第1話 朝の会議はミルクで始まる
目が覚めた。
今日も世界は天井から始まった。
私はまだ立ち上がらない。正確には、立ち上がること自体は可能である。三歩歩いた実績もある。ただし、立ち上がったり、歩いたりした瞬間に周囲の大人たちが「わああああ!」「すごいすごい!」と国家的な非常事態のように騒ぎ出すため、落ち着いて統治ができないのだ。
仕方なく、私はベビーベッドの中で手を上げた。
「あー」
呼び出しである。
当然、意味としては「朝である。速やかに私を抱き上げ、食料および水分を献上し、ついでにおむつの状態を確認せよ」である。
「あー」
もう一度、言った。
寝室へ母が入ってきた。
「ひーちゃん、起きたのー? おはよう」
政務官一号である。
そして、ひーちゃんではない。
私はひよりである。
出生届にも、確かにそう記されているはずだ。
周囲の大人たちがかつて「ひよりちゃん」と呼んでいた時期がある以上、私の正式名称はひよりで間違いない。
にもかかわらず、いつの間にか私は「ひーちゃん」と呼ばれている。
ひーちゃん。
軽い。
あまりにも軽い。
総理大臣を「げんちゃん」と呼ぶようなものではないか。
「んま」
「あら、かわいい。ママって言った?」
言っていない。
私は「んま」と言っただけだ。
食料の要求とおむつ交換の指示である。
なぜ彼女たちは、あらゆる発声を自分への愛情表現に変換するのか。
母は私を抱き上げた。
視界が上がる。
これでようやく世界が見渡せる。
*
リビングに移動すると、父がテーブルの前でぼんやり座っていた。
寝癖が立っている。
政務官二号である。
疲れきった犬のような顔をしている。
「おはよう、ひーちゃん。今日も早いな」
ひよりだ。
そして早いのではない。
私は一歳である。
朝六時半に起きるのは、私の権利であり、義務である。
そして十九時に寝かされる私は、これ以上続けて寝られない。
母が椅子に私を座らせ、エプロンをつけた。
食事会議の開始である。
「今日はパンとバナナとヨーグルトね」
悪くない。
ただし、バナナの量が問題だ。
私は皿の上を確認した。
輪切り。
大きさは標準。
柔らかさも適正。
だが数が少ない。
これは予算削減である。
「あっ、バナナ見てる。好きだもんね」
母が笑う。
違う。
私は配分の不公平を見ている。
この家庭の財政が健全であるなら、私の前に置かれるバナナは最低でも今の一・三倍でなければならない。
昨日、父が夜アイスを食べていたことを私は知っている。
あの予算は私のバナナ代を削減して購入したに違いない。
「はい、あーん」
母がスプーンを差し出した。
ヨーグルトである。
私は口を閉じた。
ここは一度、交渉の姿勢を見せる必要がある。
「あれ? いらない?」
母が首をかしげる。
いらないわけではない。
順序の問題だ。
最初にミルク。
次にバナナ。
次にパン。
最後にヨーグルト。
最初に喉を潤し、甘味で議会を開き、炭水化物で基盤を固め、乳製品で締める。
それが定例会議というものだ。
「先にミルクかな?」
よし。
今日も勘がいいな。
だが、できれば何も言わず、いつもミルクから始めてほしいものである。
「じゃあ、次はバナナにする?」
よし。
母は有能である。
私は口を開けた。
「あー」
バナナが入る。
うまい。
やはりバナナは信頼できる。
果物界における古参議員である。
派手さはないが、確実に票を持っている。
続いてパンが差し出された。
私はそれを手でつかんだ。
そして、握り潰した。
「ああっ」
母が叫んだ。
違う。
破壊ではない。
品質検査である。
パンは握ったときの潰れ方で鮮度がわかる。
私は厳正な調査を行っているにすぎない。
「ひーちゃん、食べ物はぐしゃってしないよ」
ひよりだ。
そして、それはぐしゃではない。
検査だ。
母は私の手からパンを救出しようとした。
私は抵抗した。
「だっ!」
これは行政介入に対する強硬姿勢だ。
母は困った顔をしながらも、私の抵抗を受け入れたようだ。
いったん握り潰すことで、品質検査をしつつ、より食べやすい形状に再加工することができる。
私は今後も積極的に食料を握り潰していく所存である。
*
朝食後、父が私の顔を拭いた。
雑である。
「はい、きれいになった」
なっていない。
ほっぺたの右側にヨーグルトが残っている。
そして、ヨーグルトに手を入れて手触りを楽しんだ後の右手にはヨーグルトが付いたままだ。
なぜこれで完了報告を出せるのか。
私は父のシャツを右手でつかんだ。
そして、父のシャツにヨーグルトをなすりつけた。
「あー!」
「ちょっ、ダメダメ!」
ダメではない。
これは再分配である。
白いものは白い場所へ。
社会とはそうやって均衡を取り戻す。
母が笑った。
「パパ、朝から大変だね」
父は困った顔で私を見た。
「ひーちゃん……」
ひよりだ。
悲しげな顔を向けている。
悲しませるつもりはない。
抱っこの安定感は母に劣るが、高い高いの実力は評価できる。
問題は、寝かしつけ時の歌唱力が壊滅的なことだ。
その時、父の横に黒いものが見えた。
テレビのリモコンである。
私は手を伸ばした。
あれはよい。
黒くて細長く、表面には小さなボタンが並んでいる。
今、私の口の中では歯が生えかけている。
かゆい。
非常にかゆい。
出るなら出る、出ないなら出ない、方向性をはっきりしてほしい。
その点、リモコンのボタンは非常によい。
少し硬い。
少し弾力がある。
前歯のあたりで噛むと、ちょうどよく歯ぐきを刺激する。
私はリモコンをつかんだ。
「ひーちゃん、それ噛まないよ」
ひよりだ。
父はリモコンを見て、顔をしかめた。
「あ、またボタン浮いてる」
また。
つまり、これは初犯ではない。
私は以前にも、リモコンのボタンを何度も噛み取ったことがある。
そのたびに父は、小さなボタンを拾い、ため息をつき、接着剤で元の場所へ戻していた。
ただし、父の修理は完璧ではない。
接着剤の量を間違えたらしく、押しても反応しないボタンがいくつか生まれた。
顔もまともに拭けないのに、リモコンのボタンは直せる。完璧ではないが。
人間には得意不得意がある。
「ひーちゃん、もうほんとにリモコン噛まないで」
ひよりだ。
そして、噛まないで、ではない。
噛みたいのだ。
「それパパの」
父が言った。
出た。
パパの。
父が使う。
母も使う。
私は噛む。
用途が違うだけで、使用実績はある。
むしろ最近では私が一番使用しているはずだ。
ならばリモコンは、家庭共有資産と見るべきではないか。
母が私に歯がためを渡した。
「こっち噛もうね」
私は受け取った。
噛んだ。
悪くはない。
だが、噛み応えが足りない。
「んだ」
「おっ、何か言った」
言った。
だが、まだ教えない。
言葉というものは、簡単に与えてはいけない。
大人たちは私が一語発するだけで大騒ぎする。
つまり、言葉は外交カードなのだ。
私は椅子の上で両手を叩いた。
ぱちぱち。
「上手ー!」
母と父が同時に拍手した。
よし。
今日も政務官たちの心はつかめている。




