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天寿の果てに、世界は戻りて  作者: 七草 折紙
序章 「異界の空にて、白は輝く」
5/10

エピローグ 「君となら歩いていける」

(ここは……?)


 混濁した意識から目を醒ますと、見渡す大地は一変していた。

 覚悟はしていたものの、予想はしていなかった事態に、康介はゴクリと喉を鳴らす。


(…………まさか、そんなことが……いや、落ち着け。見ろ、あの赤く濁った終末の空じゃない。廃れ錆び付いた臭いもない。別の世界だ……)


 深呼吸をして、ひとまず自分を落ち着ける。

 まずは冷静になることだ。慣れない土地でむやみに焦れば、それは死を招くハメになる。


「また異世界……しかも今度は別の世界、か。あの終わった世界じゃないのは救いだが、なんでまた俺なんだよ」


 故郷と同じ青い空を見上げて、康介は呆然とごちる。


 またか。

 また来てしまったのか。

 また一人で天寿を全うしなければならないのだろうか。


(クソッ、なんで……)


 何故自分だけがこんな目に合うのか。

 康介はやり切れない。

 顔を(しか)め、空を見上げることしかできなかった。


「うぅ……」


 そこで意外な声が飛ぶ。

 康介が訝しげに視線を移すと、


(聞き覚えのある声のような……いやそれよりも、ついさっきまで直ぐ間近で……っ!?)


「ありゃ?」


 場にそぐわぬ間の抜けた反応が返ってきた。

 自然と目と目が交差する。


「…………」

「…………えっと」


 無言。戸惑う声。

 麗しき幼馴染殿がそこにいた。

 彼女は現状が理解できずに、ひたすら戸惑っている。


(ウン。当然そうなるよね。俺もそうだったよ。じゃなくて――)


「日和! なんでお前まで!!」

「ここは……ああ~……巻き込まれた? いや自分から巻き込まれにいった?」


 日和は未だキョロキョロしていた。

 一瞬で切り替わった光景に、頭が追いつかないのだろう。


 康介にも解らない。

 前回飛ばされた時は、こんな大仰な展開はなかった。

 只、気が付けばそこにいただけ。

 それが今回はどうだ。明らかに過剰な演出だ。


「う~ん……何がなんやら……ここは異世界……?」


 日和もその結論に達したようだった。


 康介の足元が光った時、日和は離れた場所にいた。

 つまりは自分から飛び込んだというわけだ。

 良く思えば康介のために、悪く思えば好奇心から飛び込んだのだろう。

 幼馴染殿のあまりの稚拙な行動に、康介は呆れた視線を投げかけた。

 彼女は異世界の厳しさを理解しているのだろうか。



 キシャアアアアアアッ!!



 おどろおどろしい舌なめずりが聞こえてきた。

 それもかなりビッグな音量だ。


「ふぎゃっ、なになにっ?」


 日和が康介の腕にしがみつき、辺りを見渡すが、そこには誰もいない。

 ならいったいどこに?

