第四話 「そして光が訪れて……」
あのヤンキー事件から三日。
今日まではつつがなく、平和な日々だった。
三日目の朝、下校時。
康介は日和と歩いていた。
今日は珍しく、ファンタジー研究会の会合は休みらしい。
あんなに無関心だったのに、日和が打って変わって尋ねてきた。
「で、聞きそびれていたけど、口頭で簡潔に教えてくれたまえ」
「何がだ?」
「ふ~ん、とぼけるんだ。そういえば、この間"じゃ"とか口にしてたよね。前々から思ってたけど、キミ、時折妙にジジィ臭くなるし。
ホントにコーちゃんかね? 康ちゃんの皮を被った悪魔では! 乗っ取ったな、貴様!」
「ちょっと待て! 俺は康介本人だぞ! ジジィ臭いのは……まあ、色々あったからだ」
「なら話してくれるよね?」
先程までの剣幕が嘘のように、穏やかな笑顔を浮かべる日和ではあるのだが、その笑顔がどこか怖い。
狂気と謎の行動力を持つ幼馴染、世の変人達のマドンナ――片瀬日和。
美女だがモテない。
その理由は、ついていけない彼女の感性にあった。
こんなエピソードがある。
とある男子生徒が二週間ほど学校を休んだことがあった。
理由はさして大したことない、インフルエンザだ。
復帰後も皆、大変だったな、という挨拶を交わす程度だった。
しかし日和の場合は違った。
彼女の言い分は「ヤツはUFOに攫われたのだ」という根拠のない推論だった。
それも、ちょっと多めに休んだだけで。
そして彼女は暴挙に出た。
重要な話があるという内容で、彼を部室に呼び出したのだ。
彼にしてみれば、変人とはいえ学校屈指の美女の一人。
当然、告白されるんでは、とドキドキしながら行ったそうだ。
結果は尋問と身体チェックの嵐。
日和の信者数名(女性限定)に掴まれて、あれよあれよと囲い攻め。
最初のうちは大勢の女性に囲まれて、ハーレム気分でウハウハだったらしい。
しかしそれもずっと続けば別だ。
ヤバいことはしてないとはいえ、長時間の拘束を強要され、彼はゲッソリやつれていった。
以来、ファンタジー研究会の呼び出しに応じるのは御法度、というお触れまで出た始末である。
話を戻そう。
彼女は変人である。
常識は通用しない。
その彼女が今、康介に笑顔で語りかけている。
これは何を意味するのか。
『嘘は認めないよ。解ってるよね(ニコリ)』
という具合である。
下手したら康介の死刑執行は確実だ。
次第に青褪めていく康介。
ともあれ、どこか狂っているのが日和嬢。
そんな彼女に付き合えるのは康介くらいだった。
その彼女が笑っている。目に狂気を宿して。
このままでは自分の命が危ない。
康介は説得に掛かった。包み隠さず全てを打ち明ける。
誤魔化しは効かないようだった。
◆◇◆
「ふ~ん、異世界ねぇ……夢、じゃないよね。さっきの見たら納得しちゃった」
「まあそんな感じだな。なんだけど……お前、妙に落ち着いてるな。お前の好きそうな話だと思ったんだが」
「フフフ。それで?」
「……それで?」
「長い時間を生きて、天寿を全うしたんでしょ? 彼女とかできたりしたのかな? まさか結婚して子供なんかいたりして。フフフ」
日和が奏でる不気味な笑いが、康介のやわなハートを早めていく。
嫌な汗が止まらない。
「それだけはない!! あっちの世界は人外ばかりでな。そういうのは一切! 全くもってなかった!!」
「そっか。そうだよね。にゃはは! まあ気を落としなさんな。チミにはこの幼馴染様がいるではにゃいか!」
「そ、そうだな……ハハハ」
「若い子はお好きですかな? お・爺・ちゃ・ん?」
「ヤメてくれ」
危機は去った。
康介は乗り切ったのだ。
と、ここで日和が肝心な要件を切り出した。
「まあ、そういうことなら話があるのだよ」
彼女は鞄を漁り出し、やがて何かを取り出した。
「はい」
突然手渡された。
「こ、これは……ナニ?」
「ふむ。私なりの興味事項を急いで纏めてみたのだよ」
康介が渡されたのは『リアルファンタジー質問集』という分厚い本だった。
恐る恐る開けて見ると、ページ毎に質問が書いてあり、それが二百ページほど続いていた。
康介の脳裏に、嫌な予感が湧き上がる。
震える手で一枚一枚めくっていく。
「聞く前からあらかじめ予想はしていたよ。ついにその時が来たのだと、ね。一週間あげるから、返答よろしく」
「こっ、コレ全部!?」
「それでも少ない方だよ。削る前はその三倍はあった」
「三倍!?」
康介はあまりの驚愕ぶりに、一瞬、意識を失いそうになった。
多少は気を使ってくれたみたいだが、それでもキツイものがある。
そのまま丸呑みしたくはない。
「あ、あのぅ……せめて二週間とか……一ヶ月なんて言ってくれたら、尊敬しちゃうな~なんて」
「私はそれを三日で仕上げたのだよ。その二倍もあげたのだから、できるよね?」
