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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第一章 異世界漂着編
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第五話 報復

 □■神楽零


(それなりの収穫にはなったかね?)


 零はジャラジャラと音を立てる巾着を振りながら、今しがた終えた“狩り”の成果について考察する。


 今回零は、食事のために金銭集めをしていたわけだが、その手段は早い話――強盗だ。

 適当に路地裏を徘徊して、何組かの不良たちを返り討ちにしながら、金銭集めに勤しんでいたわけである。


(しかし……硬貨だけだとやっぱり嵩張るねぇ)


 巻き上げたお金は、そのすべてが硬貨であり、今の身体能力なら重さはどうとでもなるが、紙幣と違って嵩張るのは少しだけ鬱陶しくはある。


(まぁ取り敢えず、こっちは問題ないかなぁ。問題は……あまり参考にはならなかったかなぁ)


 わざわざ強盗という名の手段を使って金銭集めをしたのは、この世界における人間の強さを測る目的もあった。

 超能力のような力が存在するとわかった以上、それが自分だけの特別な力だと考えるのはあまりにも早計だろう。

 だからこそ零が、この世界ではどれほどの強さなのかを知る必要があった。


 だが結果として、今回戦った相手は全員、物差しの基準にすらなっていなかった。


(まぁ恐らく、彼奴だけは例外だろうなぁ)


 それは最初の“狩り”で出会った、金髪に紫色の瞳をした少女。

 彼女だけは恐らく、零の実力に気づいていた。

 少し過剰な気はしたが、怯えていたのがいい証拠だろう。


(だけど正確な実力はわからずじまい、ねぇ…………まぁ取り敢えず腹も空いたし、何か食うか)


 零は大通りに出てから、適当に屋台を見て回る。

 人の数はそれなりに減ってはいるが、それでもかなりの人々で賑わっており、この町の活気が見て取れた。


(いろいろあるねぇ)


 屋台の数も豊富で、意外と迷ったが、十数分後には手に三つほどのおにぎりを持って、公園のベンチへと腰かけた。


「まぁ、まずはね」


 屋台には他にもさまざまな料理が並んでいたが、いきなり異世界を前面に出した料理を食べるには、少しだけ勇気が足りなかった。


「いただきます」


 幼い頃からやってきたように、両手を合わせて、食べ物への感謝の言葉を紡ぐ。

 一つのおにぎりを掴み、口に運んで咀嚼すると、ゴクリと飲み込んだ。


「……どこでも変わらないものだなぁ」


 零は日本と変わらない味を感じながら、改めてここが異世界なのだとしみじみと実感する。

 そして同時に思い出されるのは、路地裏で出会った金髪少女の言葉だ。


『お前には、俺が何に見えるのかね』

『……迷子かのぅ』


 帰る家もどこにあるのかわからず、何をすればいいのかさえもわからない。まさに迷子と言うのは的を射ていた。


(迷子ねぇ……まぁ、どうあっても、やれることをただやるだけだ)


 例えどうすればいいかわからなくても、思いつく限りの最善を尽くす。

 今の自分ができることなんて、たかがそれだけしかないのだから。


 零はこの世界での決意を新たに、残り二つのおにぎりを頬張った。


「ごちそうさまでした」


 そして食事を終えると、零は改めて巾着の中を覗き込む。


(さて、取り敢えずお金を使ってみたわけだが……一先ず、少しの間は生活できそうだな)


 零は巾着の中のお金をざっくり換算しながらそのように考察する。

 今持っている硬貨は全部で四種類あり、素材は銅と銀の二種類で、真ん中の穴の有無でさらに二種類に分けられている。

 穴の開いている方が大きさも小さく、呼び名も「小」と「大」で区別されている。

 それぞれの日本円換算は

 小銅貨、十円

 大銅貨、百円

 小銀貨、千円

 大銀貨、一万円

 となることが、今回の買い物を通して予想できた。


(多分上に金貨もあるだろうけど……実際に持つことはないかなぁ)


 零の予想が正しければ、金貨は十万円以上の価値があるため、そうお目にかかることはないだろう。


(さて、この後はどうしたものか)


 腹ごしらえも済ませ、これからしばらくの生活費も手に入った。

 上を見上げてみれば、空が少しずつ暗くなり始め、じきに夕方となり、夜がやってくることだろう。


(一先ず宿を探すかね)


 零は近くの屋台にいたおっちゃんから宿の場所を聞いて、そこへと向かう。

 その途中、零は何気なく周りを見渡していたのだが、その中で何とも懐かしさを感じる建物があった。


(あれは、銭湯か?)


