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天寿の果てに、世界は戻りて  作者: 七草 折紙
序章 「異界の空にて、白は輝く」
2/10

第二話 「日常への回帰」

2013/8/18、一部修正しました。

 九月が始まり、まだ日照りが燦々(さんさん)と続いている。

 夏休みが終わっても、暑さはそう変わらないようだ。


 空は快晴。

 あれほど夢見ていた故郷の青空が、今ではすぐ近くにある。


「スーハー、スーハー」


 息を荒く、深呼吸をする。

 久しぶりの空気をたっぷり堪能していた。

 傍から見れば、怪しい男だ。


「日本の夏は暑いのう」


 そわそわと、高揚した気持ちを誤魔化すように、独り言を呟き始める。

 遠く離れていたせいか、なんだか落ち着かない。

 求めていた筈なのに、いざ現実となるとまるで実感がない。

 地に足がついていない不自然さに、康介は戸惑いを隠せなかった。


 身体は十代、でも中身は老成した元冒険者。

 まるで昔の映画の中にでも飛び込んでしまったかのような、タイムスリップでもしてしまったかのような、そんな時代錯誤感が否めない。


 それでも……


「おっはよー!」

「ああ、おはよ」


 戻って来たんだ。


 日常のたわいない挨拶。それが妙に心地良い。

 高校生活の再スタートを、康介はしみじみと実感していた。


「あ~あ、もう学校が始まっちゃうよ~。あと一年は休みにして欲しいよね。暑いし眠いし、ふぁ~あ……冷房の効いた部屋で音楽聞きながら寝たいよ~」

「…………いい」

「康ちゃん?」

「あっ、いや、可愛いとかじゃなくてのう、あっ、そうだ、そうだな~なんて、ハハハ」

「"じゃ"? "のう"?」

「う、うむ。じ、時代劇にハマってのう。浸りたい気分なんじゃ」

「ならワシも爺さんに付き合うとするかのう。オーフォッフォッフォ!」


 康介に陽気に声を掛けてきたのは、同級生の片瀬日和(ひより)だ。

 康介が肩を叩かれるのも、彼女恒例の不意討ちである。

 二人はいわゆる幼馴染の関係だった。


 両親同士は古くからの大親友だったらしいが、片親ずつ亡くしている。

 康介の父親は病死だが、日和の母は殺傷事件に巻き込まれて亡くなった。

 偶然にもそれらは同時期に起こっていた。


 家が隣同士の二人は、自然と同居のような形で暮らすことになった。

 幼少期は兄妹のように遊んだものだ。


 ちなみに、日和の父親と康介の母親。二人はそういう関係ではない。

 二人共思うところはあったようだが再婚はしておらず、日和の父親は仕事の関係で海外へと転勤中だ。仲睦まじげな子供二人のもしもを考えて、障害になりたくなかったのかもしれない。

 だが日和は今、学校の寮に住んでいる。

 引越しの際、彼女も一緒にと誘われたそうだが、残ることにこだわったそうな。

 理由は彼女しか知らない。


「最後に康ちゃんと会ったのは一週間前か~。この一週間なにやってたんだね、キミィ?」

「……えっと、その、あ~……いろいろ、じゃ……だな」


 流石にそこまで憶えていないので、康介は適当にはぐらかす。


「ふ~ん、どうせエッチなことでも考えてたんでしょ? 青少年よ、不健全だぞ」

「ハ、ハハハ……」


(これがジェネレーションギャップか。身体は十代でも心は老人とは……違和感が半端ないのう……)


 康介にとっては六十四年ぶりだが、日和にとってはほんの一週間。

 彼女が元気なのは相変わらずだった。

 こちらの時間で一日も経っていないので、当然と言えば当然なのだが。

 想い人の無邪気な笑顔に、康介も怪しい笑みが止まらない。


「康介大尉、その犯罪者のような顔はヤメたまえ。キミはホントに何をやってたんだね?」

「いや、だからその……いろいろだよ」

「ふむ。いろいろエッチなことをしてた、と」

「いやだから……」


 思春期真っ只中の会話に、老廃した康介の思考が追いつかない。

 言葉が続かない康介に、日和が訝しげな目を向けた。


「なんだなんだ、若者よ。ノリが悪いな。元気がないぞ!」

「いや若者って」

「にゃはは、たった一日で年寄り臭くなった気がするぞ、チミィ」


 ギクリ。

 勘のするどい幼馴染殿に、康介は思わず敬礼してしまいそうになる。


「ん? ん? キミ、何か隠してないかい?」

「そ、そんなことナイヨ!」


(何故解るんじゃ!!)


