員に化けていた。
人数はサイトーを含めて四人。
全員男で、三人は神の手の信者だった。
「全員ターゲットを確認したか?」
リーダー格の男が三人に尋ねる。
サイトーを含めた三人は無言で頷いた。
「よし、陽動が始まり次第、我々も行動を開始するぞ。手筈通りに動けよ」
リーダーがいう陽動とは、言うまでもなく万が一バルイールとメルヒェンが、救援に来れないように雑居ビルにいる二人を襲撃することだ。
「あのー」
サイトーが突然手を上げて間の抜けた口調でリーダーに尋ねる。
「……何だ? 何でも屋」
「私は護衛とのことですが何をすればいいですか?」
「何も聞いてないのか何でも屋。お前は邪魔が入らないように海崎勝太郎の動向に注意しておけばいい」
「はあ」
「周りには生徒がいるんだ。あいつも撃てないだろうが、万が一の時はお前が止めろ。それがお前の役割だ何でも屋」
「分かりました」
「もう質問はないな……よし行くぞ」
リーダーの後を続いて、二人の信者が車を降りる。
(こいつらはある程度訓練してるみたいですが、所詮雑魚ですね)
「おい、早く降りろ」
「はい。すぐ降ります」
サイトーは心の中でそう評価しながら、三人の後をついていくのだった。
時刻は正午を回っていた。
上手く学校に潜入したサイトー達は、三階のトイレの水道管を清掃するふりをしている時、待ちわびていた連絡が入る。
「今連絡があった。陽動部隊が奴らのいるビルに襲撃を仕掛けたそうだ。これで奴らは孤立無援になった。俺たちも行くぞ」
リーダーの言葉に三人が頷き、キャリーケースから清掃道具を全て出す。
中は二重になっていてそこにはAKS74Uが隠されていた。
サイトー以外の三人は五・四五ミリ弾が三十発詰まったマガジンを装填し薬室に初段を装填する。
ストックは折り畳んだままなので、まるでサブマシンガンぐらいの大きさしかなかった。
「何でも屋、武器は持ってきているのか?」
サイトーは用意された武器を全て断り、自分で武器を用意していた。
他人が用意した武器などちっとも信用していないのだ。
「もちろん持ってます」
そう言って懐から取り出したのは、HKP7だ。
マガジンに九ミリ弾を八発装填できるこのコンパクトな銃の最大の特徴はグリップにある。
スクイズコッカーと言って、グリップを握ることで発射可能になるという機能が付いていた。
「拳銃一丁でいいのか?」
「僕たちは誘拐しに来たのでしょう? 銃撃戦をしに来たのではありません。これ一丁で充分ですよ」
「それもそうだな。じゃあ行くぞ! ターゲットは一年A組だ」
銃を構えて誘拐犯と化した四人の清掃員は、周りの生徒達の目を気にすることなく一年A組に殺到するのだった。
勝太郎とミスフォルラはノリコと三人で教室でお昼を食べるのが日課になっていた。
ノリコは勝太郎を恐れていた時とは違い、今では積極的に話しかけてくる。
それに対して勝太郎も一言、二言相づちを返すすようになっていた。
今日も昼休みになって生徒達は思い思いの場所で昼食を取るために移動しよう動き出す。
「あっ飲み物買うの忘れてた。ちょっと買ってくるね」
「分かった。早く戻ってこないと、ノリコのお弁当食べちゃうからね」
「それは困るよ。すぐ戻ってくるから、食べちゃ駄目だよ!」
「分かってるってば」
ノリコは急いで教室から出ようと扉を開ける。
「えっ?」
扉を開けると、目の前に清掃員が立ち塞がる。
しかも手にはノリコも見た事ある銃、AKS74Uを持っていた。
「ターゲットとさっき一緒にいた生徒だな」
そう言うや、いきなりノリコの首に肘を回し動きを封じる。
ノリコは恐怖で声が出せなくなっていた。
「きゃああぁあああっ!」
ノリコの首を絞める清掃員を見て一人の女生徒が悲鳴をあげる。
それを皮切りに生徒達全員が侵入者の存在に気づいた。
「ノリコ!」
勿論勝太郎とミスフォルラも気づいた。
勝太郎は、ミスフォルラが立ち上がってノリコの元に向かおうとするのを、手を掴んで制する。
「離してノリコが……」
「落ち着け。奴らを刺激するな」
落ち着いた勝太郎の口調にミスフォルラは冷静さを取り戻す。
教室の外からは生徒達の悲鳴が聞こえていた。
それとは対照的に一年A組はとても静かだった。
「騒ぐなよ。うるさい奴は撃ち殺すからな!」
リーダーがノリコを人質にしたまま教室に入ってくる。
その後ろにも一人。
更に後ろの扉から三人目が入ってきて勝太郎にAKS74Uの銃口を向けた。
「動くなよ海崎勝太郎。我々の狙いは美花子・ミスフォルラだ。抵抗すれば、彼女の友達は死ぬことになるぞ?」
ノリコの首を肘で締め上げる。
「ミスティ……だめ……言うこと聞いちゃ……がぁっ」
「止めて! 彼女に手を出さないで、何でも言うこと聞くから、ノリコを解放してください」
「こっちに来い。そしたらお友達を解放してやる」
ミスフォルラは一瞬勝太郎の方を見る。
勝太郎は小さく首を縦にふる。
ミスフォルラも同じく頷くと、ゆっくりと誘拐犯の元に近づいていく。
(三人か? それだったら何とかなる。チャンスを待つしかない)
その間、勝太郎は冷静に敵の数を確認していた。
ミスフォルラはリーダーの前まで近づいて足を止める。
「ノリコを離してください」
リーダーは肘の力を緩めてノリコを解放する。
「ミスティ……ごほっ……ごほっ」
酸欠状態のノリコは崩れ落ちながら、ミスフォルラの方を見た。
「ごめんねノリコ」
「一緒に来い!」
リーダーはミスフォルラの腕を掴むと、無理やり引っ張っていく。
それを見て他の二人も成功したと確信したのか、銃口が僅かに下を向いた。
(今だ!)
