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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
78/385

"おねえちゃん"

 さっきまでシングルス2が行われていたコートに両校の出場選手7人ずつ、14人がネットを挟んで並ぶ。

 試合開始前よりだいぶ汚れた両チームのユニフォームが、この試合の激戦ぶりを物語っていた。


「3-1で、白桜女子の勝利。礼!」

「「ありがとうございました」」


 一例をして挨拶をすると、シングル3で水鳥さんを破り、この地区予選で唯一白桜に土をつけた選手・・・葛西第二の部長、志水さんが握手を求めてきた。

 彼女は涙で真っ赤に腫れた目で、それでも今はもう涙を流すことなく真っ直ぐに私を見据えて。


「おめでとう。私たちの分まで思い切り暴れてきてね」


 右手をすっとこちらに差し出してきた。


(この子・・・)


 私は一瞬躊躇したが、すぐに頭を切り替える。


「ありがとう。良い試合だった」


 その手をしっかり握り、握手を交わした。


 葛西第二―――想定していたより、ずっと強いチームだった。

 チームワークと結束力、部員同士の信頼感なら白桜(ウチ)にも負けてなかったんじゃないかというくらい。


 もし、彼女たちが私たちと同じだけの環境に恵まれていたのなら―――


「久我選手」


 そこでふと、もう1人の選手の声が耳を掠める。


「握手・・・、してもらえますか?」


 葛西第二のシングルス1。

 もし私に出番が回ってきたのなら、対戦するはずだった選手がそこには居た。


「お疲れ様。ナイスゲームでした」


 断る理由もない。

 私は彼女ともしっかり握手を交わす。


「出来ることなら君と1戦、交えてみたかった」


 確か、この子の名前は。


「葛西第二最強のプレイヤー(シングルスワン)、加賀三枝子さん」


 葛西第二の1番の選手(エース)だ。

 きっといい選手だったに違いない。


「名前、憶えててくれたんだ」

「対戦相手のデータくらい、頭に全部入ってるさ」


 それじゃあ、とその場を後にしようとした瞬間。


「待てよ、久我」


 私を呼び止めたのは、向こうのシングルス2のプレイヤー。


「あたし達に勝ったんだ。・・・都大会、絶対優勝しろよ」


 彼女はうつむいたまま、顔を手で抑えながら、こちらに表情を見せないようにそう言った。


「心配しなくていいよ」


 いまさら言われるまでもない。


「私たちの目標は『全国制覇』―――それまで1敗もするつもりはないから」


 振り向きながらそう答え、踵を返すと。

 コートから引き上げていく白桜の仲間たちの輪の中へと入っていった。


「へ、言うじゃねえか・・・、どうりで勝てねえわけだ」


 そんな力ない言葉なんて、聞こえないふりをして。





「これで、都大会進出なんですよね!?」

「そうですね。まあ例年なら楽勝で突破できたはずの地区予」

「うわー! 楽しみ! いつからですか都大会って!?」

「ほう。そっちから話振っといて会話キャンセルするたぁ良い度胸ですね藍原・・・」


 このみ先輩と漫才みたいなやり取りをするのも久しぶりな気がする。


 文香の介抱をしている間に疲れは吹っ飛んでいて、逆に体力が有り余ってるくらい。

 今日はすごく調子が良かったし、まだまだプレーできる。

 この良い感触を忘れたくない。

 帰ったらまた少し、先輩に練習付き合ってもらおうかな。


 そんな事を考えながら、バスへ向かう道すがら。


「まあ、やかましいね中学生ってのは」


 急に白桜選手団の行く先に、腰の曲がったおばあちゃんが現れた。


「でもそれが若さの特権さね」


 あの人は・・・。


「あー! 葛西第二側のベンチに座ってたおばあちゃん!!」


 条件反射でおばあちゃんを指差してしまう。


 思い出した。

 どこかで見たことあると思ったら、さっきまで戦っていた葛西第二の監督的な人だ。


「人を指差すんじゃないよ」


 言われて、わたしは急いでおばあちゃんを差していた左手をひっこめた。


「葛西第二の顧問さんが、何か御用でしょうか?」


 そこで、久我部長がわたしとおばあちゃんの間に割って入って話を先に進めてくれる。


「なに。ひとつだけ、言いたいことがあってきただけさね。すぐ帰るよ」


 彼女は背筋を出来る限り伸ばして、私たち1人1人の目を順に見ていきながら。


「うちの子たちが言ってたことがある。『この街で生まれ育った私たちがこの街の代表になる』と。まあ、それが叶わなかったからこそ、"あんた達にだけ"言っておきたいことがあるのさ。ウチの子たちには内緒だよ」


 その瞬間、わたしとおばあちゃんの視線が真正面からぶつかった気がした。

 あの人は今、わたしの方をまっすぐに見ている。


「生まれや育ちは関係ない。今、この街で1番強いアンタ達がこの街の代表だ」

「「!」」


 一瞬で。

 その言葉だけで。

 この場の雰囲気がガラッと変わったのが分かった。


「ま、あたしが言いたかったのはそれだけさ。都大会でも頑張りなよ」


 おばあちゃんは本当にその一言だけを残して、夕暮れの眩しいオレンジの中へと消えていった。


(あの人・・・)


 なんだろう。

 あの人の言葉には不思議と重さがあった。ずしりと来る重さだ。


 そしてこれも何故だか分からないけれど。

 少し白桜(ウチ)の監督に似てるな、なんてことを考えてしまうのだった。





「今日で3年生は引退・・・、このチームは解散です」


 部長の声だけが、夕暮れのうるさいヒグラシの声に交じらず、耳に入ってくる。


「正直、未練が無いと言えば嘘になる。まだこの家族でテニスをしたいという思いしかないけど・・・」


 そこで部長の声はひとたび止まり。


「でも、終わりです」


 残酷でどうしようもない現実だけを告げてくる。


「一応、私は"長女(ぶちょう)"だから。最後に1つだけ、わがままを聞いて欲しいの」


 彼女は一瞬、間を開けて。


「愛依」


 その優しい声が、私の名前を読んでいた。

 そして。


「明日から、貴女に部長をやってもらいたいの。出来るよね?」


 そんな事を言うんだ。


「・・・」


 私は。


「・・・」


 そんなの、分からない。

 次の部長? 先輩たちが辞めちゃうのに?


