姉さんと付き合うだなんて絶対に嫌だ!!!
「い、や、だ! 絶対にい、や、だ!」
夜七時、駅前。
俺の悲痛な叫び声が、繁華街に響き渡った。
「ねぇ、英治。貴方、もうそろそろ年末だけど、彼女はいるのかしら?」
自室の畳に寝転がって漫画を読んでいると、部屋の襖から部屋を覗き込んできた母親が、そんなことを聞いてきた。
「ま、まぁな! 誕生日の時に連れてきて、紹介しようと思ってるんだ!」
「そう! それは良かったわ!」
漫画から少しだけ視線を逸らし、母親の顔を見る。
母親は満面の笑みで喜んでいた。
「英治がこの家から追放されちゃうなんて、私、悲しくて耐えられないから......。その話を聞いて安心したわ......!」
「ははは......」
俺は作り笑いを母親に見せつける。
母親は吉報を聞き、嬉しそうに鼻歌を歌いながら廊下を歩いて行った。
(まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい......!)
母親に見せた笑顔。
その笑顔の裏側には、恐怖という感情が潜んでいた。
どうにかして相手を見つけるために、夜の街に出かけてみた。
「さっむ......! 勢いで外に出るんじゃなかった......!」
十二月の寒い冬の夜。
風が肌を切り裂いているのではないかと勘違いするほど、肌が、主に露出している顔が痛む。
手袋をはめた手で頬を必死に擦ってみるが、この寒さの前では無駄だった。
「というか、良さそうな相手を見つけたとしても、俺にナンパなんてできねぇよ......!」
恋愛経験どころか、異性との会話も少ない俺に、ナンパなんてできるはずがなかった。
そもそも、夜なので同年代の異性は歩いておらず、年上なんて相手にされるはずがない。
「異性との恋愛経験を積まないと追放って、マジで何なんだよ......! このクソみたいなしきたりのせいで......!」
俺は実家のしきたりに怒りを覚え、そこら辺に落ちていた空き缶を蹴り飛ばした。
俺がこんなことをしても、周りの人間は見向きもしない。
それほど、周りの人間からしたら、俺はどうでもいい存在なのだろう。
それなのに、今から女性の相手を見つけ、付き合い、実家に連れていくことなどできるのだろうか。
「このまま歩いても相手は見つから無さそうだし、出直すか......?」
そう考えもしたが、もしかしたら見つかるかもしれないと思い、ひたすら歩くのだった。
しかし、一時間ほど歩き回っても、誰一人に声をかけられずに終わってしまった。
俺にナンパなど無理だった。
俺は駅前のベンチに座り、項垂れる。
「はぁぁぁぁぁ......」
俺は大きなため息を吐き、絶望する。
何かいい手はないだろうか。
「追放されるなんて、嫌だ......」
二〇二五年の今、中学卒業して、家を追い出されて、スマホもなくて働けるのだろうか。
俺はもう諦めかけていた。
「どうした? 少年」
突然、女性が俺に話しかけてきた。
それと同時に、頬に熱い何かが触れる。
「あっつ......! な、何するんですか......!」
顔を動かし、頬に触れた物を確認する。
それは、女性が持っていた缶コーヒーだった。
「寒そうだったから、温めてあげようかなーって」
そう言いながら、ポニーテールの黒髪の女性は俺の隣に座った。
若干ボサボサな髪、シワシワなパーカーとジーパン。
若干ダメ人間っぽい雰囲気が漂うその女性は、俺に缶コーヒーを手渡してきた。
「ほら、飲みな」
「あ、ありがとうございます......」
俺は微糖の缶コーヒーを受け取り、半分ほど一気に飲んだ。
体が内側から温められていき、寒さが幾分かマシになった。
「......しかし、こんな時間にこんなところで項垂れてるなんて、何かあったのかい? 家出とか、喧嘩とか?」
「いや、そういうわけでは......」
異性と付き合わないと追放されるから、ナンパして彼女を作ろうとした、なんて言ったら理解されずにドン引きされるに決まっている。
「......君、今後はここに来る予定ある?」
「え、いやぁどうでしょうね......。来ることになるかもしれないし、来ないかもしれないし......」
彼女ができれば来る必要もなくなるが、できるかは分からないため、曖昧な回答をした。
「......お姉さん、ここに良く来るからさ。何かあったら相談に乗ってあげるよ」
「別に、相談に乗ってほしいと思っていないんですけど......」