「う、ウン。そうだよネ」
――完敗。
康介は憂鬱な気分で、帰途についた。
◆◇◆
――翌日。
「あっ、番長。と、芦屋?」
昼休みのことだ。
康介は番長と出くわした。芦屋君も一緒だ。
「ああ。お前か。倉石とか言ったか」
「倉石、何か用か?」
「ヤメろ、芦屋」
芦屋君は喧嘩腰で、康介を睨みつける。
この間は震えていたのに、もう持ち直したようだ。そして嫌われたらしい。
思わず康介は言葉に詰まった。
「あの……」
「ああ。この間は済まなかったな。ハハ、フラレちまったよ。松本の件は俺の誤解らしい」
康介と芦屋君の確執に申し訳ないと思ったのか、振られたことを恥じてるのか、番長が困ったような顔で照れ笑いした。
振られた割には晴れやかな顔をしている。
彼の中で何かが吹っ切れたのだろう。
「そうですか。何だかスッキリした顔してますね」
「ああ。アイツが幸せなら俺はそれでいいさ。……ところで、お前大丈夫か? 顔色がかなり悪いぞ」
全然大丈夫ではない。
昨日は徹夜で例の質問集と戦っていた。
おかげでふらふら、足元がおぼつかない。
早く帰って爆睡したい。
「俺にもいろいろあるんですよ」
遠い目で空を見上げ、心なしか涙までホロリと出る康介。
「そ、そうか……深くは聞かないことにする」
「そうしてください。じゃあ俺はこれで……日和?」
教室に帰ろうとした康介の目に、日和が飛び込んできた。
一緒にいるのはイケメン松本先輩と、マスコットマドンナ一花嬢である。
何をしていたのだろうか。
「おーい!」
「おお、康ちゃんではないか!」
「珍しい組み合わせだな。なにかあったのか?」
康介の知る限り、この間の一件以外で接点はない筈だ。
「いやなに。この間の根回しだよ、康介君」
「根回し? 喧嘩のか? あんなもん黙ってれば問題ないだろ」
「まあ、そうなんだがね。念のために、だよ」
「そっか。手間かけさせちまったな」
「なぁに、キミの邪魔をさせたくないだけさ。早く回答集を持ってきてくれたまえ」
「……お前はそういうヤツだったよな」
感動しそうになったところで、オチが待っている。
世の中そんなものだ、と康介は死んだ目を泳がせる。
――ふと、康介とイケメン先輩の目線が合う。
「あっ、どうも」
「うん。倉石とかいったっけ。一花のクラスメイトらしいね?」
「あ、はい。松本先輩、ですよね?」
「うん。ハハハ……この間はみっともない場面を見せてしまって、恥ずかしいね」
番長と同じ照れ笑いでも、こちらには品格がある。
決して番長が『キモイ』とか『似合わない』とか言っている訳ではない。
康介の目から見ても、作り込んだ感じはしない。
イケメン先輩はナチュラルで爽やかな人だった。
校内の約九割の女子生徒にモテる訳だ。これぞリア充。非モテの敵。
(うらやましい……)
「康介君」
「あっ、ああ。とんでもないです。こちらこそ興味本位でスイマセンでした」
康介のやましい下心を感じ取ったのか、日和の険しい視線が飛ぶ。
引きつった笑みを浮かべながら、康介は慌てて頭を下げた。
そんなやり取りなど露知らず、爽やかマックスのイケメン先輩は、キラースマイルで「気にしてない」と微笑み返す。
鈍感系主人公を地で行く人だった。
「ほら。一花も」
「う、うん」
一花嬢の瞳にはまだ恐怖の影が残っていた。
「あ、あの、倉石君。この間は巻き込んでゴメンネ」
「あっ、うん。気にしてないよ」
「そう……良かった……」
ホッとした様子の一花嬢に、康介も胸を撫で下ろす。
どうやら多少は受け入れられたようだ。
「むっ、康ちゃん、早く済ませたまえ。置いてくよ」
「えっ? ああ。じゃあ、これで失礼しますね。また教室で」
日和は何故か機嫌が悪い。
理由は不明だが、康介は素直に従うことにした。
「ハハハ、仲が良いな、お前ら。あのトリックスターがヤキモチとはな」
番長がにやりと日和を挑発する。
先日の意趣返しのようなものだ。
焦った顔の日和がどもりながら、康介の手を引いてきた。
「そ、そんなんじゃないさ。ほ、ほら、康介君。帰ろうじゃないか」
「じゃあ、失礼します」
「ほら、行くよ」
大股で歩いていく日和に、並ぶように付いていく康介。
――そこで異変が起こる。
空気がガラリと変わった。
やがて風景から色が抜け落ち始める。
時間が停止したかのようなモノクロームの世界。
「なんだこれは?」
不可解な光景に、康介が立ち止まる。日和も止まった。
康介の頭に最大級で警報が鳴っているが、この状況が何を意味するのか結論が出ない。
だが明らかに魔法のような現象だ。空間が揺れ始める。
先程いた辺りから、光が迫ってきている気が……。
「コーちゃん!!」
日和の悲鳴を最後に――
(まさか!!)
光が弾けた。