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聖女を捨てた勇者の話

魔族に敗れ世界が終わる日。

私は勇者に捨てられた。

異世界ファンタジーショートストーリー。

神話と等しい長さを持つ魔族との戦争。

長き争いは次第に人類が優勢となった。

繁殖力が高く時折生まれる規格外の力を持つ英雄達。

それらがあらゆる魔を祓ったのだ。

敗戦、絶滅を悟った魔族が賭けに出たのは数年前。

命の源である魔素、実に500万人分。

全人口の大半を生贄に生み出された一体の魔道人形(オートマトン)

名は『始祖』。

賢者、聖騎士、ドラゴンテイマー、人類の英傑が挑み、散った。

一騎当千と謳われ、幾万もの敵を屠った者達がなすすべもなく。

世界に9つあった国と言われる生命維持機関は崩壊し、全ての王族の血脈が絶たれたと噂が流れている。

“この世界は魔族に支配された。”

人類に残された希望は聖女である私と、勇者である彼女の二人だけだ。

その二人が森の中を敵に背を向けて逃げる。

背後からは民の断末魔と肉の焦げる臭い。

守るべき人達を時間稼ぎの肉壁として逃げる。

何が人類の守護者だ。

何が聖女だ、何が英雄だ、私は、何もできない。

思わず吐瀉するが足は止めない。

それからどれほど走っただろうか。

朽ち捨てられた村の中で、まだましな半分だけ焼け落ちた家。

火を焚くこともできず、寒さに震えながら二人寄り添う。

勇者様がマントを広げ、片隅に私を招き入れてくれた。

時折遠方で聞こえる破壊音。

勇者様の魔力を追う始祖がその道すがら、人も街も建造物も。

この世界から人類の痕跡を消しながら迫りくる。

「勇者様」

思わず口から弱音がこぼれてしまう。

そんな私をいつものように優しく包んでくれる。

女の子ながら勇者と崇められ、神官見習いだった私と王宮に呼ばれた。

初めて見たあなたは、ただの村娘で頼りなかった。

それからふたりで旅に出て、辛いことも、楽しいことも、たくさん乗り越えて来た。

この人がいたから私は。

絶望に震える私の頭を引き寄せ、耳元で囁かれた。

「君がいたから僕は今まで戦えた」

瞳を向けるとそこには優しい彼女。

出会った時よりもずっと素朴で、純粋で。

生きることをやめたくなる、そんな時も私に歩き出す勇気をくれた人。

私は何度も絶望を乗り越えられた。

人類の、ううん。

私の大切な勇者様。

人生の輝きは、全てこの人と共にあった。

「ごめんね」

勇者様の言葉と同時に光る私の体。

魔力を封じ込め、束縛する魔法。

「どんな世界でも良い。君だけは生きてほしい」

いや、やめて。

どんなに力を入れても動かない私の体。

全てを覚悟し、悟った、寂しい勇者様の表情。

ああ、私は捨てられたのだ。

「嘘でもいいから、必要だって言って」

隠すことも拭うこともできない私の涙声。

「……私と逃げて」

勇者様は大きく息を吸い込んで、晴れやかな表情をした。

こんな顔、私は見たことが無い。

「僕って勇者だから」

向けられた瞳には、強く尊き意志が宿っていた。

世界を守ろうとする、小さな女の子だった。

少しだけ名残惜しそうに部屋を出ていく。

ちょっとパンを買ってくるね。

そんなほんの少しの別れみたいな最後。

私たちの旅が終わった。

どれだけの時間が経っただろう。

涙なんてとうに枯れ、打ちひしがれていたころ。

私を束縛する魔法が消えた。

瞬時に周辺の魔力を索敵する。

消えそうに小さな勇者様の魔力があった。

迷うことなく駆け出す私の足。

何も力になれない。

そんなことわかってる。

でも、私の最後は私が決めるんだ。

森を駆け抜け、たどり着いた爆心地。

どのような魔法を放てばこのような巨大なクレーターが出来るのか。

イメージを超えた現実。

その中に立つ勇者様。

顔の半分を焼かれ、左手を根元から失い、内臓ごと腹を抉られていた。

無事だなんて言えない、生きている事さえ奇跡といえる姿。

その前に立つのは、黒い棒をつなぎ合わせて人型にしたような、アンバランスな存在。

始祖。

その手と思われる箇所が勇者様に向けられた。

呻きのような魔法詠唱で生み出された黒き矢が飛ぶ。

勇者様にはすでに見えていなかった。

「だめえええええええええ」

『不可侵の聖域』、そう呼ばれる私の結界が防ぐ。

聖女が持つ数少ない能力の1つである絶対防御。

あらゆる魔族の力を退けてきた結界にヒビが入っていた。

「なんで」

駆け寄り抱きかかえると、聞きなれた美しさとは似つかぬ声。

でも残された顔はどこか嬉しそうに見えた。

「あたりまえです!私と勇者様は一心同体!離れることなど!」

全ての魔力を注ぎ込んで結界を張り直す。

ほんの少しでもこの人を守れるなら――。

見つめた勇者様はすでにこと切れていた。

慈愛に満ちた瞳は閉じられ、少女の短い人生がここで終わった。

ほんとうに今まで、私にとってあなたは誰よりも。

言葉にならない想いを噛み締め飲み込む。

少女が少しでも安心して逝けるように。

私はなんて幸せなんだ。

愛する人を胸の中で抱きしめ、死に目に立ち会えた。

こんなに嬉しいことはない。

勇者様は最後に私を見て少しは嬉しく思ってくれたかな。

せっかく助けようとしたのに、と呆れたかな。

でもね、私はあなたと一緒にいられたこと、何より幸せに思います。

だから!

視線を上げ、意思を込め、睨みつける。

命を燃やせ、今が輝く時だ。

「さあ、かかって来なさい。人類最後の牙なれど私の命は軽くないわよ」


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