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本当の仲間に

 実家に帰った俺は、親族の出迎えに応えるのはそこそこにして、ルネとマルスさんを自室に呼び出した。勿論、王城であったことを伝えるためにだ。


 話を聞き終えたルネは、今まで見たことのない複雑な表情をしていた。それがどういう感情なのかは読み取れなかったが、アームルート王を軽蔑していることは分かった。


 なにせこの件では、マルスさんでさえ渋い表情をしている。彼は滅多なことでは、相手を下げるような言動や態度を取ったりしない、そのマルスさんがものすごく渋い表情をしていた。


「ここまでくるとすごいです。予想の遥か下をいきますね、あの王」

「…わしは、王にわがままを聞いてもらって身ですじゃ。しかしこれはいささか…」


 流石のルネも、今回ばかりは俺に同情して、いたわってくれた。マルスさんは、感情の整理が追い付かず、言葉もなかったが、その反応だけでも、十分俺の心は軽くなった。やっぱり気持ちを共有できる仲間はいい。


「まあ色々、頼まれはしたけど、別に従う気ないから俺。だけど、積極的に下げるようなことも言いたくない。二人とも、悪いけど、このことにあまり言及しないようにしてくれないか?」

「それはいいですけど、リオンさんは、それでいいんですか?」

「いいのいいの。元々期待なんかしてなかったしさ、それに自分たちから色々言うと、逆にそれを利用されそうだし。無視が一番いいと思う」


 正直に言えば、今すぐにでも街中に飛び出していって、あのバカ王がどれだけ愚かであるかを、ぶちまけてやりたかった。洗いざらい吐いてやりたかった。


 だけど、それをしたところで、折れた剣が直る訳ではないし、多分気持ちもすっきりすることはない。ならば敢えて、どっしりと構えていた方が、俺の心にいいと思った。


「ではそのようにしますじゃ。しかしリオン殿、あまり一人で抱え込まないようにしてくだされ」

「ありがとうございますマルスさん。さ、多分今日はごちそうを用意してくれると思います。久しぶりの我が家のご飯だ、腹いっぱい食べるぞ!」


 から元気に見えたかもしれないけれど、母さんの手料理が食べられるのは嬉しい、その気持ちは本当だ。積もる話は山のようにある。話して話して、話尽くしてやる気満々だった。




 俺が帰ってきた知らせを受けて、親族が続々と集まってきた。実家はまさに宴会場のようになり、お祭り騒ぎになった。近所に住む人々も、騒がしさを聞きつけて集まってきて、ずいぶんな規模になってしまった。


 宴会が終わり、酒で酔いつぶれたおじさんたちの中で、俺はいつの間にか疲れて眠っていた。むくりと起き上がると、いびきの大合唱と酒臭い空気に包まれる、一瞬で具合が悪くなって、すぐさまそこから離れた。


 外の空気が吸いたい、そう思って玄関の扉を開けた。ようやく新鮮な空気を肺に取り入れることができた。一息ついて夜空を眺めていると、くしゅんという声が聞こえた。


 辺りを見回すと、ルネが庭のベンチに座っていた。くしゃみしたことを俺に聞かれたので、あからさまに不機嫌そうな表情をしていた。


「…覗き、悪趣味」

「偶然だよ。そこにも噛みつくの?」


 ルネががちがちと歯をかみ合わせる仕草を見せたので、思わずぷっと笑ってしまった。文句が言える隙があれば、逃さず噛みついてくるのがルネの性分だ。


「隣、いいか?」

「ここリオンさんの家でしょ?許可なんて取らなくても、自由にしてください」

「そんなこと言って、俺が黙って隣に座ったら、セクハラですとか言うんだろ?」


 冗談のつもりで言ったのだが、ルネは小さく舌打ちした。こいつ、本気か。いつまで経っても侮れんやつ。俺は恐る恐る、ルネの隣に腰を下ろした。


「家の中、おじさんたちの、いびきの大合唱が響いてたよ」

「とても楽しそうにされていましたから」

「うん。人が集まるといつもこうだ。ルネも大分、気に入られていたな」


 酔っぱらっていたのもあるだろうけど、ルネがいくら毒づいても、おじさん連中はそれを全部笑い話に変えていた。むしろ、彼女は口が悪くとも、律儀に反応してくれるので、それが嬉しかったのかもしれない。


「酔っ払いどもの相手して大変でしたよ。まあ、その分もらうものはもらいましたけど」


 ルネは小袋を取り出してジャラジャラと音を鳴らしてみせた。


「呆れたオヤジどもだな、まったく」

「いい鴨でしたよ。思いがけない臨時収入でした」

「そんなもの必要ないくらい稼いでるくせに」


 パーティーの財産は共用で、財布を握っているルネは、そこから給料を天引きできる。給料とは別に、ルネは共通財産で生活できるので、自分の懐は温まるばかりだ。


「…そうですね」


 何故かその声色は、とても暗くて重いものだった。冗談のつもりだったのだが、もしかしたら気を悪くさせたかと思い、俺は慌てた。


「ご、ごめん。別に文句とかじゃないから」

「は?…ああ、違います違います。怒った訳ではありません。大体私が怒っていたら、もっと直接的な手段に出るのは分かっているでしょ?」

「それはそれで怖いけど、とりあえず安心した。でも、それならどうして沈んだ声になったの?」


 そう聞くと、ルネはしばらく俯いた。そして頭の中で整理がついたのか、顔を上げて俺の方を見た。


「リオンさんが王城から去る時に言われたという、王の側近の話を思い返していました。その人の話では、リオンさんが旅を続けられなくなった場合、私か、マルスおじいちゃんに、その罪を着せる用意もあったんですよね?」

