第五話 二人の頼み事
□■神楽零
「いったい何の用かねぇ?」
零は心悟の執務室へと続く廊下を歩きながら、ふとそんなことを思う。
彼がわざわざ零を呼び出して話があるというはかなり珍しい。
(あの件はもう済んだはずだけど……)
あの件というのは、先日勝手に城を向け出して、天照と月詠を連れ出した件についてだ。
確かに零自身も悪かったとは思っているが、結果としては良かったとも思っていたりする。
獣人たちを救出して、雷炎たちと合流した後、零は天照と月詠を回収して、そのまま天眼領に戻ってきていた。
その日は特にバレるようなことはなかったのだが、翌日になって心悟に呼び出されて、「大変だったみたいだね」と、とてもいい笑顔で言われることになった。
どうやら蒼鳥の鳥を通して、事の経緯が伝わったらしい。
だがそれ以上の御咎めは特になく、無言の圧力を掛けられるのに止まった。
ちなみに、今回問題を起こした石壁家は、今後取り潰されることになるらしい。
今回の獣人の一件だけでなく、それ以外にもいろいろとやらかしていたようで、改めて調べてみると、証拠がわんさか出てきたそうだ。
救出した獣人たちを連れて戻った美咲が、呆れを滲ませながら言っていた。
(あの後は色々と聞かれたねぇ)
特に精霊である天照と月詠に関しては、いろいろと聞かれることになった。
ちなみに、今は天照と月詠は傍にはいない。
姉に引っ張られるような形で、二人で城下町に出かけている。
姉の方は本当に賑やかなものが好きらしく、零も度々巻き添えを食うことがあるのだが、修練するだけでも味気ないため、偶に零も付き合っていたりする。
二人の存在は、特に秘密にすることでもなかったため、バレた時にでも説明しようと思っていたのだが……彼女たちと出会ったその日の内に、心悟にバレることになった。
というのも、「一つの体に三つも魂があれば気づく」ということらしい。
流石は天眼家の魔法、と言ったところだろう。
最初はかなり驚かれたが、彼女たちのことを説明すると、心悟は二人の分の部屋を用意してくれた。
自分のことといい、彼女たちのことといい、心悟にはいろいろと世話になっているため、何か頼み事でもあれば、聞き入れるのも悪くないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか目的の部屋の前まで辿り着いていた。
トントン――
「神楽です」
「……どうぞ」
「失礼します」
許可が出て中に入ると、奥の机で書類仕事をしている心悟の姿があった。
「やぁ、来たね。まぁ、適当に掛けてくれ」
零が執務室の席に座ると、心悟も一度仕事の手を止め、零の向かいの席へと座る。
「さて、今日君を呼んだのは相談……というよりも、一つ頼みたいことがあってね」
「頼みですか?」
早速何だろうと、零は少しだけ居住まいを正す。
心悟の雰囲気からして、どうにも軽い内容ではない気がする。
「君も聞いていたと思うけど、先日連合国内で出た盗賊団の話は覚えているかい?」
それは先日、美咲が石壁領に出発する前日に話していたことだろう。
「ええ、まぁ。この間の件にも関わっていましたからね。確かそのアジトが割れて、軍を動かすとかいう話でしたよね?」
「そうだ。逃げた痕跡を辿って、アジトは特定できたそうだからね。獅子王は討伐隊を派遣して、そのアジトに奇襲を仕掛けたんだそうだ。かなりの戦力を投入したそうでね。まぁ、彼らしいが……それだけあれば、難なく討伐は完了するはずだった」
心悟はそこで一旦言葉を切る。
だがそんな言い回しをされては、次に何が出て来るか容易に想像ができる。
「だが結論を言えば、討伐は失敗。アジトに踏み込んだ討伐隊は全滅したそうだ」
「全滅ですか?」
想定以上の返答に、零は思わず聞き返す。
「あぁ、全滅だ。お陰で騎士団にも大きな打撃となったそうだ」
「……それで?」
零は一言呟いて、心悟に話の続きを促す。
