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3 いつも

「お前の犯した罪は重い」

 そう言って、一歩、踏み出された彼の足は迷いがなくて。近づいた一歩分の恐ろしさに、私の足はじりじりと後ろに、一歩。

「俺に嘘を吐いた罪。ルーシェルシィタ・セロ・ニーファではない、と」

 また一歩。だから、私もまた。

 …え?

「俺から逃げた罪。王に頼み込んだ夜会には遠くから眺める事しかできず、ようやく訪れた機会には、いけ好かない王妃に靴まで投げられ妨害された。こんな処まで逃げて、俺がどれだけ探したと思っている」

 じりっとまた、一歩。

「さらに、お前から告白したくせして、俺の求婚をさらっと無視しやがった罪」

 告白とはあれですね、ナナイを渡した事。だって、そんなつもりは全然なくて、風習も知らなかったし…えっ?

 きゅ、きゅうこん?

 再びの一歩に、にじりにじりと後退。

 ど、どうしよう不穏な空気が、えっと、身代わりなんだとばれていない、の、かな。

「何度もしただろう。あの、薄青の月花」

 にやりと悪そうな笑顔は黒く、ああ、これ聞かない方がいい、確か前にもそう思った筈。

「あれは滅多に咲かないが、古来の王が所有する女の耳に飾った花だ。意味するところは、即ち、こいつは俺のもの」

 長い脚での一歩はやすやすと間隔を詰められて、あ、冷や汗。教えてくれなくて結構だったのに。

 窓枠まで追い詰められて、もう後ろにはほんの隙間も無くなって。差し込む太陽の欠片が、にやにやした彼の頬に当たり、まばゆい。

「それに」

 贈った薄青のナナイをその手で外すと、振り払った頭部には輝く金色の糸。光をはじいてきらきらと舞って。

 なんて綺麗。

「天におわす神々よ、御照覧あれ。偉大なる太陽神に証をたて、このオーティス・ローク・イシュは求婚する、神々の眷属たるこの白き鳥に。俺を見ろ、ルーシェルシィタ・セロ・ニーファ」

 神に近い頭部をさらす、その、神聖な行為。

 中途半端に終わった宣誓は、今こそ、高々と。天に届けとばかり。

 外したナナイを私の頭にそっと被せ、びっくりして見上げれば、にやりと笑う彼。その唇は、私のそれへと押し当てて。

 吐息の熱、ナナイの布地へと沁み入り。

「ふ、あ」

 おかしな音が口から漏れる。な。

「やっと見れたな、お前の髪。美しいな…なんだその顔、可愛いだろうが。これ以上俺を煽ってどうする」

 触れ合った唇は、もうそこ。囁いて、また唇へと。

 な、な?

「王族の正式な求婚だ。これでもう知らなかったでは済まされない」

 ちょ、ちょっと待って、めまいが。

「よって、罪を贖うには俺と結婚するしかない。罪を認めないなら、俺の邸で幽閉だな。さあ、どうする」

 答えようにも口はぱくぱくするだけ、言葉は一つも出てこず、空気も入ってこない。

 逃げる隙も無く、二つの手首に長い指が絡みついた。

「今度こそ逃がすか」


「焦らすお前が悪い、なあ寝室はどこだ」

 なんて恐ろしい言葉を、し、寝室って何するつもりですか。き、気が遠のきそうです、姫様。

「ああそこのソファでいいか、幅もあるし」

 いやいやいや、何を言っているんですか。ひ、いつの間に腰に手を回したんですか。は、放して。

 た、助けて姫様。

 姫様は胸の中で、睫毛を伏せて頭を振る。

「無理」


 もう紙のように白くなった私、壁際のソファに背中から落とされた処で、ばたんと大きな音をたてて広間の扉が開いた。

 あ、アンヌさん。お願い、助けて。

 涙目の私を長い腕で拘束して、胸元に埋まる彼は盛大な舌打ちを。ちっ、て。

「まあ使者殿、なんて事を。いくら王族の身分とて、いえ、王族だからこそ婚姻にはイシュ王の許可が要りますわ」

 アンヌさんの厳しい声音にも怯む事なく、にやりと、まるで悪役の様に笑う彼。

「なるほど。では、今から許可を得に行こう」

 姫様を上回る悪役ぶりに誰も反対できず、私は外套にくるまれて、荷物みたいに軽々と運ばれ馬に乗せられた。

 ちょっ、う、馬?

