第十話 綻び始めた歯車
◇◆
王国と連合国との間には、国境線にもなっている一筋の山脈が聳え立っている。
その山は古くから金鉱山として栄え、人々の生活を潤していた。
だが当然、取り過ぎてしまえば同じ穴から金は取れず、また新たな穴を掘って再び金を掘り起こす。
そうして山には多くの穴が開けられ、金が取れなくなった穴には、代わりに多くの盗賊たちが我が物顔で過ごすようになっていた。
そんな穴の一つに、今は岩を砕く轟音と、一人の男の怒声が響いていた。
□■豪鬼
「クソ! クソ! クソ!――」
物が散らかった空間の中で、豪鬼はただひたすらに拳を打ち付け、年甲斐もなく岩壁に八つ当たりを繰り返す。
何度も殴っているが、それなりにある魔力のお陰で、打ち付ける拳よりも先に、岩壁が崩れることに物足りなさを感じるほどである。
「クソ!」
最後の一発を打ち付けて、それから今度は岩壁に額を打ち付ける。
だが打ち付けたところで、蘇ってくる記憶が消えるわけではない。
アジトに攻め込んできた報復に襲った村で、逆に返り討ちに遭って多くの部下を失い、そしてまた、敵わぬ強者から逃げ出した事実が消えることはない。
そう、逃げ出したのだ。あの時と同じように。
今の豪鬼を満たすのは、ただその選択をさせた少女への憤りだけだった。
「この礼はきっちりとさせてもらうぞ」
最後に怨念の言葉を漏らすと、通路から一人分の足跡が響いてくる。
部下たちにはしばらく近づくなと言っておいたはずだが、その足音は何の躊躇いもなく豪鬼の前に姿を現す。
「ヒッヒッヒッ。これまた手ひどくやられたようではないか」
通路から現れて声を掛けてきたのは、しゃがれた話し方に似合わぬ妙齢な女性だった。
恐らくどこからか、今回の襲撃が失敗したことを聞きつけてきたのだろう。
当然、豪鬼は彼女が誰なのかを知っている。
だがあまり顔を合わせたくない存在の登場に、自分でも眉間の皺が寄ったことがわかる。
常に張り付いているその深い笑みは、いったい何を考えているのか読ませない気味の悪さを感じさせる。
だがだからと言って、無下に扱えるような相手ではない。
彼女こそが、今回の奴隷商売を持ちかけて来た協力者――山井改一郎その人なのだから。
「何の用だ?」
豪鬼が声を掛ければ、改一郎はより一層笑みを深くする。
まるで心の底から滑稽なものでも見ているかのように。
「なーに。ちとこれからの予定でも聞いておこうかと思うてなー。逃げ出すならいろいろ処理をせねばならんからなー……で? どうなんじゃ?」
「…………」
改一郎の言動を聞いて、やはり慣れないなと豪鬼は思う。
見た目はどこからどう見ても、どこにでもいそうな女性であるはずなのに、その浮かべる笑みや言動は、安い酒場にでも居そうな下種爺のものそのままだ。
改一郎という名前と合わせて考えてみても、本当に中身と体が別物なのかもしれない。
「安心しろ。しばらく動くつもりはない。奴らがもう一度ここに攻め込むまではな」
このまま素直に引き下がれるはずがない。
恐らく近い内にもう一度、連合国はこのアジトに攻め込んでくる。
そういう予感があるし、この予感は割と当たるのだということを、豪鬼は自分の経験から知っている。
そしてその中には、豪鬼に屈辱を与えた彼女もまた含まれているのだろうということも。
「ヒッヒッヒッ。そうかそうか、そりゃあ良かった。まだ儂もここを動きたくはなかったからなー。それにまた良質な素材が手に入るのなら、良きかな良きかな。ヒッヒッヒッ。まぁ、精々頑張るが良い」
改一郎はそれだけ言うと、踵を返して来た通路を引き返していく。
恐らく彼に与えられた研究室へと戻るのだろう。
いったい何をしているのかは知らないが、豪鬼たちに利益がある内は好きにさせても問題はない。
だが……
「クソッ! ここに来て、なんで上手くいかねぇんだ!」
完全に改一郎の姿が見えなくなったところで、豪鬼はその辺にあった椅子を蹴り飛ばして、悪態をつく。