 そう、銭湯である。

 ご丁寧に「ゆ」と書かれた暖簾までもしっかりと架けられており、建物も昔日本にあったもののイメージそのままだ。


(後で入りに行くかね)


 どちらかと言えば、零は風呂に入るのが好きなので、宿が取れたら早速入りに来ようと決める。


 そして無事に宿が取れた零は、硬貨の入った巾着だけを持って銭湯へと向かった。

 暖簾をくぐって中に入ると、それなりの人々で賑わっている。


(なるほど、確かにこの値段なら、これだけの人がいるのも納得だな)


 庶民でも気軽に通うことができる価格設定であり、タオルなどの必要品一式も普通に買うことができた。


(さて、浴場はどうなっているかねぇ……なんだ?)


 脱衣場に入り、服を脱ごうとしたその時、零はその手を止めて、自分の体に刻まれた“それ”を見つめた。


(刺青? いや、そんなものを入れた覚えはないし、というか若干照ってないか?)


 体に刻まれていたのは、体の正面から肩を迂回するように背中にまで描かれた灰色の模様だった。


(だけどいつからだ?……いや、そんなのは決まっているか)


 零が初めてこの世界に降り立った時。

 超能力に目覚め、身体能力が向上したその時に、同じく体にこの模様が刻まれたのだろう。

 実際に触ってみても、特に痛いとかということはなかった。


(これは、入っていいのかね?)


 一見すれば刺青に見えなくもないため、面倒ごとが起きないか心配だったが、ここまで来た以上、入らないと逆に不自然かもしれない。


 零はタオルで肩回りを隠しながら浴場へと突入する。

 その手前で、ちらりと鏡に映った自分の姿を見れば、なぜか髪色が黒から少しだけ青が入っており、瞳の色が灰色になっていたが、これも変化の一つだろうと流すことにした。


 浴場の中は幸い、湯気が立ち込めて視界を遮っていたため、あまり目立つことはなかった。

 そうして体を洗って湯船に浸ると、今日一日分の疲れが洗われるようにさっぱりとした気分になる。


「ハァ~」


 思わず控えめに声が出て、零は改めて自分がかなり張りつめていたのだと実感する。


(まぁ、いろいろ起こり過ぎたからねぇ)


 大学から帰る途中に、突然異世界に来たかと思えば、超能力に目覚めて狼に襲われ、町に入って生活のためにお金を集めてと、中々に濃い一日だったと改めて思えてくる。


 だがしばらくの間は、こういった生活が続くのだろう。

 何せ零は、この世界について何も知らないのだから。

 すべてが新しいことばかりで、気が抜ける時なんてないのだろう。


(だがまぁ、何とかするさ)


 零はその後、近くにいたおっちゃんたちから新顔だといろいろ絡まれて、模様を隠すのに必死になったりしたが、それなりに心休まる入浴時間を過ごした。



 △▼



「定期的に入りに来ようかねぇ」


 銭湯からの帰り道、零はもうすぐ完全に沈みそうだという太陽を背にして、宿へと戻っていた。

 なぜか銭湯では初めて町に来た村人だと思われて、妙におっちゃんたちから気に入られたような気がしないでもないが、時間をずらしていけば、もう二度と会うことはないだろう。


(まぁ、そっちはいいとして、問題は……お客さんかな?……いや、どっちかと言えばこっちがお客かな?)


 零は相手の誘導に従って、宿に着く前の適当な路地裏へと入る。

 そして進んだ先には城壁と建物で囲まれた小さな広場があった。


「よぉ、内の者が世話になったみてぇだな」


 路地の陰から零を囲むように現れたのは、いかにも強面でガタイのいい男と、彼の取り巻きだと思われる集団だった。


「随分と耳が早いんだな」


 「何のことだ?」とは聞かない。

 これが零への報復であるのなら、心当たりは一つしかない。

 しかも相手はそれなりの確証を持っていると見え、誤魔化しても聞かないだろう。


 だが、それにしてはやけに動くのが早すぎるような気がしたのだが……


「あぁ、今日は幹部会で随分と集まりが悪かったからなぁ。お前を見つけたのは偶然らしいが……運が悪かったなぁ。幹部会から戦闘幹部全員で報復しに来てやったぜ」


 そういうことらしい。

 ボス男の周りにいるのは全部で三人。

 彼らが戦闘幹部であり、その他に零を取り囲んでいるのが、その手下といったところだろう。


「なるほど、なら早くしてくれないか。こっちも暇じゃない」

「……いいぜ。望み通りタコ殴りにされな!」


 ボス男は手短に幹部たちに指示を飛ばし、三人が一斉に襲い掛かって来る。


(やっぱり動きはいいね)


 幹部たちはそれなりに戦闘経験を積んでいるのか、動きは今まで戦った不良たちと比べて圧倒的に洗練されている。

 加えて、これまで見てこなかった力も使えるようだ。


(あれは、超能力か?)


