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天寿の果てに、世界は戻りて  作者: 七草 折紙
第一章 「泉の底にて、黒は識る」
7/10

第一話 「昏き洞穴の先に」

 さて、異世界へ来て最初にするべきこととは何だろうか。


「で、日和お嬢様。これからどう致しますか?」

「ふむ。いい質問だね、康介君」


 ふと、日和が暢気な口調で考え始める。

 いきなり異世界に来てしまったのだから、行動方針は重要だろう。

 これからの進退について、学年トップクラスの秀才が現実をはじき出す。


 よくよく考えれば危険な状況だ。

 水も食料もなく、身を温める場所もなく、今どこにいるのかも解らない。

 そもそも人類がいるのだろうか。

 いたとしても言葉は通じるのか。倫理観は共通か。挨拶が暴力の野蛮な世界だったら目も当てられない。

 幸い最強のボディーガード殿がいるおかげで、身の安全は保証された。……たぶん。

 だが情報がゼロの状況で、現地人に安易な接触は如何なものだろうか。


 お金は? どうやってお金を稼ぐ? 仕事をする? 伝手は? 一般常識もなしに?


 お気楽で自由奔放な日和とて、現実の厳しさは弁えている。

 途端に日和の顔が青褪めていった。


「……こ、こーすけくん、こーすけくん。緊急事態発生デス。どーしよ」

「はぁ、今頃気付いたのか。そんなこったろうと思ったよ」


 日和にこの荒れ狂う大地を生き抜くノウハウはない。

 ましてや食料確保や危険生物との未知との邂逅など、起こりえるイベントはわんさかだ。

 ついラノベのノリではしゃいでしまったが、よくよく考えれば絶望的な状況である。

 現実を直視して、流石の日和も狼狽えた。


「まずは人のいるところを探そう。歩きながら話そうぜ。西の方角に町らしき建物もあるみたいだし、幸い人間らしき生物もいるようだしな」


 流石は異世界経験者。場数が違う。

 安心の生活クオリティ。


 今いる森は方向すらも見失わせ、常世に吸い込まれそうな印象を受ける。

 この場は開けて明るいが、中天に座す日の光は樹々が邪魔してうっすらでしかなく、先が見渡せない。

 ここは人の踏み入れざる世界、迷い込んだ森の中なのだ。

 人の気配は全くなく、文明社会から切り離されたかのような場所に立っている。

 小鳥の囀りが安堵をもたらす一方、獣の遠吠えは不安を掻き立てていく。


 康介に従って、ひとまず日和は並んで歩いていく。

 彼女もようやく落ち着いた。


「あ~~~……康介君? 先程から疑問に思ってたんだが、キミよく知ってるよね。もしかしてここは、キミが前にいたという世界なのかい?」

「いや違うんだけど、そうだな。魔法みたいにそういうのを識る方法があるんだ。ザッとだけどな」

「は~、魔法万能説ですか。これはますますゲットせねば。康介教官! 魔法のご教授を願い奉る!」


 待望のファンタジーの王道――魔法を前に、ついに自分も使えるようになるのだな、と日和は瞳を輝かせる。

 苦節十六年。様々なオカルト雑誌を読み漁っては研究に没頭した。

 親切(?)な協力者の助けもあって、怪しい事件は片っ端から調べ抜いた。

 それでも手掛かりは皆無。

 挫けそうにもなった。そういう時は決まってファンタジー小説で欲求成分を補給した。

 頑張ってきた。


 それがついに! いよいよなのだ!

 康介の目から盗み見ても、彼女が興奮しているのがハッキリ解った。


「奉らなくてもいい。まあ、いいけど。それじゃ初歩から教えるか」

「うむ。ではキミの言ったwiki魔法から教えてくれないかね」

「う~ん……それは無理だな」

「なんですと!?」


 意外と便利なwiki魔法。

 そんなものがあれば、三日三晩、徹夜三昧だ。

 計画に計画を重ね、効率良く世界中を回ることができるだろう。

 しかし、日和には教えてくれないという。

 日和の野望は初っ端から挫かれた。


「いや、アレは物凄く難しいんだよ。いきなりは無理。俺でも入口に触れるだけで半世紀以上も掛かったんだぞ」

「ふむ。私はキミより成績優秀なんだが」

「それでも、だ。正確に言うとアレは魔法じゃなくて権利だ。世界の仕組みを知り尽くして深層世界を旅しないと毛ほども理解できん。まあ、教えられて使えるもんじゃなしに、要するに諦めろ」


