§ 第二十一章:破滅と路傍の……1 §
ついにローヴァス帝国を下したハーヴィス。侵略は終了した。次は新しい領地を混乱することがないように統治する必要性が生まれる。それを見越したハーヴィスは、一番信用できる自分を使いローヴァスの統治に乗り出した。
ハーヴィスに友情を求め、信頼を持つようになったオスカーはなんとハーヴィスを旧ローヴァス帝国領地を丸々統治させるという。それにより、ハーヴィスは――
” 法騎士パラディンだけではなく、国主として国の統治を行う重責を担うこととなった ”
§第二十一章:破滅と路傍の…… 1 §
「本当にいいのか? 」
「ええ、私はエスターナに残ります。ハーヴィス様には余計な心配をしてもらうことなく、仕事に専念してもらいたいから」
ギルトの言葉にアリアはそう答えた。今、ハーヴィス達は家族会議をしていた。ギルトとハーヴィスそして三人の孫娘達だ。彼女達はハーヴィスが国主として旧ローヴァス帝国を拝領された件について話をしていた。拝領されると言うことはほぼハーヴィスは旧ローヴァス領にいることとなる。つまりはハーヴィスがエルベリア領からいなくなるということになる。確かに、統治の方法としては
・直接指揮を執る領主タイプ
・自分以外の目代(代理人)を立てる方法の委任タイプ
などがある。しかし、委任タイプは東洋の国において荘園と言う言葉で使われていた。荘園に関しては自国内においての政治が” 当たり前 ”になった上での制度となる。なので、領地を拝領したハーヴィスはほぼ未開の地となる旧ローヴァス領においては選択の余地がなく、直接指揮を執るしかないのが実情だった。
なので、事情を説明した上で今後についてギルト一家に相談を持ちかけた。そんな中でアリアの予想外の言葉にハーヴィスは驚いた。しかし、彼女の意志に任せようと言うことでハーヴィスは承諾した。それによりハーヴィスとアリアは別居となる。いわゆる単身赴任だ。
「分かった。アリアには色々苦労をさせてしまうな……すまん」
ハーヴィスは申し訳ない表情で言うと、アリアは首を横に振る。
「いえ、こちらこそ……我がままを言って申し訳ありません。本来なら付いていかなければならないのに……」
寂しそうな表情をするアリアにハーヴィスは優しい笑顔で首を横に振った。
「いや、本来ならエルベリアの高官の一人がやるようなことを自分から請け負った。アリアとの生活を考えると自分はこの選択をするべきではなかった。だが……」
「ええ、分かっています。ハーヴィス……貴方はパラディンの職ですら小さいですわ。これからは旧ローヴァス帝国の領主……国主となって、全世界の平和を実現させてください」
アリアの愁いを帯びた表情がエリーシャによく似ている。というか、ここ最近のアリアはエリーシャと間違えてしまうほど美しくなった。それがハーヴィスの心をかき乱す。今回の別れがまたエリーシャとの別れのように二度と引き合うことがなくなるのではないかと――
” もうこのような過ちを犯したくない…… ”
ハーヴィスは決心した。ハーヴィスはアリアの両手をそっと掴むと自分の胸に手繰り寄せた。そして、驚く彼女にそっと呟いた。
「アリア、今回のローヴァスでの仕置き、これがうまく言った後、改めてお前を迎えに行く。そして、二度と離しはしない」
「……!! 」
アリアは驚きと戸惑いの表情を浮かべた。そして、彼女は頬を桜色に染めつつ、小さく答えた。
「その時は……ハーヴィスと共に……とても、とても幸せです。ありがとう……ハーヴィス」
「コ、コホン……」
ギルトの軽い咳払いと共に二人は現実に戻る。慌てて掴んだ手を離し、お互い罰が悪そうに俯いた。ギルトは二人が手を離したのを確認してから改めて言った。
「まぁ、お互いに大人になった二人じゃ……あえて言う必要もないだろうが、ハーヴィスは職務を、アリアはハーヴィスの帰る家を守り通せ。二人が戻った時、改めて婚礼の儀を行おう。それからがお主たちの、新たなスタートとなるのじゃ」
「「は、はい! 」」
ハーヴィスとアリアは同時に答えた。そして、家族会議は終了したのだった。
家族会議が終わり、ハーヴィスは本国のパラディンの仕事の引継ぎを始めた。ハーヴィスとしてのパラディン執務室は定期的な掃除以外は立ち入り禁止となり、今まで補佐として動いていた幹部達がいたので、彼らに役割分担をさせることとなった。
ある意味ハーヴィス自身がいなくても大丈夫なのだが、決定権がハーヴィスにあるため細かな執務処理だけ、彼らに任せている状態だった。
「申し訳ない、私は一週間後旧ローヴァス領に渡る。決定権はソナタに任せる。常に私の近くで補佐してくれたソナタなら私の考えていた事が分かるはずだ」
