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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第一章 異世界漂着編
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第二話 知らない世界 

 □■神楽零


(……他の奴らは逃げたかね?)


 さっきまでの騒動が嘘だったかのように静かになった森の中。

 狼の気配がなくなったのを確認して、零はその場で手を付いて座り込む。


「流石に疲れたねぇ」


 背筋を反って空を仰ぎながら、素直な心境を口にする。

 いくら格闘術を習得していて、一般人よりも戦う術を持っていたとしても、疲れるものは疲れるのだ。

 ましてそれが、慣れていない狼との集団戦ともなれば尚更だ。


「…………」


 零は改めて、自分が殺した狼たちの死体へと目を落とす。

 初めて動物を殺すという体験に、何かしら罪悪感のようなものが湧いてくるかと思ったが、不思議とそういったものは湧いてこない。

 寧ろ殺した瞬間に体の奥底から高揚感に似た何かが湧き上がってきたほどである。


 恐らくだが、彼らはもはや、零にとってはアリや蚊と大して変わらないのだろう。

 人がアリや蚊を容赦なく潰せるのは、おそらくそのための労力が軽過ぎるからだ。

 少し手足を振るっただけで簡単にその命を散らすことができる。

 その過程に覚悟を決める瞬間などありはしない。


 今回の戦闘において、零は確かに疲弊した。

 だがその多くは、戦闘中に身体能力を最適化するために費やしたものであり、狼を倒すことに掛けたものではない。

 生々しい肉の感触も、圧倒的な腕力で振れば大して感じることもなかった。


 だがそんな自分の在り方に、零は少しだけ苦笑いを浮かべる。

 殺されそうになった以上、死なないために相手を殺したことに後悔はない。

 たが殺した瞬間に一種の快感のようなものを感じたことには、少しだけ思うところがあった。


「これは、生き物の本能なのかねぇ」


 元はと言えば、人類もかつては命懸けの狩りによって獲物を狩っていたのだ。

 それを思えば、多少なりとも他の生物を殺して優越感に浸るのは、極自然なことなのかもしれない。


「……さて」


 物思いに浸るのも束の間、零は戦いの中で起きた出来事について振り返ることにする。

 いくつかの事案が頭の中に浮かんできたが、まずはそれら全ての原因については考えることを止めた。


(まぁ、十中八九あの光のせいだろうからなぁ)


 すべての元凶だと思われる白い光。

 それについて零が把握できていることは無いに等しい。

 いくら考えたところで、所詮は推測の域を出ないだろう。


(となると、まずは……)


 零は静かに目を閉じて、深く自分の周りに意識を集中させる。

 すると、今まで周りを覆っていた霧が晴れるように、新しく感じるようになった周囲への知覚能力が、その範囲を広げて展開される。


「おぉ!」


 その爽快ぶりに、零は思わず感嘆の声を漏らす。

 知覚能力が何十倍にも上がり、その範囲は数百メートル単位にまで広がっていく。

 距離が離れれば離れるほど見えづらくはなるが、それは空間的な距離だけでなく、時間的な距離においても同じだった。


(これは……《未来視》か?)


 零は自身に宿った新たな感覚をそう称した。

 元々あった立体映像に重なるようにして、数秒先の映像が頭の中に映し出されるのだ。

 ある意味四次元的な情報であるのに、それらを何の違和感もなく処理できているのは、なんとも不思議な感覚だと言わざるを得ない。


(なるほど……先見の明の正体はこれか)


 零は戦いで二度体験した感覚の正体に思い至って素直に納得する。

 同時に、そんな超能力が自分に宿っているという現実に、否応なくこれまで過ごしてきた世界が一変したのだと実感させられる。


「しかし、何というか……」


 零はどこか遠くを見るように再び空の彼方を仰ぐ。


 ここがどこなのかはまだわからない。

 だがここがどこなのだとしても、もはやそれは零の知る世界ではないのだろう。

 悲しいような、嬉しいような。

 寂しいような、賑やかなような。

 何とも表現し難い感情が零の中で渦巻いているのがわかった。


(……一先ず、最後の問題を片づけるとするかねぇ)


 そして再び、零は目を閉じて意識を集中させる。

 イメージするのは、新たに得た知覚能力――ここでは《空間把握》と名付けたその中で、何もない虚空を歪ませる光景だ。

 手探りに集中しながら、意識を定めた瞬間、零の中でまるで枷が外れたように、力の感覚が洪水のように溢れ出てきた。


「!」


 情報の波に晒されて、零は思わず集中を途切れさせるが、もたらされた力の感覚によって、自分が何を操れるのかを理解した。


(これは……《重力操作》か?)


 零は試しに、その辺りに転がっていた小石を浮かせて、手元に吸い寄せてみようとする。

 すると狙い通り、小石はしっかりと浮き上がり、零の手の中へと納まる。

 さらに小石と掌を正面に向けて、前に向かって“落とす”ように力を行使すれば、石はすさまじい速さで弾丸のように飛んで行った。


(なるほど、あの空気の球を防いだのはこれか)


 それは、ボス狼が零に向けて放った空気の弾丸。

 猛烈な破壊力を秘めたそれは、零に触れる手前で、まるで見えない壁にでも阻まれたかのうように、弾けて消えていた。


 その時零は、何が起きたのかまではわからなかったが、自分が何かしたのだという実感だけは確かにあった。

 そしてその時の再現を今しがたやってみたわけだが、要はあの時の零は無意識に、空気の弾丸を外側に向けて“落とす”ように重力の壁を作って防いでいたというわけだ。


(《空間把握》に、《未来視》に、《重力操作》。何とも多彩な超能力だねぇ)


