終章
終 章
約束の時が来た。外の世界の政府が、『月』を壊しにやってくる。自分ができなかったことを、きっと成し遂げて見せるのだろう。武器も人の数も、質も余裕があって、幹部に反撃の隙も与えない。
荷物は整えた。といっても、自分が女々しく持ち帰りたいと感じたのは今までの研究記録と、そこにごろんと寝っ転がっている兄だけだ。
ここまで連れてくるのは大変だった。エイナル達と別れてからいったんあの屋敷へ行き、死屍累々としていた中を踏みしめてこのバカを引っ張り込んできた。
あれから幹部にそうとう手ひどくやられたらしい。身体的なのはもちろん、精神的にも。幹部は、教祖すら『月』を支える道具でしかないらしい。『月』をここまで破壊し、先代教祖の娘である少女の洗脳にも失敗し、外の世界に信徒を送り込んでエイナルとその従者二人を処分することもできず、できない尽くし失敗尽くしの無能。たとえ教祖という身分があっても、『月』にあだなす人間は敵と認識されるらしい。ざまあみろ。
あれだけ嫌っていた男でも、兄であることに変わりなく。身から出た錆で死ねばいいと吐き捨てて、このまま一生分かり合うことはないだろうと決別していたつもりだったのだが。
わずかに残っていた武器を惜しみなく使って、この兄を粛清せんとする幹部を全員叩き潰し、引っ張り出してきた。自分を迎えにきた使者には、人間という荷物だと言えば預かってもらえるだろう。
武器を全部使いきって、片足と片腕を潰されてまで、どうしてこの兄にこだわったんだろう。
ただ、このまま置いてけぼりをくらわしてもよかったのだが、それだときまりが悪く感じられて、理性でなく心の底にある衝動が自分を突き動かしたんだ。
体が勝手に動いたといってもいい。
こいつが目を覚ましたら、どうして、と第一声を放つだろう。知るものか。こっちが教えてもらいたいくらいなのに。
ドアをノックする音がした。迎えに来たのは、リオンだった。
「迎えに来た」
「そのようだわな」
今のリオンは、諜報として淡色の衣装で身を隠していた時と違って、色がはっきりと染められている装束で身を包んでいた。
「そこの人は?」
「荷物だ。ただ生きてるだけで」
「なるほど」
研究記録をまとめた鞄をリオンに預け、人間と言う名の荷物を小脇に抱える。重い。いっそ投げ捨ててしまおうかと思った。
「まさか徒歩じゃないよな?」
「あっちに自動車を待たせている」
「心底助かる。重たくてたまらないんだ、この手間のかかる荷物は」
「うん。では、案内します」
リオンについていく。ちらっと、長年世話になった借家を振り返る。
そして、すぐに前に向き直って歩く。
行先は、ひとまずはエイナルの屋敷にするか。
こいつのことを、姪っ子になんて説明しようか。いや、まず自分もこの兄と同じ叔父という立場なのだから、ちょっとどうしよう。
まあ、高級車の中で外の風景がだんだんと変わりゆくさまを眺めながら、じっくり考えるとしよう。
了
『月とお人形』もこれにて完結です。長い間、おつきあいくださりありがとうございました!