 今の康介の説明。

 イミフ(意味不明)な専門用語も含まれていたりしたが、そこを日和はさっくりスルーする。

 専門家のお言葉だ。尊重すべきである。

 使えないものに時間を掛けても無駄なだけ、と日和は重要な部分だけに目を向けた。


「う~っ。じゃあ、あの暗黒魔法は!」

「暗黒魔法……? ああ、多種混成魔法――球体型の多重連鎖圧縮魔法陣のことか。暗黒って……。アレも魔法というか、他に色々混じってるから複雑なんだよな~。

純粋な魔法に置き換えると外魔法が一番近いけど、アレも地域によっては禁呪扱いされていた危険な魔法だし。やすやすと教えられないしな。むむぅ」

「なに! 貴様、禁呪ときたか!」

「ハイハイ。まあそうだな……魔法を使うのに魔力が必要なのは知ってるか?」

「常識ですな」


 ファンタジー研究会の創立者にして部長の名は、伊達ではない。

 それ以前に、日和に言わせれば『知らない者などいるのだろうか』と康介の常識を疑うところだ。

 彼女の中では『勇者がいるなら魔王もいる』のと同じくらい当たり前である。

 他人の常識とは少々異なる。


「そう。基本中の基本なんだが、魔力ってのは大きく分けて二通りあるんだ。いわゆる内魔力と外魔力だな。

で、だ。内魔力は自分の内部から魔力を感じ取ってそれを練り込む感じなんだが……解るか?」

「ふむ。続きを」

「それでだな、外魔法ってのは世界を利用する魔法なんだ。自分だけじゃなく外部の舵取り。当然、外魔力が必要になる」

「つまりは外魔力を感じ取ればいいわけね!」


 一歩前進。本場の魔法理論は一味違う。

 帰ったらレポートを纏めて、この幸せを是非とも部員達に分けてやらねば。

 彼女はがっつきながらも、稀代の大魔女としての未来の自分を構想していた。

 が、希望は直ぐに絶たれることになる。


「そうじゃない。まあ感じ取るのも難しいんだが、問題はそこから先だ。そうだな……海の上に真水の入ったコップが浮いていると思えばいい」

「先生、意味が解りません!」

「いきなり生徒に早変わりか。はぁ、疲れるから先進めるぞ。いいか、コップに入った真水が内魔力だ。そのまま飲めば健康にいい。オーケー?」

「水分補給は大事ですからな。オーケーであります」

「うむ。で、外魔力ってのは海水なんだ。無尽蔵な反面、そのまま飲んだら毒になる」

「へぇ、だから禁呪指定なのね。毒耐性を持てってことかな。特殊な改造手術をするとか?」

「んなもんは必要ない。要は蒸留なり濾過(ろか)なりして真水に戻す必要が生じる」

「ならその方法を――」

「ダメ。危険。下手すりゃ練習の段階で九割はおっ死ぬ。専用の施設がないとほぼ不可能。

この世界にそんなもんないし、外魔法の存在自体が異端になる。最悪、ここら一帯が消し飛ぶこともあるしな。

それに使ってるところを誰かに見られたら、トラブル発生率がマックスにまで爆発する。リア充の爆発とは深刻度が桁違いだ。まあそれはどうでもいいんだが。

とにかく! 内魔力と外魔力の違いなんて解る筈もないから、使ってもバレる心配はない。……とは思うけど、用心に越したことはない。解ったか?」

「了解した。キミがリア充に対して並々ならぬ敵意を抱いていることも十分に理解した」

「…………ということで、君には内魔法のプロフェショナルになってもらう。それで満足しろ。

言っとくけど、外魔法より難易度は低いとはいえ、素人には敷居が高いぞ」


 そっけなく見えて、康介は日和の安全を第一に考えてくれているらしい。

 さりげない優しさに日和は頬が緩みそうになるが、そこは我慢する。

 彼は実はツンデレだったのか。意外な事実を見た日和だった。


「康介君。行き止まりですが」

「うん。ここは山間部みたいだな。壁伝いに歩いて、道を探そう」


 話しているうちに森が終わりを告げ、壁にぶち当たった。

 世界に拒絶されているような気分になる。


