第三話 「異端の片鱗」
どういう図だろうか。
学校一のイケメンサッカー部先輩と我が校の非公認番長が睨み合い、
その傍で同じクラスのマスコットマドンナがおろおろしている。
学校の四大名物のうちの三人が、この場に勢揃いしていた。
ちなみに残りの名物は今、康介の隣で息切れしている。
(なんだ、この状況は)
更に言えば、番長は子分を引き連れていた。十人はいるだろうか。結構な大所帯である。
その内の一人にも見覚えがある。高校デビューを果たしたヤンキー初心者。その男も康介のクラスメイトだ。
中学時代は野球部だったので、康介も良く憶えている。
悪ぶりたがるお年頃~。そんなフレーズが浮かんできた。
「はあっ、はあっ、どうやら痴話喧嘩のようだね。しかし後ろの集団はいただけないな」
それには康介も同感だ。
この状況は、どう見てもカップルにいちゃもんつけてるKYの構図だ。
「しかし、キミはそんなに体力あったっけ? どう見ても帰宅部の星だったんだが」
「最近、そっち方面でもトレーニングしてたからな」
ここ一ヶ月で、康介の肉体は変化していた。今も走ったのに、息切れ一つなく平然としている。
これも帰ってきてからトレーニングを続けた成果だ。それでも冒険者時代の体力には遠く及ばない。
「テメェが他の女に手ぇ出したことはわかってんだよ!」
「それは君が一方的に決めたことじゃないか! 彼女は違う!」
「あぁん? 次期サッカー界の大エース様は、何をやっても許されるってか!」
「だから誤解だって言ってるだろうが! お前には関係ないだろう!」
「お、お願い……もうやめて……もういいから……」
康介達は気配を消して見学していた。
どうやら女を取り合っての、この状況らしい。
校舎の角からこっそり覗き見るに、既にかなりの修羅場と化しているようだ。
あの笑顔の眩しかったマスコットマドンナが、今では見る影もない。
「おお……くわばら、くわばら……」
取り敢えずは近付かない。
「ふむ。これはアレだね。
あのザ・イケメン(性格クズ)が、キミのクラスのマスコットマドンナ(実はビッチ)に横恋慕した。
そしてビッチはイケメンに乗り換える。
しかして彼女を狙っていたハンターがもう一人いた。
修羅に生きる格闘戦士、ザ・バンチョー。俺もと参戦を決意する。
しかし圧倒的イケメン力に打ちのめされて、彼女を密かに慕っていた硬派なステキ番長は、涙を飲んで静かに身を引いた。
それから数年後、
男としての自信をつけたニューバンチョーが決戦を望むも、イケメンは新たな力を手にしていた。
ビッチは二股かけたいが、そこでイケメンガードが発動!
溢れかえる女を前にバンチョーは弾き出され、多勢に無勢と、彼は成り上がることを決意する。
そして更に数年後。
バンチョーは王となって戻ってきた。
幻想世界から召喚した舎弟共を引き連れて、今度こそはと再戦に馳せ参じる。
だがイケメンは死なずに、他の女にうつつを抜かし始めていた。
それに怒った鬼番長が、イケメンクズ男に殴り込みをかける。
しかし、それでもイケメンやり男が好きな甘チョロマドンナ嬢が、身を挺して彼を庇った、と。
纏めるとこんな感じかね」
喋り終えた日和が一息つき、満足気に言葉を締めた。
ひと仕事終えた職人の顔で、彼女は額の汗を拭っている。滴る汗が艶かしい。
「お前、この一瞬で良くそこまで創作できるな」
「私は三角関係にはシビアに、本音で当たりたいと思ってるからね」
康介は呆れよりも、むしろ感心していた。
流石はファンタジー研究会の部長だ。想像力豊かに突き進む。
頭の回転が速いのは相変わらずだった。ただ、その方向性が間違ってはいるのだが。
「本音、ね。さりげなく毒を吐いてるんだけど、ビッチとか性格クズってお前の主観だろ? っていうか、数年後っていつの話だよ!」
