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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第一章 異世界漂着編
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第六話 少女の決意と覚悟

 □■天眼美咲


 執務室を飛び出して、美咲はそのまま自分の部屋へと戻った。


 閉じた扉に背中を預けて、そのまま体重をかけながら寄りかかる。

 日が差し込んでいる部屋を一瞥することもなく、美咲は下を向いたままポツリと呟く。


「父上のわからずや。妾はもう子供ではないのじゃぞ」


 美咲はただ、領民を置いて自分だけが逃げるということが我慢ならなかった。

 心悟や、弟の彰と違って、自分には戦う術がある。

 例え一級魔戦士の相手にはなれずとも、それ以外の場所では十分に役に立つことができるだろう。

 状況に応じて()()()()()使()()()()()ことほど、美咲が得意なことはないのだから。


 だが心悟は、それでも自分に逃げろと告げた。

 娘を思ってくれるその気持ちは素直に嬉しく思うが、今回だけは一緒に戦ってくれと言ってほしかった。

 貴族としての責務だけでなく、この町には死なせたくない人たちがたくさんいるのだ。

 毎日のように城を抜け出して、町で出会ったたくさんの人々。

 その誰もが大切で、誰一人として欠けてほしくはないのだ。


「じゃが、今の妾に何ができる」


 思わず「好きにさせてもらう」と啖呵を切ってしまったが、落ち着いて考えてみれば、今の自分に何ができるのかがわからなくなる。

 あの青年の前で怯えることしかできなかった自分が、今の状況でいったい何ができるというのか。


「少しずつでも町の外へ……いやダメじゃ。それではあ奴が町を滅ぼすのを早めるだけじゃ」


 もしも少しずつ逃がしていることに気づかれれば、その時点で町が無くなってしまうかもしれない。


「何か……何かないのか……」


 そうして少しずつ、美咲の思考は領民を逃がすことから、一級魔戦士の青年のことへと移り替わっていく。

 そして最後に美咲の頭を過ったのは、青年が最後に口にした言葉だった。


『! 待つのじゃ! お主は、これからどうするつもりなのじゃ!』

『……さぁな。取り敢えず、この世界で生きてみてから、考えることにするよ。何せ迷子だからな』


「!?」


 その瞬間、美咲は青年の放った言葉に違和感を覚える。

 よく考えてみれば、あまりにも引っかかる言葉だ。

 それではまるで、こことは違う世界から突然やって来て、元の世界に帰れなくなってしまったようではないか。

 それこそ本当に、世界に放り出されてしまった迷子のように。


「まさか……」


 同時に思い出されるのは、城を抜け出す前に見た白い光の柱。

 天を貫く神々しいその光に、美咲もまた、目を奪われたことを覚えている。


 そして今この瞬間、美咲はその光の柱の意味を思い出した。


 天眼家に代々伝わるおとぎ話。

 その中で描かれる、白い光の柱の正体を。


「まさか!」


 美咲は居ても立っても居られず、そのまま部屋の外へと飛び出す。


 目指す場所は、古い文献などが収められている蔵書庫。

 そこにあるはずのとある日記を求めて、美咲は一目散に城の廊下を走り抜けた。



 △▼



『――こうして二人は結ばれて、幸せに暮らしたのでした。めでたし、めでたし』

『うむ。よい話じゃな! 妾もいつかこんな恋をしてみたいのぅ』

『うふふ。美咲ならいつかきっと、いい殿方に巡り合えるわ』

『そうかのぅ。じゃが、今でも信じられぬが、本当にこ奴はこことは違う世界から来たのかのぅ?』

『そうみたいね。私も心悟さんから聞いた話だから、詳しくは知らないけれど……このお話に出てくる彼女の日記が今でも大切に残っているそうよ。天眼家の今の繁栄があるのは、彼女のおかげだそうだから、三〇〇年経った今となっても、ちゃんと残っているのね』

