表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/10

第6話 巨大スーパーは補給基地である


 私は、この店を知っている。

 母に連れられて、もう何度も来ているからだ。


 家から少し離れた場所にある、かなり大きなスーパー。

 入口には自動で開く扉があり、中へ入ると野菜、肉、魚、パン、牛乳、お菓子、おむつ、洗剤まで、ありとあらゆる物資が並んでいる。


 ここは店ではない。


 巨大補給基地である。


「ひーちゃん、今日はいっぱい買うよ」


 母が言った。


 ひよりだ。


 そして、いっぱい買う。


 つまり、大規模補給作戦である。


 母は私をベビーカートに乗せた。

 正面に小さなハンドルのようなものがついている、車型のカートである。

 最初はただの移動用座席かと思っていたが、違う。

 これは指揮車両である。


 私はハンドルを握った。


「あっ」


 出発を承認する。


「はいはい、出発しまーす」


 母がカートを押し始めた。



 まず向かうのは野菜売り場である。


 ここは緑が多い。

 葉っぱ、丸いもの、長いもの、赤いもの、黄色いもの。

 種類は豊富だが、全体的に味の信用度は低い。

 少なくとも、バナナほどの安定感はない。


 母はキャベツを手に取り、重さを確かめている。


 まただ。


 母はこの店に来ると、よく野菜を持ち上げ、眺め、別の野菜と比べる。

 どうやら彼女は、野菜同士の優劣を見抜く能力を持っているらしい。


 私はキャベツを見た。


 どれも同じに見える。


 だが母は真剣である。

 巨大補給基地において、実務担当官の目は鋭い。


「今日はこれにしようかな」


 母はキャベツを袋に入れた。


 採用である。


 不採用になったキャベツたちは棚に戻された。

 厳しい世界だ。

 野菜にも選考がある。



 次に、果物売り場へ進んだ。


 私はすぐに気づいた。


 バナナである。


 黄色い。

 房になっている。

 輝いている。


 補給基地の中でも、特に重要な戦略物資である。


「あっ、バナナ見つけたね」


 母が言った。


 当然だ。


 この店のバナナ配置は把握している。

 入口から右に進み、野菜の島を抜けた先。

 何度も来ている私は、すでに主要物資の位置を記憶している。


 母はバナナを一房手に取った。

 私はじっと見た。


 房の大きさ、色、曲がり具合。


 悪くない。


 ただし、もっと大きい房が奥にある。


「あー」


 私は奥を指差した。


「こっち?」


 母が別の房を取る。


 そうだ。


 それである。


 母は値段を見て、少しだけ迷った。


 迷うな。


 父のアイス予算を削れば解決する。


「じゃあ今日はこっちにしようね」


 母は少し大きなバナナをカゴに入れた。


 よし。


 今日の母は話がわかる。



 続いて、魚売り場である。


 ここは少し危険だ。


 水族館で見た魚たちとは違い、ここの魚は動かない。

 しかも切られている。

 水の民との外交を経験した私としては、いろいろ考えるところがある。


「お魚だよ」


 母が言った。


 知っている。


 ただし、状態がだいぶ違う。


 私は透明なパックに入った魚を見た。

 静かである。

 あまりにも静かである。


 水族館の魚たちは統制の取れた集団行動を見せていたが、ここでは完全に沈黙している。


 何があったのかは聞かないでおこう。


 幼児にも、踏み込んではならない領域がある。


 牛肉売り場を素通りし、牛乳の棚へ向かうころ、空気が一気に冷たくなった。


 冷蔵区域である。


 私はここをあまり信用していない。

 母は平然と牛乳やヨーグルトを取っているが、私は知っている。

 ここに長くいると足が冷える。

 足が冷えると機嫌が悪くなる。


 つまり、冷蔵区域は治安リスクが高い。


「ひーちゃん、寒い?」


 ひよりだ。


 だが、寒い。


 私は足を軽く動かした。

 母はすぐに気づき、カートを進めた。


 有能である。


 母はこの店の通路をよく知っている。

 どこで曲がり、何を取り、どの棚を飛ばすべきか判断が早い。

 何度も来ているだけあって、補給基地での作戦行動に無駄がない。



 だが、最大の危険地帯はその先にあった。


 お菓子売り場である。


 色が多い。

 音が多い。

 袋が光っている。


 棚の高さも絶妙だ。

 私の視界に入りやすい位置に、明らかに子どもを狙った商品が並んでいる。

 これは罠である。

 幼児の判断力を奪い、保護者の財布に攻撃を仕掛ける商業兵器である。


 私は棚を見た。


 小さな袋。

 丸い絵。

 動物の顔。


 強い。


 かなり強い。


「あー」


 私は手を伸ばした。


「今日は赤ちゃんせんべいあるから、これは買わないよ」


 母が即座に言った。


 早い。


 防御が早すぎる。


 私が要求する前に、すでに却下された。

 母はこの売り場での攻防に慣れている。

 何度も来ているうちに、私の視線、手の角度、声の出始めから要求内容を読めるようになっているらしい。


 強敵である。


 だが、母は完全に冷たいわけではない。


「こっちの赤ちゃん用のおやつは買っておこうね」


 母は別の棚から、見慣れた袋をカゴに入れた。


 妥協案。


 悪くない。


 政治とは、完全勝利だけではない。

 通る要求と通らない要求を見極め、得られるものを確実に得ることが大切である。



 最後にレジへ向かった。


 ここは、補給基地の出口であり、審査場である。


 カゴに入れた物資は、すべてここで一度別のカゴに移される。

 店員が一つずつ機械に通すたび、ピッ、ピッ、と音が鳴る。

 あの音によって、物資の通行許可が下りているのだろう。


 私はカートからその様子を見守った。


 キャベツ。

 牛乳。

 ヨーグルト。

 肉。

 赤ちゃん用おやつ。


 そして、バナナ。


 通れ。


 無事に通れ。


 ピッ。


 バナナが通過した。


 よし。


 戦略物資の確保に成功である。


「ひーちゃん、バナナ買えたね」


 母が言った。


 ひよりだ。


 だが今は、バナナが優先である。


 会計が終わると、母は袋詰め台で物資を袋に入れ始めた。

 重いものを下へ、潰れやすいものを上へ。

 冷たいものはまとめ、バナナは守る。

 母の手際は見事だった。


 何度も来ているだけではない。


 母は、この巨大補給基地を使いこなしている。



 帰り道、私はベビーカーの中でバナナの入った袋を見つめていた。


 今日は大規模作戦だった。


 野菜の選考。

 バナナの確保。

 魚売り場の沈黙。

 冷蔵区域からの撤退。

 お菓子売り場での交渉。

 レジ審査の突破。


 学ぶことは多い。


「ひーちゃん、帰ったらお昼にしようね」


 母が言った。


 ひよりだ。


 だが、今日の母の働きは認めざるを得ない。


 私は小さく手を上げた。


「あっ」


 意味としては、「補給作戦は成功である」である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