「そんなことはないさ。私独自のリサーチでは、ああいう手合いは皆そういうクズやビッチと相場が決まっている。そして決まって彼らは昔からの知り合いなんだ。因縁の関係だね」
「そのリサーチってのも、どうせマンガやアニメだろう? リアルと比較すんのはどうかと思うけどな」
「むぅ、キミは強情だね」
「お前の暴走を食い止めてるんだ」
イケメン先輩の相手は時代遅れの番長で悪名轟く、これまた某先輩で、未だに退学にならないのが不思議なくらいの素行の悪さと噂の人物だ。
舎弟も、どこから連れてきたんだと思わんばかりのコワモテが、一斉コレクションされていた。
「それにしても、絶滅危惧種がこんなにも生き残っていたとは。モヒカンにリーゼント、スキンヘッドにアフロまで。選り取りみどりだね。ヤンキー選挙でもやるつもりかな」
「そうだな。銀幕の世界から湧き出たようなくどさが滲み出てるな」
康介達が勝手な感想を言い合っていると、
やがて事態がちょっとだけ変化する。
「お前らは帰れ。これは俺の個人的な問題だ」
「そんなツレないこと言わないでくれっす! 俺ら、兄貴命なんすよ!」
「そうっすよ! アニキのためならコイツらボコってもいいっすよ!」
「そうっす! 兄貴が苦しんでいるなんて、コイツら死刑ものっすよ!」
「……気持ち悪いこと言うな。それと女には絶対に手を出すな。ん……?」
カリスマ番長様の崇拝指数がうなぎのぼりに上昇していく最中、
番長があることに気付いた。
「おい、そこで覗き見してるヤツ! 出てこい!」
他人の恋愛トラブルを楽しんでいた傍観者二名に、ついにスポットが当たってしまう。
慌てて康介は日和に詰め寄った。
「おい、バレたみたいだぞ。どうすんだ?」
「ふむ。相談している暇はないようだね」
時既に遅し。
頭上を覆う影に康介がそっと見上げると、
しゃがみこむ二人を見下ろすように、舎弟達が取り囲んでいた。
その内の知り合い――初心者ヤンキー芦屋君が凄んできた。
「オメェ、倉石じゃねぇか。おいおい、"トリックスター"までご一緒か」
「トリックスター? なんだそれ?」
「私のことだよ、康介君。一部ではそう呼ばれてるみたいなんだ。まったく私が何をしたと言うんだね。些細な悪戯じゃないか」
「何をしたかは聞かないヨ」
暢気に乳繰り合う二人を見て、
「まさかチクったりしねぇよなぁ、あぁ、倉石ぃ」
芦屋君がズボンのポッケに手を入れて、メンチを切って睨んでくる。
あどけなさが残る丸顔で、凄んできても怖くはない。
「プッ」
康介の口から思わず笑いが溢れ出た。
芦屋君の不快指数が更に上昇する。
「ちょっと、キミが煽ってどうするんだい?」
「いや、スマン。だけど、昔を想い出すと……」
「わ、笑うんじゃねぇ!」
予想してたのと違う展開に、芦屋君が狼狽える。心なしか彼の頬が赤い。
芦屋君の後ろから、大ボスが登場した。
「芦屋、どいてろ」
「あっ、兄貴。うす」
「おおう、テメェらか、面白がって俺らを物見遊山たぁ、いい趣味してんなぁ!」
脳筋かと思ったら、意外と知性はあるらしい。
康介と日和が感心していると、彼は更に一歩踏み出した。
「で、この落とし前をどうつける気だ。あぁん?」
流石に番長は格が違う。
ヤクザもビビって道を譲る。かもしれない。
でも見ていただけで落とし前はない。
「いや。すぐ帰るよ。なっ、日和」
「う、うむ。お邪魔のようだからね。潔く撤収する」
「んなこと言ってんじゃねぇんだよ!」
やはり理知的交渉は彼らには無理なようだ。
荒事に慣れた康介とは裏腹に、日和は内心かなり焦っていた。
まさかこんなことになるなんて、と今更ながらに反省する。
二人がどうしたものか、と迷っていると、
「ちょっと、関係ない人に……」
「オメェは黙ってろ、松本ぉ!」
律儀な乱入者が介入してきた。
