§第十一章 エルバランコ・デ・トントス 4 §
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マサムネとチョメ助がエルベリアを出立してから数日後のこと、ギルトとハーヴィスはオスカーからの直々の呼び出しを受け、会議室に出席していた。要件は伝えられていなかったのだが、会議室に行くと大体の要件は分かってしまった。
(また、戦争が始まるようだな……)
貴族院の面々の百面相のような不快感を表した顔を見て、ハーヴィスとギルトは同じことを思った。だが、この会議に何故自分たちが呼ばれたのかが分からなかった。二人が席に着くと、司会進行役の貴族院代表、ベルナルド=ウェインが会議の開催を宣言した。そして、オスカーがこの会議の趣旨を説明する。やはり、戦争のことだった。
「……というわけで、ガイスト殿の仇討ちを是非したいと、貴族院殿からの提案があり、我ら教皇も協力を惜しまないということで、我らの有望な人材を派遣することとなった。それで、今回ギルト殿とハーヴィス殿を私は推挙した」
オスカーの言葉で、会議は微妙な空気となった。確かに、オスカーの言うとおり、有望な人材なのだが、ギルトはともかく、ハーヴィスという若造だけは納得できないという雰囲気を貴族院の面々は醸し出していた。貴族院副代表、アーロン=ブリオは貴族院の思いを代表して声を荒げた。
「オスカー殿、ギルト殿は確かにいい。だが、この馬の骨ともわからん若造を推薦する意図をお伺いしたい!! 」
明らかにハーヴィスに不快感を示している。貴族院は本来貴族の者たちから選出される” 血 ”を重んじた集団である。平民かつ、他国の人材を自分たちの組織に組み込まれること自体がありえないと感じている。もちろんハーヴィスはそのことは分かっている。オスカーはアーロンを冷たい目で見つめながら答えた。
「ならば、ソナタたちはどうやって、ローヴァス帝国に勝つのか、その見解を聞かせてもらいたい」
「見解……ですか」
オスカーの質問にアーロンは答えに窮した。するとベルナルドが答えた。
「見解など関係ござらん。我々はガイストの弔い合戦を行うのだ。勢いで何とでもなる!! 」
「……そうか、それならば、その弔い合戦の助役として、ハーヴィス殿を使ってもらえんか? 」
オスカーは何故か、答えにならないベルナルドに同調し、頭を下げてハーヴィスを推挙した。その姿にベルナルドは意外に思った。そして、オスカーの態度に仕方がないという表情をしてハーヴィスを迎えることを了承した。
「仕方ありませんな、戦力になるかどうか分かりませんが、ハーヴィスを受け入れましょう。ただし条件がある」
「……条件? 」
オスカーは若干眉毛をぴくりと動かした。まだこれで足りないのか? と思ったらしい。ベルナルドは得意満面にハーヴィスを指差して言った。
「ハーヴィスのいた国、そうセリスタだったっけな、あそこの属国の兵士をハーヴィスと一緒に同行させたい。いかがかな? 」
ベルナルドの言葉にハーヴィスは一瞬眉毛を動かした。だが、表情は変えない。この表情はギルトには分かった。そんなハーヴィスに気がつくこともなく、オスカーはニヤリと笑った。
「ベルナルド殿、ソナタもやるな!! 気に入った、セリスタの兵士も出そう!! 」
ギルト、ハーヴィスの意見、意思は関係なく、条件は組み立てられていく。そして、ギルトの新しく編成された兵士もベルナルドに与すこととなった。
「正直、俺たちが呼ばれた意味あったのでしょうか? 」
ハーヴィスは会議らしい会議もなく、適当に進んでいくさまを見つめ、1時間ほどで話はまとまった。ギルトも同じ気分だった。
「相変わらずじゃな、貴族院の面々は。ま、彼らは彼らで勝手に動くじゃろうて、こちらはこちらで動くしかあるまい」
「そう、ですね」
ハーヴィスは歯切れが悪く答えた。そう、うまくいくのだろうか。そういう思いがハーヴィスの頭を駆け巡る。ギルトとハーヴィスは城を後にしようとした。すると、城の案内人がハーヴィスを呼び止めた。
「あの、ハーヴィス様、少々お待ちください。オスカー様がお呼でございます」
「え? オスカー様が……? 」
嫌な予感がした。オスカーが非公式で差しで話がしたいというのは余程のことである。正直、ハーヴィスとオスカーは仲が良くない。お互いそこは理解しているはずなのだが……
「分かりました。オスカー様はどちらで? 」
「はい、オスカー様はこちらにおります。どうぞ」
