§第十一章 エルバランコ・デ・トントス 2 §
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桐箱の中を見た教皇は急に笑い出した。それは異様な光景であり、全員があっけにとられていた。そしてこう言った。
” 何だ、ハーヴィス……ここに証拠があるじゃないか!! ”
教皇が意味不明な事を発したため、一番不快感を示したのは、やはり貴族院の面々だった。
「証拠……それはなんのこですかな? ハーヴィスとは穏やかではないですな」
貴族院は基本” 血 ”を重んじている。つまりは貴族の血族以外は認めないという風潮である。なので、ハーヴィスという言葉に敏感に反応した。オスカーは笑いながら答えた。
「うむ、貴族院代表、ベルナルド=ウェイン殿、実はだな、ローヴァス帝国から届いた御中元なんだが、ソナタの大事なモノが入っておった」
「大事なモノ? 」
オスカーは彼を呼び寄せ、桐箱の中身を覗かせた。不思議そうに覗いていた彼は、一気に血の気を無くし、真っ青になった。
「ヒッヒイイイイィィィ!! 」
彼は驚き、腰を抜かした。そのまましばらく放心状態でいたが、時間が経つと、みるみるうちに青い顔が赤い顔に変化していった。
「ガ……ガイスト……」
ベルナルドは絞り出すようにガイストの名前を呼んだ。すると、貴族院一同からはざわざわと声が漏れ出した。オスカーはこの状況をニヤニヤしながら眺めていた。人の絶望ほど気持ちいい気分はない。しばらくざわついていた謁見室だが、ベルナルドは、ハッとなり立ち上がると、目の前にいた旧港湾都市国家の面々を睨みつけた。
「…………」
旧港湾都市国家の使者達は、睨まれてもどうすればいいのか分からず、お互いを見つめ合っていた。先にオスカーに話したとおり、自分たちは全く感知していなかったという雰囲気を出している。だが、そんなこともお構いなしで、ベルナルドはまくし立てた。
「お、お前達!! この事の重大さを分かっているのか!? 何てことをしてくれたんだ!! 責任を取れ!! 」
「せ、責任でございますか? 」
ムツキはどうしたものか……という表情で答えた。それに対して、言葉にならない言葉を発しながらも責任と連呼するベルナルド。旧港湾都市国家の使者は意味が分からず、しかし、責任を取れと無理難題を押し付けられた状況であった。
「少し、覗いてもよろしいでしょうか? 」
ムツキは緊張しながらも、桐箱の中を覗き込んだ。それと同時に顔を引きつらせた。
「ヒッ……ヒッ!! 」
小さく声を出すと、ムツキは腰を抜かした。すかさず、チョメ助は補助した。ムツキは若干荒い息をしていたが、落ち着くと、チョメ助に補助はもういいと促した。その姿を見たとき、オスカーは意外にも怒り心頭であったベルナルドを諌めたのだった。
「ベルナルド殿、もういいだろう。この者たちはローヴァスの者だが、あくまで属国だ。そんな者達を責めても何にもならんだろう」
「!! し、しかし!! 」
まだ納得がいかない顔をしていた。だが、” ローヴァスの属国を責める ”という言葉に思うところがあったようで、取り敢えず押し黙った。ベルナルドが静かになったところで、改めてオスカーは旧港湾都市国家の使者に話しかけた。
「うちの者が失礼をした。今回はこのような事になってしまったが、これからもいい関係を続けたいと思っている」
オスカーの言葉に、旧港湾都市国家の使者達は一様に落ち着きを取り戻し、お辞儀をした。そして、軽く要件を伝えた後、旧港湾都市国家の使者達は謁見室を退場したのだった。謁見室内では、目的の仕事が終わった。列席していた者たちが退場していく中、ベルナルドと貴族院一同はワナワナと肩を震わせつつ退場することがなかった。
「くそう、やはり納得がいかん!! 」
使者がいた間は何とか耐え忍んだのだが、やはり、思い返すとはらわたが煮えくり返った。御中元としてオスカーが受け取った桐箱は、オスカーが立ち去る際、ベルナルドの要請で彼らが受け取った。そして、貴族院の一同のみになったとき、ベルナルドは何を思ったのか、桐箱の蓋を開いた。
「!!! 」
