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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
80/385

過去から来たもの

「藍原ー。聞いたよぉ」


 その日の夜。

 夕食後に食堂を出ようとすると、ご機嫌な寮母さんにぐいっと後ろから肩を組まれた。


「大活躍だったんだってー? んー?」

「いやあ」


 わたしはそれに対して。


「そうですかあーーー!?」


 大喜びで高笑いした。

 だって、こんなストレートに褒めてくれたのはこのお姉さんが初めてだったから。


「あはは、顔に"褒めてください"って書いてあるぞー?」

「褒めてくれるんですかっ!?」

「褒めてやる褒めてやる。おーよしよし!」


 思いっきり抱きしめられて、頭をわしわしと撫でられた。

 そしてそのままの勢いで、その大人らしい胸に無理矢理顔を押し付けられる。


(きゃー、大人のご褒美!!)


 そう思ったけれど。

 段々、圧迫感で息が苦しくなってくる。


「ちょ、あのっ」

「んん? なんだって? よく聞こえないよ~」


 それは貴女が無理矢理押し付けるから!


(だ、だめ・・・! 死ぬっ!!)


 おっぱいに圧迫されて死ぬなら本望・・・

 じゃないじゃない! ようやくいろいろ充実してきたのにここで終わりなんて嫌すぎる!


「寮母さんっ! 藍原さんが瀕死なのっ!!」


 視界が白くなりかけたその時。

 何かの力でぐいっと頭を引っ張られ、ようやくおっぱいから解放される。


「―――ッはあ! はあ、はあ・・・ごほっごほっ! 何するんですかっ」

「いや、白桜流のご褒美を」

「物事には限度ってものがあるでしょー!」


 しゃーっと威嚇するように両手を挙げて怒ると、寮母さんは逃げるように食堂の奥にある厨房へと退却していった。

 ふう。死ぬかと思ったぜ・・・。


「藍原さん、大丈夫?」

「あ、はい。ありがとうございました。助かりました」


 言いながら、頭を下げてお礼を言う。

 そして何気なく少し目線を上げると。


(うわ、寮母さん顔負けの・・・)


 夏用の薄手白Tシャツを押し上げるモノのダイナミックさに驚く。

 たいへん立派なものをお持ちで・・・。


 って、そうじゃなくて!


「えっと。海老名先輩・・・です、よね?」


 確か、大会のベンチ入りもしていた2年生の先輩だ。

 直接話したこともないし、名前も半分うろ覚えで、確認するようにつぶやく。


「うん。藍原さん、こうしてお話するのは初めてなのー」


 両手のひらを合わせながら、にこにこと笑顔の海老名先輩。

 この人・・・。


「かわいい」


 テニスの腕はどれほどか分からないけれど、すっごくかわいい。

 美人というほど大人びてもいない辺りが、なんとも言えない感じだ。


「えっ」

「あ、す、すみませんでした先輩に対して」

「う、ううん。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」


 先輩は顔を赤くして俯く。こういう反応もいちいちかわいいんだよね。


(ビジュアルスペックの高い人だなあ)


 かわいくて、性格はおっとりしてて、胸も超大きい。

 テニスプレイヤーっていうか、どこかの国のお姫様みたいな人だ。


「じーっ」


 気づくとその大きな瞳が、わたしの方を凝視していた。


「あ、あの。なんですか?」

「他人のそら似だと思うんだけど・・・」


 先輩はその大きな胸を下から押し上げるようにお腹の少し上あたりで腕を組んで、何かを考えている。

 そして、何か実体のない答えを思いついたように。


「藍原さんと似てる子と、むかし知り合いだったの」

「わ、わたしとですか?」


 突然の告白に驚いた。


「うん。その娘のお陰でテニスを好きになって・・・。憧れの人なの~」


 海老名先輩は両手を組んで、目をきらきらさせながらその人に想いを馳せる。

 その姿はさながら・・・というか、どこからどう見ても恋する乙女の顔で。


(わたしに似た人、かあ)


 それなら一応、確認しておくべきことがある。


「海老名先輩って、地方から上京してきたんですか?」





『ううん。私は生まれも育ちも東京なの』


 それじゃあ幼い頃に知り合いで、その時にわたしと海老名先輩が劇的な出会いをして仲良くなったけど、なぜかその時の記憶がなくなってるっていう、美少女ゲーム的設定は無いってことか。


(東京なんて来たことなかったし・・・)


