予想外の報告会
帰宅後、部屋で宿題をしていると、俺はお母さんに呼び出された。
居間に向かうと、姉さんが正座し、お茶を飲んでいた。
「あ、英治も呼ばれたの?」
「縷々も、か......」
俺は姉さんの隣に座る。
すると、お母さんが俺の分のお茶を持ってきて、テーブルに置いた。
「ごめんね二人とも。私、どーしても気になっちゃってさ」
「気になるって?」
「二人が、普段どんなことしたり、どういうことをお話したりしてるのかなーって......。だから、ちょっとお話を聞きたいなー......。なんて......」
お母さんの言葉を聞き、俺はあのルールを思い出した。
二.交際中は、月に一回、両親に進捗を報告する。
月に一回。
その言葉のせいで、家族に紹介してから一ヶ月後だと思い込んでいた。
初回がいつ、とは決められていない。
「ど、どうしよう姉さん......」
俺は耳元で、姉さんに助けを求める。
「この前も仰った通り、英治とお付き合いするには早すぎると思っているので、図書館でお勉強を教えたり、公園で最近の状況をお話したり、彼女というよりは、保護者のような立ち場で行動することが多いです」
だが、姉さんはペラペラと存在しない出来事を話していく。
「あらーそうなの。最初にお話した時も思ったけど、しっかりしてるのねぇ」
「ありがとうございます」
「実は、英治にはお姉ちゃんが居たんだけど、ちょっと反抗期が強烈すぎてね......。なかなか英治に構ってあげられる子も居なかったし、縷々ちゃんが居てありがたいわぁ」
「ははは、お母さんも大変だったんですね......」
自分のことを話されても、表情を崩さず、笑って誤魔化す。
「縷々ちゃん、お勉強も教えて、しっかりしてて......。まるで、英治に新しいお姉ちゃんが出来たみたいね......」
母さんのその言葉で、姉さんの体がピクッと震える。
コッソリ、姉さんの顔を見ると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、憎しみを感じるような、恐ろしい表情をしていた。
「あ......。ごめんなさ......。へくしゅ......!」
姉さんも表情に出てしまったことに気が付いたのか、くしゃみをして誤魔化した。
「あら、大丈夫?」
「大丈夫です......」
母さんがティッシュを数枚、姉さんに渡す。
姉さんは鼻を拭き、ティッシュを丸めた。
「縷々ちゃん。年が離れて大変かもしれないけど、英治のことをよろしくね? 英治。こんなにいい子と出会えたんだから、わがまま言っちゃダメよ?」
「わ、分かってるよ......」
「ふふ。これなら、今のところは心配する必要は無さそうね。英治、宿題の途中で呼び出しちゃってごめんね? 縷々ちゃんも、用事があったと思うのに......」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ」
「それじゃ、お話は終わりよ。二人とも、ありがとうね」
母さんはそう言い、居間から出ていった。
俺と姉さんは立ち上がり、一旦俺の部屋へと向かった。
部屋に戻り、襖を閉める。
その瞬間、姉さんの笑顔は崩れ、近くの柱に拳を叩きつけた。
「わっ......!」
「ちょっと反抗期が強烈すぎて......? 誰のせいで......!」
姉さんが再び、柱に拳を叩きつけようとした。
俺はすかさず、姉さんの腕を掴む。
「英治......」
姉さんの拳は、真っ赤になっていた。
「......ごめん。取り乱しちゃって......」
「い、いや。気にしてないから......」
姉さんは部屋の隅に座り、俯いてしまった。
「......なぁ。やっぱり、やめにしないか? ......俺、彼女が見つかるように頑張るからさ......」
「......っ! いや、英治は頑張らなくていいよ。私が、我慢するから......」
「でも......」
「大丈夫。お姉ちゃんに任せてよ......」
だが、言葉とは裏腹に、姉さんの声はか弱かった。
「姉さん......」
「......はぁ。やっぱりこの家、嫌いだなぁ......」
「だったら、尚更やめた方が......」
「いや、私は頑張るよ......。英治の、ためにも......」
突然、姉さんは起き上がり、背筋を伸ばす。
「ふーっ......! さ、弱音を吐く時間は終わり!」
「え......?」
「こんな情けない姿、ずっと見せてる訳にはいかないからね! 英治も、さっきの私は気にしないで!」
姉さんは立ち上がり、襖を開ける。
「じゃ、英治。宿題頑張ってね」
姉さんは何事もなかったかのように、笑顔で俺の部屋から出ていった。
「な、何だったんだ......?」
あそこまで嫌なのであれば、どうしてこの家に住みたいのだろうか。
「やっぱり、姉さんの正体をバラして、追い出した方が......」
だが、あそこまでいい人アピールをして、完全に信じ込んだ母さんが、今更この人は姉さんだ、と言っても信じるのだろうか。
「だったら、俺が彼女を見つけるしかないのか......?」
しかし、今の学校で見つけるのは難しいだろう。
悪い噂のせいで印象が悪いのもそうだが、そもそも受験シーズンで、みんなそれどころではないはずだ。
「高校で、いい出会いがありますように......」
俺はそう願いながら、宿題を再開するのだった。
それから、月日が流れた。
四月のある日。
俺は、部屋で寝転がりながら漫画を読んでいた。
姉さんは壁を背もたれにしながら、同じく漫画を読んでいた。
姉さんは度々不機嫌な様子を見せながらも、なんとか両親を誤魔化し、俺の彼女として生活していた。
月に一回の報告も、姉さんが毎回あることないことを話し、それを報告することで乗り切れている。
高校受験も難なく終わり、中学校も無事に卒業した。
姉さんは偽りの存在である縷々として、まるで本物の彼女のように振る舞い、家族を騙していた。
「英治。明日は入学式なんだから、早く寝ちゃいなさい」
「はーい」
俺は漫画を閉じ、布団を敷く準備を始める。
「じゃ、英治。おやすみ」
「あぁ。おやすみ」
姉さんは立ち上がり、自室に戻っていった。
姉さんを見送った俺は、布団に潜った。
「明日から高校生活の始まり。楽しみだなぁ......」
俺は、緊張しつつもワクワクしていた。
「いい出会いがあるといいなぁ......」
良い人と友達になり、優しい先生の授業を受け、あわよくば可愛い女子生徒と......。
「......もし、そんな出会いがあったら、姉さんは......」
自分の今後のことを考えるのであれば、姉さんを追い出すのが最適解である。
だけど、本当にいいのだろうか。
最初は姉さんに何か考えがあると思い、一旦受け入れた。
しかし、姉さんはただ毎日毎日仕事に行って、帰ってきては漫画を読んだり俺にちょっかいをかけたりしており、とてもじゃないが何か考えがあるとは思えない。
「マジで、ただ楽な生活をしたかっただけなんだな......」
そんな姉さんを、家に置いておく必要はあるのだろうか。
だが、気持ちが完全に追い出す方向に傾いているわけではない。
姉さんと再会しなければ、俺は家を追い出されていたかもしれないからだ。
だから、踏ん切りがつかないでいる。
「......ま、出会いがあったら考えればいいか」
姉さんと一緒に居るようになったせいか、楽観的な性格が移ってしまったのかもしれない。
俺はそこまで不安にならず、目を閉じた。
桜の花びらが散り、緑色の葉が生え始めた頃。
俺は見ず知らずの誰かに、手紙で体育館の裏側に呼び出された。
「好きです! 付き合ってください!」
「......え?」
第2章 終