「愛依」


 ずっと隣に居た鈴江先輩が背中をさすりながら諭してくれるけれど。

 そんなの。

 考えられない。


「イヤです」


 だから、断った。


「そんなのイヤです」

「愛依・・・」

「おいおい、ここに来てぐずる気かよ」

「だって・・・」


 あ、ダメだ。


「私は、私が今までやってこられたのは・・・先輩たちをただ追いかけてきたからでっ。先輩たちと一緒に居るのが楽しくて、温かくて、他の何にも代えられなくて!」


 もう、抑えられない。


「イヤだよお。せんぱ」


 自分の気持ちが。


「おねえちゃんっ」


 本当の想いが。


「お姉ちゃんたち、辞めちゃやだよお・・・」


 とめでもなく溢れてきて。


「ちゃんとお姉ちゃんって呼ぶ! 練習ももっと頑張るから! 今度こそ、絶対に負けないから・・・! だから!!」


 この日(おわり)を迎えるのがあまりにも早過ぎて。


「辞めないで。私、ひとりぼっちになっちゃうもん! 1人で部活なんて寂しいよぉ・・・。引退しないで」


 だってまだ、6月なのに―――


「柚希お姉ちゃん、紗希お姉ちゃん、三枝子お姉ちゃん、朋美お姉ちゃん、礼お姉ちゃん、千鶴お姉ちゃん・・・。みんなだいすき。私を、独りにしないでよお」


 私はずっと、駄々をこね続けた。


 ああ、最悪だ。お姉ちゃんたちの引退式なのに。

 私は悪い妹だ。


 もういっそのこと、見放してくれれば・・・。


「愛依っ」


 気づくと私を包んでくれたのは。


「千鶴・・・お姉ちゃん」


 いつも1番近くに居てくれた人だった。


「貴女をひとりぼっちになんかさせない」

「でもぉ」

「信じて、愛依」


 千鶴お姉ちゃんは私の目をじっと見つめて。


「お姉ちゃんたちは、愛依のお姉ちゃんよ。こんなに脅えてる妹を・・・独りにするわけないじゃない」


 そう言って、ぎゅっと優しく抱きしめてくれた。


「ほんとぉ・・・?」


 私はそれが嬉しくて、本当に嬉しくて。

 ずっと、千鶴お姉ちゃんの胸の中で甘えていた。


「ばーか。人の話は最後まで聞けっつーこった」

「ごめんね愛依。言葉が足りなかったわ。貴女1人でテニス部をやっていくのは大変だろうから、テニス部の存続が決まるまでは私たちもOGとして出来る限り貴女をサポートしていくつもりだったの」

「愛依ってホントのホントに」

「おバカさんだよねー」


 少し辛辣な紗希お姉ちゃん、本気で心配してくれる柚希お姉ちゃん。

 いつも通りのコンビネーションばっちりな冷やかしをする礼お姉ちゃんに、朋美お姉ちゃん。


「愛依。私たちは今の"家族"を愛依が引き継いで、テニス部の伝統にしてもらいたいと思ってる。もう誰も、私たちがしたみたいな辛い経験をしなくていいような、優しくて暖かい部を作ってほしい」


 そしてホントのホントに真面目な三枝子お姉ちゃん。


「だから他の誰でもない、貴女になって欲しいの。テニス部の部長に」

「お姉ちゃんたちの意志を、私が継ぐ・・・」


 出来るだろうか。

 そんな不安が頭をかすめたけれど。


 ―――ううん


 小さく数回、首を横に振る。


 ―――今の私に、不安なんて何もない


「わかった。私が、新しい部長(おねえちゃん)になる」


 だって私は、ひとりぼっちじゃないから。


「お姉ちゃんたちが作った家族を、絶対に誰にも壊させない・・・!」

「愛依、良いの?」

「うん。大丈夫だよ、千鶴お姉ちゃん」


 千鶴お姉ちゃんの腰に手をまわして、ぎゅっと抱き返す。


「もう、大丈夫だから・・・」


 私はこんなに愛されてるんだ。

 これだけ頼りになれるお姉ちゃんたちが居れば、心配なんて何もない。


「よく言ったね、愛依」

「マム・・・」


 気づくと、さっきまで居なかったマムが少し離れたところで私たちを見ていた。


「私には孫は居ない」

「マムがよく言ってる小言だ」

「うるさいよ、朋美」


 マムはおほん、と咳払いをして。


「でも、"娘は居る"。アンタがこの部を継ぐのなら・・・『あの子』に協力させるかね」


 小さく呟き。

 そして、小さく笑った。





 地区(ブロック)予選 決勝戦 "白桜女子中等部 vs 葛西第二"

 ―――3勝1敗で、白桜女子中等部の勝利。


 白桜女子中等部、地区(ブロック)予選、突破。

 ―――東京都大会の出場権獲得。

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