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天寿の果てに、世界は戻りて  作者: 七草 折紙
序章 「異界の空にて、白は輝く」
4/10

第四話 「そして光が訪れて……」

 あのヤンキー事件から三日。

 今日まではつつがなく、平和な日々だった。


 三日目の朝、下校時。

 康介は日和と歩いていた。

 今日は珍しく、ファンタジー研究会の会合は休みらしい。

 あんなに無関心だったのに、日和が打って変わって尋ねてきた。


「で、聞きそびれていたけど、口頭で簡潔に教えてくれたまえ」

「何がだ?」

「ふ~ん、とぼけるんだ。そういえば、この間"じゃ"とか口にしてたよね。前々から思ってたけど、キミ、時折妙にジジィ臭くなるし。

ホントにコーちゃんかね? 康ちゃんの皮を被った悪魔では! 乗っ取ったな、貴様!」

「ちょっと待て! 俺は康介本人だぞ! ジジィ臭いのは……まあ、色々あったからだ」

「なら話してくれるよね?」


 先程までの剣幕が嘘のように、穏やかな笑顔を浮かべる日和ではあるのだが、その笑顔がどこか怖い。

 狂気と謎の行動力を持つ幼馴染、世の変人達のマドンナ――片瀬日和。

 美女だがモテない。

 その理由は、ついていけない彼女の感性にあった。

 こんなエピソードがある。


 とある男子生徒が二週間ほど学校を休んだことがあった。

 理由はさして大したことない、インフルエンザだ。

 復帰後も皆、大変だったな、という挨拶を交わす程度だった。


 しかし日和の場合は違った。

 彼女の言い分は「ヤツはUFOに攫われたのだ」という根拠のない推論だった。

 それも、ちょっと多めに休んだだけで。

 そして彼女は暴挙に出た。

 重要な話があるという内容で、彼を部室に呼び出したのだ。


 彼にしてみれば、変人とはいえ学校屈指の美女の一人。

 当然、告白されるんでは、とドキドキしながら行ったそうだ。


 結果は尋問と身体チェックの嵐。

 日和の信者数名(女性限定)に掴まれて、あれよあれよと囲い攻め。

 最初のうちは大勢の女性に囲まれて、ハーレム気分でウハウハだったらしい。

 しかしそれもずっと続けば別だ。

 ヤバいことはしてないとはいえ、長時間の拘束を強要され、彼はゲッソリやつれていった。

 以来、ファンタジー研究会の呼び出しに応じるのは御法度、というお触れまで出た始末である。


 話を戻そう。

 彼女は変人である。

 常識は通用しない。


 その彼女が今、康介に笑顔で語りかけている。

 これは何を意味するのか。


『嘘は認めないよ。解ってるよね(ニコリ)』


 という具合である。

 下手したら康介の死刑執行は確実だ。

 次第に青褪めていく康介。


 ともあれ、どこか狂っているのが日和嬢。

 そんな彼女に付き合えるのは康介くらいだった。


 その彼女が笑っている。目に狂気を宿して。

 このままでは自分の命が危ない。

 康介は説得に掛かった。包み隠さず全てを打ち明ける。


 誤魔化しは効かないようだった。



◆◇◆


「ふ~ん、異世界ねぇ……夢、じゃないよね。さっきの見たら納得しちゃった」

「まあそんな感じだな。なんだけど……お前、妙に落ち着いてるな。お前の好きそうな話だと思ったんだが」

「フフフ。それで?」

「……それで?」

「長い時間を生きて、天寿を全うしたんでしょ? 彼女とかできたりしたのかな? まさか結婚して子供なんかいたりして。フフフ」


 日和が奏でる不気味な笑いが、康介のやわなハートを早めていく。

 嫌な汗が止まらない。


「それだけはない!! あっちの世界は人外ばかりでな。そういうのは一切! 全くもってなかった!!」

「そっか。そうだよね。にゃはは! まあ気を落としなさんな。チミにはこの幼馴染様がいるではにゃいか!」

「そ、そうだな……ハハハ」

「若い子はお好きですかな? お・爺・ちゃ・ん?」

「ヤメてくれ」


 危機は去った。

 康介は乗り切ったのだ。

 と、ここで日和が肝心な要件を切り出した。


「まあ、そういうことなら話があるのだよ」


 彼女は鞄を漁り出し、やがて何かを取り出した。


「はい」


 突然手渡された。


「こ、これは……ナニ?」

「ふむ。私なりの興味事項を急いで纏めてみたのだよ」


 康介が渡されたのは『リアルファンタジー質問集』という分厚い本だった。

 恐る恐る開けて見ると、ページ毎に質問が書いてあり、それが二百ページほど続いていた。

 康介の脳裏に、嫌な予感が湧き上がる。

 震える手で一枚一枚めくっていく。


「聞く前からあらかじめ予想はしていたよ。ついにその時が来たのだと、ね。一週間あげるから、返答よろしく」

「こっ、コレ全部!?」

「それでも少ない方だよ。削る前はその三倍はあった」

「三倍!?」


 康介はあまりの驚愕ぶりに、一瞬、意識を失いそうになった。

 多少は気を使ってくれたみたいだが、それでもキツイものがある。

 そのまま丸呑みしたくはない。


「あ、あのぅ……せめて二週間とか……一ヶ月なんて言ってくれたら、尊敬しちゃうな~なんて」