それを見逃す勝太郎ではなかった。
目にもとまらぬ速さで、コックアンドロックのM1911を左手で引き抜くと、セイフティを解除して、後ろのドアから入ってきた男の右肩に素早く二発打ち込んだ。
素早く照準をリーダーの背後にいた男に合わせ引き金を二回引く。
二発とも腕に当たり、男は銃を取り落とした。
「貴様!」
リーダーがAKS74Uを勝太郎に向けようとしたが、それをミスフォルラが邪魔をする。
彼女はリーダーの左足を、右足で思いっきり踏みつけると、腹部に右の肘打ちを食らわした。
「ぐあっ」
リーダーは痛みで銃を構えられない。
「伏せろ!」
そう言って勝太郎は引き金を引いた。
弾丸が当たったAKS74Uはくるくると回転しながら教室の床に落ちる。
幸い暴発はしなかった。
勝太郎は止めとばかりに、リーダーの顔面に強烈な飛び膝蹴りをお見舞いした。
「ぶっぼぉ」
リーダーは鼻から血を噴き出しながら、床に仰向けにダウンした。
「「きゃあああああっ!」」
「逃げろぉおおお!」
倒れる誘拐犯達を見て、生徒達が一斉に教室の外に逃げ出す。
「おい。ミスフォルラ大丈夫か?」
勝太郎は伏せたままのミスフォルラの腕を引っ張って立たせる。
「う、うん。私は大丈夫だよ。ノリコは?」
「彼女も無事だ。ここは危険だ。とりあえず拠点に……」
そこまで言った時、バンと銃声が鳴り響いて、勝太郎は咄嗟に首を右に振った。
左の頬に痛みが走る。
触れると、指に血が付いていた。
「海崎くん、血が……」
「馬鹿伏せてろ!」
「きゃっ」
ミスフォルラを無理やり伏せさせ教室の扉を見ると、四人目の清掃員がHKP7を構えていた。
そして勝太郎を狙って引き金を引く。
周りに逃げ惑う生徒がいるのも構わず撃ってきた。
「伏せろ!」
勝太郎は周りに警告して、弾丸を避けるために右に走る。
外れた弾丸は、教室の窓ガラスに穴を開けていく。
避けた為にミスフォルラと距離が開いてしまう。
清掃員、サイトーは勝太郎を照準したまま彼女に近づく。
(くそ! このままじゃ撃てない)
サイトーの周りには腰が抜けたのか動けない生徒が何人かいた。
勝太郎は反撃する為にある行動をとる。
それは距離を詰める事だった。
いきなり勝太郎が走って向かってくるので、サイトーの照準がズレる。
慌てて撃つが、弾は勝太郎から大きく外れた。
勝太郎はサイトーの銃を左手で掴む。
そして右手に持った銃を相手の左腕に押し付けようとするが、サイトーに銃を掴まれてしまった。
「こいつ」
「フッ。面白い事をしますね」
サイトーは笑いながらP7を勝太郎に向けようとする。
勝太郎はそれを左手で制しながら、何とかサイトーの左腕に狙いをつけて引き金を引いた。
しかし弾は発射されない。
見ると、ハンマーを親指でガッチリと抑えられていた。
「ハンマーが露出しているといい事ないですね」
「何?」
「僕のは、君に掴まれていても撃てますよ」
サイトーは勝太郎の手を振り払い彼の腹をP7の銃口で突く。
勝太郎は撃たれないように再びスライドを掴むが、サイトーは構わず引き金を引いた。
P7はハンマーが露出していないので、スライドを固定されても弾は撃てるのだ。
バンと音がして、勝太郎の腹を九ミリ弾が貫通する。
「あっ……」
貫通した九ミリ弾は血が付いたまま、教室の窓ガラスの一枚に穴を開ける。
勝太郎は腹を貫かれた衝撃で声にならない声を上げた。
「くそっ」
ヨロヨロと後退した勝太郎は腹を抑えながら、穴の空いた窓に背中を押し付ける。
ガラスのヒビが広がった。
「…………」
サイトーは無言でマガジンを抜くと、スライドを引いて、空薬莢を強制排出してからマガジンを装填し初弾を装填。
そしてゆっくりと勝太郎に銃口を向ける。
勝太郎はミスフォルラの方を見ていた。
「か、海崎くん?」
ミスフォルラの問いかけに勝太郎は苦しそうな表情でこう言った。
「絶対助けるから、待ってろ!」
直後サイトーがP7を撃った。
弾は勝太郎の胸部を貫通し後ろのガラスが砕けちる。
勝太郎はそのまま三階の窓から落ちた。
「あっ……駄目」
ミスフォルラの目の前で勝太郎が窓から消えた。
「嫌ぁあああああああっ!」
サイトーは止めをさす為に窓から身を乗り出す。
勝太郎の姿は大きな木のせいで見えない。
しかもまたP7がジャムっていた。
「……壊れましたか。まあいい。奴を殺しても報酬は入りませんしね」
サイトーはそう呟いて、泣き叫ぶミスフォルラを連れ去るのだった。




