【17話(3/3)】気まずい二人
窓から差し込む朝日で、雷夏は目を覚ました。
夢を見ていた気がする。杏奈の夢だ。
(もう一回寝たら、夢の続きが見られるかしら……)
寝返りを打つと、固い肌触りの枕に違和感を覚えた。
「ん……!?」
飛び起きて、寝ているベッドを確認する。
知らない枕に、知らない掛け布団。
「えっ!?ここ、どこぉ!?」
その時、キィッとゆっくり扉が開き、眼鏡をかけた少年がこちらを覗いた。
「きゃあっ!?誰よあんた!」
反射的に枕を投げつけると、少年は驚いて大声を上げる。
「うわぁーっ!落ち着いて下さい!兄ちゃぁーんっ!お姉さんが起きたーっ!」
そう言って少年は引っ込み、代わりに若い男が現れる。
「兄ちゃんって……あんた、誰?」
「ああ、室長もですか……」
そう言って、明石は前髪を上げて見せる。
「なんだ、明石じゃないの!もう、驚かさないでよね!」
「いや、自分は何も……」
「さっきの子は?」
「弟の耀二郎です。すみません、唐突な客人に舞い上がっているようで」
雷夏は部屋を見回す。
「ってことは、あんたの家、なのよね……?」
「はい。すみません、ご自宅も分かりませんし……でも、怪しい真似はしていません!誓って!」
「別に疑ってないわよ。あたしの方こそ、迷惑かけたわね」
「お気になさらないで下さい。かなり飲んでおられましたが、具合はいかがですか」
「平気よ。今、何時?」
机の上の時計を見ると、朝の7時を指していた。
「えっ、もうこんな時間!?あたし、家に戻る時間あるかしら」
「お住まいの場所にもよりますが、ここの場所自体は研究棟からそう遠くありませんよ。北口までだと、歩いて10分程度です」
「そうなの?なら、タクシーで帰ってシャワーも浴びて行けそうね」
「では、朝食だけ召し上がって行かれますか?ちょうど支度していたところです」
***
リビングに行くと、耀二郎が飛び跳ねながらやってきた。
「ささ、お姉さん、こちらへどうぞ!」
ダイニングテーブルに着くと、彼は目玉焼きとトーストのプレートを持ってきた。
「お姉さんは、朝は和食派ですか?洋食派ですか?」
「基本食べないわ……小さいスティックパンくらい」
「ということは、洋食派ですね!なるほど、うちと気が合うなぁ!」
明石は舞い上がった様子の弟を睨む。
「耀二郎、あんまり室長を困らせるんじゃない。それに、部屋を覗くなと言っただろう」
「だって、吐いたら窒息するかもって兄ちゃんが言うから、心配になったんだよ」
明石は食べかけだった朝食を片付け、卓上のメモにペンを走らせる。
「室長、自分はシャワーと着替えを済ませてきます。ここの住所を書いておいたので、タクシーの電話をする時にご覧下さい」
「ええ、ありがとう」
「耀二郎、変なことは言うんじゃないぞ」
弟に釘を刺し、明石はリビングを出て行った。
耀二郎は向かいに座って口を真一文字に結んだまま、こちらをじっと見てくる。兄の言いつけを守っているらしい。
(食べにくいったらありゃしないわ……)
雷夏がタクシー会社に電話する間も、耀二郎はずっとこちらを見つめていた。
「……あのさぁ、あんたねぇ、喋ってもいいからそんなに見ないでくれる?」
耀二郎はパッと顔を輝かせ、堰を切ったように話し始めた。
「やった!ありがとうございます!自分は弟の明石耀二郎です!兄がいつもお世話になってます!お姉さんは兄の上司であると聞いたのですが、伺いたいことがあります!よろしいでしょうか?」
「あんた、急に喋るわね……まあいいわ、何?」
「お姉さん、ご結婚は?」
「してないけど……何?」
「じゃあ、恋人とか、気になってる殿方は?」
「殿方って……別にいないわよ。だから何?」
耀二郎はテーブルの向こうから身を乗り出してくる。
「そうしたら、うちの兄など如何でしょうか?」
「なっ!?」
唐突な言葉に、カッと顔が火照るのを感じる。
「無いわよ!あたし36よ!アラフォーなのよ!」
「年齢差など関係ありません!兄は真面目一辺倒ですが、一途で優しくて、自分はオススメです!」
「はぁ?」
「是非、ご検討下さい!自分は学校があるので、これにて失礼します!」
耀二郎はカバンを引っ掴み、勢いよく家を出て行った。
入れ替わりで、明石がリビングに戻ってきた。
何だか気まずく感じてしまう。
「耀二郎、失礼なことを言っていませんでしたか?昨夜からずっと落ち着きが無かったもので」
「ええ、まあ、大丈夫」
前髪をまだ整えていないせいで、普段とは違って見える。
(前髪があるだけで、こんなに変わるものかしら?こっちの方がずっといいじゃない……って、何考えてんのよ、あたしは!)
