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おまけ その2

幼馴染との一幕。

 ガタゴト、とのんびり走り出す馬車を見送った少女、アイリーンは足元に荷物を置くと、凝り固まったお尻と腰を軽く揉み、見渡す限りの草原とその奥にある山脈を見渡して、大きく深呼吸をした。

 父親の仕事の都合で一家総出で王都へ引っ越していたが、この度、彼女だけ1週間ほど帰郷することになったのだ。実に半年ぶりの故郷の空気を胸いっぱいに吸い込んで、アイリーンは柔らかに微笑む。


 空気が美味しい!きっと私の帰郷をトールディア様が祝福してくださっているのね!


 清廉な空気を己の願望で桃色に染めたアイリーンは心の高揚をこらえきれず、頬をわずかに赤く染めてクネクネと身をよじったが、腕時計を確認すると慌てて荷物を持ち直し、遠目に見える街へと歩みを進めた。

 夏が終わりで少し空が高くなっていたり、山のてっぺんが僅かに紅葉して色を変えているさまを見ながら、帰ってきたことを実感し、足取りも軽く、待ち合わせの場所へと向かう。


 王都と比べるべくもなく、アイリーン一家が住んでいた村は土地の割に人口が僅かだ。そして人口よりも家畜の方が多いという逆転現象を起こしているほど、田舎だ。

 テリデント領にはそういった田舎に行けばいくほど、さまざまな優遇措置がある。

 アイリーンが人と待ち合わせをしている総合会館もその一つで、図書ばかりを集めた図書室や屋内で運動をするための体育館、人と話すための椅子や机が置いてある談話室、外には子供用の遊具などもそろっており、さらに利用料は子供のお小遣い程度で済む。もちろん、この村に住んでいる住人に対する格安料金であるが、住人以外の、例えば他国の人間であっても制限はあるが、ある程度は利用が可能となっている。

