第八話 妹の決意
□■神楽零
今まで生き別れになっていた妹と再会した。
進との情報交換の際に、万衣がこちらの世界にいる可能性を考えなかったわけではないが、まさかこんなにも早く再会することになるとは思いもしなかった。
「あー……零、そろそろ説明してもらってもよいかのぅ」
万衣が泣き止み始めたところで、美咲が恐る恐ると零に声を掛けてくる。
一応わかってはいたが、流石に人前でこうなってしまった以上は、説明しないわけにはいかないだろう。
「まぁ、そうだな」
とは言え、何から話せばよいのか零にもわからない。
彼女がどういった経緯でここにいるのかも、零にはまだわからないのだから。
だが一つだけ、確かに言えることがあるだろう。
「こいつは神楽万衣。俺の実の妹だ」
「妹? じゃがそ奴は獣人……?」
途中から何故か美咲の顔が訝しげに変わるが、取り敢えず彼女の指摘はもっともなものだろうと納得する。
「まぁ、そうなんだよなぁ……万衣、その耳と尻尾はどうした?」
零が尋ねると、万衣は肩に埋めていた顔を上げて零の方を見る。
「……生えてた」
「……なるほど」
どうやらこちらの世界に来た時にいつの間にか生えていたらしい。
「でも……今は、無くせる」
そう言った直後、万衣の体から耳と尻尾が消え、代わりに髪の隙間から人間の耳が生えてくる。
その姿はどこからどう見ても獣人ではなく、今まで零が見てきた万衣の姿そのままだった。
「!」
これに驚いた様子を見せるのは、部屋にいた他の獣人たちだ。
だがその理由も少し考えればわかる。
今まで同じ獣人だと思っていた存在が、実は姿を変えていた人間だったとわかれば、多少なりとも思うところがあるのだろう。
「……取り敢えず今は耳と尻尾は出しておけ」
「?……わかった」
万衣が頷くと、すぐに体から猫の耳と尻尾が生えてくる。
「……なるほどのぅ。どうやらそ奴は、猫人族になれる魔法を持っておるようじゃな。もっとも、そっちはあくまでおまけのようじゃが」
今まで万衣を睨みながら黙りこくっていた美咲だが、どうやら今まで万衣の魔法を解析していたらしい。
「階級は?」
「文句なしに一級じゃろうな。お陰で妾もすべては見通せん」
美咲はそう言うと、降参とでも示すように肩をすくめてみせる。
万衣の気配から何となく察してはいたが、それを実際に伝えられるとどう反応していいのか困る。
兄妹揃って一級戦力など、いったい何の冗談だという話だ。
「じゃが一つ気になるのは、お主ら本当に兄妹……何じゃよな?」
「……そうだが?」
まさかそこを突かれるとは思わず、零は無意識に目を細めて美咲を見てしまう。
美咲は少し慌てたように手を振ってから弁明を口にする。
「いや、それにしてはあまりにも魔法の色が違うと思うてな。普通兄妹なら多少なりとも似通う部分があるはずじゃからな」
「……なるほど」
まだ万衣の魔法がどんなものなのかはわからないが、魂に刻まれた魔法を見ることができる美咲が言うのだから、それほどまでに零と万衣の魔法は違うのだろう。
そして魔法というものは、基本的に多くの要素が遺伝する。
美咲の弟である彰は、父である心悟の魔法をそのまま受け継いでいるし、美咲自身も魔法を読み解く目は心悟から、魔法を再現する要素は母である小夜子の魔法から受け継いでいる。
そのことを考えれば、兄妹のはずなのに魔法の傾向が違うというのは、彼女にとっては些か疑問に思うのも当然であろう。
(一応気になりはするが、今は話を戻した方が良さそうだな)
ただでさえ万衣との再会で時間を食ってしまったのだ。
これ以上他の人たちを待たせるわけにはいかないだろう。
「万衣、そろそろ離れろ……万衣?」
「…………」
離れようとしない万衣に声を掛けてみても、返って来るのは抱き締められる力が強くなることだけだった。