 何かに気付いたのか。

 徐々に追求してくる日和に、康介は戦慄を禁じえない。


「ふ~ん、もしやイケナイことでもしちゃったのかな?」

「はっ? いけないこと?」


 康介は彼女の言っている意味が解らなかった。

 だがこの悪寒は何なのだ。


「夏と言えば男女の冒険の季節だもんね~」

「まさか! 濡れ衣じゃ!」


(冒険違いじゃ!!)


 血生臭い冒険の数々ならば認める。が、色っぽい話などありはしない。

 なのに、ありえない。


 馴染み深い、だがこの世界では決して馴染み深くはない筈の"殺気"という名の気迫が、何故か彼女から漂ってくる。

 経験を積んだ康介なら話は解る。しかし平和な世界に生きている筈の彼女がこの殺気。何故だ?

 康介は底知れない恐怖に身震いしていた。背脂が怒涛の勢いで流れていく。


「冒険なんてして……そんな冒険はしてないぞ! 本当じゃ!!」


 康介の隠し事を全て見透かすかのような、日和のドギツイ視線。

 ここで目を逸らしたら康介の負けだ。


「うん! 白みたいだね! なんか違和感あるけど……うん。けっこう、けっこう! にゃははは!」

「……解ってもらえたようで何よりだ」


 康介にとっては六十四年ぶりの、日和にとってはほんの一週間ぶりの会話が、微妙な均衡の上で成立していた。




 やがて二人は学校に到着する。

 途中から人数(ひとかず)も多くなっていき、康介は懐かしい友人達とも挨拶を交わしていた。


(当たり前じゃが、友達も学校も変わらないのう。そのままじゃ)


 帰ってきたんだ、と康介はしみじみ思いに耽る。


「どうしたの、康ちゃん?」


 日和が横から声を掛けてきた。


「いや、学校が始まったんだな~って思ってさ」

「そうだよね~。ワタシはテストより、この休み明け最初の日が一番イヤだよ。嫌んなっちゃう。もっと遊んでたいよ~」

「ハハハ、ほら行こうぜ」


(いかんいかん、挙動不審すぎるぞ、儂)


 見るもの一つ一つに目が止まってしまう。

 何もかもが懐かしく、愛おしく感じてしまうのだ。



◆◇◆


 学校は滞りなく終わった。

 いつもなら授業中は昼寝に徹する康介だったが、久しぶりということもあって、至極真面目に話を聞いていた。

 先生の、信じられないものを見たかのような目が印象的で、いかに前の自分がサボリ魔だったかを思い知らされた。


(先生よ、どうしようもない生徒で申し訳ない。今後は心を入れ替えるので、よしなにのう)