 正面から迫って来る男は掌に電気が走り、右から迫る男は皮膚が鋼色に変わり、最後の女は気配が希薄になって後ろに回り込もうとしている。


(ようやく物差し程度にはなったかな)


 零は予備動作もなく一気に加速し、正面から迫っていた男に肉薄する。


「!」


 男はいきなり距離を詰められて目が点になっているようだが、そんなことは気にせずに、零は電気使いに触れないように殴る動作をしながら、《重力操作》で正面に向けて男を“落とす”。

 男はそのまま、いつか零が飛ばした石のように吹っ飛んでいき、壁の中に減り込んだ。


(まずは一人)


 零はそのまま体を右に回し、鋼色の男が放った拳を、首を傾けることで回避して、その横腹に蹴りを打ち込む。

 男の表情からは、硬くなった皮膚で十分耐えられるという自信がありありと見て取れたが、内臓はそうではなかったらしい。

 接触した瞬間、零が足先から解放した重力によって、男の内臓が横に“落ちて”傷つき、口から血を吐きながら、男は倒れた。


(二人)


 最後に気配を消して迫ってきた女は、《空間把握》の前では意味をなさず、首筋に突き出された短刀を持った手を掴み、そのまま女の体を宙に舞い上げて地面に叩きつけた。


(これで三人、っと)


 零はもう一度、三人が倒れたことを確認して、ボス男の方へと視線を向ける。


「……驚いたぜ。まさかこの三人を相手にして無傷とはな。貴様、騎士団の人間か。まさか俺らと戦争をする気とはな」


 男の言葉を聞いて、零は何か勘違いされているのだと察する。


「いや、多分俺は騎士団の人間ではないぞ。この町に来たのも初めてだしな」

「じゃあなんだ? まさか旅費集めのついでに俺らの山を荒らしたとでもいうつもりか。とことんふざけて野郎だな」


 ボス男はそう言うと、羽織っていた上着を脱ぎ棄てて構えを取る。


「貴様は確かに強い。だが、それは同じ土俵に立てればの話だ!」


 直後、ボス男の姿が突然掻き消え、一瞬で零の目の前に迫っていた。

 ボス男の拳が迫る中、零はなんてことなく片手を上げて、その拳を受け止めた。


「な!」


 自分の渾身の一撃を防がれたのか、ボス男は今までの余裕顔とは打って変わって、その顔を驚愕の表情に染める。


「なるほど、お前の力は《高速移動》といったところか。確かにこの速さに追いつけないと勝負にはならないな」


 零はそんな解説を聞かせながら、自然な動作で男の胸元に手を当てる。

 実際、零も《未来視》がなかったら、受け止めるのは難しかったかもしれない。


「いい参考になった」


 零はそう言い残すと、《重力操作》でボス男を吹き飛ばした。


 呻き声と壁が粉砕される音が止み、しばらくその場を静寂が支配する。

 残った手下たちは、幹部たちがやられた状況に追いつけていないようだったが、零はそんなことには気にせずに、勝手に話を進める。


「さて、じゃあ俺はもう帰らせて――」


 零がこの場から立ち去ろうと踵を返そうとした瞬間、突然《未来視》が反応した。


「!」


 見えた光景は自分の首が斬り飛ばされる光景。

 零はもう慣れたように回避に移ろうと動き出すが、そこで思わぬことが起きる。


 いつもならこの瞬間に未来が変わって回避に成功するのだが、なぜか今回は斬撃の位置が一緒にずれて、回避に失敗したのだ。


(なんだ!?)


 混乱する意識の中で、何とか回避を試みようとするが、もとより見えていたのはほんの数秒先であり、今の零では対処するのに時間が足りない。


 そして時間が経ち、約束された未来が現実となって具現化する。


 視界が一八〇度回転して、逆さまになった状態で見えたのは、首から先を失くして血を吹き出しながら崩れる、自分の体の姿だった。


本日も二時間置きに、あと三話投稿予定です。

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