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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第一章 異世界漂着編
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第一話 目覚め

 □■???


 風の音がする。

 木々が揺れ、木の葉が擦れる風の音。

 程よい日差しの温かさと、鼻をさする仄かな自然の香りを前にして、神楽(かぐら)(れい)は目を覚ました。


「…………ッ!」


 目を開ければ、木漏れ日が目の奥に刺さって思わず顔を顰める。


 少しずつ目を慣らしていき、同時に自分の意識も覚醒させていく。

 完全に目の焦点があったところで、上体を起こして前を見ると、そこには自然豊かな森の景色が広がっていた。


「……どこだ? ここは?」


 自分でも間抜けだと思ってしまうような声で、思わず呟いてしまう。

 実際、零がいたのは電車の駅のホームであり、断じてこんな森の中ではない。


(一体、何が起きたのかねぇ……)


 起きたばかりの脳をフル稼働させて、零は意識を失う前の最後の記憶を引っ張り出す。

 そこで呼び起されたのは、目の前を覆う白い光の光景だった。


(…………まぁ十中八九あの光のせいだろうなぁ)


 それは大学からの帰り道。

 なんてことない、いつも通りの帰り道でのことだ。


 突然視界が明るくなったかと思えば、そこには自分に迫ってくる白い光の壁があったのだ。

 反射神経に優れた零は、咄嗟にその場から逃げようとしたのだが、結果は虚しくも飲み込まれることになってしまった。


 記憶もそこで途切れ、気付けば森の中にいたという有り様だ。


(一先ず、あの光の考察は置いておくとして……問題は……)


 まず考えるべきなのは、ここがどこなのかということだろう。

 実際、今の零にとって重要なのは、自分の身の安全確保だ。


 あまりにも突然のことで、現状を忘れてしまいそうになるが、今の零は森の中で一人遭難している状態なのだ。


(……鞄もなく、携帯も財布もないと来たか……)


 自分の傍に通学用の鞄がないことに、零は軽く遠い目をしてしまう。

 というのも、鞄の中には講義用の教材の他に、携帯や財布なども一式入っていたのである。

 これではまず、助けを求めることも不可能だろう。


(動きを優先したのが仇になった形かなぁ)


 服のポケットに小物を入れて、動きを阻害されることを気にした自分に、少しだけ後悔の念が湧いてくる。


「さて、どうしたものか」


 口に出し呟いてみるが、現状で打てる手は限られる。

 助けを求めることができない以上、助けを待つこと自体も危険かもしれない。


(そもそも助けが来るかどうかも怪しいからなぁ。もしあの光に飲まれた全員が同じ状況だとすれば……まず人手が足りなくなるだろうしなぁ)


 あくまでも自分以外の人間も巻き込まれている前提の話だが、楽観的に考えるよりも遥かにマシな考察だろう。


(あるいは、あの人なら見つけ出すかもしれないけど……今は海外だし、流石にこれは専門外かなぁ)


 現在単身で海外へと渡り、冗談ではなくアニメやドラマのように活躍する探偵の父のことを思い出して、零は少しだけ苦笑いを浮かべる。


(まぁ、初めから助けを待つつもりもなかったけど……これなら少しは山菜の知識を入れておくべきだったかなぁ)


 零は密かに帰ったらサバイバル知識を叩き込もうと決意して、その場で立ち上がる。


「取り敢えず、真っすぐ歩くとするかね」


 行動の方針は決まった。

 待つという選択肢がない以上、あとは移動する選択肢しか残されていない。

 一周して元の場所に戻るような失態をしなければ、何かしらの手掛かりは見つけられるだろう。


 もっとも、何もかもが運任せであり、自分の体力とのチキンレースであることは否めないが、幸い体の調子はすこぶるいい。

 進み続ける限り、助かる可能性があるのなら、あとはただ愚直に進み続けるだけなのだ。


 そして諦めるという概念そのものを捨てて、最初の一歩を踏み出したところで――


「!」


 ――零は不意にその足を止めた。


(なんだ……?)


 それは不思議な感覚だった。

 言葉通り、先見の明とでも言えばいいのだろうか?

 突然自分に迫って来る何者かが、自分の頭を食らう光景が見えたのだ。


 混乱する頭の中で、零は無意識に回避行動へと移る。


 その直後、木々の間を縫うようにして、体長二メートルほどの狼の群れが、その凶暴な牙を揃えて襲い掛かってきた。


「!」


 いきなり狼の群れに襲われて、動揺するなという方が無理な話である。

 一先ず後ろに飛んで、距離を稼ごうと地面を蹴る。

 だが……


「は?」


 本日二度目となる間抜けな声を漏らして、零は自分の体験している現実に半ば思考を停止させる。

 幼い頃から格闘術を習い、自身の体の動きを誰よりも熟知している零にとって、今の状況は明らかに異常だった。


 なぜなら本来なら二メートルも下がれない咄嗟の一蹴りで、軽くその数十倍の距離を跳躍しているのだから。

 次から次へと流れていく景色を呆然と目で追いながら、零はなんとか行き着いた先で着地する。


(………………どういうことかね?)


 無事に着地した先で、零はなんとか絞り出すように思考を再開する。


(明らかに身体能力が可笑しい……とはいえ……これが現実なら受けいれるしかないわけだが……これもあの光の影響なのかね?)


