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【17話(1/3)】明石耀一郎の葛藤

*** あらすじ ***


神木の加護を受ける街・煌都(こうと)

訓練校の新入生・(みなと) 陽輝(はるき)は、神木と意思疎通できる女児・猪狩(いかり)美咲(みさき)の身辺警護を任務として請け負う。


神木や美咲について研究する人々と関わるうちに、湊はもう一人の神木の御使(みつかい)鹿鳴(ろくめい)茅秋(ちあき)が、実の父親であると知る。茅秋のことが気になる湊に対して、研究室の室長・鹿鳴雷夏(らいか)は親睦会を開き、鹿鳴家の内情を明かす。

さらに茅秋本人からは、鹿鳴家の当主になる条件を満たすために男児をもうけたこと、生まれた子を自ら養護施設に預けたことを明かされる。権力を得る道具として我が子を扱う茅秋に、湊は嫌悪感を覚える。だが、育ての親である園長からの愛情を再認識し、出自に関する煩悶は解消されたのであった。


一方、時は遡り、親睦会を終えた室長と、研究員の明石(あかし)耀一郎(よういちろう)。居酒屋で飲む二人には、何やら色々あったようで……?

時は遡り、親睦会が終わった夜。

明石は室長に連れられ、半個室の居酒屋で飲んでいた。


「ほら、どんどん飲みなさいよ〜!」

そう言いながら、室長は次々とジョッキを空にする。


「室長、大丈夫ですか?普段からこうなのですか?」

「いいの、いいの!日頃の憂さ晴らし、パァ〜ッとね!」


次の注文をしてから、室長は頬杖をついた。

「ねぇ、恋バナしましょうよ、恋バナ!」

「えっ?そ、それは……」

予想外の言葉に、明石は言葉に詰まる。


「あんた、彼女とかいないの?」

「えっと……灯西(とうせい)にいた頃はいましたが……今はいません」

「じゃあ好きな人は?学会で色んな人と会うでしょ?」

「いえ、特に」


室長はジトッとこちらを睨む。

「嘘!絶対なんかあるでしょ〜?」

「だから、本当に何も無くて……」

「えぇ〜、つまんないのぉ〜」


(つまらない……喫茶店の御主人にも言われたな……)


「……そんなに、いけないことでしょうか」

「ん?何?」

「遊びと無縁の生活を送るのは、つまらない人間なのでしょうか」

「そりゃつまんないわよ!」

やっとのことで絞り出した言葉は、即座に両断されてしまった。


注文したジョッキが運ばれてくる。

室長はグビグビと飲み、ぷはーっと息をついた。

「あー、しみるぅ!……何、あんた傷ついてんの?自分がつまんないって?でもさぁ、あんたにとっては研究が楽しいことなんじゃないの?」

「……そんな時期も、あったかとは思いますが」

「思いますが、じゃないっての!研究が楽しいなら、それがあんたの人生にとっての遊びじゃないの〜?」


明石は素直に頷くことができなかった。


確かに、研究員を目指していた頃は楽しかった。

煌都にしか存在しない、不可思議な神木。それを調査した論文を読み漁り、いつか自分もその神秘を解き明かしたいと夢見ていた。

でも、研究員になった今はどうだろう。課長の手によって次々とスタッフが切られ、そのたびに背負う業務が増え、心労と残業時間は蓄積する一方。とても充実しているとは言えない。


「何?研究は違うって言うの〜?」

室長はグイッとジョッキを飲み干し、ドンっと勢いよく机に置いた。


「じゃあさ、あたしと付き合いなさい!」

「へっ……!?」


驚く明石にお構いなく、室長は機嫌よく話す。

「自分で言うのもアレだけど、あたしって超優良物件よ〜?なんせ実家がアレだもん!結婚したらあんた、婿養子よ〜!鹿鳴耀一郎!キャハハ!変なの〜!」


室長はケラケラ笑いながらハイボールを呷る。

「ぷはー!って、今はこういうのセクハラなんだっけ〜?でもあたし、あんたは好きよ〜。だってあんたがいなきゃ、姉さんと二人きりよ〜?そんなの地獄!姉さん地獄!キャハハッ!」

そう言うと、手を叩いて脚をばたつかせる。


(あぁ、酔うと笑い上戸になるタイプなのか。これは後で覚えていないやつだな……真に受けない方がいい)


「室長、かなり酔っているようですし、もう止めてはいかがですか?」

「いいの!あたしは一人暮らしだし、警護班もついてないんだから!……って言うより、つけてない、が正しいか……」


室長はいきなりトーンダウンして、ぐったりと机に伏せる。


「室長?大丈夫ですか?」

「あたしはね、杏奈(あんな)が大好きだった……あの子のお母さん」


(あの子……まさか、美咲嬢?)


「あたしと杏奈は同い年で、すっごく仲良しだったの……家にいた頃も、学校に入ってからも、ずーっとあの子が護衛についてくれて……なのにっ、上の子を産んでから、病気になってっ……!」


親睦会で、室長は護衛の子と仲良くなったと話していた。それは美咲の亡き母親であり、彼女とは深い縁があったようだ。


「それでも体調が良い時には、赤ちゃん見せに来てくれた……だんだん元気になってたのに、なんで、事故なんかでっ……!」


室長は急に飛び起きて、机をバンと叩いた。

「あのねぇっ!神木の加護なんて、嘘っぱちよぉ!」

「しぃーっ!室長、声が大きいですよ!」


再び室長は机に突っ伏して、肩を震わせた。

「だって……だって、神木は、杏奈を助けてくれなかった……!」

「室長?泣いているのですか?」

「うぅんっ!泣いてなぁいっ!うぅっ、杏奈っ、帰って来てよぉっ……あたしをずっと守るって、言ってたのにぃ……杏奈ぁ……」


明石はどう声をかけていいか分からず、泣きじゃくる室長を見守るばかりだった。


***


しばらく経った後、明石は室長の泣き声が止んだことに気づいた。


(落ち着いたか……?)