「はい! ご期待に沿えるよう全力を尽くす所存でございます」
「できることなら、ソナタも私に付いて来て補佐をしてほしかったがな……」
ハーヴィスが頭を掻きながらそう言うと、彼はにっこりと笑った。
「天下無双のハーヴィス様にそう言って貰えて光栄です。ですが、私がいなくてもハーヴィス様ならば、かの地にて優秀な者たちに会えると思います。私も付いていきたいのが山々ですが……ね」
「ハハ! そう言われると……答え辛いな……ソナタのような者はそうそういないぞ……」
二人は執務室で笑った。他の部下達もそうだ。彼らは優秀だ。エルベリアの難関と言われる幹部試験を通っただけのことはある。ハーヴィスのようなにわかの人物とは違い本当に頭の回転が良く、そして先を読むのが得意だった。エルベリアはとにかく大陸の6割の人口を擁する巨大な国だ。それだけ優秀な人材が集まるのだ。
(ローヴァスに行ったとして、このように円滑に物事をうまく推し進めることができるのだろうか……)
ハーヴィスは今後の旧ローヴァス領においての仕置きに不安を感じていた。しかし、やるといった以上やらないわけには行かない。そして、何よりエルベリアから来る悪徳の中間管理国司を派遣させるわけには行かなかった。まだそれに耐えうるだけの力を独立政府は持っていない。
(さて、これからの仕事、何もなくうまくいけばいいのだがな……)
ハーヴィスは打ち解けたパラディン直属の部下達と別れの酒宴を楽しみながらふとそう思った。
「それでは行ってくる」
「……お気をつけて……いってらっしゃいませ」
「元気でな、ハーヴィス殿。ワシらいつでもお前の帰りを待っておる」
ギルトの家族が見守る中、ハーヴィスは旅装束に着替え、馬にまたがり、彼らと言葉を交わした。孫娘のエスタシアとミレディアは少し顔を落とし、無言だった。色々と言いたいことがあるようだが、ハーヴィスに不安を与えないために敢えて言葉を出さないのだろう。
「それでは……エスタシアさん、ミレディアさん。お世話になりました。かの地に行っても、連絡はしますので、よろしくお願いいたします」
「はい、ハーヴィス様もお元気で」
「…………ちゃんと帰ってきなさいよ。死んだら許さないからね」
悲しみを隠すように答えるエスタシアと珍しく感情を見せるミレディア。彼女達の反応は正反対だった。だが、みなの感情は同じだった。” 心配 ”を押し殺してハーヴィスを送ってくれるのだ。そう思うだけで胸が一杯になる。離れたくない。そういう思いを振り切り、ハーヴィスは立ち去った。
「平和……平和は訪れたはず……だが、何か腑に落ちないところもある。それは一体何だろうか」
やはりはじめての大任、気になるところもあるが、それ以外にも気になるところはある。それはハーヴィスの長年の経験から来るものでもあった。
色々考えながらハーヴィスはマサムネの待つ屋敷に着いた。すると、既に準備ができているマサムネがいた。マサムネは女ということを隠し、男として過ごしている。なので、旅装束も年端の行かぬ少年のようで、整った顔立ちが美少年のごとく綺麗であった。しかし、かつての勢いはなく、精彩を欠いている。理由は言わずもがなであろう。
「ハーヴィス殿……来てくださいましたか……今回の沙汰感謝致します」
マサムネはハーヴィスがどういう経緯でここまで来たのか情報が伝わっていたようだ。彼女自身ハーヴィスと同じく独特の情報網があるらしく、軟禁状態でもハーヴィスの取りなしで彼女にゆかりのある商人達を入出させることを許していた。そこから情報を入手したのだろう。
「いや、礼には及ばぬ。これは私の勤め、そして、何よりこの件はラスコー殿との約束だ。違えるわけには行かぬ」
ハーヴィスのラスコーという言葉にマサムネは肩をビクッとさせた。未だ傷心冷めやらぬ状態で失言してしまったことをハーヴィスは気がついた。
「……悪かった。余計なことを言ってしまった」
「いえ、ハーヴィス殿の心遣い感謝致します」
ぎこちないながらもマサムネはハーヴィスに微笑んだ。今までは少年として認識していたため、気がつかなかったがマサムネはとても可愛かった。
ラスコーが彼女のことを女の子として分かっていたとしたら、彼女の笑顔を守りたいと必死になっていた姿が分からないでもない。どの時点でマサムネが女の子だと分かっていたのか定かではないが、ハーヴィスはそう思った。
「これからのこと、旧ローヴァス帝国に向かう道すがら少しづつお話したいと思う」
「はい、まずはハーヴィス殿が私に随行されるところからお願いします」
マサムネはハーヴィスの言葉の初めを促すように聞いてきた。その時、マサムネは頭の良く回る人間だと再認識された。人によっては気に障る可能性がある。しかし、今彼女のこの知力こそこれからのローヴァス領には必要不可欠である。