 開かれた、そして僻地になればなるほど住みやすい領地として、アイリーンの住むテリデント領は国内外から移住者が多い。


 談話室の扉を開くと、そこには待ち合わせの相手、アイゼルが窓際の席へ座っていた。


「アイゼル!」


 半年ぶりの再開に思わず駆け寄る足も軽く、アイリーンに呼ばれて席から立ち上がった彼へ、勢いのままに、荷物を放り出して抱きつく。

 久しぶりに見る亜麻色の髪が揺れて、アイスブルーの瞳がアイリーンを見つめる。


「アイリーン、半年ぶりだね」


 飛びついてきたアイリーンを難なく抱き留めたアイゼルは、ほんの半年合わなかった間に髪が伸びて随分と大人っぽさが増した婚約者に目元を緩める。


「ふふっ!毎週手紙を送ってたけど、やっぱり直接会えるほうが嬉しいわね!」

「そうだね。…僕も、アイリーンが相変わらずでホッとしたよ」

「まぁ!これでも5センチも身長が伸びたのよ!」


 頬を膨らませて拗ねてみせたアイリーンはアイゼルの腕の拘束をはずす。


「ほら!前は目線が鎖骨下だったけど、今は鎖骨上あたりよ!」

「アイリーン、身長のことを言うならヒールの靴を脱いでからにしようね」

「…もう!もうっ!」


 ポカポカと胸元を叩かれて、アイゼルは笑いながら、彼女の半年分伸びた髪の毛を撫でた。


「ごめんごめん。…でも本当に、相変わらずで嬉しいよ」


 きょとんと首をかしげたアイリーンの荷物を持ち上げる。談話室とはいえそろそろ周りからの好奇の視線が寄せられ始めていた。


「とりあえず、家へいこうか」

「うん!小父様と小母様にご挨拶しなきゃね」

「アイリーンが来るから張り切って夕飯つくってた。まだ昼を過ぎたばかりなのに、気が早いって父さんが笑ってたよ」

「ふふっ、小母様の手料理って美味しいから嬉しい!」

「姉さんも、義兄にいさんと一緒に夕方にはくるってさ」

「まぁ!一家総出ね!」


 今夜はパーティーみたいになるわね!と笑うアイリーンに微笑みを返す。

 つい半年前まで、こうやって二人で歩くことなんて、当たり前のことだったことを思い出して、懐かしくて2人ともつい笑みが浮かぶ。

 出発前はお互いに、1年だと決まっているアイリーンの引っ越しを何とも思っていなかった。

 けれど彼女一家が家を空にして1週間も経つ頃には、アイゼルがそわそわと落ち着かなくなった。

 朝起きて、家畜の世話をしに行くときに見えるアイリーンの家の屋根から煙が出ていないこと。朝ごはんの匂いがしないこと。アイリーンが弟を起こす声が聞こえないこと。

 アイリーンと一緒に学舎へ通っていたのに、1人で通学していること。アイゼルは来春には役場への就職が決まっているため、学舎へ一緒に通うことができる、最後の年だ。

 いつまでも続くと感じていた日常が、簡単に「日常」でなくなることを実感した半年は、とても長く感じられた。


 アイリーンから手紙が届いたのは、彼女が王都へ引っ越してから2週間後。おそらく引っ越しがひと段落してすぐに手紙を出してくれたのだろうが、アイゼルの家が辺境にあるため、届くまでに時間がかかったのだろう。

 手紙には主に王都での日常や、疑問、彼女が敬愛しているトールディア・テリデント公爵令嬢について王都での噂や熱烈な愛情がつづられていたが、何通目かの手紙に少しだけ書かれていた文章にアイゼルは不安を感じた。

 人助けをしたらその相手が国の偉い男性ひとであったことやその男性に王宮へ仕事の口利きをしてもらったこと。これでいつかトールディアと一言でも言葉をもらえるかもしれない!という、結局はトールディアへの賛美へとつながる一文だったが。

 この村でアイゼルが知らない住人なんてほとんどいない。それほど人口の少ない村で、特に同じ年頃の男性となると両手程度の人数だ。

 全員がお互いを知っている、幼馴染のような関係だったし、アイリーンが彼らを極力避けていることも知っていたから、異性関係において心配することなんて一度もなかった。

 なのに、ここにきて、アイゼルの知らない男性の登場だ。

 しかもその男性は国の偉い人らしく、王宮の人事にも口利きすることができる権力者。

 アイリーンが大好きなトールディアにも影響力を持っているかもしれない、男性。

 王都という華やかな場所で暮らした彼女がはたしてこの田舎へ戻ってくるだろうか。もしかしたらその男性と恋に落ちるかもしれない。王都の便利さに慣れて、田舎へ戻ってきてはくれないかもしれない。

 婚約者とはいえ、貴族のようにしっかりとした約束ではなく、両家を交えた口約束だ。

 アイリーンの気持ちが変われば、解消せざるを得ない関係だ。

 アイゼルとて無理強いをしてアイリーンと添い遂げる気はない。けれどもアイリーン以上に愛情を持って接することができる女性が、今後彼の人生に登場するとも思えなかった。

 突如、それまで信じて疑うことがなかった2人の関係の不安定さを実感して、アイゼルは慄いた。

 早く確実な約束にしなくては!

