邂逅
アームルートへ戻ってきた目的を果たさねばならない。俺たち三人は、伝説の勇者ラオルが眠る墓へと来ていた。そこに魂石を供え、エリュシル修復の素材にする。
今回は、望むものが手に入るかどうか、オリハルコン、魔砂プリミティブとは違って、はっきりとしていない。
俺は祈る思いで魂石を墓に供えた。ルネは父さんから渡された他の供えものを、マルスさんは、母さんが用意した花束を、それぞれ墓に供えた。
そして三人そろって、ラオルの墓で手を合わせた。目を閉じて、どうか力を貸してほしいと願った。祈りは届くだろうか、そんな不安を押し殺して、俺は目を開けた。
「よし、じゃあ一旦これで…」
戻って様子を見よう。そう言葉を続けるつもりであった。しかし、隣にいたはずの二人の姿はそこにはなく、俺はいつの間にか、翠玉色のもやに包まれた不思議な空間に、一人立たされていた。
リオンは、景色の変わりように混乱していた。仲間の二人の姿もなく、無事かどうかの不安にも襲われる。
そんな彼の前に、シュルシュルと音を立てながら、光の糸のようなものが集まってきた。やがてそれは大きな塊となり、眩い光を放った。リオンはとっさに腕で目を覆い隠す。
光が収まるのを感じて、リオンは状況を確認するために、恐る恐る腕を下げた。集まった光の塊の場所には、見たことのない男が立っていた。
「あなたは…一体?」
「あー、えー、ちょっと待ってくれるか?あー、ゴホンッ、エホンッ!!どうも声が発しにくいなあ、初めてやることだし、勝手が分からんからなあ」
男はしきりに喉を抑えて咳をした。そして体の調子を確認するように腕を回し、上半身を伸ばし、腰をひねった。入念にストレッチをした後、トントンと小さくジャンプすると、よしと小さく頷いてリオンに向き直った。
「いやあお待たせお待たせ、悪かったな、暇だったろ?」
「いや、暇とかそういう問題では…」
「そうか?俺はちょっとでも待たされると、体がうずうずしちまってダメなんだよなあ。はっはっは!死ぬまで落ち着きがないって、ダリウスにも怒られたなあ!」
ダリウスという名前を聞き、リオンはまさかと思考を働かせた。その男が気安く名前を呼ぶ人物に、とても聞き覚えがあったからだ。
それは散々親族から話を聞かされて、自分でも本で読んで、ずっと憧れを抱き続けていた物語に出てくる名前、勇者ラオルの友人、かつてのアームルート王の名前が、ダリウスであった。
だがまだただ単に同名の人という可能性もあると、リオンはいぶかしんでいたが、本人から決定的な言葉が出てしまう。
「さあてと!初めまして俺の子孫、まさか本当にしぶとく残ってるとは思わなかったぜ!俺の名前はラオル!ちと話があってお前をここに呼び寄せたんだ。はっはっは!手荒く行くが死ぬんじゃねえぞ!」
ラオルは鞘から剣を抜き放った。リオンもとっさにエリュシルを手に取り、柄頭を叩いて光の刃を形成する。伝説の勇者ラオルと、その子孫で現代の勇者リオン、二人の剣戟が謎の空間に鳴り響いた。
振り下ろされる剣を、リオンは必死になって防ぐ。一撃一撃が、重く鋭い、それだけではなく、縦横無尽の攻撃が繰り出される。ラオルはまるで、手遊びでもするかのように、剣を右手に左手に持ち替えながら振るった。
剣筋が読みにくいだけでなく、ラオルは時折、剣戟の中に蹴りや殴りを織り交ぜていた。リオンが狙われたのは、剣を持つ手。剣での一撃とは違い、打撃の威力は控えめで、軽く当てられるだけのものだったが、それも積み重なると、剣を握る力がどんどん失われていった。
問答無用の激しい攻撃を前に、リオンはただただ耐える他なかった。それでも何とか攻撃を防ぎ、躱し、しのいでいったが、このまま耐えるだけでは、エリュシルに精気を吸われているリオンの体力は、どんどん減っていく一方だった。
「どこかで攻めに転じないと」
突然始まったラオルとの戦いに、リオンの頭の中はまだ混乱したままだった。しかし、一度戦いが始まってしまえば、すべての集中力をそちらにもっていかなければ、やられてしまう。
混乱はしていてもリオンは冷静だった。少々無理やりではあったが、ラオルの斬撃を受け止め、剣を上へ跳ね飛ばすと、地面を力強く蹴って、ラオルの側面に回った。
ラオルが体勢を整えるまでは、攻撃のチャンスがある。リオンはここしかないと息をのみ、剣を振りかぶると勢いよく攻めかかった。
リオンの光の刃と、ラオルの剣、二つがぶつかり合う音が激しく響き渡る。ラオルは体勢不利であるにも関わらず、リオンの攻撃を、涼しい顔で防ぎきっていた。時折笑顔を見せる余裕まである。
弱体化しているとはいえ、リオンの剣術は、決して弱く劣ったものではない。積み重ねられた技術は、体が弱っていたとしても、早々消えてなくなるものではない。それは、仲間のマルスが証明していた。
