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そして翌日、アナシスが昼飯を食べ終わったロアのもとにやってきた。
「……うそ。ほんとにロアちゃん?」
呆然としたような呟きに振り返ると、洞窟の入り口で一人の少女が立っていた。昔より大人の魅力を備えた優しそうな顔立ちの少女だ。
「アナ、シス?……アナシスッッ!!」
間違いない。アナシスだ。大切なもう一人の幼馴染み。
ロアはアナシスの存在に気付くなり、駆け寄り、力一杯抱き締めた。これが夢でないように現実であるのだと確認するために。
「……ロッ、アちゃん。苦しいよ……っ!」
「だって、だって、アナシスゥゥゥ!」
無理やりロアの抱擁から抜け出したアナシスはロアをじっと見て、にこりと笑った。
「ほんとにロアちゃんは……、しかたないんだから。心配したんだよ?」
「うっ、うん! ごめんねぇぇ!」
それからアナシスにここにくるまでの経緯や、来てからのことをたどたどしく話始めた。思ったより怒られなかったなぁと思った。感動の再会だから追求はしなかったけれど。地雷を踏むのは怖いし。
「ほんとにロアちゃんは変わんないんだから」
「アナシスも変わらないよ?」
優しそうに微笑む姿は昔から同じだ。
「ふふ、ありがとう。そういえば、ロアちゃん?」
「なに?」
アナシスはとても嬉しそうにロアに呼び掛けた。とてもとても華やかにとてもとても幸せそうに。
「ずっとロアちゃんに聞いてもらいたいことがあったの! 私、ほんとに嬉しくて」
「なに?」
よくわからないけど、とても嬉しそうにするものだから、ロアも興味をもった。ずずいと近づいて急かすと、アナシスは恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
「……私ね、キサラギ君と婚約したの!!」
ーーーーそのとたん、ロアの表情が固まった。衝撃、驚愕、そして喪失感。
ずっと好きだったとか。一年前に正式に婚約しただとか。華奢な指輪をおくってくれたとか。今すぐにでも耳を塞ぎたくなる衝動に刈られた。
そっか。よかったね。幸せになれるといいね。式はいつ? とか当たり障りのない言葉だけが口から飛び出た。表情はつくれているだろうか。それが心配だった。
「また、会いに来るからね!」
そう時間がたたないうちにアナシスが洞窟から出てくれたことだけが救いだった。そうでないと……、頭がおかしくなってしまいそうだった。
わかっている。今、胸の奥を占める感情が嫉妬であることくらいは。
わかっている。昨日感じた心の高ぶりの理由は。
わかっている。脱獄して最初に思い浮かんだ顔がキサラギだった理由も。
「私キサラギのことが……、」
好き。
アナシスがキサラギを好きであったことを知らなかったと同時に、自分がキサラギのことを好きなことも知らなかった。もうキサラギはアナシスのものだと知って初めて気付いた気持ち。
だからこそ、だからこそ、もう自分がここいれないことにも気付いた。いつまでもここにいれないことは分かっていた。それが少し早まるだけ。
幸せになる二人の邪魔はしてはいけない。そして、幸せになる二人を見ていられない。
ロアはここを出る決意をした。