「私はそれを三日で仕上げたのだよ。その二倍もあげたのだから、できるよね?」

「う、ウン。そうだよネ」


 ――完敗。

 康介は憂鬱な気分で、帰途についた。



◆◇◆


 ――翌日。


「あっ、番長。と、芦屋?」


 昼休みのことだ。

 康介は番長と出くわした。芦屋君も一緒だ。


「ああ。お前か。倉石とか言ったか」

「倉石、何か用か?」

「ヤメろ、芦屋」


 芦屋君は喧嘩腰で、康介を睨みつける。

 この間は震えていたのに、もう持ち直したようだ。そして嫌われたらしい。

 思わず康介は言葉に詰まった。


「あの……」

「ああ。この間は済まなかったな。ハハ、フラレちまったよ。松本の件は俺の誤解らしい」


 康介と芦屋君の確執に申し訳ないと思ったのか、振られたことを恥じてるのか、番長が困ったような顔で照れ笑いした。

 振られた割には晴れやかな顔をしている。

 彼の中で何かが吹っ切れたのだろう。


「そうですか。何だかスッキリした顔してますね」

「ああ。アイツが幸せなら俺はそれでいいさ。……ところで、お前大丈夫か? 顔色がかなり悪いぞ」


 全然大丈夫ではない。

 昨日は徹夜で例の質問集と戦っていた。

 おかげでふらふら、足元がおぼつかない。

 早く帰って爆睡したい。


「俺にもいろいろあるんですよ」


 遠い目で空を見上げ、心なしか涙までホロリと出る康介。


「そ、そうか……深くは聞かないことにする」

「そうしてください。じゃあ俺はこれで……日和?」


 教室に帰ろうとした康介の目に、日和が飛び込んできた。

 一緒にいるのはイケメン松本先輩と、マスコットマドンナ一花嬢である。

 何をしていたのだろうか。


「おーい!」

「おお、康ちゃんではないか!」

「珍しい組み合わせだな。なにかあったのか?」


 康介の知る限り、この間の一件以外で接点はない筈だ。


「いやなに。この間の根回しだよ、康介君」

「根回し? 喧嘩のか? あんなもん黙ってれば問題ないだろ」

「まあ、そうなんだがね。念のために、だよ」

「そっか。手間かけさせちまったな」

「なぁに、キミの邪魔をさせたくないだけさ。早く回答集を持ってきてくれたまえ」

「……お前はそういうヤツだったよな」


 感動しそうになったところで、オチが待っている。

 世の中そんなものだ、と康介は死んだ目を泳がせる。


 ――ふと、康介とイケメン先輩の目線が合う。


「あっ、どうも」

「うん。倉石とかいったっけ。一花のクラスメイトらしいね?」

「あ、はい。松本先輩、ですよね?」

「うん。ハハハ……この間はみっともない場面を見せてしまって、恥ずかしいね」


 番長と同じ照れ笑いでも、こちらには品格がある。

 決して番長が『キモイ』とか『似合わない』とか言っている訳ではない。


 康介の目から見ても、作り込んだ感じはしない。

 イケメン先輩はナチュラルで爽やかな人だった。

 校内の約九割の女子生徒にモテる訳だ。これぞリア充。非モテの敵。


(うらやましい……)


「康介君」

「あっ、ああ。とんでもないです。こちらこそ興味本位でスイマセンでした」


 康介のやましい下心を感じ取ったのか、日和の険しい視線が飛ぶ。

 引きつった笑みを浮かべながら、康介は慌てて頭を下げた。

 そんなやり取りなど露知らず、爽やかマックスのイケメン先輩は、キラースマイルで「気にしてない」と微笑み返す。

 鈍感系主人公を地で行く人だった。


「ほら。一花も」

「う、うん」


 一花嬢の瞳にはまだ恐怖の影が残っていた。


「あ、あの、倉石君。この間は巻き込んでゴメンネ」

「あっ、うん。気にしてないよ」

「そう……良かった……」


 ホッとした様子の一花嬢に、康介も胸を撫で下ろす。

 どうやら多少は受け入れられたようだ。


「むっ、康ちゃん、早く済ませたまえ。置いてくよ」

「えっ? ああ。じゃあ、これで失礼しますね。また教室で」


 日和は何故か機嫌が悪い。

 理由は不明だが、康介は素直に従うことにした。


「ハハハ、仲が良いな、お前ら。あのトリックスターがヤキモチとはな」


 番長がにやりと日和を挑発する。

 先日の意趣返しのようなものだ。

 焦った顔の日和がどもりながら、康介の手を引いてきた。


「そ、そんなんじゃないさ。ほ、ほら、康介君。帰ろうじゃないか」

「じゃあ、失礼します」

「ほら、行くよ」


 大股で歩いていく日和に、並ぶように付いていく康介。


 ――そこで異変が起こる。


 空気がガラリと変わった。

 やがて風景から色が抜け落ち始める。

 時間が停止したかのようなモノクロームの世界。


「なんだこれは?」


 不可解な光景に、康介が立ち止まる。日和も止まった。

 康介の頭に最大級で警報が鳴っているが、この状況が何を意味するのか結論が出ない。

 だが明らかに魔法のような現象だ。空間が揺れ始める。

 先程いた辺りから、光が迫ってきている気が……。



「コーちゃん!!」



 日和の悲鳴を最後に――



(まさか!!)



 光が弾けた。


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