松本というのは某イケメン先輩のことである。
意外と良い人らしい。
「テメェはすっこんでろ!」
「松本君!」
胸を押されて倒れ込んだイケメン松本先輩の下に、マスコットマドンナ小林一花嬢が駆け寄る。
それを見て、番長こと熊恋狂四郎がイラつきを増す。
その矛先は……。
「チッ。おい、お前ら、囲め!」
「うす!」「兄貴を怒らせたな!」「ぼっこボコ!」
当然、康介に向けられる。
「女には手出すな。ヤルのはこの男だけでいい!」
熊恋番長はフェミニストのようだ。
日和は難を逃れたようだった。それは助かるのだが。
(うん。全部の鬱憤が俺にくるのね。わかります)
解りやすくていい。が、納得いかない。
そもそもこの場に康介がいる元々の原因は日和を追って来たからであって、
イケメンなのはそこのリア充であって、
元々悪いのはこの不良集団であって、
(そうか。悪いのはコイツらだったな。だったらやることは一つだ)
「はぁ、わかったよ。とっとと来な」
「ちょっと康ちゃん!」
日和が制止するが、それ以外では収まりようがない。
こういう奴らは力が全てだ。
なら軽くあしらってやればいい。
康介は覚悟を決めた。
「ナメてんのか、倉石ぃ!」
だけど、芦屋君だけは凄まないで欲しい。
シリアスが台無しだ。
「ぅぷっ。コホンッ。さあ、やろうか」
「だめだって、康ちゃ――」
心配する日和を視線で制する。
彼女にしてみれば、頼りない康介が喧嘩で勝てるとは微塵も思っていないのだろう。
むしろ、ボコボコにされる未来が見えている筈だ。
康介は泣きそうな顔の日和に向かって、
「まあ、見てろって」
安心させるように、余裕の笑顔を投げかけた。
しかし本当に色とりどりの不良模様だ。
拳を掌に打ち付けて威嚇するパンチパーマもいれば、
肩に担いだ鉄棒をトントンとアピールする、サングラス着用のスキンヘッドまでいる。
随分手馴れた様相だった。
不良シリーズものでも研究しているのだろうか。
どこぞの演劇団と言われても違和感がない。
「倉石ぃ、上等だぁ!」
だから、芦屋君は引っ込んでいて欲しい。
取り敢えず彼はスルーすることにして、康介は周囲に五感を集中させる。
「おらぁ!」
最初はボクシングスタイルのテレフォンパンチ。
当然躱して、腹にカウンターを入れる。
「グハぁ」
まずは一人。
急所は避けたし、手加減もしているので大丈夫だろう。
「鈴木ぃ!」
彼は鈴木というらしい。
良くある苗字だが、今後彼に関わることはないだろう。
なので、次に行く。
「ほいっ」
康介の蹴りが男の顎を捉える。
鉄製のチェーンなどという危険極まりないブツを持っていたので、彼を選んだ。
崩れ落ちるモヒカン男。
「田中ぁ!」
今度は田中さんらしい。
これまた随分ありきたりな苗字のヤンキーだった。
人材不足だろうか。鬼塚とか不良っぽくてカッコイイ。
「おいっ、挟み込むぞ!」
「おう!」
やっと頭を使う不良がやってきた。
単体では敵わないと気付いたのだろう。
それでも足りないのだが。
「ハイ、終了」
後ろのバット男を屈んで過ごし、背中を押して前の木刀男と相討ちさせる。
流石にナイフとか刃物類は持ち歩いていないようだ。
一線は超えていない連中のようで、康介も安心した。
次いで、布に石を包んだ武器で攻撃してくる男を躱して、ついでに男の手を軽い拳打で打ち払い、
その石布の勢いをそっくりそのまま男へと返す。
「ひでぶっ」
マヌケな声を上げて、男は自滅した。
たぶん、ガラスを割ったのはコイツだったのだろう。
石布は、彼のお気に入りの武器だったのだろうか。
どうでもいいので先に進む。
今度は三方向からの囲み討ちだ。
何事にも予兆というものがある。
それは攻撃の気配だったり、周囲の反応だったり、殺気のような気迫だったりと。
素人にはそれを隠せない。
「ほいっ」