『……妾も、こ奴と同じ魔法が宿っておるのじゃな』

『えぇ。だけど、あなたが彼女と同じである必要はないわ。あなたは責任感が強くて優しい子だから、無理はしないようにね』



 △▼



 幼い頃の母との会話を思い出しながら、美咲は蔵書庫の前までたどり着く。

 ちょうどその時、中からそこを管理している司書が姿を現す。


「おや、美咲様? 如何なされましたか?」

「見たい書物がある。通せ」


 美咲はその司書――蔵前(くらまえ)雄介(ゆうすけ)に、手短に用件を伝える。


「左様ですか。して、いったいどのような書物をお求めで?」

「よい。場所はわかっておるから、一人で十分じゃ」


 蔵前との会話もそこそこに、美咲は蔵書庫の中へと入る。


「さて、どこにあったかのぅ」


 美咲はかつて一度だけ読みに来た記憶を頼りにして、目当ての日記を探す。


「これじゃな」


 美咲は棚から見つけた日記を引っ張り出して表紙を見る。

 題名は特になく、その日記は三〇〇年経った今となっても、しっかりと原形をとどめている。


 美咲は徐に、その表紙を捲る。


 ――今日から日記を書こうと思う。こっちの世界に来てからいろいろあり過ぎて、目が回りそうな毎日だったけど、やっと私にも余裕ができたのかな?

 この日記には、私のこっちでの生活をいろいろ書いていこうと思う。もしも日本に帰れた時に、徹に一杯聞かせてあげるんだ! でももし帰れなかったら……その時は、私がこの世界にいたんだっていう証にしようかな……なんかもう泣きそうになっちゃったから今日はここまで!――


「…………」


 日記の最初の部分を読んだ美咲は、なんとも言い難い気持ちになる。

 前に読んだ時には、ここまで悲痛な思いにはならなかったはずなのに、今は言葉にするのが難しかった。

 そして思い出されるのは、あの青年が最後に見せた表情だ。


(あ奴も、同じ気持ちだったのじゃろうか?……いや、あ奴の場合はもっとそれ以前かのぅ)


 美咲は今の青年の気持ちを思いながら、日記の続きを読み進める。


 ――今日はまず、私がこの世界に来た時のことを書こうと思う。と言っても、書くことなんてほとんどないんだけど。

 私はあの日、仕事帰りで家に帰っている途中だった。そしたらいきなり視界が真っ白になって、気が付いたらこの世界にいたの。

 あの時は本当に怖かった。一人でどこにいるのかもわからなくて、でもすぐにあの人が、天眼さんが私を見つけ出してくれた。なんでも、私がいたところに白い光の柱が立っていて、それで私を見つけてくれたんだって。なんだか少しだけ、運命みたいなの感じちゃった――


「これじゃ!」


 美咲は、探していた記述を見つけて思わず声を上げる。

 世界を渡ってきた際に、白い光の柱が立ち上ったという記述。

 美咲が見た白い光の柱と、あの青年を結びつけるのには十分な内容だった。


「ならあ奴は、どこぞの国の者でもなく、ましてやこの町を滅ぼしに来た訳でもないと……」


 美咲は自分の至った結論に思わず焦燥を露にする。


 美咲たちが、彼をどこかの国からの攻撃だと考えたのは、本来一級魔戦士とはそういうものだからだ。

 国が管理してしかるべき力であり、一級魔戦士の行動はすなわち国の意志に他ならない。


 だがあの青年は違った。

 どこの国の所属でもなく、ましてや今日初めてこの世界に来た人間なのだ。

 そんな彼を、美咲たちは勝手な勘違いで殺そうとしている。


「今すぐ止めねば!」


 美咲は居ても立っても居られず、蔵書庫の扉に手をかける。


(まずは父上のところに行って、このことを…………)


 そこまで考えたところで、美咲は折角かけた扉から手を下す。


(いや、無理じゃ。妾が抱いた印象だけでは父上を説得するのは不可能じゃ)


 美咲があの青年を、異なる世界からの来訪者と考えた根拠は、言ってしまえば会った時に感じた美咲の印象だけだ。

 それだけで領主である心悟が、最悪の事態を差し置いて、攻撃を中止することなどありえない。

 領主を説得するには、圧倒的に根拠が足りなかった。


(ならばどうする)


 父の説得が無理なら、後は実力行使で止めるしかない。


(一番良いのは、あ奴ともう一度会って話をすることじゃが…………妾はもう一度、あ奴の前に立てるじゃろうか?)


 何の感情も乗せられていない、ただの闘気に当てられただけで何もできなかった自分が、果たしてもう一度、同じ状況で立ち続けられるだろうか?

 今の美咲にはその自信がなかった。


(そもそも会ってどうする。妾は、あ奴になんて声を掛ければ良いのじゃ……)


 あの時と同じだ。

 青年の後ろ姿を見送ったあの時も、美咲は彼にかける言葉を見つけられなかった。

 今とあの時で、何も変わってなどいなかった。


(わからぬ……妾はいったい、どうすれば良いのじゃ……)


 美咲は扉の前で蹲って、腕の中に顔を埋める。

 考えれば考えるほど、どうすればいいのかわからなくなり、どんどん思考の闇へと沈んでいく。


 それからどれほどそうしていたのだろうか?