そう、最初の頃はすべてが順調だったのだ。
だが今になって、その歯車が少しずつ綻び始めている。
それがまるで、自分たちの終焉を予言しているかのように。
△▼
事の始まりは、改一郎が豪鬼たち盗賊団に接触し、奴隷商売をしてみないかと提案してきたことだった。
正直、初めは豪鬼も含め、盗賊団としてはあまり乗り気ではなかった。
まず改一郎はどう見てもきな臭いし、彼女の手下たちについても同様だ。
改一郎の手下は全員、奇妙な装束を身に纏い、顔には覆面を掛けて見えないようにしている。
しかも一言も喋らないと来れば、気味が悪いことこの上ないだろう。
それに奴隷商売と言っても、そう簡単にできるものではない。
何より問題なのは、売り渡す奴隷の従順性を担保することが難しい点だ。
万が一にも買った奴隷に反抗されて、飼い主が殺されるなどという事態にはなってはならない。
そのため奴隷にする対象になるのは、反抗も出来ないようなか弱く魔法も使えない女や子供に限定される。
決して難しいことではないが、管理もする手間を考えれば、そこまで割に合った商売とは言い難いのだ。
だがそれも、改一郎が連れてきた手下の魔法を見てしまえば、悩みは一気に吹き飛ぶことになる。
《隷属刻印》。
まさに奴隷を生産するのにふさわしい魔法と言えるだろう。
こうなってしまえば、盗賊団の総意など決まっている。
魔法の一つもかけてしまえば、従順な奴隷が出来上がる。
村を焼いて住人を連れ去るだけで、手軽に小遣い稼ぎをすることができるのだ。
そして何よりも、盗賊団に入っている者は皆、他者を蹂躙することに飢えていた。
他者を甚振り、侵し、それによって得られる優越感は、何よりも彼らに心の安寧をもたらすことになる。
その時にだけ、豪鬼たちは真に忘れることができるから。
自分が弱いことも――
敵わぬ敵を相手にする恐怖も――
守るべきものを捨てて、逃げ出した過去も――
自分たちに都合の悪いこと全てを、その時だけは忘れることができるから。
故に豪鬼たちは、改一郎の手を取った。
殺すだけではない。
何も反抗することができずに意のままに言うことを聞かせられる優越感を求めて。
△▼
それから最初は本当に全てが上手くいった。
国境の山脈に開いた廃鉱山にアジトを移し、それからは近くにある村から順番に焼き払って行く。
アジトへと連れ去った村人に《隷属刻印》をかけてしまえば、例え成人男性であろうと立派な奴隷へと生まれ変わる。
それを行う改一郎への対価は、何人かの奴隷の譲渡、それだけだ。
元々彼女たちの目的は、獣人そのものにあるらしい。
豪鬼たちに奴隷商売を持ちかけてきたのは、それを調達するための戦力として使いたかっただけのようだ。
だが豪鬼たちは、別にそれでも構わない。
こちらに得があるのなら、それまでは利用し利用されればいい。
連合国が攻めてきた時も、改一郎が連れてきた戦力が役に立った。
これで何も恐れることなく、全ては豪鬼たちの思うがまま。
そう思った直後にこの襲撃の失敗だ。
加えて、王国との取引の仲介になるはずだった石壁家が、一回目の搬入をした直後に潰されるという事態が起きている。
大きな失敗はこの二つだけだが、その失敗が余りにも大きすぎたのだ。
故に、この落とし前はきっちりと付けなければならない。
今回の襲撃で、豪鬼の部下たちは半分以下まで減ってしまったが、問題はない。
豪鬼自身と、改一郎が連れてきた戦力さえあれば、もう一度返り討ちにすることができる。
連合国はただでさえ前回の討伐で戦力を大きく失っているのだ。
そこにあの黒猫少女が加わったところで、何も変わりはしない。
「さっさと来やがれ」
豪鬼は顔を上げ、壁に立てかけてあった、一本の魔剣へとその手を伸ばした。
ちょっと前に美咲のことを書いた短編小説を投稿したので、良ければこちらもどうぞ。
『町で見かけた辺境伯令嬢のお話』
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