 零は狼たちとの戦いで判明した自分の力をそんな風に評する。

 だが同時に、それらの()()にある概念についても、薄々ではあるが察することができた。


 その後、零は他にも何かできることはないかといろいろ試してみたが、特にこれ以上できることはなかった。

 とはいえ、重力操作だけでそれなりにできることが多いため、手数に困ることはまずないだろう。

 そうして様々な検証を行う中で、零は一つ、思わぬ発見をすることになった。


「あれは、町か?」


 それは《重力操作》による飛行実験を行っていた時のことだ。

 どれほどの高さまで上昇できるのかを確認していた最中に、ふと視線を地上に落としてみると、その先に城壁で囲まれた町が見えたのだ。

 目算で十キロ以上は離れていたが、身体能力向上によって底上げされた視力によって、その視認が可能になっていた。


「一先ず、あの町に行ってみるかね」


 地上に降り立った零は、第一の目的地をそこに定め、一路町へと向かって走り出した。



 △▼



 町のすぐ傍まで、おそらく三分も掛けずに到着した零は、木の陰に隠れながら《空間把握》を使って、城壁の内側にある町の様子を観察していた。


(見た感じ普通の町だな)


 しばらく町の様子をじっと観察していた零は、最終的にそういう風に結論付ける。

 大通りには多くの人々が行き交い、立ち並んでいる建物の中には、様々な店が入っている。


(雰囲気はレトロに近いかね。実際に馬車を見たのも初めてだな)


 零は少し離れた通りを走っていく馬車を目で追いながら、これからの予定についても思案する。


(やっぱり、すんなり通れるわけがないかぁ)


 目で追いかけた先で、馬車は門の手前で一度止まり、門番と何やらやり取りをしていることがわかる。

 面倒を起こさないことを優先するのなら、下手に関わらない方が無難だろう。


(となると、やっぱり…………なんだ?)


 そこで零は、門の奥から奇妙な集団がやって来ていることに気づく

 全員が統一された鎧を身に纏い、そこから溢れ出る風格は、まさに騎士と呼ぶに相応しいものだった。


(本物の騎士を見たのは初めてだねぇ)


 零がそんな感想を漏らしている間に、騎士たちは隊列を組んで森の中へと消えていった。


(何かあったのかね? まぁ、今はいいか。取り敢えず、今は城壁を越えて入るしかないかな)


 零は早速、高さ二十メートルを超える城壁の周りを走りながら、壁のすぐ内側で人気のない場所を探る。

 幸い城壁の上に人の姿はなく、降りた瞬間さえ見られなければ、不法侵入に気づかれることはないだろう。


 そうして探っていく内に、零はちょうど人気のない場所を見つける。

 地面を蹴って壁を跳躍し、そのまま何事もなく地面へと着地する。


 一拍の間を置いて顔を上げると、そこは城壁によって影が差し、いかにも人気がなさそうな路地裏となっていた。


「ふぅ……さて、一先ず大通りに行ってみるかね」


 まずは情報収集も兼ねて、《空間把握》で道を確かめながら、大通りへと向かう。

 途中明らかに素行不良そうな男たちを見かけたが、気配を消してその場を通り過ぎることでやり過ごす。


 明るくなっていく視界の中で、一体何が待っているのだろうと、らしくもなく思いをはせた次の瞬間――


「…………」


 ――目の前に広がった光景に零は言葉を失った。


 それは感動ではなく、驚愕したが故。

 そこにあるはずがないと思っていたものが、当然のように存在していたが故の反応だった。


 それは文字と言葉だ。

 目の前には、これまでずっと慣れ親しんできた自国の母語――“日本語”で書かれた看板が、引っ切り無しに店先に掲げられ、“日本語”で会話する人々の姿で溢れていたのだ。


「…………どういうことかね?」


 身体能力が急に上がった時と同じように、零は何とか絞り出すように疑問の言葉を口にする。

 実際今まで見てきた限りでは、この大地が日本だと想起させるものは何一つとしてなかった。

 寧ろ違う世界だと印象付けるものばかりで溢れていたと言わざるを得ない。

 それこそ零が無意識に、ここが日本ではないと決めつけるほどには。


(ここは……本当に日本なのか?)


 混乱している頭の中で、何とか一つの可能性を考えてみるが、すぐにその考えを否定する。


(いや、その可能性は低いかな。こんな城壁で囲まれた町なんて、後にも先にも聞いたことがないし……それに、仮にここが日本だったとしてもここまで違うと、もはや他国と考えた方がいいだろうな)


 それが結論だった。

 超能力に目覚めた時に感じたものと同じだ。

 例えここが日本だったとしても、もはやここは零の知る世界ではないのだ。


(というよりも、異世界と言った方がいいのかね? 日本語があるってことは、他にも似たようなやつがいたのかね?)


 もしここが異世界だとするのなら、かつて自分と同じようにこちらに渡って来た人間がいたのかもしれない。


(まぁ、今はいいか。一先ず――)


 そこまで思考したところで、零のお腹が突然、今まで抑えていた空腹を訴えるかのように鳴り響く。


 考えてみれば、零は昼食を食べてから何も食べていない。

 その後の戦闘のことも考えれば、空腹になるのも道理だった。


(……一先ず何か食うか)


 零は周りに飲食店がないか辺りを見回すが、そこでふと、食事をするために必要なものがないことに気づく。


(そういえば……今の俺って一文無しなんだよなぁ)


 そう、お金だ。

 財布がない以上、今の零は日本円すら持ち合わせていない。

 これでは食事以前に何も買うことができない。


(さて、どうしたものか)


 この状況下において、すぐにお金を手に入れる手段というのは限られる。

 それこそ、非合法な手段でも取らなければ難しいだろう。


(……背に腹は代えられないかなぁ)


 短い思考をした後、零は来た道へと踵を返して戻っていった。


次回ヒロイン登場です!

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