 初日は何事もなく終了した。

 学校が終われば帰るのみだ。

 友人は部活で忙しいし、日和も謎の部活に精を出している。


「さて、と。行く場所は決めておる」


 康介は一人で校門を出て行った。

 しかしその向かう先は自宅ではない。

 学校連中が良くたむろする、近くの繁華街だ。


「ほう、こんなのも出てたんじゃな」


 お菓子を手に取り、無造作にカゴの中へと投げ入れる。

 コンビニの製品を一つ一つ丁寧に確認していく。


「うむ、これも旨そうである。これは新商品か? おお! これは懐かしい!」


 見るもの全てが新鮮で楽しいのだ。我慢という言葉は浮かびもしない。

 アレもコレも欲しくなり、次から次へと放り込んでいく。

 散財バンザイ、とでも言わんばかりだ。

 おかげでお会計は物凄いことになっていた。注目を集めていたのは痛い誤算だ。


「次は電気屋かのう」


 服屋に本屋にレコード店、雑貨屋にコンビニ、普段行かない八百屋まで。

 あらゆるジャンルに顔を出しては購入していく。

 懐かしさもあるが、異世界へと飛ばされた前例がある。

 いつ何時どんな目に遭っても困らないように、買うべき時に買っておく。

 必要あるなしは問題ではない。


「しかし金塊一つでこんな大金が手に入るとは……恐ろしい世の中じゃ」


 高校生のおこづかいでは足りないので、費用は殆ど自己負担である。

 一般家庭の学生の身分で、どこにそんな金があったのか。

 バイトでもしなきゃダメか、と本気でそう考えた時、思い出したのが"魔法倉庫"だ。


 最初、向こうの魔法が発動しなかったので諦めかけたが、そこで康介は思い立った。

 ――こちら流の魔法ならば使えるのではないか。

 幸いにも、そのノウハウは持っていた。


 後はサクサク進んでいった。

 創った魔法に元の情報を入力して引き継ぎ完了、そのまま遺した私物にご対面。

 金や銀、はたまたこの世界には存在しない伝説の金属など。鉱石類は山ほどあった。

 全てを世に出したら経済破壊になるんじゃないだろうか。それでも少しくらいなら大丈夫だろうと思った。


 問題はインゴット一つ売るにしても、未成年だと身分証明に加えて保護者の壁があることだ。

 親に協力してもらえば一件落着なのだが、何故金塊を持っているのか説明のしようがないし、あることないこと追及される恐れがある。

 親というものは想像力が豊かなもので、ヤバい連中と付き合いがあると思われる可能性も否定できない。

 そうなったら、無駄に話が膨らんでいくことだろう。


 更には税金やら確定申告やら、何重にも壁が待ち構えていたので、いっそ丸投げしちゃえ、と理解のある叔父さんに頼んでみた。

 現金なもので手数料はキッチリ取られたが、あっさり札束に換金された。金塊は相場が上がったら売りに出すそうだ。

 おかげで結構な額になった。


「ふむふむ。これは新型の冷蔵庫っと。買いじゃな。店員よ、これを購入したい」

「はっ? は、はい。お待ちください」


 ちなみに計画性はゼロである。

 買った品々は相当数に及び、倉庫内で待機となった。


「ん……? なんか見られておるな。どこかおかしいかのう?」


 高校生が豪勢に大人買い。大いに目立っていた。

 どこの御曹司だ、あんなに買ってどうやって持ち帰るんだ、送品すればいいのに、など。

 隠れて魔法倉庫に入れているつもりが、逆に注目を浴びるハメになっていた。

 まだこちらでの常識が戻ってない康介には、解るはずもないことだった。


「酒に車は……高校生では無理じゃな。早く大人に戻りたいのう」


 視線など関係ない。

 普通にマイペースな康介であった。



◆◇◆


 現代社会に復帰してから早一ヶ月。

 康介はすっかり馴染んでいた。

 クラスのマスコットマドンナがアイドルとして水着デビューして悶々としたり、サッカー部で有名な学校一のイケメン先輩がプロのスカウトを受けてたのを見て嫉妬したり、おバカな自分がテストで満点を取ってカンニング疑惑をかけられたので憤慨したり。