貴族院一同は桐箱の中身を見て悶絶した。中には、塩漬けとなったガイストの成れの果てだった。三日三晩張り付けの後、市中引き回しされ、最後見せしめで斬首刑にされたのだった。最後の最後まで、死にたくないと抵抗を続けていた彼らしく、死の間際、目を見開き、歯を食いしばり、全てを生への執着のみに集中させた最期となっていた。
「これは、酷すぎる……」
貴族院の一同、吐き気を催している者たちや、泣き出すもの、怒り出す者たちなど、様々な反応があった。その中で、ベルナルドは泣き出していた。
「我が、同胞の仇はワシらがとってみせる!! 」
桐箱を抱きしめ、ベルナルドはそう言った。すると、貴族院一同もベルナルドに同調し、口々に仇を取ると言い出した。そして、ベルナルドは決意をした。
「高貴なる我らの血潮よ永遠なれ!! 」
そう言うと、興奮した貴族院達は、大きな掛け声と共に意志をひとつにしたのだった。その謁見室の扉越し、一人の男が無表情で聞いていたが、貴族院の誰もそのことに気がつくことはなかった。
「さて、やっと仕事終わったね」
チョメ助がムツキに話しかける。ついさっきエルベリアで緊張の仕事をを終え、旧港湾都市国家の使者達は、早々に帰還することをエルベリアの者たちに伝え、エスターナの宿を取り直した。全員夜まで自由行動とし、皆は思い思いの場所へと消えていった。その中、ムツキと山城チョメ助は二人で行動していた。
「そうだね、ちょっと疲れたよ。お腹減ったし、飯でもいこうよ」
「あ、そうだね。じゃああそこの酒場でご飯食べよう」
ムツキが指差した所は、エルベリアで一番大きな酒場であった。
「はぁ~いおまちどうさまぁ~」
可愛らしい声が聞こえる。ニコニコ笑いながらロリっ子は注文された品を手際よく出していく。
「わぁ~美味しそうだね」
そう言うと、ロリっ子はウインクして立ち去っていった。チョメ助はというと、いただきますと言う前から既に食べていたりする。
「あ、ちょっとチョメ助、これはダメだって!! 」
「いいじゃんいいじゃんこれくらい」
「むぅー」
二人は漫才のようにご飯を食べていく。ふと、チョメ助はムツキに話しかけた。
「あ、マサムネそういえば……」
「あ、ちょっと待って!! 」
慌てて、チョメ助の口元を塞ぐ。チョメ助は” エ~ッ ”と言わんばかりの顔をしていた。
「取り敢えず、エスターナにいるときは、ムツキにしてよ。いつどこでバレるかわからないからさ」
「あ、そうか、ごめんね」
意味が分かったチョメ助はムツキことマサムネの言うとおりにした。
「ムツキ、あの謁見室での出来事だけど、迫真の演技だったね」
「まぁ、ね。あれはいつ見ても慣れないよ。おかげで誰にもバレずにうまく行ったけどね」
二人はしばらく料理を食べ続けた。ご飯を食べているときはやはりこの話は不向きだ。取り敢えず、軽く腹ごしらえを済ませ、二人は本当の目的に動き出した。
「さて、っと。今回の交渉はおまけだしね。本当の目的を済ませますか」
「ん~」
マサムネがそう言うと、何故かチョメ助は思案顔をしていた。不思議に思い尋ねてみる。
「チョメ助? 一体どうしたのさ」
「うん……マサムネって意外と気が多いんだねぇ」
「は? 一体何を言ってるのさ」
意味が分からず首をかしげて、チョメ助に言う。チョメ助はジト目になりながらマサムネに言う。
「……ラスコー殿がさ、すごい心配してたよ」
「…………え? 」
マサムネはキョトンとした顔でチョメ助を見つめた。やはりまだ意味が理解できていなかったようだ。
「いや、だからさ、ラスコー殿がすごい心配アンド寂しがってたんだよ」
「え? ええええ!!? 」
マサムネは何故か顔を赤くした。
「べ、別にラスコー関係ないじゃん。何言ってるんだよ」
と言いつつ、マサムネの頭の中では、飼い犬がクンクン言いながら、ご主人様が戻ってくるのを今か今かと待ち続けているようなそんな想像が思い起こされた。
「……うん……本当は彼も来たかったんだろうね。でも仕方ないよ」
「だよねぇ、単身で将軍がここに来るなんてありえないよ」
チョメ助は苦笑いした。その一方、マサムネは、出来るだけ目的が終わったら、すぐにローヴァスに帰ってあげようと思っていた。二人は、繁華街をすぎ、下町のスラム街を歩いた。スラム街では、木の棒を持った裸足の子供たちが元気に走り回っている。その姿を微笑ましく見ながら歩き続ける。
「どんなに大きな街でも、こういう所はどこも変わらないね」