案内人はギルトにお詫びの言葉を入れると、ハーヴィスを先導していった。普段通る場所ではなく、何故か人気のない通路を通る。そして、着いた先は、教皇の娯楽室だった。
「こちらでございます。教皇様はこちらの娯楽室にて、ハーヴィス様とお二人でお話がしたいということです」
そう言うと、案内人は立ち去った。人気もない所に一人取り残されたハーヴィス。オスカーはだまし討ちするわけではないだろうが、本当に人気はない。意を決してハーヴィスは中に入った。すると中には既に酒を飲んでいるオスカーがいた。ハーヴィスに気がつくと手招きをしてくる。
「よお、ハーヴィス!! こうして話をするのも初めてだな」
「そう、ですね」
ハーヴィスは警戒しつつ対応した。オスカーは自分の座る席の向かい側にハーヴィスを座らせた。これで面と向かって話をすることとなる。オスカーは酒を飲みながら砕けた言葉でハーヴィスに話しかける。
「さて、ご気分はどうかな? ……まぁ、あの会議の後だと気分は良くないかな」
「あ、はい……」
ハーヴィスは遠慮がちに答えた。下手に答えると、彼の態度が豹変するかもしれない。それだけは避けたかった。すると、オスカーはハーヴィスにグラスを渡し、酒を注いだ。そして飲むように言う。ハーヴィスは軽く口に含んだ。普通の安酒とは違い、とてもフルーティな酒だった。熟成度よりも、発酵させた果物の風味を大切にしたタイプのようで、癖のあるものではなく、とても飲みやすかった。
「これは……美味しいですね」
「ああ、そうだな」
オスカーはこのグラスに注がれた酒を一気飲みする。そして、ハーヴィスに面と向かって答えた。
「この酒の名前は、” エリーシャ ”だ」
「え? 」
この言葉を聞いて胸がズクンッと疼いた。オスカーから直接聞くととても響く。
「この酒はまだ、仕込んだばかりだ。俺がエリーシャに興味を持ってからすぐに作らせたものだ。特殊な発酵でな、まだ一年ぐらいだが、恐ろしく飲みやすい……」
そう言うと、オスカーはまたエリーシャを注いで飲み干した。酒に強くないハーヴィスでも飲みやすいと思ったほどだ。この酒は本当の美酒かもしれない。
「エリーシャ、この酒とアイツは似て非なるもの、だった」
「え? 」
オスカーは酒をまた一気飲みした。
「初めて会ったときは、とても賢く、凛としていた。その姿は気高き孤高の虎のごとく美しかった。だが、今はただの飼いならされた猫のように静かだ……何故だと思う? 」
ハーヴィスは答えられなかった。答えれる内容ではなかった。理由はひとつだろう。
「……分からぬか……まあいい」
そう言うと、エリーシャの話題を終わらせた。そして、深くため息を付くと、ハーヴィスに話しかけた。
「今回、会議にお前とギルトを出したのは理由があるのだ。お前は、ギルトの軍師として、活動してもらいたい。できることなら貴族院の者たちも巻き込んでその軍略を活かしてもらいたいのだ」
「え? どういう」
オスカーの言いたいことが分からない。オスカーは酔に任せ、何か伝えたいようだ。うまく言葉を探し続け、こう言った。
「この戦い、負けてくれ!! 期待しているぞ!! 」
「!!! 」
ハーヴィスは予想外の言葉に驚いた。” 負けてくれ ”どういう事だ。
「出来るだけ、貴族院の面々には献策してやってくれ。そして、全力で戦って負けるのだ!! 」
「それは、一体……」
ハーヴィスは尋ねたが、オスカーは答えなかった。そして最後にこう言った。
「この戦いが俺の期待通りなら、エリーシャと会わせる機会を作ってやる」
「!! そ、それは……」
全く驚きのことであった。オスカーからそのような言葉が出るとは思っていなかったのだ。ハーヴィスは心が揺れ動いた。だが、もう既に自分には……
「分かりました。微力ながら、軍師の件務めさせていただきます……」
「任せたぞ!! 」
この件について、ハーヴィスは考えることを控えた。どうせ、期待通りでもそうでなくても、ハーヴィスに拒否権はないのだ。
後日、新たに結成されたガイスト追悼の遠征軍は戦いの場をどこにするか会議をしていた。初めての侵攻ということで、若干全員浮き足立っていた。かつて、一度オスカーとエリーシャの結婚式の後に侵攻を開始したことがあったが、相手に察知され、結局はエルベリア領内での戦闘となっていた。
「さて、今回の戦闘場所だが、ローヴァス領内の五本峯渓谷にする。ここは断崖絶壁の場所やらなんやら、複雑な地形だ。ここを過ぎれば、ローヴァスの喉元に我々は剣を突き立てることができる」