目の前の男が気を引いて、残り二人が不意討ちで決めようとしたのだろうが、
無駄な足掻きである。
三人を倒してその流れのまま、呆然と立ち尽くすもう一人を昏倒させた。
「ふうっ」
今までに倒した数――。
田中さんが二名、鈴木さんが一名、高橋さんが三名、佐藤さんが二名、鴉丸さんが一名の計九名だ。
同じ苗字は兄弟だったのだろうか。
一人、「兄貴ぃ! すいやせん、兄貴! 兄貴がやられちまいやした!」などと番長に意味の解らない言い訳をしていたアホもいたが。
よほどパニクッていたのだろう。
レアな鴉丸さんはモブだった。俗に言うやられ役。
もう一人のレア種芦屋君は、番長の前でブルっていた。
喧嘩慣れしていないのだろう。
「お前はいい。俺が行く」
ついに大ボス番長の登場だ。
彼が落ちていたモブ武器――鉄棒を拾い上げる。
康介に言った。
「大したもんだな、お前。こんな強いヤツが今まで隠れていたとはな。平凡そうな顔してヤルじゃねぇか」
ニヤリ、と番長が不敵な笑みを浮かべる。
勝てる、という笑みではなく、負けると解っていても喧嘩が好きだから楽しい、といった顔付きだ。
「芦屋はもういいだろ。俺で最後だ」
「ああ、いいよ。元々、余計な喧嘩は好まない」
「ふっ、感謝するぜ。コイツを使っても文句はねぇよな。お前、それでも余裕綽々だろ?」
「う~ん……どうかな?」
「まあいい。行くぞ!」
番長の渾身の一撃。
物凄い……ことは全然ない鉄の棒を、康介は指一本で受け止める。
「なっ!?」
蚊ほどにも重さを感じない。
龍や悪魔に比べれば弱すぎる。
「弱すぎ(ボソッ)」
更にデコピン一発で鉄の棒がへし折れる。
散歩でもするような康介の暢気な表情に、番長が得体の知れないモノを感じて後ずさる。
「な、なんだ、テメェ……」
番長が手元を確認して唖然とする。
人間の出せる現界を超えた所業だ。
「コイツ、やべぇなんてモンじゃねぇぞ!」
「おい! どういうことだ、聞いてねぇぞ芦原!!」
転がっていたモブ二名が復活していた。
先程までは好戦的だった顔が、今は恐怖に満ちている。
「そんな筈は……おい倉石! テメェ、どんなトリック使いやがった!!」
改めて言うが、芦原君は康介のクラスメイトである。
そして元野球部の坊主頭。
彼が登場すると締まらない。
「トリック? そんなんじゃなくて魔法なんだけどな。いや、龍気法か。いや待て、天声術だっけ? ……はて?」
「なにゴチャゴチャ言ってやがる!」
「いや、無意識に多重展開しちゃって整理つかなくってさ。俺流ってことでいいかな」
「だから何を言って――」
「まあとりあえず」
ドガン
と、地面に巨大な穴が空く。
口を開け、恐怖を浮かべる一堂。
番長ですら口をポカンと固まってしまい、芦屋君は腰を抜かして転がり込んでいた。
「スゲェ……」
奥で座って見ていたイケメン先輩が呟く。
隣の一花嬢は口に手を当て、化け物を見るかのような視線を向けていた。
すっかり忘れていたが、彼らもいたのだ。
(まっ、そうだよな。この平和な世界には不釣合いな化け物だ)
その中にあって只一人、康介を恐れていない者がいた。
彼女は胸を張り、我がことのように告げた。
「キミ達、もういいだろう。今日はお開きにしようじゃないか」
日和の言葉に、全員が揃って頷いた。
康介が日和の顔をチラチラと伺っている。
「なんだね、鬱陶しい」
「いやっ、何でも!!」
(おかしい……アレを見てた筈なのに、何も触れない……)
一番反応を示すと思っていた幼馴染殿が沈黙状態。
違和感、というより不気味さが拭えない。
「ハァ、災難だったな。もう帰ろうぜ」
「……うん。そうだね」
仕方ないので、康介も彼女に倣うことにした。
普通に並んで自宅へと帰っていく。
この時――
日和の瞳が怪しく光っていたことに、康介は気付かなかった。