「室長、大丈夫ですか?」


声をかけるが、室長は机に突っ伏したまま動かない。


「あれ?室長?……室長!」

強く肩を揺さぶっても、びくともしない。


(いやいや、まさか……!)


「室長、失礼します」

そっと顔を持ち上げてみると、彼女は気持ち良さそうに寝息を立てていた。


「えぇっ!?室長!室長!お願いですから起きて下さい!」

耳元で声を上げても、室長は目を閉じてぐっすり眠ったままだ。


(どうする!?どうすればいいんだ……!?)


室長の自宅の場所は分からない。毎日研究室に通っているし、警護班をつけていないのだから、輝央(きおう)市の鹿鳴本家ではないだろう。流石に照東(しょうとう)郡内のはずだ。

だが、そこから絞れる情報が無い。


姉である課長に聞けば分かるだろうか?だが、気に食わない妹が、自分の部下である男性と二人きりで飲んでいたと知ったら、彼女はどうするだろう?また室長をいじめる口実に使われるかもしれない。

となれば、自分が室長をどうにかするしかない。


(室長は、鹿鳴家では地位の高いご令嬢だ。ホテルで二人きりになるのはまずいんじゃないか?だが、預けるところも無いし……)


迷った挙句、明石はタクシーを呼んだ。

二人きりにならない場所といえば、自分の家しか思いつかない。


***


「ただいま、耀二郎(ようじろう)

「おかえり兄ちゃん、今日は早く帰れたんだ……っ!?」


耀二郎は、女性を背負った兄を見るなり飛び上がって、リビングの隅に縮こまった。


「えぇっ!?兄ちゃん、新しい恋人!?」

「違う、職場の人だ。酔って寝ているけど、ホテルで二人きりになるのも良くないと思ったんだ。このカバン、リビングに置いてくれ」


耀二郎は二人分の荷物を受け取りながら、室長の顔を眺める。

「美人さんだなぁ……」

「こら、人のことをじろじろ見るんじゃない」

「兄ちゃん、本当にいいのかい?今から僕が巻幡(まきはた)くんの家に泊まりに行ってもいいんだよ?」

「だから違う!この人は自分の上司なんだ。今日はソファで寝るから、毛布だけ貸してくれ。耀二郎の押し入れにあっただろう」


そう言って、明石は室長を背負ったまま自室へ向かった。

何とかベッドに横たえ、ハイヒールを脱がせる。


(このジャケット、高そうだな。ブローチなんかもついているし、シワやほつれができたら大変そうだ)


ジャケットの襟に手をかけた時、一抹の葛藤が生じる。


(だが、女性の服を脱がせるというのは、如何なものだろうか……しかし、明朝はどうなる?シワになったジャケットを着せて、自宅まで帰らせるのか?その方が良くないだろう)


悩んだ末、明石は室長のジャケットを脱がせ、ハンガーに掛けておいた。


「ん……」

室長は眉根を寄せて、苦しそうに首を捻る。

シャツの襟が喉に食い込んでいる。緩めてあげた方がいいかもしれない。


指がボタンに触れた時、また葛藤が生じる。


(待て、流石にそれはどうなんだ!?……いや、介抱の一環なのに、ここで躊躇う方が逆におかしい。余計な想像こそ、邪念の現れなのでは?)


迷った末に、明石はそっとボタンに指をかけた。


(はぁ、もう正解が分からない……)


たとえ後で怒られるとしても、室長がここで窒息する事態だけは避けなくてはならない。これは人として当たり前の判断だ。

そう自分に言い聞かせながら、ボタンを外し、襟を緩めた。


「んぅ……」

室長の漏れた声に、明石はどきっとして動きを止めた。


(起きたか!?いや、悪いことをしている訳じゃないんだ、びくびくする必要など無いだろう……)


しばらく室長の寝顔を伺ったが、相変わらず寝息を立てている。

その表情は、どこか笑っているようにも見えた。楽しい夢を見ているのかもしれない。


(あどけない少女の寝顔のようだ。可愛らしいな)


その時、耀二郎が部屋を覗いた。

「兄ちゃん、毛布ってこれのこと――」


女性のシャツに手をかけた兄を見て、耀二郎は手に持っていた毛布で顔を覆った。


「あっ……!ごめん、見てない!何も見てないよっ!」

「違うっ、これは」


耀二郎はドアをバタンと閉めた。

「じゃあっ!」

「じゃあじゃない!閉めるな!」


急いで室長に布団をかけ、耀二郎を追いかけた。


「違うからな!首元を緩めていただけだ!酔っていると吐物で窒息する危険があるんだ!」

「大丈夫、そういうことにしておくよ」

「だから違う!」

「お姉さんって何歳?一人暮らしなんだよね?兄ちゃんが異動した時からいたの?」

「いいから毛布をくれ!」


室長に興味津々の耀二郎から毛布を回収し、自分の部屋へ追いやる。

リビングの電気を消し、ソファで毛布にくるまった。


(眠れない……耀二郎が変なことを言うから、意識してしまうじゃないか!)


果たして自分の行動は正解だったのだろうか。

暗闇の中で、ずっと葛藤を続ける明石なのであった。

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