「それより野宿になりそうな予感がするのだけど、水の確保とかはいいのかね?」

「その辺は魔法で補えるからな。早くゆっくり休みたいだろう?」

「むぅ、それもそうだね」


 山道への入口でもあればいいのだが、歩けど歩けど岩肌ばかりだ。

 そこで一点、暗い部分を発見した。


「これは……洞穴か」

「ふむ。どうするのだね。私としては興味があるのだけど」

「なら行くか。迷ってても始まらないからな」

「よしキタ!」


 さっそく中に入る。

 入り口は狭かったが、内部は広い洞窟となっていた。

 しかし奥は真っ暗だ。不気味な静けさがこだまする。

 風も微かに吹き抜けて、冷たい湿気を帯びていた。


「うぅ、なんか出そうだね、ココ」

「妙なフラグは立てるなよ。ちょっと待ってろ。今、光を」


 康介が軽く指を振ると、彼の手元に小さな魔法陣が浮かぶ。

 光の球が発生した。


「はぁ、魔法って便利だよね」

「お前も使えるようになるさ。さっ、行こう」

「お邪魔しま~す……」


 康介に続いて、日和が遠慮がちに足を踏み入れる。

 外と中ではこれまた感覚が異なった。


「うへぇ、天井が遠いね」

「風が流れてくるのは……あっちかな?」


 光が照らすのは近場だけであり、先の視界は暗くて不明瞭だ。

 不安の表れなのか、日和は康介の服を握り締めながら後を付いていく。

 近くに魔物が潜んでいる気配はなさそうだ。

 気を抜くのは戴けないが、緊張を緩めるくらいは大丈夫だろう。

 ゆっくり、促されるまま闇へと向かう。


「う~ん……やっぱりダメか」


 歩きながら康介は、しきりに何かを考え込んでいた。

 日和の耳に「うんうん」唸り声が漏れてくる。

 顔を覗き込むと、康介が眉をひそめていた。


「どうしたの?」

「いや、さっきあの蛇神もどきから幻想力ってのを拝借したんだけどな。色々形を変えて試してはいるんだが、どうも俺には使えないみたいでさ」

「そりゃ無理ないんじゃない? 向き不向きってのがあるんでしょ」

「その通りなんだが……はぁ、相変わらず内包系統は相性低いな、俺」

「相性?」

「ああ、才能とも言うな。『内包系』ってのは個人の才能に左右されるところが大きい。内魔法がこれだな。俺は逆に外界を利用する外魔法みたいな『外操系』が得意だからな」

「ふ~ん……まあ、アレもコレもできる完璧超人なんて実際にはいないもんだよね」

「まあな。幻想力ってのは神様固有の"ある力"の劣化版みたいな位置づけらしい。魔物だけのユニークパワーだってさ。んなもん使えたら苦労はないよな~」

「私は魔法が使えればそれでいいわ!」

「お前はそうだよな」


 しばらくすると、水の流れる音がしてきた。

 康介が怪訝な顔をする。

 こういう場所は道が川に変わることもありえる。最悪、引き返すしかない状況だ。

 あるいは飛ぶという方法もあるが、未知の場所での長時間飛行は遠慮したい。


(まさか行き止まりになってるとか?)


 今のところずっと一本道だ。進むしかない。

 徐々に水の音が大きくなっていく。

 足元が濡れてきた。


「鍾乳洞か。地下の水脈にでも繋がっているのかな? 滑るから足元に気を付けろよ」

「う、うん」


 一歩ずつ、着実に歩を進める。

 足場が不安定な場所で、無茶はできない。

 不慣れな道のりに怯える日和の首筋に、上から水滴が落ちてきた。


「ひゃっ」

「うおっ」


 突然の悲鳴。

 日和に釣られて康介も驚く。


「ヤダ、吃驚させないで……っ!」


 不快な表情で大自然の悪戯に文句を吐き出す日和だったが、

 上を見たまま固まった。


「どうした、上を見て――っ!?」


 天井にひっつく巨大な影があった。


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