 母親の料理の手伝いをして吃驚されたり、妹に付き合わされてお買い物デートしたり、幼馴染殿の尋問を延々と受け続けたり、と。

 緩やかだが濃い日常を過ごしていた。


 今ではすっかり十六歳らしさを取り戻している。

 記憶の欠如による若干の齟齬があったりはしたものの、日常生活の勘は取り戻した。

 老成した自分の思考でどれだけ周りについていけるのだろうか、と不安があったりはしたものの、取り越し苦労だった。

 肉体に精神が引きずられたのだろう。


 今では本当にあの冒険の日々が夢だったのではないか。

 そんな風に思ってしまう自分がいた。


「あ~あ~、おれ、オレ、俺。俺はナウでヤングな若人だ。だ、だ、だ。ふむ、完璧だな」


 誰も使わないような隅のトイレで、鏡に向かって発声練習をする。

 休み明けの始めの頃は、何をしてても気にも留めなかった。なので、自分がいかに変人だったかなどと、知りようもなかった。

 実際、かなりの奇行を繰り返していたらしい。


 それも最初だけ、だ。

 明らかに様子がおかしい康介に、友人が見兼ねたのか親切にも教えてくれた。ついに変態に目覚めたのか、と。

 以来の、この秘密のリハビリだ。人に見られるのも恥ずかしいので、場所はいつもこの校舎端のトイレにしている。

 当時の自分を、今では思い返しては悶え苦しむ。

 慣れた、が完璧ではない。若い自分を保つためにも、こうしたトレーニング(?)は重要だ。


「あれ、日和? アイツ何してるんだ? おーい!」

「おお、マイベストパートナー康ちゃんではないか!」


 恒例のリハビリからの帰り道。

 これまた人気のない階段裏で、怪しい動きをしている不審者がいた。


「ああ、その康介だ。で、お前は何をしてるんだ?」

「ふむ。待っていたのだよ」

「……俺を、じゃないよな。聞かない方が良さそうだな」

「いや、聞いてくれて一向に構わない。実はそろそろ勇者召喚の季節ではないかと思ってね」


 日和は重度のファンタジーオタクだ。

 日々、怪しい言動を繰り返しては注目を集めている。美人だが、とっつきにくい変人王として勇名を馳せている。


 彼女は謎のサークル――ファンタジー研究会の部長でもある。

 そのような怪しいサークルの設立を何故先生が認めたのかというと、一口に日和が優秀だからであった。

 成績は全てを物語る、ということだろう。

 学校側も現金なものだ。


「なんだその根拠のない仮説は。で、何でこんな暗い場所なんだよ?」

「チッチッチッ。人気のない場所というのが乙なものなのだよ。勇者とは人知れず旅立つもの。孤高な生き物なのさ」


 妄想を、自信満々で語る女子高生。

 頭のおかしい幼馴染殿に、康介は二の句が継げなくなる。

 何故こんなキチガイに惚れていたのか。自分でも理由が解らない。それでも熱が冷めることはないのだが。


 しかしソレとコレは別モノだ。感化されては絶対ならない。現に洗脳されたおかしな信者が存在するのも、また事実であった。

 自分の頭もトチ狂う前に、と彼は颯爽と去ることを決意する。


「じゃ、じゃあ、俺はもう行くな」

「うむ。我が相棒よ、私が居なくなっても達者でな」

「ああ。お前も元気でな」


 異世界経験のある康介に言わせると、あんなものは確率の問題でしかない。それも一%以下の最悪の確率だ。

 避けられない突発的な事故のようなものである。望んで遭遇するものではない。

 それを自ら望んでいる日和を見て、康介はそっと溜息をつく。


 なるようにしかならない。


 ――その時はそう思っていた。

 瞬間、



 ガシャァアアアアアアアン



「――――っ!!」



 突如鋭い音が弾けた。


「これは召喚の合図かっ!?」

「ガラスが割れてボールが落ちた、と」


 見当外れの日和の反応に、康介が冷静にツッコミを入れる。

 ガラスが割れてポトリとボールが落ちてきただけだ。


 それだけだ。


「ん……?」


 汚れたボールもどきを拾い上げるが、


「これボールじゃないぞ。白い布で包まれた石っころだ」

「そういえば、この先から争うような声が聞こえてくるね」

「ということは……」


 互いに顔を見合わせる。

 恐らくこの先で……。


「これはもしや魔界の追っ手か!」

「うぇ?」


 康介は、訳も解らず立ち尽くす。

 好奇心に引き寄せられて走り去る馬鹿一名に、唖然としたのは一瞬のこと。


「…………っ!? あっ、おい! 待て、日和! お前、何しに行くってんだ!!」


 慌てて康介も追いかけるのだった。

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