 高速も高速、風のように疾走した馬で、私はイシュへと連れ去られたのでした。

「だ、誰か、ゴダイに連絡なさい」


 待って。

 話を。

 放して。

 抗議も空しく馬の主はひとっつも話を聞いてくれない。それに馬車とは比較にならない揺れが、気力と体力をごっそりと削って。

 わずかな睡眠と休息だけなのに堪えた様子もない彼、なぜ。それどころか瞳は更に力を増して。

「こんなおいしい獲物、誰にも譲れるか」

「言っただろう、甘い顔をすると男につけ込まれると」

「お前が悪い。煽りやがって」

 気を抜くと唇が降ってくる、う。

「別に俺は外でも構わんが」

 こんな恐ろしい言葉聞いた事ありません、ああもう、だめ。


 懐かしいイシュの街並み。

 堪能する間など一瞬も無く駆け抜けて、ようやく馬が停止。ここ、お城?

 力なく辺りを伺うけれど視界が霞んで、馬から降ろされたのに、振動を続ける地面に立ち上がる事もできない。外套に包まれて子どものように胸に抱かれたまま。

 ずかずかとした歩調の振動、そして、見覚えのある扉の前に。

 王の執務室だというのに、右足でそれを蹴り飛ばして。ばんと大きな音がして、扉は開いた。

「邪魔をする。陛下、今すぐ婚姻許可をくれ」

 中には、ゆったりと椅子に座ったイシュ王、その傍に控えていたブリード様。二人とも大きく目を見開いて、ぽかんと開いた口。

 もしかして助けてくれる?

 救助を期待して伸ばした手は、彼によって引き上げられた外套に阻まれて。ああ、声ももう出ない。

「姫?」

「ニーファから、かどわかしたのか」

「ああ、俺のだからな、羨ましいだろうブリード。部屋を用意してくれ、邸までもたん」

 私に聞こえたのは、王様の大きなため息と掠れたブリード様の言葉だけ。

「姫、まさかとは思いましたが、叔父上に捕まったとは…」


 息もできないこの状況。なんでこんな事に。


 胸には、いつでもそこには姫様が乗っていた筈、その天秤に。

 今や。

 片や、厳しくて優しいゴダイさん。片や、子どもで大人な不思議な彼が。

 ね、天秤の傾きは、どちらに?




 風の神に仕える白い鳥。名をシィタ。

 湖を気に入った風の神は小鳥に伝言を頼む。ここでもう少し休んでいるよ、と。

 風の神から離れ、天におわす太陽神の元へと行くはずだった小鳥は、人の世界に迷い込んで。さまよって弱った小鳥を助けたのは、優しい人間。

 小鳥は歌う、神の愛を。小鳥は羽ばたく、白い羽で。

 魅了された人間はその声を奪い、羽をむしり取って。それでも小鳥はいつでも人を許したのに。

 強欲な人間は、もっとと願う。ずっと傍に。さらに己だけのものにしたいと争って。

 争いは小鳥を弱らせるだけ。止めてと、狭間に立った小鳥のその赤い血が、一滴地に落ちる瞬間。

 我の小鳥を傷つけたな、人間どもよ。

 現れたのは憤怒の形相をした風の神、怒りは凄まじく、大地から全てのものを吹き飛ばした。

 消えてしまった小鳥。

 小鳥の羽に守られ残された人間は必至で探したけれど、でも、もうどこにも小鳥はいない。




「だから姫は消えてしまったの?」

「そう。白き鳥は争い事に弱いと知っていたのにね、莫迦な男達が争って、それぞれの剣と弓で傷つけてしまった。風の神が怒ったのだろう、突風の後にはもう姿は見えなかった」


 いない、どこにもいない。

 ポット片手にくるくる働いていた空の下にも、天蓋が素敵だとはしゃいでいた部屋にも、降るほどの星空が見える塔にも、小さな花々が風に揺れるあの丘にさえも。

 もうどこにも。

 どんなに探しても。


「もう帰ってこないのかしら」

「それはどうかな」

「ブリード様は帰ってくると思っているのね、だからあの鳥籠の部屋を用意してあるのでしょう」

「次は私の元に現れるかもしれないからね、きっともうすぐだよ」


 祈る、いつも。いつでも。

 返して下さい、神様。

 どうか白き鳥を、と。

 いつも。


 悔いた彼は、金色の頭を深々と王妃様に下げて。

「私は知らなかった、愛する者の心が離れる辛さを。すまなかった」


 ニーファを治める五人の執政官に上り詰めた彼は、剣を手放して。

「お前を望める地位は手に入れた、だから」


 どうか、と。願いは。

 いつもいつもいつもいつも、いつも。


 願いはきっと。


「あれ、私、どうしてここに。え、あ、あの、どうして泣いているんですか?」


 願いは、いつかきっと。


「…神よ、心から感謝を」


 たくさんの作品の中から見つけて下さってありがとうございました。拙い文章に完結までお付き合い下さり、本当に感謝です。

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