 原因として考えられるものに当たりを付けて、零はあっさりとこの現実を受け入れることにする。

 いくら拒絶したところで現実は何も変わらないし、答えの出ない問いにいつまでも悩むことほど不毛なこともない。


(というか、あの狼の動きも速すぎないか?……明らかに周りの景色が遅く見えるのだが……というか、すぐに距離を詰めてきたな)


 狼の動きに比べて、明らかに落葉の速度が遅いことに違和感を覚えるが、すぐに追ってきた狼の回避に専念する。


 先ほどの行き過ぎた跳躍を基にして、今度は込める力を押さえながら、横をかすめるようにして回避する。

 その間に何頭かが後ろに回り込んで、零に攻撃をしかけようとするが、その動きに意識向けた瞬間、零は初めて自分に知らない感覚があることに気づいた。


(ん?…………)


 まるで立体映像のように、頭の中に周りの光景が映し出せるような感覚に、零はまたもや呆然としてしまう。

 だが二度目ということもあってすぐに復活した零は、自分の新たな感覚が妄想でないことを確認してから意識を切り替える。


 四方八方から迫って来る狼の猛攻に対して、力の加減を調整しながら回避していると、再び先見の明が零の頭の中に映し出される。


(!)


 そこに映るのはもやもやした何かが、自分の頭に迫る光景。

 何事かと視線をそちらに向けてみれば、そこには自分に向けて口を開き、口内で空気を圧縮している狼の姿があった。


(……やばくないか……)


 何となくその危険性を感じ取った零は、なんとか回避しようと動き出す。

 だがそうはさせじと、他の狼たちが零の逃げ道を塞いで来る。


 回避は間に合わず、放たれた空気の弾丸は回避不可能な軌道で零へと迫る。

 咄嗟に腕を上げて迎え撃とうとした零だが、次の瞬間、その弾丸は零の腕に触れる一歩手前で弾けて霧散する。

 まるで、見えない壁にでも阻まれてしまったかのように……


「は?」


 本日三度目となる間抜けな声を上げ、零は今しがた起きた現象に思わず動きを止める。

 狼たちの方も、なぜか渾身の一撃を防がれたかのようにその場で足を止めている。


 一拍の間を置いてから、ようやく状況に追いついた零は、いったん距離を取ろうと狼たちの包囲を飛び越えて着地する。


(……いろいろ理解し難い問題が出てきたわけだが…………一先ず今は置いておくか。そろそろ慣れてきたことだし)


 少し考えてみれば、狼の口から空気の弾丸が出てきたことも可笑しな話だが、一先ずそういった事情は後でまとめて考えることにする。


 そんな思考している間に、狼たちも零に追いつき、再び攻防戦が始まろうという静けさが漂い始める。


(……さて)


 零はそんな空気を読み取り、そこで意識を切り替える。

 これまで見せてこなかった鋭い目つきで睨み、狼たちの前で構えを取る。

 その気迫が伝わったのか、何頭かの狼たちは数歩後ろへと引き下がっている。


「…………」


 そんな中で一頭、先ほど空気の弾丸を飛ばして来た狼を確認した零は、そいつが群れのボスなのだろうと当たりを付ける。

 そして案の定と言うべきか、その隣から出てきた狼に対して、ボス狼が何か指示を出して突撃を仕掛けてくる。


(…………)


 これまでで一番の加速を見せて迫ってくる狼に対して、零は特に動じることなく構えを取り続ける。


 そして眼前まで近づき、狼がその口を開こうとした瞬間、零はその横面に回し蹴りを叩き込んだ。


 完璧なタイミングで決まったその蹴りは、体長二メートルもの巨体を地面に減り込ませながら倒れさせる。

 狼は少しの間、ピクピクと痙攣したかと思えば、最後には力尽きたように動きを止めた。


「「「…………」」」

「ッ!」


 狼たちの間で静寂な空気が漂う中、零は地面に小さなクレーターを作りながら、ボス狼へと肉薄する。

 突然の展開に面食らったように目を見開いているボス狼の前で、零は空高く足を掲げ、その踵を容赦なく脳天へと叩き落とす。


 そして最後に見えたボス狼の表情は、どこか悟っているようにも見えた。


 再び訪れた静寂。

 ボス狼の頭は地面に埋もれ、額は零の踵の形に陥没している。

 振り返って残った狼たちを見てみれば、そこには零の目からでもわかるほどに困惑した表情が見て取れた。


 そうしてしばらくの時が経ち、ようやく状況が飲み込めたのか、狼たちの態度が二つに分かれた。


 零に恐怖を覚え、今にも逃げ出そうと及び腰になる者と、ボスがやられたことに怒り、零を睨みつける者。先に動いたのは後者だ。

 どんな合図が交わされたのか、一斉に牙を向けた狼たちに対して、零はただ機械的に、最適な動きをなぞって、狼たちを撃退していく。


 そこから始まったのは、ただの作業だ。

 殴り、蹴り、吹き飛ばし、骨を砕き、内臓を潰し、脳みそを叩き潰す。

 もはや勝負にすらならず、狼たちはただの一度も零に傷をつけることなくその命を散らしていく。

 今となっては相手にすらなっていないが、少し前の状態の零なら、ここまで一方的な展開にはならなかった。


 その理由は簡単で、単純に今の肉体性能を扱いきれなかったからだ。

 いくら身体能力が高くても、それを十全に使いこなせなければ、分不相応な力に振り回されるだけだ。


 狼たちの猛攻を受けている間に、零はただ避けていたわけではない。

 上がり過ぎた身体能力を少しずつ把握し、調節し、体の動きを最適化して、自らの体に順応していったのだ。


 体の使い方さえわかってしまえば、後はこれまで培ってきた技と経験のすべてを使うことができる。

 流れるように自然に、無駄のない動きで技を繰り出す。

 零にとってこれほど慣れ親しんことはない。


 そして最後にその場に残されたのは、力及ばず倒れ伏した、狼たちの亡骸だけだった。


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