「盗賊団は未だに健在。かと言ってもう一度討伐隊を派遣しようにも、そのための戦力が残っていない。まさに八方塞という状況なわけだ」
「……まさか……そのために俺を呼んだと?」
「そうだ」
半分冗談、半分本気で尋ねてみると、心悟からは間髪入れずに肯定の返事が返ってくる。
その言葉と視線は真面目そのものであり、彼が本気で言っているのだとすぐにわかった。
「よろしいので?」
暗に町一つを滅ぼせる戦力を動かしていいのかと尋ねると、心悟からは実に澄ました返答が返ってくる。
「問題ない。君の存在は既に、王の耳にも入っている。近衛騎士団への入隊がまだな以上、少しばかり私の裁量で動かしたところで、咎める者はいないだろう」
つまりはまだ、零は心悟の管理下なのだから、彼の一存で動かすのも問題ないということなのだろう。
「それにこれは、私個人の願いでもある。獅子王とは個人的にも友人でね。友の危機だというのに、何もしないわけにはいかない」
そこまで言った心悟は、零に向かって深々と頭を下げる。
「だからどうか、君の力を貸してほしい」
「…………」
ここまでの誠意を見せられて、断ることなどできるわけがない。
それに元から、零は心悟の頼み事であれば聞くつもりだったのだから、今更ということもある。
「……わかりました。お引き受けします」
「……ありがとう」
零の返答に顔を上げた心悟の表情は、どこか安堵したようにも見える。
それほど、その獅子王のことを助けたかったのだろう。
「いえ、あなたにはいろいろとお世話になっていますので。俺ができることであれば引き受けますよ……ですが、そうですね……」
そこでふと、零は新たに出会った同胞のことを思い出す。
まだ会ってから日は浅いが、お互いに同じ境遇になった者同士だ。
心悟が友のために動くというのであれば、零もまた同胞のために動いてみるのも悪くはないだろう。
「その代わりと言っては何ですが、一つお願いしたいことがあるのですが」
「? 何だい?」
それから零は、心悟と交換条件を話し合ってから、彼の執務室を後にした。
「さて、こうなった以上は、覚悟を決めるべきだろうね」
盗賊団の討伐――
その過程の中で、恐らくそれは、避けて通ることはできないだろう。
「人殺しの覚悟を」
零はこの世界に来てから、まだ誰も、ただの一人も殺してはいない。
この世界に来たばかりの騒動で、何人かは手を掛けそうにはなったが、〈聖教会〉という組織のお陰で、どうにか一命は取り留めさせた。
それにあの時は、零自身も殺されそうになったということもあり、割とすんなりと殺す覚悟は決まった。
だが今回はあの時とは状況が違う。
零自身に身の危険が迫っているわけでもなく、個人的に復讐心があるというわけでもない。
ただこちらから攻め入って、一方的に殺すだけだ。
そんな状況でしっかり相手を殺せるかと考えた時に――
――零は割とどうにかなると思った。
もとより零は、話したこともない他人のことなど興味がないし、他の人間なんてただの同じ種族だという程度にしか思っていない。
人間が人間を殺すことを忌避するのは、生物の遺伝子に組み込まれた、種を存続させるための自滅阻止機構とすら考えている。
だからそれさえどうにかすれば、そこに感情や意志云々は関係なく、人は状況次第でいくらでも他人を殺すことができる。
嘗て零が自衛のために、速風たちを殺そうとした時と同じように。
ただその後に――人を殺した後に、零にどんな感情が残るのかまでは、今はまだわからないのだが……
「やっと見つけた!」
唐突に掛けられた声に、零は後ろへと振り返る。
そこには赤い髪をなびかせた猫人族の少女が一人いた。
「……今日もか?」
「うん」
その猫人族の少女――椿は零に真っ直ぐな眼差しを向けながら、そこに揺るぎない覚悟があることを示してくる。
ここ最近ではよく見るようになった光景だ。
「まぁ、今日はもう特に予定もないしな……じゃあ行こうか」
「うん」
零は椿を伴って歩きながら、彼女の頼みを叶えるために、訓練場の方へと向かった。