 気持ちが急いてはいたが、アイゼルは自身の都合だけでアイリーンに対して余裕なく追い詰めることはしたくなかった。


「それにしても、結婚式の準備に積極的な男性なんて、滅多にいないのね。王都での知り合いに羨ましがられちゃったわ」

「そうなんだ。結婚式は花嫁さんが主役だけど、僕たち2人のためのものだから、一緒に準備するの何て当たり前だと思ってた」

「アイゼルが優しいから私は幸せものねってお母さんや近所の小母様方にも妬まれるのよ」


 少し肩をすくめるアイリーンは、けれども決して嫌がった様子もなく、むしろどこか誇らしげだ。


「アイリーン…王都での暮らしはどう?」

「とても刺激的。王宮は迷子になるくらい大きいし、街並みは綺麗だけど眩暈がするくらいに人が多いわ」

「そう。友達はできた?」

「何人かいるけど…やっぱり都会の女性はどこか違うわね。私、陰険な嫌がらせなんて生まれて初めてされたわ!」

「嫌がらせ?どうしてまた、そんなことを?」

「私が媚を売っているように見えるそうよ。」

「誰に?」


 媚を売る、というはあの手紙に書いてあった男性だろうか。アイゼルの胸がざわついた。


「手紙に書いた、身分の高い男性。でも、それだって色々とよくしてもらっているからお愛想程度の事はするけど…」


 アイリーンがチラリとアイゼルを見上げて、大げさにため息をつく。


「人との…異性との距離感って難しいのね」


 幼少のころからアイリーンは美少女として近隣の集落では有名だった。特に年頃になると違う村からわざわざ用事を見つけて彼女を見に来る男性もいるほどで、過去に数回、危ない目にあったこともあるほどには整った容姿をしている。

 村の人間は、アイリーンがテリデント公爵令嬢に倒錯的な感情を抱いていることを熟知しており、言い方は悪いが、アイリーンの容姿は観賞用として重宝されている。そのためアイリーンとの結婚を決めたアイゼルは幼馴染達から特殊性癖の持ち主ではないかとまで面と向かって言われたこともある。


