次のステージへ!
「私・・・決めたよ」
大会会場のテニス場を一歩出た時、私は近くに居た柚と紗希に語り掛けた。
「白桜の高等部を受験する」
「えっ」
「お前・・・」
2人は随分と驚いた表情をしていたけど、内心では分かっていた。
彼女たちにも薄々、この気持ちは伝わっていただろうと。
「もう1回・・・チャレンジしたいんだ。高いレベルで自分の力を試してみたい」
不思議だ。
「それが、三枝子の出した答えなんだね」
「うん」
今の私には何の不安も無い。
「中等部を不合格になった時、もう二度とこんな学校受験しないって、あんなに強く思ったのに。この3年間・・・みんなと家族になれたから、本当の自分の気持ちと向かい合う事が出来た」
「み゛え゛ごぉ・・・」
「なんで紗希が泣くのさ」
「泣いてねーや!」
ありがとう。そんなに想っててくれたんだね。
紗希。思えば私が受験に失敗した時、1番怒ってくれたのは君だった。
そんな優しい紗希だから、みんなは君が帰ってきたときにすぐ受け入れたんだよ。
「私たちの夢は叶わたかったけど・・・一緒に過ごした時間や共有した気持ちは、絶対に無駄じゃなかった」
柚、紗希の顔を順番に見る。
「ありがとう。家族になれて、嬉しかった」
そう。
この気持ちは―――決して誰にも負けてなんかなかった。
この気持ちを抱いて。
私は次の舞台へ、進むんだ。
◆
決勝戦を完勝したというのに。
「むー」
五十鈴は不機嫌そうに頬を膨らませた。
「ぜんっぜん足りない!」
黒永のシングルス1である五十鈴は、3勝先取の決勝戦には出場していないため確かに2試合しか消化していない。
しかし、彼女が言っているのは"そういうこと"ではないのだ。
「今日の大会、1人も居なかったもん!」
「お前の目に適う選手はそうは居ないだろう」
「そりゃそうだけど、面白そうな娘すら1人も居なかったんだよ? 中学最後の地区予選なのに!」
五十鈴はそう言い、胸の下で腕を組んでプイッとそっぽを向いてしまう。
やれやれ。
こうなった五十鈴を窘めるのは相当気力も体力も使う。
今日は特にご機嫌ナナメで、厄介。
「綾野選手、穂高選手、お疲れ様でした」
そこにやってきたのは顔なじみの雑誌記者さんだ。
ようやく取材が許される時間になったのだろうか。
「他を寄せ付けない圧勝でしたが、勝因は何と考えますか?」
「自分たちが目指しているのは全国制覇です。その為には勝って当然の大会、あくまでここは通過点です」
黒永の主将として真面目にインタビューを受けていると。
五十鈴は記者さんから見えないように手を後ろにまわして、すーっとユニフォームの上から指で背筋をなぞってくる。
「ひゃあっ」
お陰で変な声が出てしまった。
「五十鈴っ!」
「きゃ☆ 手が滑っちゃった~」
叱責すると、彼女は笑顔で逃げるようにこの場から去る。
(インタビュー受けるのを面倒くさがって・・・)
わかっている。
あの子のああいう部分は、私がカバーしなければならないということくらい。
もう慣れっこなのだ。
「都大会での最大のライバルとなるであろう、白桜は随分と今回の地区予選、苦戦したようですよ」
「他校のことは関係ありません。私たちは私たちの・・・」
それ以上言葉を続けようとすると。
記者さんの後ろから、五十鈴がサインを用いたジェスチャーで。
『もっと面白くして!』
というのを何度も何度もしてきたのだ。
(まったく・・・)
試合で使うサインを何だと思っているのだろう。
最も、シングルス専門の五十鈴にとってはあまり重要な意味を為さないものではあるけれど。
元々、彼女の機嫌を直さなきゃならない。
ここで無視をしたらもっとへそを曲げてしまうのは目に見えていた。
私は一瞬、目を瞑ってから。
「試合に不慣れな1年生を頼っている時点で、今年の白桜は恐れるに足りませんね」
と、なるべく語気を荒立てないように言い切った。
「都大会で当たれば、必ず勝ちます」
驚く記者さんの向こう側では、五十鈴が嬉しそうに笑って右手でオッケーサインを出していた。
それを見て、私は小さくため息をついた。
本当に、一緒に居て疲れる奴だ。
五十鈴を動かす燃料を揃えることは、相当に難しいのだ。
◆
やれる。
試合に勝つたびに、その自信と強くなった実感が身体を突き抜けた。
(この力があれば・・・!)
