【23話(5/5)】対決・小昏庸昭
湊は、鹿鳴春花の姿を見た後、ぼんやりとした意識のまま倒れていた。
縋りついている美咲の感触だけは分かる。
視界に捉えていた血溜まりがどんどん広がっていく。
大量の出血には現実味が無く、不思議と痛みも感じない。
自分はこのまま失血死を待つしかないのだろう。
(はぁ……あーあ)
なぜか、養護施設の先生の顔が思い浮かんだ。
(先生……先生、ごめん……)
——先生は立派な大人になるよう育ててくれたのに、結局恩返しできなかった。俺は最低な奴だ。
そして、美咲の顔が思い浮かんだ。
今も側にいるのに、この身体はもう抱きしめることもできない。
(美咲……ごめん、ごめんね……)
——美咲にはかわいそうなことをしてしまった。しかも、自分のせいで俺が死んだと思っている。トラウマにならないか心配だ。
美咲と過ごした日々が思い起こされる。
走馬灯というやつだろうか。
ふわふわの髪、小さな手、熱いくらいの体温、いつもの泣き顔。
そしてたまに見せる、とびきりの笑顔。
——あの子はこれから色んな経験をして、成長していく。苦しむこともあるだろうが、幸せなことだってたくさんあるはずだ。生きてさえいれば、何だってできる。
きっと俺は、美咲の未来を守れたはずだ。小さな女の子を守って死ぬなんて、なかなか良い最期じゃないか。
——いや、そうじゃない。
そう思いたいだけだ。
(あーあ、死にたくないなぁ……)
死にたくない。良い最期なんかじゃない。
美咲が大きくなっていくのを見ていたかった。
ずっと一緒にいたかった。
ああ、怖くなってきた。
死ぬ瞬間はどんな感覚なのだろう。
——その時。
赤く霞んだ視界に、誰かの靴が見えた。
(これは……明石さんだ!)
死を待つばかりだった湊の心に、ポッと希望が灯る。
——そうだ。どんな人生だったとか、死ぬのが怖いとか、そんなものに浸っている場合じゃない。
まだ終わっていない。だって、そんな無駄なことを考えられるだけの余裕があるのだから。
だったら、諦めるにはまだ早い。
右手に力を込める。
(動けっ……右側は無事だろ!動け!)
ピクリと指が動き、ゆっくりと腕が上がった。
手探りで美咲の身体を掴み、明石の方へ押し出す。
(明石さん、美咲をお願いします……!)
ほら、まだ自分にはやれることがあるじゃないか。
そう思うと、徐々に意識がはっきりしてきた。
時間を稼がないと、すぐに追いつかれてしまう。
ここで最期の悪あがきをしよう。
「待ちなさい!総員、出口を塞いで!」
春花の声が聞こえる。
湊は頭を動かし、彼女の姿を捉えた。
そして彼女が応接室を出た瞬間、その足首を掴んだ。
春花は躓いて血溜まりに突っ込んだ。
「うっ……最低っ!」
(よし、上手くいった!)
「ちょっと!助けなさいよ!」
今度は小昏が湊の手を掴んでくる。
湊は彼の手を掴み返した。
「ひぃっ!」
「ああもうっ!そいつを何とかしといてよっ!」
春花は血で滑りながら、明石と美咲を追いかけていった。
少しでも時間稼ぎができただろう。
湊は小昏の手を掴んだまま、ゆっくり立ち上がる。
「あー……意外と動けんじゃん」
血が滴る左腕は、感覚がないし動かない。
でも、それ以外が動くなら十分だ。
小昏は悲鳴を上げながら、湊に向けてナイフを振り回す。
「うわぁーっ!この化け物っ!来るなぁ!」
湊はナイフに構わず、小昏にゆっくりと歩み寄り、胸ぐらを掴んだ。
「うわっ!?やめろっ!お前のせいでっ!お前のせいで、全部台無しだっ!」
このまま小昏の気を引いて、美咲を追わないようにした方がいい。
「ハハ……あんた、バカだよねぇ。そうやって一生俺に責任転嫁してれば?」
そう煽ると、小昏の目が恐怖から怒りに変わる。
持っている黒いナイフが、ギラッと輝いた。
彼は言葉にならない声を上げながら、湊を滅多刺しにする。
背中や脇腹に、ナイフが何度も突き刺さる。
「お前さえっ!お前さえいなければっ!僕はお前なんかよりも、ずっと神木さまを思って!僕が!僕こそが!神木さまに相応しいのに!」
どうせいずれ失血死してしまうのだ。追加で刺されたところで何も変わらない。
そんな、変に冷静なことを考えていた。
「あんた、傲慢だよ。そんなんじゃ俺だって選びたくねえよ」
「うるさい!黙れ!」
「美咲はなぁ、自分が相応しいとか、そんなこと考えてない!何で美咲が選ばれたか知らないけど、神木はあの子を選んで正解だったよ!」
湊は、小昏のナイフを持つ手を掴んだ。
そのまま腕を捻り上げる。
「選ばれるのは、絶対あんたじゃないっ!」
「うぎゃっ!」
小昏の手からナイフがポトリと落ちる。
湊はすかさず拾い上げ、よろめきながらも窓へ向かう。
「何するんだっ!?やめろーっ!」
窓を開け放ち、黒いナイフを外へ投げた。
小昏が掴みかかってきて、揉み合いになる。
「あの人がくれた宝具だったんだぞ!許せない!許せないっ!」
「うるさいっ!そんなもん捨てちまえ!」
「ああーっ、黙れ黙れ黙れーっ!」
小昏は湊を突き飛ばし、幼木の鉢をテーブルからひったくった。
窓を開け、鉢を外に突き出す。
「いいのかっ!お前の大事なものも落としてやる!」
「あんたにとっても大事なんだろ。そんなことしていいのか」
「うるさいっ!お前が悪いっ!お前が歯向かうせいで、僕がこんなことをしないといけなくなるっ!」
(こいつ、もうめちゃくちゃだな……)
この状況で錯乱しているのか、黒いナイフにおかしくさせられたのか。
「ふーん、じゃあ、落としてみろよ。あんたの大事な神木さまをなぁ!」
「うわぁーっ!来るなぁーっ!」
湊は小昏に向かって突進した。
動揺した小昏の手が窓枠にあたり、その拍子に、鉢が手から離れる。
「ひゃあぁっ!」
小昏が悲痛な声を上げる。
湊は咄嗟に窓から身を乗り出した。
そして初めて、自分の意思でその名を呼んだ。
「さくら!」
右脇で鉢を抱え込む。
しかし、動かない左腕は身体を支えられない。
湊は鉢を抱いたまま、窓から落ちた。
小昏の悲鳴と、肺が潰れるような衝撃。
(4階か……いや、どっちにしろ、出血で死ぬか……)
凍てつく風は、容赦なく湊の身体に突き刺さる。
脇に抱えていた鉢が、地面に転がる。
最後の力を振り絞り、震える右手で鉢を立てた。
(良かった、どこも折れてない……)
視界は砂嵐のように粗くなり、だんだんと暗くなる。
階段を降りてきたのだろう、小昏が駆け寄ってきて、鉢を拾い上げているのは分かった。
だが、もう動けないし、何も見えない。
「あぁっ、ち、ちがっ……!僕が、僕が突き落としたんじゃないからなっ!」
その言葉と共に、足音が遠のいていく。
(ごめん……結局、さくらも、美咲も、守れなかった……)
湊は意識を失い、全身の力がぐったりと抜けた。
地面に広がる血溜まりの中で、その呼吸は徐々に浅くなっていくのであった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