「ここら辺のみんなはキミのことをよく知ってるからね。客観的にみると、アイリーンは可愛いんだよねぇ」

「なにそれ」

「男なんて身分に関係なく、みんな単純なんだよ。可愛い女の子に笑いかけられるだけで、勘違いしちゃう」

「……それは、アイゼルも一緒なの?」

「ん?」

「アイゼルも…可愛い女の子がいたら、近づきたいもの?」


 隣を歩くアイリーンが目元を朱に染めて、チラリとアイゼルを見上げた。


「僕にはアイリーンがいるし、他の女の子と話すならアイリーンとピクニックへ行きたいけどなぁ」


 サラりと、こともなげに言われた言葉にアイリーンは屈託なく笑う。


「まぁ、アイゼルってば欲がないわ!」

「そうでもないよ」

「私とピクニックなんて、来年にはいつだって、何度だって行けるようになるんだもの。欲がないわ!」


 くすくすと楽しげに笑いながら、以前は当たり前に二人で歩いていたアイゼルの家へ続く道を歩く。


「ねぇ、アイリーン」

「なぁに?」

「手、つなごうか」

「ふへ?」


 思わず足を止めてしまったアイリーンは、隣でいつものように微笑んでいるアイゼルを間の抜けた表情で見上げた。


「手をつなごうか?」


 アイリーンへと手を差し出す。


「手をつなぐなんて、子供みたいじゃない?」

「そんなことないよ」

「私たち、もう大人なんだから」

「だからだよ」


 差し出した手をいっこうに取ろうとしないアイリーンに焦れたのか、アイゼルは荷物を持っていない手で強引にアイリーンの手を握る。


「僕はもう大人だから、きみに触れていたんだよ」


 にこりと微笑まれ、アイリーンが有無をいう暇もなく、アイゼルは彼女の手を引いて歩き出す。

 振り払うこともできず、かといって握り返すこともできないアイリーンは戸惑ったまま、手を引いて前を進むアイゼルの背中を見つめた。


「僕はね」


 歩みを止めることも、振り向くこともなく、アイゼルが口を開く。


「君と夫婦になりたいんだ。トールディア様の次でもいいけど、男としてはきみの一番になりたい」

「アイゼルは昔から私の一番の」

「友達じゃないよ」


 遮られて、アイリーンは口をつぐむ。


「アイリーンが王都へいってから色々と考えた。僕はきみと夫婦になりたい。友達でも、親友でもない。恋人になって、夫婦になりたいんだ」

「アイゼル…どうしたの…?」

「すぐにとは言わない。でもこんな僕のことをきみが嫌なら、結婚の話はなかったことにしよう。」

「そんな!」

「大丈夫、どうせ口約束なんだし。…王都にいれば、きっと素敵な人が見つかるよ」


 寂しげに呟かれた言葉を機に、アイゼルの手がアイリーンの手を放す。

 呆然と話された彼の手を見つめる。


「さぁ、家につくよ。…ゆっくりと、考えて欲しい」


 振り返るアイゼルは、アイリーンがトールディアを語るときに浮かべていた、いつもの微笑みを浮かべていた。



 その夜をどうやって過ごしたか、アイリーンはあまり記憶が定かではない。

 気が付けばアイゼルの家族が用意してくれた客室のベッドにぼんやりと座っていた。

 お腹も満たされて、髪も体もサッパリしているから、きっと無意識に色々と済ませていたのだろう。


「ふうふ…夫婦…」


 アイゼルが握った手を見つめながら、考える。

 今までの関係と何が違うというのだろうか。今までだって2人で仲良く過ごしてきた。

 若干、トールディアに対して熱く語りすぎたかとも考えるけれど、それでもアイゼルはいつだって微笑みながらいつでも話しを聞いてくれた。

 いつだって近くにいた。

 幼い頃のアイリーンが男の子に苛められていた時もアイゼルは守ってくれた。トールディアに出会って、やられたらやり返してもいいんだと教わってからも、アイゼルはなにかあったら、なにもなくても、アイリーンを心配してまめまめしく様子を見に来てくれていた。

 いつだってアイリーンの隣にはアイゼルがいて、今は王都へいっているけれど、この関係は何年経っても変わらないはずだった。


「いまと…なにがちがうのよ…」


 手をつなぎたいといわれたとき、照れくさくてついはぐらかしてしまった。

 幼い頃は何も考えずに、差し出された手を握り返していたのに。


 アイリーンだって王都へ行ってから彼のことを思い出さない日はなかった。

 朝は一緒に学舎へと歩いたし、夕方からは2人で勉強をしたり、お互いの家の家畜や畑の様子を見たり、森へ山菜やキノコなんかを取りに行ったことを思い出しては、寂しさを覚えていた。