 長かったような短かったような。

 突然目の前の扉が開き、美咲の額にちょうどいい角度ぶつかった。


「あ、痛っ!」


 実際はそこまで痛くはないが、美咲は反射的に、ぶつかった額に手を当てる。


「おや? すみません。大丈夫でしたか?」


 そう言って扉の奥から顔をのぞかせたのは、ここの司書である蔵前だった。


「うむ。大丈夫じゃ……して、どうしたのじゃ?」


 美咲は立ち上がりながら蔵前に尋ねる。


「いえ、大したことではありません。ただ、中々出てこられないので、少し様子を見に来たのです」

「そうじゃったか。ならばもうよい。ちょうど出ていくところじゃったしのぅ」


 美咲はそう言うと、そのまま蔵書庫を後にしようと歩き出す。

 まだ気持ちの整理は付けられていないが、このままここにいても変わらないだろう。


 そう思っていたのだが、美咲はそこで蔵前に呼び止められる。


「少し、よろしいでしょうか?」

「ん? なんじゃ?」


 美咲が何げなく振り返ると、蔵前は一拍の間を置いて言葉を続ける。


「美咲様が何にお悩みなのかは存じませんが……もし考えてもわからないことがあるのでしたら……心に問いかけてみるのがよろしいかと思います」

「…………心じゃと?」


 蔵前の言葉に、美咲は首を傾げる。


「はい。理屈などを、一旦すべて忘れてしまうのです。その上で、美咲様の中に残った心の声を聴くのです。今、美咲様はどうして悩んでいらっしゃるのですか? どのようにしたいから、美咲様は立ち上がろうとしているのですか?」

「……妾は……」


 そこまで言われて、美咲は改めて自分の心に問いかけてみる。


 自分は最初、いったいどうしたかったのかと。

 なんで自分はこんなにも悩んでいるのかと。


 そう考えた時、頭の中には浮かんだのは、別れる最後に見せた青年の姿だった。

 彼の寂しそうな姿を見て、美咲が思ったのはたった一つ――


「妾は……あ奴に、あんな顔をしてほしくないのじゃ」


 そう言って顔を上げると、蔵前は優しく、美咲に向かって微笑みを浮かべる。


「でしたら、そのことを忘れずに、もう一度考えてみて下さい。その方に美咲様がしてあげられることは何ですか? その方はいったい、何を望んでいらっしゃるのですか? 難しく考える必要はありません。答えというのは、意外とすぐ近くに転がっているものです」

「望んでいるもの……」


 美咲はもう一度、あの青年について考えてみる。


 彼は一体、何を望んでいるのかを。

 寂しそうにしている彼を、どうしたら笑わせてあげられるのかを。


 そう考えた時に、思い出したのは、意外にも美咲自身が青年に告げた言葉だった。


『……迷子かのぅ』


 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、美咲は自分のことが可笑しくて堪らなくなった。

 自分があまりにも滑稽で、思わず笑ってしまいそうになる。


(なんじゃ……妾はすでに、答えを出しておったではないか……妾が悩んでいたのは、妾の覚悟が足りなかっただけじゃった……)


 美咲が今まで悩んでいたのは、単純に、美咲が青年を恐れ、受け入れようとしなかっただけだった。

 そのことに気づいて、しっかり彼と向き合ってみれば、答えは本当に近くに転がっていたのだ。


「どうやら、答えは出たようですね」

「……うむ。答えは得た。覚悟も決まった」


 一語一語確かめるように、美咲はゆっくりと噛みしめるように呟く。

 そして最後に、美咲は答えのきっかけをくれた蔵前の目を真っすぐと見据える。


「もう大丈夫じゃ。世話をかけたな」

「いえ、お役に立てたようなら何よりです。差し出がましいことをいたしました」

「よい、お陰で気が晴れた。あれじゃな。お主は妾たちよりも人の心が見えるようじゃな」

「いいえ。私など、ただのしがない司書でございます」

「ふむ、まぁよい。妾はもう行く」

「はい。いってらっしゃいませ」


 美咲は踵を返して、歩き出す。

 もうさっきまでの迷いはない。

 やるべきことも、青年にかける言葉も決まった。

 あとはそれをただ実行に移すだけだ。


 するとちょうどいいところに、なんとも精神をすり減らしたような顔をする蒼鳥の姿が視界に入った。


(丁度よい、()()()()!)


 美咲は自身の魔法を発動させ、そのまま城の外へと飛び出した。


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