 やっぱり他人のそら似説が有力なのかな。

 あんなにかわいい先輩との接点(フラグ)だ。

 どうせなら立てておきたかったけど、まあ世の中そんなにうまくはいかないよね。


「・・・姉御、姉御!」


 そんなことを考えながら教室の机から運動場の様子をぼんやり眺めていると。


「人の話聞いてくださいよ!」


 さっきまで万理と話をしていたことを思い出す。


「ご、ごめん。なんか眠くて」


 ふわあ・・・と、あくびをして見せたが。


「さっきの授業まるまる寝てたくせに何言ってんスか」


 一瞬で言い訳だってバレるし。


「ほら、この選手ッスよ」


 万理はテニス雑誌を広げながら、その1ページを指差した。


「わ、かわいい子」

「最初にそこに反応するのが姉御らしいッス」


 この反応をしても呆れずに流してくれるのは万理くらいだ。

 雑誌に書いてある彼女の名前を見る。


(宮本葵ちゃん、か―――)


 なんだろう。昨日の海老名先輩が素朴なかわいさならば、この子はなんか、こう・・・。

 俗物的というか。まさにギャル!って感じのする作り上げたかわいさを感じる。


「ちなみにこの子、1年生ッス」

「ええっ!? 同い年!?」

「良い反応してくれるッスねー。姉御のそういうとこ好きッス」


 にやにやする万理は置いておいて。

 随分と大人びた感じがする娘だ。同級生なんて信じられない。


(このみ先輩みたいな3年生や、緒方さんみたいな2年生も居るのに)


 かと思えば海老名先輩や瑞稀先輩みたいな立派なものをお持ちな2年生も居る。

 都会ってやっぱ・・・。


(進んでる!)


 確信を持ってそう思ったのは何故だろう。





 今日の練習は2日前に試合をやった事もあって、軽めのメニューになった。

 わたしと文香の1年生組は学校指定の持久走コースをぐるりと2周してこいというもの。


 今日の文香は一味違っていた。

 いつもと張り切り方、気合の入り方が全然違う。

 それは早朝、いつも通り燐先輩と一緒に練習した時も感じた事。


(あの敗戦、そんなに気になってるんだ)


 やっぱり・・・。

 そんな直感めいた事を考えてしまう。


 あの日の夜、文香はずっと眠れない様子だった。

 負けず嫌いなところが文香の良さでもあるけど―――


(少し、気にし過ぎじゃないかな)


 今の文香はあの敗戦をバネにして頑張ってるって感じじゃない。

 何か焦っている、生き急いでるような感じがするんだ。

 敗戦(あれ)を取り返さなきゃって、必死になってるような、そんな―――


「あいたっ」


 その時。

 ランニング中に、急に止まった文香の背中に顔をぶつけてしまう。


「ちょっと文香っ! 止まるなら合図とか・・・」


 文句の一つでもつけてやろうと思ったその瞬間。

 文香の背中の向こうに、誰か立っているのに気が付いた。


「見ぃつけた」


 その誰かは、そうやって言って笑うと。


「ふみちゃん・・・ひっさしぶりぃ」


 嬉しそうに、文香の名前を口にした。


(ふ、ふみちゃん!?)


 彼女が文香のことを愛称で呼んだことも気になったけど。

 何より驚いたのは。


(宮本・・・葵!?)


 その声の主が、さっき万理が見せつけてきた雑誌で特集を組まれていた、あのギャルっぽい女の子だったのだ。


「会えて嬉しいよ、ふみちゃん。何年ぶりだろうね、こうやって話すのはさぁ」


 その言葉とは裏腹に、全然嬉しそうじゃない口調の彼女は語る。


「ふみちゃんが黙って居なくなっちゃうから・・・アタシさぁ、結構傷ついたんだよ?」


 皮肉たっぷりに話す彼女を、文香はどう思っているのだろう。

 文香の表情が見えないのがもどかしい。

 でも。


「葵・・・」


 その名前を口にした瞬間。

 少しだけ、本当に少しだけ。

 文香の肩が、震えた気がしたんだ。


「悲しいな」


 宮本葵は、おもむろに背負っていたラケットケースからラケットとボールを1つ、取り出し。


「昔みたいに、あおちゃんって呼んでくれないんだ」


 まるでサーブを打つように軽くトスをすると。


「ッ!!」


 ―――そこでようやく気付いた。

 ―――宮本葵が、文香に向かってボールを打ったことに。


 文香にボールが直撃しそうになった、その刹那。


「「!?」」


 ボールが文香に当たる事は無く。


 わたしは宮本葵が放った硬球を。

 文香を庇うように彼女の前に立ち、自らの右手で潰れてしまいそうなくらいぎゅっと強く握っていた。


「へえ。アンタもアタシと同じ(サウスポー)なんだ」


 宮本葵はそれを見てせせら嗤う。

 その、あまりに他人を蔑んだ表情を見て―――


「わたしの親友(ふみか)に・・・何か用?」


 吐き捨てるように言ってから、わたしは宮本葵をギロリと睨みつけたのだ。


 ―――自分の感情の昂ぶりを、抑えきれなくなっていた。

第2部 完

第3部へ続く

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