 でも、それでも1年の我慢だと思えば耐えられた。1年我慢すれば、また以前と同じようにアイゼルが隣にいて、話しを聞いてくれて、本を読んだり、動物の世話をしたり。

 そんな当たり前の毎日がやってくるのだと信じていた。

 王都でアイゼルとよく似た髪の色と瞳を持つ騎士と知り合ったときも、彼を見るたびにアイゼルに会いたくなった。

 その日あった楽しいこと、嬉しいこと、腹が立ったこと、悲しかったこと。

 全部アイゼルに聞いて欲しくて、気が付いたら便箋が分厚くなってしまったことが、何度あっただろう。

 今日だって本当は、夜中まで王都であった色々なことをアイゼルに話したくて、やっと話せることが嬉しくてたまらなかったというのに。

 アイゼルに裏切られたような気分だ。今までの2人ではダメなのだろうか。

 一緒に歩いて、ご飯を食べて、笑いあう。

 やがて2人が3人に増えたり、それ以上になっても、アイリーンの話しをアイゼルが微笑みながら聞いてくれる。そんな穏やかな未来を想像していたのに。


「なんで…」


 ふつふつと湧き上がってくる苛立ちのまま、アイリーンはベッドから飛び降りた。

 与えられた客室は2階の端にある部屋で、アイゼルの部屋はすぐ隣だ。この部屋の扉を開けて数歩歩けば、すぐに彼の部屋だ。

 躊躇うことはない。今までだって彼に対して遠慮なんてしたことがないんだから、と自分を鼓舞して、アイリーンは部屋を出た。




 アイゼルの部屋はとても簡素だ。ベッドと勉強机、専門書の詰まった本棚。それだけ。


「相変わらず何もない部屋なのね」

「ごめんね、お客様用の椅子がないから、アイリーンはベッドに座って」


 アイリーンにベッドをすすめて、アイゼルは勉強机の椅子に座る。


「…さっき僕が言ったことを考えてたの?」

「……あなたがなりたい、恋人関係って正直、私にはよくわからないわ。」

「そっか…」

「今までみたいに出かけたり、話したりしたい。それじゃあダメなの?」

「それだと、僕たちはただの友達じゃないか」


 僕はそれ以上になりたい。そう呟くアイゼルをアイリーンは首をかしげる。


「友達じゃないわ。アイゼルは私と一緒に家族を作っていく、大切なパートナーよ」

「家族を作るって…」

「私、男の人って苦手だわ。隙があれば、触れてこようとするんだもの」


 その時のことを思い出したのか、アイリーンは眉間に皺を寄せて、膝の上で結んでいる両手を見下ろす。


「私の力ではかなわないから、男の人は苦手。どれだけ叩いても離れてくれなかったり、手を…放してくれなかったり…」

「…王都で、なにかあった?」

「少しだけ。王都は、いろんな人がいるわね。……あのね、でもね、私…昼間の、アイゼルの手は、嫌じゃなかったって言うか…」


 むしろ安心したの。


 ぽつり、と呟かれた言葉と一緒にアイリーンの瞳からは一粒の涙が零れ落ちた。

 一瞬息をのんだアイゼルだったが、すぐにアイリーンの隣へ座り、声もなくハラハラと涙を流す彼女を胸に抱きしめる。


「ご、ごめん…泣かせるつもりなんてなかったんだ」

「お願い…離れて行かないで…アイゼルは、アイゼルだけはいつまでも私の隣にいて、私の話を聞いて…」


 アイゼルの胸元に手を添えて、アイリーンは濡れた瞳で彼を見上げる。


「いつまでも、一緒にいてほしいの…」

「アイリーン…」


 涙がたまって今にも溢れ出しそうな目元を親指で優しく拭って、アイゼルは意を決して口を開く。


「僕はね、アイリーン。君に恋をしているんだ。君にこうやって触れたいと思うし、今だって口づけたり、あわよくばそのまま君を抱いてしまいたいと考えている。我慢しなければ、僕はきっと感情のままに君を抱いてしまう。でもきってそうして君を手に入れても、心ごと全部僕にくれなければ意味がないんだ」

「心なんて」

「きみの全てが欲しいんだ。心も、感情も、体も、全部」


 言いかけたアイリーンを遮って、アイゼルは彼女を抱きしめた。けれどその腕は決して強引なものではなく、アイリーンが逃げようとすれば逃げられる程度のもので、アイリーンが彼の胸を押し返すと難なく、抱きしめられている腕が解かれた。

 押し返された事実にアイゼルは泣き出しそうな瞳でアイリーンを見る。


「心なんて、初めからあなたにむいてるわ。感情も、全部。…か、体は…まだだけど…」

「アイリーン?」

「トールディアお姉さまは私の憧れで、きっとお姉さまへ片思いはずっと続くものだと思うわ。でもね、」


 アイリーンのたおやかな両手がアイゼルの頬を包み込む。


「私が生涯を共にしたいと願うのは、アイゼルだけよ」

「ほんとうに?」

「えぇ」

「でも、王都でたくさんの人と出会ったのなら」

「まぁ、信用がないのね」


 少し頬を膨らませて、アイリーンは笑う。


「どんな人と出会っても、どんなことをされても、私はアイゼルがいいの」

「アイリーン…」

「なぁに?」

「口づけても、いい?」


 真摯なアイゼルの瞳を受けて、アイリーンはそっと目を伏せる。


「……聞かないでよ、ばか」


 アイリーンの両頬をアイゼルの暖かくて大きな手が包む。

 互いの頬を、互いの両手で包みあったまま、彼と彼女は初めて唇の温もりを分け合った。




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