ハーヴィスは一つ一つ丁寧に話を伝える。その話は思った以上に困難なことであり、ハーヴィスが国主として赴くことを伝えると、改めて独立政府はエルベリアに属領として認識されているということをマサムネは理解したらしく表情に苦渋を滲ませた。
「確かに、エルベリアの属領という名目はある。しかし、そこはチャンスでもある。属領ということは敵として見られていないということだ。その間に独立政府は政府としての経験を積むべきだ」
「分かっている……ハーヴィス殿の言いたいことは……」
マサムネは胸を押さえる。今回の旧ローヴァス領の仕置について、直接戦争に参加しなかった旧港湾都市国家は改めて港湾都市国家として再独立した。そしてマサムネの父は都市国家の首長として戻ってきた。それによりマサムネとしては旧ローヴァス領は未練もないものではあった。しかし……
” 命をかけて守り通そうとしたラスコーの志をマサムネは守りたかった ”
そして、ラスコーは未だに死体として見つかっていない。つまりはまだ生きている可能性もある。ラスコーが戻ってきたとき、帰る家がない。それだけはマサムネとしては耐え難いことであった。
かつてのマサムネであれば自分は関係ないと言って、ローヴァス領を見捨て、港湾都市国家に戻っていたかもしれない。だが、この数年でラスコーという男が彼女を変えてしまった。合理的な考え方しかなかった彼女に感情という熱いものを吹き込んでしまった。
「ハーヴィス殿、僕はラスコーは生きていると信じている。だから僕は独立政府の領長として生きていきたい」
「……分かった。私はエルベリアから国主として旧ローヴァス領に向かうが、政はマサムネに任せる。あくまでマサムネのサポート役として動こう」
ハーヴィスの言葉に驚いた表情を見せるマサムネ。しかし、ハーヴィスの表情を見て頬を赤色に染めた。ハーヴィスの懐の深さに気がついた瞬間だった。
かつてハーヴィスをなよなよとした存在感の薄い人間だと思い込んでいた自分が恥ずかしくなった。そして、初見にもかかわらず自分を女性と見抜いていた彼の洞察力。マサムネの心は様々な感情で渦巻いていた。
「我々がシウダー・デ・フエルテに着いてしばらくしたらエルベリアから沙汰があると思う。それに合わせて私は独立政府をサポートしていこう」
「かたじけない。我々のこれからを末永く見守って欲しい」
ハーヴィスとマサムネは今後の国について話し合った。それにより、初めに会った時のようなぎこちなさは無くなり、二人は徐々に打ち解けてきた。そして、一ヶ月をかけて道すがら色々と話をした。何よりマサムネが一番興味を持ったのは、やはりエルベリアの侵略についてだった。マサムネが拘留されていた間に起きていたことである。
事細かに話すとマサムネはハーヴィスの深謀に感じ入った。と同時にその場に自分が居合わせることがなかったことを悔やんだ。
「ハーヴィス殿に問いたい。僕が、僕がローヴァス帝国との決戦の際、ハーヴィス殿に立ちはだかっていたとしたら……どうしたのですか? 」
「そう、ですね。今回と同じ手を打っていたと思います。それしか思いつかない」
マサムネは腕を組んで考えた。そして、自分がハーヴィスの立場として考えたとき、やはり彼と同じ策しか思いつかなかった。いや、ハーヴィスの話を聞いたからこそ、この策しか思いつかないのだろう。彼の話を聞かなかった場合は、それよりも下策しか思い浮かばなかったかもしれない。
「うん。僕は拘束されていなかったとしても、ハーヴィス殿の策に乗っていたかもしれない。そして、ラスコーと一緒に……」
そう言ってハーヴィスを見た。一瞬ハーヴィスがラスコーに見える。そう、そうだ……僕が拘束されていなければ僕の隣にいたのがラスコーだった。という思いが溢れた。
(僕は、僕は何でこんな失態を……)
目尻から涙が出そうになる。そんな彼女をハーヴィスは優しい目で見つめている。好きな人ともう会えない。添い遂げることができない。そう思うだけで胸が張り裂けそうになる。ハーヴィスは身を持って知っている。それは時間だけが解決できることだ。ハーヴィスはマサムネをそっとしておくことにした。
ハーヴィス達がゆっくりとシウダー・デ・フエルテに向かっているとき、エルベリアでは司祭達が会議を開いていた。その内容は推して知るべし。邪魔者のハーヴィスを追い出したことに歓喜していた。そして彼らハーヴィスがいないことをいいことに自分達が政治の覇権を牛耳ろうとしていたのだった。
” そして、平和な時代を迎えた大陸は新たな騒乱を引き起こす ”
以降 2