「えぇーいっ!」
雷夏は、明石の前髪をぐしゃっと掴んで引っ張り上げた。
「痛いっ!いきなり何をするんです!?」
「うるさいっ!こうしないと落ち着かないの!」
「分かりました、セットしますから」
なぜか怒っている彼女に戸惑いながら、明石は洗面台に立った。
(湊くんは下ろせと言い、室長は上げろと言い……皆、勝手なことを……)
***
訓練校の教室で、湊陽輝はファンクラブの3人と昼休憩を過ごしていた。
「明石くん、何だか嬉しそうだねぇ〜」
瑛心に言われて、耀二郎は大きく頷いた。
「ああ、分かるかい?実は昨日、兄が女の人を連れてきたんだ!」
湊は、夜の街に消えていった明石と室長を思い出す。
(明石さんが?まさか室長!?)
「耀二郎。それってもしかして、派手で気が強くて、なんかトゲトゲしい人だったりする?」
「あれ、湊くんも知っているのかい?きっとその人だよ。兄は主導権を握るようなタイプではないし、お似合いだと思わないか?」
(えぇーっ!?明石さんが?室長と?)
「自分の見立てでは、少なくとも兄の方は気があるね!今度お願いしようっと!恋愛成就!」
耀二郎はスキップしながら自分の教室に戻っていった。
***
その日の夕方。
研究室のオフィスで、雷夏は明石に書類を見せていた。
「先日のミーティングで、学会に要望書を出したでしょう?回答が届いたわ」
「ありがとうございます……ああ、やはり補助金の減額は譲れないと」
「これ、姉さんに見せたらどうなることか……想像しただけで頭が痛いわ」
「それは、昨夜飲み過ぎた影響では?」
「ちょっと、掘り返さないでよ!あたしも悪いと思ってるわよ……」
雷夏はふと、オフィスの扉から覗く視線に気づいた。
「ん?あんた、どうしたの?」
美咲を帰りの車まで見送った後、湊が戻ってきていた。
湊は扉の隙間から顔を出す。
「……なんか、二人とも距離近くないですか?」
そして、何かを察したように息を呑む。
「あっ……!やっぱりそこってデキてるんですか!?」
「やっぱりって何よ!?」
湊は二人に向かって交互に指を差す。
「ん?明石さんと室長さんが結婚したら?伯母さんの旦那?」
「だからあんたっ、おばさんって言わないのっ!」
「ま、後はお二人だけで楽しくどうぞ!」
雷夏は湊の方へカツカツと詰め寄ったが、湊はバタンと扉を閉め、逃げるように帰っていった。
残された二人の間に、ぎくしゃくした空気が漂う。
「……えぇーっと……男子って、ほんとそういうの好きよね!まあ、勝手に言わせておきましょ!」
「え、ええ、そうですよね。自分も気にしないでおきます」
「えぇーっと、何だっけ?そうそう、要望書の回答ね!どこまで見たかしら……」
「あー、確か、補助金が……あれ、見つからない……」
平静を装うように努めながらも、終始ぎこちない二人なのであった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




