「初めまして。義姉さん。ギンロウと申します」「…………義姉さん?」
めっちゃ投稿遅れて申し訳ございません。ほんま気を付けます。
エルクロも振り返ることなく歩き出す。
揺れる竹林を抜け、石段を上がるにつれて人の気配は次第に遠ざかっていく。街道はやがて山道へ姿を変え、深い森の中を縫うように続いていた。
杉木立の間を抜ける冷たい風に、長くなった髪を靡かせながらさらに山を登ると、自然の中には不釣り合いなほど広く切り開かれた敷地が現れる。
「……ふふ、着いたとも。実家なのに、まるで安心できないね」
エルクロが視線を向けた先には、古めかしい西洋建築の大屋敷が山頂を支配するように建っていた。
黒い鋳鉄製の門扉は人を拒むように高く聳え、左右へ伸びる石造りの塀は森の奥まで続いている。
「やはり今にして思えば、彼らはボクが男か女かわからないからってだけでつま弾きにしていたわけではなさそうだね。父上は住む場所や人に合わせて自分の生き方を変えるなんて軟弱だと思っていたようだがね?」
エルクロは肩をすくめて実家をバカにした。
黒い屋根には天然石の板が幾重にも重ねられ、灰白色の石壁には長い蔦が這っている。
豪奢な庭園にあるのはししおどしではなく噴水だ。庭園を彩るのは紅葉や桜ではなく、薔薇とラベンダーだ。
石灯篭ではなく白い大理石像が等間隔に立ち並ぶのも、ここに住む者からすれば異端なセンスだろう。その様相は極東の屋敷ではなくて、まさに古い吸血鬼伯爵の居城そのものだった。
子供からすればお化け屋敷だ。桜と竹林に囲まれた山奥で、館だけが異国の空気を纏っている。
周囲の景観と調和する気など初めからなく、この土地に君臨するためだけに建てられたかのような威圧感があった。
エルクロは屋敷を見上げた。手は少しばかり震えていて、憂い気な影をごまかすように、小さく鼻で笑った。
「……相変わらず、悪趣味な家だね」
よみがえる記憶にいいものはないのだろう。
エルクロが、貴族としてのマナーを少しでも誤るたびに鞭で叩かれていたのを知っていた。
男らしくいろ、怯えるなと怒鳴られ、ずっとずっと、泣いていたのを知っている。
そうしてエルクロは街の男連中とつるもうとして、拒絶されたどころか、押し倒されて危うくどうなってしまうかもわからないことになりかけたのだから。
「本当に、……ボクは女々しいな」
だから、そんな自嘲が重く聞こえた。
「……エルクロ」
それで思わず不安げに思わず名を呼んだ……のだが。
エルクロは一度だけきょとんと目を丸くした。
それからすぐに俺の手を握ってくる。
自分の胸にあてがい、薄っぺらで柔らかな感触を押し付けてくる。
「っ!?!????」
「まぁ、今のほうが何もかも女々しいがね? どうかね? ボクの女々しい姿は?」
「っ……え、ええと。好きです」
「よろしい」
へにゃりと力の抜けた笑み。まるで子供が悪戯に成功したあとのような締まりのない笑顔だった。……これでいいのかわからないが。
エルクロがいいなら、いいのだろう。
そしてエルクロは決然とした様子で、ドアベルを鳴り響かせた。
乾いた鐘の音が山中へ響き渡ると館の奥から無数の蝙蝠が飛び立ち、黒い渦となって門前へ集まっていく。
羽音が止むと、渦の中心に一人の女性が立っていた。
艶やかな黒髪。その毛先だけが淡く緋色に染まり、真紅の双眸が静かにこちらを見つめる。顔立ちはエルクロによく似ている。
ただし身長は頭一つ高く、成熟した肢体は豊かな胸元を黒いドレスの上からも隠し切れていなかった。古城に住まう女伯爵のような気品を纏った女性だった。
「ようこそぉ……?」
穏やかな微笑みは途中で止まる。彼女はエルクロを見つめ、思っていた人物とは違ったのか、小さく首を傾げた。
「……失礼ですが、どちら様でしょう? 弟に……似ていますが」
「姉さん。合ってる」
その一言だけで、彼女はぴたりと動きを止めた。
信じられないものを見るように、彼女は何度もエルクロの顔を覗き込む。
「…………エルクロ?」
「そうだとも」
しばらく沈黙が流れた。やがて彼女は困惑したように笑みを浮かべる。
エルクロはというと、困惑する姉さんの姿を見て、むしろ満足気というか、誇らしげというか、そんな悪い笑顔を浮かべていた。
――――確かに姉ですらこの様子なら父上様とやらは相当な反応をするだろう。
「あぇ……。もしかしてワタシがおさがりの服着させすぎたせいで本格的な女装趣味が――」
つま先から頭まで見つめて、わずかなふくらみのある胸を、困惑するように指差した。エルクロはそんな手を掴んで、胸が本物であることを確認させてやった。
「いろいろあってこうなったものでね? どうかね? 可愛いだろう」
「……うん、すごく可愛い。父上がみたら発狂するんじゃない?」
姉さんもうっすらと父親を嫌っているからか、ケラケラと笑って、動揺こそあったが思いのほか肯定的だった。
エルクロは肩を竦めると、隣に立つギンロウの背中を軽く叩いた。
「紹介しよう。ボクの兄弟子だったギンロウだ。そして今は――」
ちらりと、赤い視線が顔を覗き込む。悪戯に輝く妖しい瞳の光が、仕掛けろとばかりにジトリと見つめてくる。
だから乗ってやることにした。
「初めまして。義姉さん。ギンロウと申します」
「…………義姉さん?」
姉さんは一瞬だけ笑顔を忘れた。その言葉だけが理解できず、ゆっくりとエルクロへ視線を戻す。
エルクロは反応を待っていたように、口元を吊り上げた。
「そうだとも」
愉快そうに笑いながら、俺の腕へ自然に抱きつく。するりと顔を近づけて、首元に牙を沿わせていく。
ゾクゾクとした蠱惑的な感触と匂いが肌を撫でていく。
吸血鬼が餌ではないお気に入りを誇示するような、原始的なアピールだった。
「ボクは、紹介しにきたんだ。ボクに男らしくあれと教え続けた父上にね」
一拍置き、悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべた。
「…………紹介しに来たんだよ」
真紅の瞳が館の奥を真っ直ぐ見据える。
「ボーイ・フレンドを。ね」
「………………どうも。彼氏です」
真面目に悪ノリに乗ったのだが、少しくどかったらしい。
エルクロに軽く横っ腹を小突かれた。