あの人に勝つことだって出来る。
「うん、みんな今日はよかったよ。最上のダブルスも、板についてきたんじゃない?」
「ま、悪くは無い。あとは慣れかな」
副部長と部長の会話が耳に入ってきたとき。
「すごいわね、今年のチームは」
「ああ、佐藤さん」
副部長、今度は佐藤さんに向かってしっかり頭を下げる。
この人の生真面目さや丁寧さは、あたしじゃ真似出来ないと思う。
佐藤さんはナントカって雑誌の編集部の人だ。
顔と名前が一致する程度には、知っている人。
「まさか東京四天王の1人、最上さんをダブルスに使うなんて」
「"彼女"の言うことですから」
間違いないですよ、と続ける部長。
「それによって元々ダブルス1だった小嶺姉妹をダブルス2で使える。ダブルスは必勝態勢ですね」
「ダブルスは今年のウチの最大の武器です。それに・・・」
部長はあたしの方を見やって。
「頼もしい1年が入ってきましたしね」
と、自慢げに話す。
「新倉雛選手・・・、あの新倉燐選手の妹さんですものね」
「―ッ!」
思わず、身体がびくんと逆立った。
寒気にも似た嫌悪感。私が我慢しきれずに口を開こうとした瞬間。
「あら。違いますよ記者さん。雛は雛です」
その優しい手が私の肩にかけられて。
「センパイっ」
嬉しくて嬉しくて、顔を上げると。
「ワタシたちは苗字で勝負をしているわけじゃないですから♪」
センパイはそう言い放って、こちらに笑いかけてくれる。
「珍しいですね。"姫"が取材を受けてくださるとは」
「新チームのデビュー戦ですもの。それに、雛が誤解を受けているようだったので、少し」
そのストロベリーブロンドの長い髪をたなびかせたセンパイは、何も臆することなく言ってくれるんだ。
「雛にとってデリケートな問題です。言われたくないこともあるので、気を付けていただけないでしょうか」
あたしが1番言って欲しかったことを。
(センパイ―――)
カッコいいカッコいいカッコいい。
もう、大好き・・・!!
◆
「あ、もしもし?」
苛立ちもあってか、強い語気で携帯に話しかける。
「アンタ、これ何回目だと思ってんの!? なんで携帯出ないのよ!」
どれだけベルを鳴らしても、何度かけ直しても全然出ないのだ。
そしてこいつがメールやアプリで連絡を取れるような奴じゃないことも、理解している。
『それどこじゃなかったんですよ!!』
「はあ?」
電話口の相手はえらく興奮した様子だ。
その鼻息がこちらにも伝わってくるほどに。
『すげー! ありゃまさにバケモノですよ!! やっぱ中学生は最高だぜ!』
「ちょ、ちょっと」
興奮し過ぎて、何を言っているのかさっぱり分からない。
『先輩、今月号の見出し決まりましたね!』
「何よ」
聞くだけ無駄だろうけど、一応聞いてみよう。
『"東京大会に激震! 10年に1度の怪物現る!!"ですよ!』
この後輩は普段の行動から突拍子もない印象しかないが。
"被写体"を見切る能力だけは、一流だと思っている。
その彼女が、ここまで褒めちぎる選手―――
もしかしたら。
2強が支配する東京都大会に、風穴が空くかもしれない。