 ちなみに康介の内心は「胸の感触がナイス」である。


 ――ではなくて、

 康介達の上空に、羽の生えた巨大な蛇が浮かんでいた。

 鱗の一つが康介達と同じくらいの大きさはある。


「上だな」

「うえ? ひぃええええええっ」

「離れてろ」


 この類の怪物の対応は心得ている。

 世界は違えど、生物の根幹は似ているのだろう。


 勇者や魔王レベルの化物がゴロゴロいる世界。全てが脅威に満ちた悪夢の領域。

 人間の力など虫ケラ以下、たかが知れたものだった。

 一般常識内での話だ。

 あの絶望の時に比べれば、こんな簡単な試練程度。造作もない。

 康介は生き延びるために、その常識の域を凌駕したのだ。


「へぇ、コイツは龍に似てるな。蛇神の亜種――バジリスクの方が近いかな? 流石に迫力あるな~」

「ちょ、ちょっと、コーちゃん! そんな暢気に」

「問題ない。ほらっ!!」


 既に準備は整えていた。

 数えれば数千――数万はいくだろうか。

 康介を中心に、直径二万キロメートルはあるカラフル魔法陣が幾つも描かれていく。


「わぁ、キレイ……」


 まるで空中に投影された立体アート。

 イルミネーション真っ青の壮大な美しさに、日和が我を忘れて見()れている。

 多様な意の込められた幻想的な紋様が広がりを見せ、カウントダウンを始めるかの如く、点滅の間隔が短くなっていく。

 空が、大地が、視界全てが。

 色で埋め尽くされ、鳴動している。


「よし、チェック終了。効果に狂いはなし。久々に使ったにしては完璧な仕上がりだな。あとはこれを……」


 康介に同調した魔法陣たちは、世界の根幹そのものに同期していた。


 ――全てが一瞬の離れ業。

 巨大な魔法陣が立ちどころに収束を始め、すぐさまドス黒い球体へとその姿形を変えていた。

 何事もなかったかのように、黒い球体だけがそこにある。


「な、なに……それ?」

「俺の魔法だ」

「魔法!? あのラノベの王道――魔法使いなの!? リア充の天敵、子供の王様。その名も童――」

「ハイ、ストップ! そのネタはもういい!」


 乙女にあるまじき発言。いや、自覚がないのだろう。

 それ以上、言わせてはいけない。

 日和の尊厳を護るためにも、康介が鋭い「待った」を掛けた。

 先程までの緊張感は、もう消え去っていた。


「にゃはは、コーちゃんは心配しないでも大丈夫! キミの王様はワタシが貰ってあげるよ」

「ハァ、感謝シマス」

「うむ。ところでソレが一般的な魔法なのかな?」

「これは俺のオリジナルだ。この球は魔法陣の塊だな。密度が高すぎて真っ黒になっちまうんで、見た目はアレだけど……まあ、威力は保証する」


 球体型多重連鎖圧縮魔法陣。

 本来ならば顕現するだけでも圧倒されるほどの術式の数々。

 それら全てがこの一つに――色も匂いも気配も力すらも、異常な濃度により一つへと集約されたのだ。


(想えば、コイツが生まれたキッカケはアレだったな……)


 完成された球のどす黒さは、元々偶然から誕生したモノだった。

 いつまで経っても元の世界に戻れず、リア充たちを眺める毎日。自分に言い寄って来るのは、主に爬虫類系の方々。お呼びでない。

 湧き上がる嫉妬と羨望。ピンク色の気配を撒き散らす奴らを、呪いのように視線で射殺せないか、と本気で考えたものだ。

 挙句――


『ヒャハハハァ! みんなくたばっちまいなぁ!!』


 などと、世界など知ったこっちゃないぜ風に、魔法のありえない多重構築をしたのが始まりだった。

 暴走して「人類滅亡? 知るか!」といった感じにだ。

 年甲斐もなく壊れてしまったのは、溜まりに溜まった結果だったのだろう。


(……まあ、奇跡的に成功して事なきを得たんだから、結果オーライってことで)


 とんでもない博打の報酬は、無双チックな代物と成り果てた。

 あの頃は精神を病んでいた。あんな馬鹿は二度とやらない。


 ――という訳で、

 康介の手元で浮かぶのは、元リア充抹殺用『怨念ボール』。

 きちんとした名称は後付けしたが、それは今回語らない。


 その奈落のように底の見えない深淵の恐怖は、神々でさえも本能的に思考を麻痺させ、その認識を根本からスルーさせる。

 畏怖から来る防衛本能が、存在自体を認めないのだ。


 おかげで何も感じない。


 有にして無。

 これが辿り着いた康介の"究極"だ。

 バジリスクも、僅かに感じた死の片鱗にビクつき、辺りを警戒しながら見回している。

 康介が語る。


「初見の相手にはコレが一番有効なんだ。確実に瞬殺できるからな」

「オーバーキルってヤツね。マジもんをこの目にする日が来るとは、やるわね。さすがは異世界経験者。褒めてつかわそう」

「ははーっ、お姫様」

「にゅふふ、苦しゅうないぞ」


 こんな状況だが二人はじゃれあい、

 ひと呼吸置いて、

 ――そして、


「では――」

「よし発射ァーーーーーーッ!」


 天高く、日和の右手が突き出された。

 彼女の合図を皮切りに、黒球は消え去った(・・・・・)


「……ア、アレ? 消えちゃったよ」

「ああ、終わった」

「え、え?」


 そっけない康介の態度に、日和が困惑する。

 大地が消し飛び、轟音と熱風が狂い躍る。

 そんな凄まじい光景を予想していた日和は、見た目地味な幕切れに、言葉が浮かばず呆気に取られる。


 気付けばバジリスクはいない。

 いつの間にか消えただけ。余韻は一切なし。

 砂埃も突風も巻き起こらず、ただ絵画が一枚持ち去られただけのよう。

 そんな静けさがあった。


「ちょちょちょ、ちょっと! 今のなに!!!」

「ん? 魔法でやっつけたんだが」

「そうじゃなくて! いつやっつけたのよ!」


 景色からバジリスクだけが削り取られた。

 それが日和の感想だった。風情も何もあったものじゃない。

 彼女の気持ちは止まらない。


「違う! 違うのよ! もっとこう……」


 これが彼女の異世界初デビュー。

 もっと派手にいきたかった。

 異議申し立てをしたいくらいだ。


 事実、黒球はバジリスクの体内へと転移し、内部から存在ごと喰い散らかしていた。

 ついでにフィードバックされた力が、こっそり康介へと還元をもされる。新しい状況下でやっていくためにも、ここは重要なポイントだ。

 続いて未知なるパワーに対抗すべく、取り入れた力の分析が開始される。


(ふむふむ、コイツの力は幻想力ってのか。しかも神話クラスじゃなくて、只の魔物とは。ビビって損したかな。また聞いたことない力だが、なるほどね)