「そうだね。僕の故郷も同じ感じだよ」
チョメ助は自分の故郷の島国を思い起こしていた。故郷を離れてどれくらい経っただろう。遠い目をしながらチョメ助は言った。
「ごめんね、僕のせいで……」
「そんなことないよ。マサ……ムツキ、僕は僕で楽しんでるから」
ちょっと言いよどんで、二人は苦笑いをする。そんな感じで話し続けていると、二人は目的の場所にたどり着くことが出来た。
「さて、着いたか」
「うん、そうだね、多分ここがあの家だよ」
チョメ助はメモ帳を取り出して、確認をする。二人はまさに驚きの場所にいたのだった。その場所はなんとギルトの邸宅であったのだ。
「さ、さて、行こうか……」
扉をノックしようとするが、ふと言葉に詰まる。ギルトは自分たちの計略により、拷問を受けた。そして、彼の生死は不明である。直接は関わっていないのだが、罪悪感がマサムネを支配していた。
「あ、ああ、ダメだ緊張する……」
「あ、僕が開けようか? 」
マサムネと正反対で全く緊張していないチョメ助、彼の豪胆さは見習うべきだろうか……
「い、いいよ。僕が開けるから……」
意を決してマサムネは扉をノックしようとした。その時。
” 不意に扉が開いた ”
「うっうわあああ!! 」
「キャアアアア!! 」
マサムネと出会い頭の女性はお互いに悲鳴を上げた。チョメ助はポカーンと見つめている。二人とも腰を抜かして扉を対峙して座り込んでいた。
「ちょっちょっとどうしたのアリア? 急に大きな声を出して」
家の奥からエスタシアが慌てて出てきた。そして、扉の向こうにいる二人に気がついた。
「あら、お客様? 」
エスタシアは頭の中ではお客様と思いつつも、アリアと腰を抜かしている少年に何故こうなったのか分かっていなかった。そして、少年の後ろには肌黒く筋骨隆々の男がいた。さながら不思議な光景である。
「え、えっと」
「あ、ああ、す、すみません。僕は、旧港湾都市国家から来たムツキといいます。となりは山城チョメ助……座り込んだままでの紹介ごめんなさい……」
マサムネは腰を抜かしたまま自己紹介をした。慌ててチョメ助はマサムネを抱き起こす。ついでにチョメ助はアリアもひょいと持ち上げる。
「あ、あああひゃん!! 」
急に持ち上がり、アリアは驚いていた。そして、そっとエスタシアに彼女を託した。アリアは驚き慌てながらも、チョメ助にお礼を言ったのだった。エスタシアはマサムネとチョメ助を居間へ案内した。そして、席に着くと同時に、軽やかな動きで、次女のミレディアがお茶を出した。そのお茶はミルクティーだったのだが、余りの美味しさに意識が持って行かれそうだった。
「あ……美味しい……」
「でしょ!! 私、カフェで働いてるからお茶とか淹れるのは結構なものよ」
燃えるような赤髪をフッとひるがえしながら彼女はニッコリと笑った。チョメ助は既に飲み終えて、おかわりを頼んでいるところだった。しばらくして、玄関から人の気配が感じられた。エスタシアは家の主が帰ってきたと思い、お出迎えに行った。
「あ、おかえりなさい!! お爺さま!! 」
エスタシアの軽やかな声が聞こえる。それに合わせて、聞き覚えのある声でただいまと聞こえた。その時、マサムネは嬉しくなった。
(よかった……ギルト殿は、生きておられた……)
目をつぶって感慨に浸るマサムネの肩に、そっとチョメ助は手を置いた。とても大きく、そして暖かな手だった。
エスタシアからお客様が来ているという話を聞いたギルトは、ハーヴィスに支えられながらも足早に居間へと来た。そして、ギルトはマサムネとチョメ助を見て足が止まったのだった。
「マ、マサ……」
ギルトの驚きの声に場の雰囲気が変わったそして、皆の視線がギルトに注がれる。その一方で、マサムネは手で、陳謝のポーズを取って内緒にして欲しいとアイコンタクトをした。ギルトはそれに気がついて慌てて言い直した。
「ま、まさか……ここで会えるとはな!! 」
ギルトは勢いでごまかした。そして、マサムネはその勢いで慌てて自己紹介をした。それにより、なんとか辻褄を合わせた。
” その時、マサムネとハーヴィスは一瞬目が合った ”
マサムネとハーヴィス、二人はこの時、初めて出会った。これから起こるエルベリア、ローヴァスの激闘。その当事者となる二人は思わぬところで鉢合わせたのであった。
以降 3