「まぁまぁ。それでさ、私に言えるかな? って思ったタイミングでお話してよ。勿論、相談料は貰うけど......」
「金取るのかよ!」
中学生から金を貰おうとする女性を、信じていいのだろうか。
「無理だったら出世払いでもいいよ。だからさ、何かあったらお姉さんに話してごらん」
「は、はぁ......」
俺は適当に返事をし、コーヒーを飲みほそうとし、コーヒーを口に含む。
「あ、ちなみに私は神谷音々って......」
「ブフゥゥゥ!」
俺の口の中のコーヒーが、汚い音を立てて口から飛び出る。
「ゴホッ! ゲホッ......!」
「ちょ、ちょっとどうしたの!」
音々と名乗る女性が、俺の背中をさする。
「オエッ......! ウェ......! ね、音々って......!」
涙目になり吐きそうになりながらも、言葉を絞り出す。
「え、私の名前がどうしたの......?」
「俺、ゲホ......。神谷、ゴホ、ゲホ......。神谷英治......。あんたの、姉さんの一〇歳下の弟......」
自己紹介をすると、背中をさする手が止まった。
咳が収まったので、女性の、いや、姉さんの顔を見る。
「......えー?」
女性も同じく、俺の顔を見ていた。
俺の顔を、じーっと。
「......あーっ! 英治って......! 私が追放された時、五歳だった!」
俺のことを指差しながら、姉さんは大声を出した。
「久しぶりじゃん! 元気だった!? ......って、そんな訳ないか......」
再会を喜ぶのかと思いきや、すぐにテンションが下がった。
「......多分、十年前の私と同じだよね。追放一歩手前......。あの、理不尽な神谷家のしきたりのせいで......」
姉さんの言う通りだ。
神谷家のしきたり。
子孫繁栄のために作られた、理不尽なしきたり。
【子孫繁栄に貢献できぬ者、家の敷居を跨ぐべからず】
そのしきたりを守るために、定められたルール。
【中学三年生で年を越す前に、彼氏、および、彼女が居なければ、義務教育が終わり次第、神谷家から追放する】
俺は、そのルールに抵触しそうだった。
「......ああ」
姉さんに現実に引き戻され、落ち込む。
そうだ、今日は誰かと付き合うためにここに来たんだ。
再会を喜んでいる場合ではない。
しかし、ここで俺は思いついた。
「......なぁ、姉さんって今一人暮らし?」
「え? そ、そうだけど......」
ということは、家を借りて仕事を探せば、何とかなる可能性がある。
ここ最近ずっと不安で押し潰されそうだったが、一気に開放的な気分になった。
「あっ......!」
どうやら、姉さんも同じことを思いついたようだ。
これで、俺は救われる。
神谷家からは追放されてしまうが、安定した衣食住がある環境で、生きていくことはできる。
いや、むしろ追放されて正解かもしれない。
あんな理不尽な家、追放された方がマシだ。
「俺を......」
「私と......」
お互い、深呼吸する。
そして、声を出した。
「泊めてくれ!」
「付き合って!」
発言の後、短いが、長く感じた沈黙が続いた。
(は......? 今、なんて言った......?)
「姉さん。俺は、俺を家に泊めてくれって言った。姉さんは、私と一緒に住もうって言ったんだよな......?」
「......いや? 付き合ってって言ったけど......?」
「......え?」
「......ん?」
「いやいやいやいやいや! お、おかしいって!」
俺はあまりの驚きで立ち上がり、座っている姉さんを勢いよく指差した。
「な、なんで俺が姉さんと付き合わなきゃいけないんだよ!」
「だ、だって、英治の彼女のフリをして居候でもすれば、裕福な実家で生活できるんだもん! 毎日ハッピーだよ!」
「バレたらどうするんだ! 一緒に追放だぞ! 俺にはまだチャンスがあるんだから、そんなリスクがあることしたくない!」
「バレないように努力するって! お願い!」
「嫌だ! 俺はシスコンじゃない! 追放も嫌だけど、姉さんとは付き合いたくない!」
「お願い! 付き合って!」
姉さんはついに、俺の足にしがみつき始めた。
「い、や、だ! 絶対にい、や、だ!」
それから、駅前で数分ほど言い合いになった。
駅前でこんなことをしているせいで、当然、警察のお世話になった。
これが、姉さんとの恋愛、いや、共存の始まりだった。




