第2話 その4
翌日。
メルヒェン以外の三人は、朝食を食べて応接間に集まっていた。
最初に立ち上がったのは勝太郎だ。
「じゃあ、俺はそろそろ出かけるから、彼女の事頼むぞ。バルイール」
「ショータロー、どこ行くの?」
「ちょっとな。そうだ車は使っていいいぞ」
そう言いながら、勝太郎は応接間を後にした。
「全くあいつは、しょうがないな。じゃあアタシ達も行こうか。ミスティ」
「……はい」
「ほら気にしない気にしない。あいつは、ああいう奴だから」
「はい」
二人は一階の車庫に向かうのだった。
「もう整備終わってるかなー?」
「バルイール。あの扉は何ですか?」
ミスフォルラは車庫の奥の扉が気になり尋ねる。
「ああ、あの扉の奥はね。地下のトレーニングルームに通じてるんだ」
「そんなのがあるんですか」
「うん。そこで格闘技の訓練とかするんだ。今度で見せてあげるね」
「はい。ありがとうございます」
「おっ、メルヒェン。整備終わった?」
バルイールが呼ぶとミスティはボンネットを開けて、その中に頭を入れていた。
「ちょうど終わったところです」
メルヒェンはそう言って出てくると、車のボンネットを閉じる。
彼女の格好はいつものメイド服ではなく、整備に適した作業着を着ていて、カチューシャの代わりに帽子をかぶっていた。
「メルヒェンって車の整備もできるんだ」
「はい。この車の整備は私が担当しています」
「あの子、機械の気持ちが分かるんだって」
バルイールがミスフォルラに耳打ちする。
「機械の気持ちが分かる?」
「そう。触れると、今日はここが調子がいい、ここが調子が悪いと教えてくれるんだって」
「そうなの?」
「マム、冗談はやめてください」
「アハハ。ゴメンゴメン」
「もう、ところでこの車は何て言うの? 」
「これはウミボウズっていうんだ。七十年以上前の車なんだよ」
「へえ〜、ウミボウズってどういう意味?」
「ん〜、なんだろよく知らないや。メルヒェン知ってる?」
「いえ、私も分からないです。後で調べておきます」
「まあまあ、カッコいいから詳しい事はいいじゃない。そうだ、こいつのスペック聞いてよ。凄いんだから」
バルイールは嬉しそうに語り出す。
「こいつのボディは防弾仕様で十二・七ミリまで防げるし、窓だって七・六二ミリまで耐えられるんだよ。後このタイヤ見てよ!」
そう言ってウミボウズのタイヤを指し示す。
ミスフォルラが見るとそこには今まで見た事のないタイヤだった。
「なんと言うか、蜂の巣みたいですね?」
そのタイヤは外側がゴムで覆われていて、内側は文字通り蜂の巣の様になっていた。
「これはハニカム構造って言ってね。これで衝撃を吸収してるんだ。更に防弾で空気を入れる必要もないから、パンクの心配もないんだよ」
「マム、マム」
「ん、どうしたのメルヒェン」
「姉さま。固まっています」
「あっ、しまった」
「ウミボウズ、ナナテン、ジュウニテン、ハニカム」
あまりにも聞き慣れない単語ばかりで、ミスフォルラの頭はパニックになっていた。
「ゴメンね。一人で勝手に喋っちゃって」
「いえ、大丈夫です」
二人はウミボウズに乗り込む。
免許の持っていないミスフォルラが助手席でバルイールが運転席につく。
「じゃあ、メルヒェン。留守番よろしくね」
「いってきます」
「いってらっしゃい。マム、姉さま」
メルヒェンに見送られて、ウミボウズは発進した。
「乗り心地どうかな? このエアレスタイヤ、ちょっと乗り心地悪いんだよね。アタシ達は慣れちゃったけど」
「大丈夫ですよ。気になりません」
「そう良かった」
「ところで、どこに向かってるんですか?」
「うん、探索者にとって一番大事な物が売ってるところ」
「大事な物?」
「そう、ガンショップだよ」
「……ここですか?」
「そうここがガンショップ【ボウビーチ】最高のお店だよ。さあ中に入ろう」
「は、はい」
ミスフォルラが想像してたのと違い、店の外観はかなりくたびれている。
看板に書かれた文字は店の名前が書かれているようだが、ボロボロでほとんど原形を留めていなかった。
店の前の一台分しかない駐車場にウミボウズを止め、二人は降りて店の中に入る。
中は外と同じく、くたびれており、とても売り物とは思えないボロボロの銃が飾られていた。
その中央にあるカウンターに、一人の店主が座っている。
彼の吸うタバコからは紫煙が立ち上っていた。
店主は新聞を読んでいたが、二人が入ってくると、それを畳み、かけていた眼鏡を上にずらす。
「オッス来たよー。クニェツ」
「おう、バルイールか。今日は何の用だ? もう坊主が四十ミリ使い切ったのか」
「違う違う。弾薬の補充はまた今度。今日は別の用事」
「別の……? その隣のお嬢さんが関係してくる用事か?」
「こ、こんにちは」
「そうなんだよ。彼女にちょっと銃の訓練をね」
ミスフォルラに気づいたクニェツは、さりげなく、吸っていた煙草の火を灰皿に押し付ける。
「ほう、という事は、お嬢さんは探索者を目指してるのかい?」
「はい。そうです」
「名前は?」
「美花子・ミスフォルラです。よろしくお願いします」
「ミスフォルラ……」
「私のこと知ってるんですか?」
「……いや。ワシはドワーフのクニェツ。バルイール達の銃の世話してる鉄砲鍛冶だ。よろしくな、ミスフォルラ」
クニェツは厳つい顔からは想像できないほど、優しい笑顔を彼女に向ける。
「よろしくお願いします」
それを見て少しだけ緊張が解れるミスフォルラだった。
「ねぇ、地下の射撃場借りていい?」
「ああ、いいぞ。今は誰も使ってないからな」
バルイールが、懐から財布を出そうとした時、クニェツは手を上げて制した。
「今日はお代はいらねえよ」
「えっ!いいの」
「ああ、そのお嬢さんに、沢山の銃を紹介してやってくれ」
「ありがとう! じゃあ遠慮なく借りるね」
「言っておくが、無駄に撃ちまくるなよ。使い過ぎたら、後で請求するからな!」
「分かってる分かってる。行こ、ミスティ」
バルイールが奥の扉を抜けたので、ミスフォルラもそれに続く。
「ありがとうございます。クニェツさん」
「なーにお安い御用だよ。そうだ。ミスフォルラ、一つ覚えておいてくれ」
「なんでしょう?」
ミスフォルラは足を止めた。
「銃っていうのは、誰でも簡単に命を奪える道具だ。だからこそ、ちゃんと考えて使うんだぞ」
「はい」
返事をしてミスフォルラも扉を抜ける。
「そうか。彼女がディスモスの娘か」
誰もいない店内で、クニェツは今は亡き友を思い出して、再び煙草に火をつけるのだった。