五本峯渓谷、ここはローヴァスとエルベリアこの両国の国境付近にある天然の要害である。この領地を掌握しているローヴァスは、常にエルベリアの喉元に剣を突き立てている状態であった。言い換えると、エルベリアがこの土地を手に入れれば、ローヴァスの喉元に剣を突き立てることができるということでもある。
「……それでは、地形の説明をさせていただきます」
遠征軍の軍師はハーヴィスであり、今回の侵攻の作戦を練った。この五本峯は通路が5つあり、真ん中が大きな街道、残り東西二本、ローヴァス側に通じる道がある。だが、その四本の道はいづれも一癖あり、険しく、あまり遠征に向いていない。なので、ハーヴィスは他の四本の道はシャットアウトしていた。
「まず、我々の軍は大部隊となります。なので、下手に軍を分割することなく、中央の街道を少しづつ侵攻していきたいと思っています」
「ちょっと待て!! 」
早速意見が来た。正直全ての説明が終わってから意見をしてもらいたいものだが、こちらの貴族院はそのような常識を持ち合わせていない。
「何故中央の街道だけなのだ!! 他の四本の道に敵が潜んでいたらどうする? 我らは一網打尽だぞ!! 」
「そのようなことはございません」
「なぜそう言える!! 平民のくせに生意気だ!! 」
そう言われ、ハーヴィスは口をつぐんだ。そう言われるとハーヴィスは何も言えない。すると、貴族院の者は満足そうに言った。
「ほら、やっぱり何も言えんな!! このような惰弱な市民に作戦を練らせること自体が間違いだ!! ベルナルド殿こそふさわしい!! 」
貴族院の者がそう言うと、会場ところどころから拍手が巻き起こる。その光景はさながらカルト教団のような様相でとても異常だった。
「そうだ!! 我々の” 正義 ”を証明するにはこのような小僧は必要ない!! ベルナルド殿こそが我々の真の” 正義 ”だ!! 」
完全に会議はベルナルドが総司令官で、軍師も兼ねた地位でいくように要請が来ていた。その事に彼はとても満足そうにしていた。これにより、ハーヴィスの考えた作戦は水泡に喫した。新しくすべての権限を持った新総司令官ベルナルドは改めて宣言をした。
「ハーヴィスのような小僧ではこのような大戦はまかなえられん。わしに任せよ!! 」
「オオオオオ!!! 」
会場が一気に吠える。完全にハーヴィスとギルトは孤立した。こうなればもうどうしようもない。ハーヴィスが数日考えた作戦も消えた。全ての運命はベルナルドに握られた。
「さて、我々の軍勢は十七万、セリスタの属軍五万、ギルトの軍三万、合計で二十五万いる。その兵士を五分割して事に望む!! 」
それを聞いてハーヴィスは完全に顔が青くなった。これでは全くダメだ……
「まずは本陣に十万兵士を配置、中央街道を我々の軍七万が動く、残りの四つの道をギルトとセリスタで勝手にやれ!! それで十分だ!! 」
「それがいい!! 」 「それで行こう!! 」
完全に形勢は逆転した。ハーヴィスの意見すら聞くこともない。これでは完全に死にに行くようなものだった。そのまま話は進んだ。その時ハーヴィスは意を決して最後の一言を言った。
「ベルナルド様、最後に一言申し上げてもよろしいでしょうか? 」
「……何か意見でもあるのか? まぁいい言ってみろ」
完全にハーヴィスを邪魔者扱いしている。これで、オスカーの言う精一杯には程遠いだろう。だが、無駄なあがきをハーヴィスはした。
「私たちの軍はこの土地に不慣れでございます。なので、この土地にいる土民の者達を買収して、残りの四本の道を塞いでもらうのが得策だと思います。これだけでもしてもらえませんか? 」
ハーヴィスの献策、それはベルナルドの逆鱗に触れた。
「バカモンが!! 土民などクズのような輩を何故我々が頼まねばならん!! 我々は” 高貴な血 ”が流れている。我々の” 正義 ”に土民のような汚らしいモノはいらん!! 」
これで、ハーヴィスの打つ手は全て潰えたのであった。そして、ベルナルドは顔を真っ赤にしながらも、五本峯の地図を見ていた。その時、この地図には土民の呼び名としてこの峯が書かれていた。ここは聖なる山があり、その山に通じる道として、この五本峯が立ちはだかっていた。この峯は知恵のある人間でないと聖なる山にたどり着けないと言われており、土民達はその伝説からこの土地をこう呼んでいた。
” エルバランコ・デ・トントス ”
つまりは” 愚か者達の渓谷 ”という名前であった。そして、エルベリア遠征軍という名の愚か者達が、無謀にも聖なる山に挑戦するのだった。
第十一章END