「その人の話を全部鵜呑みにするならな」

「あの王様だったらそれくらいやるでしょ。現に批判の声を少しでも緩めてもらうために、今もリオンさんを利用しようとしているじゃないですか。…私もリオンさんのことを言えないくらいバカでした。上手い話に乗せられて、何もかも軽く考えていた。その結果、マルスおじいちゃんを危険に晒していたなんて、愚か者です私は」


 ここまで本気で落ち込む姿を見たのは、初めてかもしれない。オリハルコンを精製するのに手こずっていた時よりも、ずっと落ち込んでいるように見えた。


 珍しいと思う以上に、以前から気になっていたことを、聞いてみたくなった。俺は思い切って、その話題を切り出してみた。


「ルネはどうして、マルスさんについてきたんだ?恩義があるのは、分かってる。だけど、それでも死ぬかもしれない旅についてくる理由って何だ?しかも本来なら、一銭の得にもならない旅だぞ」


 彼女が以前使えた魔法は、介護用のスリープと、大雑把に撃ってもどこかに当たればいいという考えの、エクスプロージョンだけだった。どんなにマルスさんが強くても、以前は三分で決着がつけられなければ、即座に死が待つ危険な旅だった。


 事実、クイーンスパイダー戦ではそうなりかけた。結果的に何とか切り抜けられたものの、正直危なかった。勇者の仲間であるマルスさんに同行するのは、ルネにとって大きなリスクだ。


「…そうですね、確かに恩だけでは説明のつかない不合理な行動だと思います。だけど、ちゃんと理由はあるんですよ。私の、ではなく、マルスおじいちゃんの、と言う方が正しいですけど」

「できれば教えてくれないか?その理由ってやつを」


 特に隠し立てする必要もないのか、ルネはすぐに頷いた。そして口を開く。


「…夢だったんですよ、勇者の仲間になるのが、マルスおじいちゃんの数少ない夢だった。だから、何も考えずその夢を叶えてあげたかった。ミシティックで事情を聞くまでは、実はただの憧れみたいなものだと思っていました。戦う力があるから、それを発揮したい場所が欲しいのかなって」


 だがそれは違っていた。マルスさんは、より正しきもののため、失いかけていた信念のために、力を振るうに足る場所を探していた。


「私はマルスおじいちゃんの持つ情熱と信念を、誰よりも近くにいたのに、理解できていなかった。勇者の仲間になりたいという夢が、どんなに覚悟のあるものなのか、分かっていなかった。マルスおじいちゃんは、ただ勇者の仲間になりたかった訳じゃない、自分の持つ力が、人を生かす道しるべになれる場所を探していた」

「…そうだな。きっとマルスさんは昔の志を、一度はくじけてしまった心を、取り戻せる居場所が欲しかったんだと思うよ」


 俺の言葉に、ルネは黙って頷いた。そしてやや湿り声で、続きを話す。


「リオンさんのご家族の方から、私とても感謝されたんです。あの子を支えてくれてありがとう、力になってくれてありがとうって。皆、本気でそう言うんです。嘘偽りなく、本気で」

「俺だって、同じ気持ちだ」

「でも私は、アームルート王の企みに手を貸した。側近の人が言うように、同罪です。それだけじゃない、マルスおじいちゃんの夢まで、汚してしまった。感謝なんかされるべきじゃあないんです。私は、結局私欲のためだけに動いていただけのバカです」


 ルネは、マルスさんのことを誰よりも大切に思っている。だからこそ、薄汚い策謀に巻き込んでしまったことを、改めて認識して後悔しているのだろう。この後悔は、正しいものだと思う、だけど俺は言った。


「いいじゃん。別にそんなに難しく考えなくていいって」

「え?」

「つまるところ、俺が剣を直して、本来の力を取り戻して、ちゃんとアームルートの勇者の務めを果たせばいい。結局あのバカ王が小細工するのを止められないのも、俺に力がなくて、舐められているからだ。そんなもの、剣を直したら、俺が真正面から捻りつぶしてやる」


 根拠のない自信と虚勢だ、しかし、張り通せば安心にも変わる。


「だからさ、ルネはブレずにいればいい。マルスさんのことを信じて、夢を叶える手伝いをしてあげればいい。俺のことは、そのついでに助けてくれよ。それで俺は十分だから」


 そう言って俺は、なるべき自信たっぷり気な表情で、ルネに笑いかけた。彼女の、マルスさんを想う心が本物なら、それを貫き通してくれればいい、だって。


「ルネは勇者の仲間じゃなくて、マルスさんの介護士だろ?」

「…ふっ、ふふふっ。確かに、そうでしたね、契約上は」

「うん、その通り。だから、マルスさんのことを支えてあげてよ。いつまでもさ」


 ルネは立ち上がって、ぐーっと背伸びをした。そして吹っ切れたように息を吐き出すと、振り返らずに言った。


「仲間の言うことですからね、少しは参考にしますよ。では、私は先に戻ります」


 足早に、家の中に戻る背中を、俺は何も言わずに見送った。らしくないことを言う、そう思ったが、耳が真っ赤に染まっているのを見て、本気で恥ずかしがっているのが分かった。彼女の口から聞く、仲間という言葉を、俺はしっかりと心に刻み込んで、夜空を見上げるのだった。

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