これは余程零から離れたくはないらしい。
「はぁ……すみませんが、このまま話の続きをお願いできますか?」
仕方がないので、零は万衣を引き離すことを諦めて、白銀に話の続きを促すことにする。
「……あぁ。しかし、奇妙な巡り合わせがあるものだな」
「まぁ、そうですね」
零とて、こんなところで妹の万衣と再会するなんて夢にも思ってもみなかった。
そしてこれから、その妹が戦地に赴こうとしていることもまた、零にとっては想像しろという方が無理な話だ。
「話が逸れたが、彼女が此度の作戦で協力してもらうことになった万衣殿だ。先日、この近くの村に現れた盗賊団に対して、彼女は単独でそれを撃退してみせた実績がある。実力の方は申し分ないはずだ」
白銀の説明に、零は少しだけ目を見開くようにして驚く。
相手は一度、獅子王が送り込んだ討伐隊を返り討ちにしている盗賊団だ。
そんな相手をたった一人で撃退したのであれば、万衣の戦闘力は相当なものだろうということが予想できる。
すると白銀は、まるでこちらを伺うような視線を向けてくる。
「ここで一つ、兄である貴殿に問いておきたいのだが……貴殿は、貴殿の妹が戦地へ赴くことを拒むか?」
これは恐らく、万衣の兄だとわかった零への配慮だろう。
今まで知らなかったとはいえ、これから大切であろう妹を戦地に送ろうとしているのだ。
兄である零が現れた以上、それをどう思っているのか確認しておきたかったのかもしれない。
「万衣、顔を上げろ」
声の質で真面目な話だとわかったのだろう。
万衣は拒むことなく顔を上げ、一旦零から体を離す。
「今回の盗賊団討伐。参加を望んだのは、お前の意志か?」
「……うん」
「理由は?」
「……友達が、殺されたから」
万衣から出た「友達」という単語に、零は少しだけ驚く。
あまり万衣の交友関係は知らなかったが、日本にいた頃はあまり友人と呼べる子と遊んでいる姿は見たことがなかった。
そんな彼女が、戦地に赴く理由に「友達」と挙げたことは、零取っては少しだけ意外だった。
「…………」
だがそれも、彼女の顔を見てしまえば納得せざるを得ない。
恐らく今、万衣の中ではその友達への感情が溢れているのだろう。
それと同時に、その友達を殺した盗賊団に対する感情もまた同じように。
それから万衣は再び顔を上げ、真っ直ぐと零のことを見据える。
「だから……絶対に、許すつもりはない」
「…………」
ここまで言われてしまえば、零が何か言えるはずもない。
元々万衣の意思を尊重するつもりだったが、これだけの決意があるのなら心配する必要もないだろう。
「なら、俺から特に言うことはないな。ただ無理はするな。頼るべきところは頼れ。それから、やると決めたからには、その責任は必ず果たせ。いいな」
「うん。わかった」
最後に力強く頷いた万衣に満足し、零は白銀の方を見る。
「……これが俺の答えですが、よろしいですか?」
「……あぁ、十分だ……万衣殿は本当に良い兄をお持ちのようだ」
「それはどうも」
自分では大したことを言ったつもりはないのだが、他人から見れば違うのかもしれない。
ただ万衣がどこか誇らしげな笑みを浮かべているので、零も悪い気はしなかった。
「そう言えば、まだ我は貴殿の名を聞いていなかったな」
「そう言えばそうでしたね。これは失礼しました。では改めて、神楽零と申します。この度の作戦では、妹ともどもお世話になります」
「こちらこそ。貴殿らほどの実力者が共に戦ってくれるのであれば、こちらとしても心強い限りだ。精々期待させてもらうとしよう」
「最善は尽くします」
「うむ」
こうして地球ではないどこかの異世界で、兄妹仲良く盗賊団を討伐することが決まった。
万衣の決意が見られた以上、零にとってはただ自分の役割を果たすだけだ。