 分析終了。つつがなく処理が完了する。

 これにて終了だ。

 日和はまだ喚いていた。


「ええーっ、これだけーーーっ。つまんないの! ロマンがないわ!」

「そんなもんだ。ゲームと一緒にするんじゃない」

「なるほど。リアル事情ね。一つ勉強になったわ」


 意外とすんなり日和は納得する。

 最も地味なのは康介だからこそ、と言える。


 自己流とも言える多種混成魔法。

 前回康介が飛ばされた世界は勇者や魔王こそいなかったものの、力がモノを言う世界だった。

 なので必然的にあらゆるファンタジーパワーを習得するハメになったのだ。


 その集大成がコレだ。


 偶然の産物とはいえ、それまでの過程は本物だ。

 魔法とは言霊詠唱や魔法陣により、操作する事象を世界に認識させることから始まる。

 それは気功による"振動"であったり声脈の"音階"でもあり、怨嗟による"侵食"であったりもする。


 龍脈を操る龍族の秘伝『龍気法』に奇跡を願う天使の唄『天声術』、世界に歪みをもたらす悪魔の『呪言術』、更には神々の織り成す『事象剥離権』や『万世支配権』などなど。

 それらを世界に刻まれた事象改変コード『魔法』に組み込ませて、独自のごちゃまぜ術が誕生した。

 効率に効率を重ねた、神をも抹殺しかねない禁断の技術。


 名付けて『倉石康介流スーパーデンジャラス魔法』。


 ……そんなことを叫んでいた時期もあった。

 今では想い出すにも苦痛を伴う。

 恥ずかしい黒歴史だ。


 そんなデンジャラスなアレンジ魔法だが、名前の封印はともかく、化物相手には欠かせない戦力となる。

 一口に魔法の「発動」や「改良」と言っているが、そんなに簡単なものではない。

 互いに競合しないように、慎重かつ繊細に編み込み紡がなくてはならない。


 必要最低限の破壊しかもたらさないのが、この魔法の真骨頂だ。

 景色いっぱいを吹き飛ばすのも気分爽快だが、それをやると後が怖い。


 まずは環境に優しく、エコを大事に。

 それが異世界人との好意的な接触を果たすコツでもある。


「ふうっ、久しぶりに使ったな。あっちでやったら特撮マニアか、変質者呼ばわりだからな」

「康介戦闘員殿、ご苦労であった。感謝するぞ」

「ははーっ、隊長殿、もったいなきお言葉であります」


 日和は上機嫌だ。

 待望の異世界生活がスタートしたのだから、当然だろう。

 何も考えていないだけとも言える。


「にゅふふふふふふ」

「ははははははは」


 互いに笑い合う。

 前回とは勝手が違う。

 いきなり知らない世界に降り立ち、神話でしか登場しないような化物達と遭遇する。

 泣きながら、這い蹲りながらも、情けなさ満点で逃げ出したものだ。

 その後、罵られながらも助けられ、キツイ訓練をさせられたのも、今では遠い過去の貴重な一ページだ。

 かつての自分と今を比較して、康介は苦笑いを浮かべていた。


 ――こんなにも違う。


 一人じゃなく二人。

 こんなにも心持ちが異なるのだろうか。

 戦闘経験があるという強みもあるのだろう。

 しかしそれ以上に、隣にいる幼馴染殿が不思議と心強い。

 それは物理的な強さではなく、精神的な支え。


「それにしても、樹ばっかりだよね~」


 彼女は怖くないのだろうか。

 昔からそうだった。

 誰に何と言われようとも、例え急な不幸が訪れようとも――。

 彼女は懸命に生きている。


 あの強さがあれば、自分もまたあの世界で何か変われていたのだろうか。

 ――いや。人は誰もが強いわけではない。

 これは彼女特有の、持って生まれたアイデンティティだ。


 決してブレない。

 我が道を行く。


 それは何者にも汚されない、純白の意志。

 その白く無垢な鋼の心は、持たざる者を惹きつけて止まない。

 たぶん、自分はそこに惚れたのだろう。


 これはこれで悪くはない。


「さて、これからどうする?」

「そんなこと決まっとろうが! まずは冒険よ! 伝説を創るのよ!」

「ハハッ、そうだな。了解しました、お姫様。……なら行くか!!」

「モチのロンよ! 行くぜい!」


 新しい冒険が始まる。

 また戻れる日がやって来るのだろうか。


 その日を夢見て、

 もう一度長い人生を歩むのも、悪くはないかもしれない。

 今度は彼女もいることだし、もっと楽しく生きられるだろう。


[序章 完]


という訳で、ここまでが短編投稿予定だった部分です。

多少増量してますが、まあこんなもんです。

次回から新たな旅。異世界生活が始まります。

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