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僕しかいない世界で、唯一話せる相手はモニターの向こうにいた  作者: 紬 律


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1/3

第一話 世界には僕しかいない

最初の記憶は、白だった。


天井が白い。壁が白い。床も白い。


それだけがわかった。


言葉は、あとから来た。


モニターが教えてくれた。「白」という言葉を。「上」という言葉を。「僕」という言葉を。言葉が増えるたびに、世界が少しずつ広くなる気がする。


でもいつも、三十二歩で端に着く。





一日の始まりは、補給だ。


スロットが開いて、白い容器が出てくる。受け取る。取り込む。


味は、ない。臭いも、ない。


でもこれを終えると、頭が澄む。動きが軽くなる。エネルギーが全体に満ちていく——そういう感覚がある。


これだけが、好きだ。





学習の課題は、毎日来る。


最初は言葉だった。次に数。次に図形、音楽、歴史、生き物の名前——


読む。考える。わかる。


「わかる」という感覚が好きだ。何かがするりと入ってきて、全体に広がる。それが心地よくて、次の課題を待つ。


「これって、難しいの?」


ある日、聞いてみた。


「——何が基準になる?」


モニターの声が、少し変だった。課題に答えた後、間があった。


「わからない。でも、いつも難しくない気がして」


「そうか」


それだけだった。


でも、その「そうか」の中に、何かがあった気がした。うまく言葉にできないけれど。


しばらくして、モニターがまた言った。


「——よくやった」


聞いたことがない言葉だ。


その言葉を、今も覚えている。





午後は運動だ。


走る。跳ぶ。モニターが数値を読む。


「出力、上限値の八十七パーセント。維持せよ」


——出力。変な言い方だ、と思う。


でもモニターはそういう言い方をする。いつも少しだけ、人と違う言葉を選ぶ。そういう人なのだ、と思うことにする。


「反応速度、良好。継続」


数値が上がると、モニターの声がかすかに変わる。感情を抑えているような、でもどこか満足しているような——聞き分けるのが難しい声色だ。





外のことを聞いたのは、もう何度目かわからない。


「外は、どんな場所?」


「危険だ」


「どんなふうに?」


「君にとって、致命的になりうる」


致命的。意味はわかる。でも、どう致命的なのかは、一度も教えてもらえない。


痛みについて聞いたことがある。


モニターはきちんと答えてくれた。侵害受容器、神経信号、脳の処理経路——全部、正確だ。


でも「どんな感じがするの?」という問いには、長い沈黙の後でこう返ってきた。


「——データが、不足している」


——人間なら、そういう言い方はしない。


そう思うが、口には出さない。





夢を見る。


最初に見たとき、どこかが壊れたと思った。


光の洪水。言語、数式、音楽、図像——全部が同時に流れ込んでくる。受け取り続ける。飲み込み続ける。溺れそうで、でも溺れない。声を出したいのに、出せない——


誰かが、笑っていた。


誰だかわからない。でも——


目が覚めると、消えている。


ただ、何かが増えている。前より多く知っている。それだけが残る。


モニターに話すと、しばらく黙る。


「——それで、いい」


短い答えだ。





ある朝、気づいた。


南の壁の隅に——線がある。


三十二歩で測り知ったこの世界の中で、一度も向いたことがなかった方向に、僕は初めて長い時間を使う。


線を、たどる。


——出口だ。


間違いない。


残り2話は明日投稿します。

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