それに加えて、エリュシルから形成される光の刃は、鋼鉄を溶断するほどの高エネルギー体であった。ダンナーの施した加工の技術は高く、最も効率よく精気と魔力を、光の刃に変換していた。
しかしラオルは、それらが合わさった今のリオンの全力の攻撃を、簡単に弾き、避けて、いなしていた。
今攻める手を止めたら、リオンはあっという間に反撃に転じられ、押し込まれるだろう。それが分かっているから、リオンはその手を止めることができない。いくら無力化されても、ひたすらに攻撃を重ねるしかない。
だがリオンは、打ち合いの中、決定的な事実を認めざるをえなかった。
「何一つ届かない。俺の攻撃が、剣術が、何一つも」
圧倒的な実力差、その事実が、分厚くそびえる巨壁のごとく、リオンの前に立ちふさがっていた。それは自然と、リオンの頭の中にある想像を浮かばせた。
まったくもって勝ち筋が見つからない。どれだけ頭を働かせても、一縷の望みも見つからなかった。
「どうする?どうするどうする、どうする!?」
それでもリオンは考えることをやめない、勝てないと理解していながらも、必死に勝つ道を探し続ける。その必死な形相を見て、ラオルが言った。
「…お前、名前は?」
「は!?」
突然の質問に、リオンは戸惑い、怒りを覚えた。この間にも、ラオルは攻撃をすべて捌き切っている。馬鹿にされているとリオンが思うのも、無理はなかった。
「名前だよ、名前。俺の子孫様、お名前はなあに?」
「…リオン」
「そうか、リオンか。お前、このままやりあって俺に勝てるか?」
勝てる訳がない。しかし、やめる訳にもいかない。だからリオンは、こう答えるしかなかった。
「勝つまでやめない!」
「ははっ!いかれてら」
「だからどうした!!」
「そろそろ飽きてきたから、終わりにしてやるよ」
リオンの一撃を、ラオルは上体を思い切り後ろにそらして躱した。とんでもない柔軟性を目にしてリオンは驚愕する、そして、これが決定的な隙を晒すことになった。
ラオルは上体をそらしたまま地面に手をつくと、足を蹴り上げて後方に体を回転させた。その際に、リオンの手を蹴とばして剣を手放させた。宙に放り出されたエリュシルを、ラオルが先に掴んだ。
剣を失ったリオンは、一瞬呆然となった。しかしすぐさま思考を切り替えて、姿勢を低くし、タックルでラオルの足を掴みにかかる。ここまで追い詰められても諦めないリオンだったが、その攻撃もむなしく遮られることになる。
ラオルの手に渡ったエリュシルは、それまでと姿形を変えて、折れる前の状態に戻っていた。その切っ先がリオンの喉元に突き立てられる。そのまま体を突っ込めば、剣はリオンの首を貫いていただろう。
「死にたくなければ、そのまま動くな。大人しくして、俺の話を聞け。リオン、この剣を持つには、お前では分不相応だ。そもそも俺のものだからな、返してもらう」
「何を…」
「魂石は持って帰れよ。俺はひとかけらも、お前に魂を渡すつもりはない。それにはこの剣、エリュシルも当然含まれている。この剣のために、色々と奔走したようだが、残念だったな」
待て!リオンはそう叫んだつもりだった。しかし体がどしゃりと崩れ落ちて、指一本満足に動かすことができない。意識はハッキリとしているし、体の力が抜けた感覚もなかった。むしろ、その逆を感じていた。
今まで失われ続けていた精気と魔力が元に戻っている。力が枯渇していた体に、急激にそれが戻ってきたことで、リオンはショック状態に陥っていた。体がまったく動かせないのは、そのためであった。
「じゃあな、今を生きる勇者。中々楽しめたぜ」
その言葉を最後に、リオンの視界は漆黒に染まった。
「…さんっ!…オンさんっ!!」
誰かが必死に呼ぶ声が聞こえた。体はまだ、自由に動かせない。
「リオンさんっ!!」
「リオン殿!!」
ああ、ルネとマルスさんの声だったのか。俺はずっしりと重たいまぶたを、何とか上げて、うっすらと目を開いた。
「っ!生きてた…」
「ルネちゃん、わしは助けを呼んでくる。リオン殿のことを見ていてくれ」
「お願いします。リオンさん、動けますか?」
依然として体は動かないままだったが、かすかに首を振ることができた。それを見て、ルネは頷いた。
「分かりました無理はしないでください。今、マルスおじいちゃんが人を呼んできてくれています。意識だけは保っていて」
俺はルネの言葉に、少しだけ頷いた。一体俺の身に何が起こったのだろう?あれは本当に伝説の勇者ラオルだったのか?まったくもって訳が分からない。
ただ一つだけ、確かなことがあった。俺は、エリュシルを失った。




